白銀あくあ、戦慄のトークショー。
今日は藤百貨店で行われる白銀あくあトークショーの日だ。
人生で初めてのトークショーに俺もちょっと緊張してる。
そもそもデビューして間もない俺がトークショーをうまく盛り上げることができるのだろうか。今日は、俺の知っている人が司会進行をやってくれるらしいから、その人にある程度は任せて良いと聞いているが、トークショーに来てくれた人たちには楽しんでほしいから、俺もできる限りどんな質問にも答えるように頑張ろう。
それに今日は阿古さんが一緒じゃないけど、その代わりにもう1人の心強い味方が一緒だ。その人のためにも今日はいいところを見せたい。
「それじゃあ桐花さん、今日はよろしくお願いします」
「はい、あくあさん、運転はお任せください」
今日の俺のマネージャーは桐花琴乃さんだ。俺が喫茶トマリギでバイトしていた時のお客さんで、今はベリルエンターテイメントで、猫山とあと大海たまのマネージャーを兼任している。まさか同じ職場で働くことになるとは思わなかったけど、桐花さんはすごく真面目なので、自然と同時に入社したマネージャーさん達の中でもリーダー格のような存在になっているみたいだ。
阿古さんも、そんな桐花さんの働きを見て、いずれは統括マネージャーにと考えているらしい。だからなのか、阿古さんがどうしても外せない仕事や用事がある時は、今回みたいに桐花さんがサブマネージャーとして俺に同行する事になっている。
「なんかこうやって桐花さんと一緒に仕事してるなんて、今でもちょっとびっくりです」
桐花さんは少し硬くなった表情でバックミラー越しに俺のことをチラリと見る。
「あの……あくあさんは私が同じ職場だなんて、ご迷惑とかではなかったですか?」
迷惑? 俺はほんの少しだけ首を少し傾けた。
「そんなことありませんよ。桐花さんには喫茶店にいた時から、いっぱい助けられていますから」
例えば喫茶店でバイトしていた時、さりげなく桐花さんがカウンターに座ってくれたりして、少し騒がしいお客さんを牽制してくれたりした事があった。
桐花さんは本当はゆったりとした端っこの席で、静かにコーヒーを飲むのが好きなタイプである。それなのにそうやって自分の時間を犠牲にしてまで、ただのバイトの俺の事を助けてくれたり、周りのお客さんを気遣った行動ができる素敵な人だ。他の誰かが気がついていなかったとしても、俺だけは桐花さんの素敵なところを知っている。いや……桐花さんが素敵な事を知れた俺がラッキーだったのかな。そう思っている。
「むしろ俺は桐花さんがベリルに来てくれて嬉しかったです」
「え……?」
俺はバックミラー越しに、桐花さんの綺麗な瞳を見つめ返す。
いつもキリッとした目で、喫茶店で睨まれたと勘違いした人は怖いって言ってたけど、俺はそうは思わない。芯が通っていて、ストレートに自分のことを見つめてくる強い視線からは、桐花さんの実直な性格が窺えるし、あまり笑ってくれない人だけど薄く笑みを浮かべた時に、全体的に目元が柔らかな感じになるのは桐花さんの可愛いところだと思う。
そこに気がついてる人は、桐花さんが本当は優しくて素敵な人だってわかってると思うんだよね。
「桐花さん、喫茶店でたまにすごく疲れた顔してたから、お仕事大変なのかなってずっと思ってたんです。でも、一緒の職場なら、もし、また、桐花さんが同じように疲れた顔をしてたら、俺が直接阿古さんに言えるし、少しでも助けてあげられることができるのかなって……そう思ったんですよ」
おそらくだけど、桐花さんはもしかしたら前の職場でも勘違いされてたんじゃないかな? 幸いにもベリルは良い人ばかりだし、マネージャー部門も阿古さんは元より、慎太郎や天我先輩のマネージャーを務めている人も、他の人の事をちゃんと考えられるすごく優しい人ばかりだ。
俺はあくまでも喫茶店の中での桐花さんしか知らないけど、桐花さんは喫茶店で見かけた時よりもベリルに来て笑顔が増えたと思う。とあもすごく気にいって慕っているしね。そういえばこの前なんか、間違ってとあが桐花さんの事をお姉ちゃんって呼んで、2人して顔が真っ赤になってたのは面白かったな。とあもああやって誰かに甘えたりとか、ミスするんだって思ったし、何よりもあんなに感情を乱した桐花さんを見るのは新鮮で、可愛い人だなって思った。
だから俺は、桐花さんには長くベリルで働いて欲しいと思ってるし、できればこのままずっと一緒にお仕事できたら良いなと思ってる。
「あの時、喫茶店で俺を守ってくれたように、これからは俺も桐花さんを守りますよ」
「は……はひ」
あれ? なんかちょっとプロポーズみたいな感じになっちゃったような気がするけど、気のせいだよな。うん。
まぁ、桐花さんみたいな素敵な大人の女性が、俺みたいなしょんべん臭いガキの言葉一つで振り回される事なんてないだろうし、サラッと流してくれるだろう。
「あ……あの……」
「ん?」
「と、到着しました」
お、もう到着したのか、まぁ今日は、丸の内から新宿の移動だったからそんなに時間はかからないか。
「ありがとう桐花さん、それじゃあ行こうか」
「は、はいっ!」
俺は桐花さんの運転してくれた車から降りると、前回と同じく搬入口から建物の中へと入っていく。そして貨物用のエレベーターに乗って、トークショーの控室がある階層のボタンを押した。
2人きりのエレベーター、その密室の中で、俺は隣に立っている桐花さんの姿にチラリと視線を向ける。
桐花さんがコスプレしてたのは意外だったけど、この前のコスプレイベントで着ていた衣装すごく似合ってたな。
いつもきっちりとスーツを着て、肌の露出があまりないから気がつかなかったけど、あの大きな胸を支える体があんなに引き締まっていたなんて、おそらく体型をキープするためにちゃんとサボらず運動したりとかしてるんだろうな。そういう真面目なところもすごく桐花さんぽいと思った。
「ど……どうかしましたか?」
あ、流石に不躾にジッと見つめすぎたか。俺の視線に気がついた桐花さんが恥ずかしそうな素振りを見せる。
「すみません。この前の……その、コスプレすごく似合ってたなって」
「あ……あれは、お見苦しいところをお見せして……い、いえ、あくあさんは素敵だっていってくれましたからその……」
あたふたとする桐花さんの新鮮な姿を見て、思わず笑みが溢れる。俺も少し気が緩んだんだろう。思わず桐花さんの頭を、らぴすの頭を撫でるように撫でてしまった。
「あ……」
時すでに遅し、自分がやってしまった事に気がついた時にはもう全てが手遅れだった。
「ご、ごめんなさい。桐花さんを見てたら可愛くて、つい妹にやるみたいにしてしまって、その……」
「か、かわいい!? あっ……いえ、その! むしろ、ありがとうございます……」
なにやってんだよ俺……気まずくなってしまった俺たちは、お互いに反対側に顔を逸らしてしまう。
こういう時はどうしても時の流れを遅く感じてしまうのか、エレベーターの中の時間を長く感じる。搬入用エレベーターだから動きが遅いのだろうか? 頼む! 早く目的の階に着いてくれと俺は心の中でそう願った。
その願いが通じたのか、ようやくエレベーターが目的の階に到着する。
そそくさとエレベーターを降りた俺は、トークショーの控え室へと向かう。
するとその手前で見知った人と顔を合わせてしまう。
「あ……お久しぶりです。森川さん」
「久しぶりね。あくあ君」
森川楓さん。桐花さんと同じく俺の喫茶店の時の常連客さんで、国営放送のアナウンサーさんである。ランウェイショーやテレビ番組の生中継でもお世話になったけど、今日はトークショーの司会としてお手伝いしてもらう予定だ。
「それに桐花さんもお久しぶりです」
「こちらこそ、今日はよろしくね森川さん」
固く握手をする桐花さんと森川さん。そういえば喫茶店でも一緒にいたのを見かけたし、2人は知り合いらしいんだよね。そんな2人、いや俺を含めて3人が同じ仕事をするなんてすごい偶然だなと思った。
「あくあ君? どうかした?」
どうやら俺の口元が緩んでいたのが森川さんに気づかれたみたいだ。
「あ、いや、この3人で同じ仕事ができるなんて嬉しいなって。まさか、バイトしていた時のお客さん2人とこういう形でご一緒できるなんて思ってなかったんですよね」
「確かにね。私だって驚いてるよー。あの時の男の子と、あくあ君とこんな形で一緒に仕事ができるだなんて思ってもいなかったもん」
森川さんは歯茎を見せてにししと笑う。元気いっぱいな森川さんの笑顔を見ているとこっちも自然と元気が出てくる。これが森川さんの魅力なのだろう。比較的上品というか大人しい人が多いイメージの国営放送にあって、入社2年目にも関わらず森川さんにはファンが多く仕事が多いのは、そういうところがあるんじゃないのかな。俺も森川さんのように笑顔一つでみんなを元気にできるようなアイドルになりたいな。森川さんはアナウンサーで俺はアイドルだけど、そういうところは見習いたいと思ってるし尊敬できる業界の先輩だ。
そんなことを考えていたせいか、思わず森川さんのことを見つめすぎていたらしい。ほんの少し顔を赤くした森川さんが目をパチパチとさせる。
「えっとぉ……そんなにジッと見つめられると、ちょっと恥ずかしいかなぁ……なんて」
「あ、ごめんなさい。森川さんの笑顔を見ているとすごく元気が出るから、ついつい見つめちゃいました」
俺がそういうと森川さんは一気に顔を赤くした。それを見た俺の心がうずうずする。
「も、も〜! あくあ君ったら、いろんなお姉さんにそういう調子のいい事いってるんでしょ。めっ、冗談でそういうことを言ったらダメだよ?」
「あはは、実は調子がいいってバレました?」
顔を手で仰ぎながらくすくすと笑う森川さん。俺はその森川さんの耳元に顔を近付けると小さな声で囁く。
「でもさっきの言葉は本当ですから、冗談なんかじゃないですよ」
森川さんはサッと俺から離れると、囁いた方の耳を手で押さえて顔を真っ赤っかにしていた。
余裕のない森川さんの表情を見ると、なぜだかちょっぴり嬉しくなる。森川さんを見ていると、ついつい弄りたくなっちゃうというか、困らせたくなるんだよね。これって多分、俺がまだまだガキだからなんだろうと思う。
俺がそんなことを考えている隣で、桐花さんと森川さんが何やらコソコソと2人で話し始める。
「桐花さん、よくこの職場で働けますね」
「精神力が鍛えられておすすめよ、森川さん」
「流石です姐さん……」
「念のために言っておくけど襲っちゃダメよ。私も友人を通報するのは嫌ですからね」
「嗜みや捗ると一緒にしないでもらっていいですか? 私はこれでもちゃんと我慢のできる大人なんですー」
「はいはい、有給全部つかっちゃうダメな大人ね」
「うっ……」
一体何を話しているのだろうか。でも、俺にはそんなことを考えている暇はなかった。
「あ……すみません、俺、着替えてきます」
ついつい話し込んでしまった。時間的にはまだまだ余裕があるけど、この前の配信じゃ遅刻しかけたからなぁ。気をつけないと。
「わかりました。それでは私たちは控室の外にいますから、何かあったら呼んでください」
「了解です。では、桐花さん行ってきます。森川さんもまた後で!」
俺は1人で控室の中に入ると、事前に用意されていた服装に着替える。
今日の服装も勿論コロールで揃えられているが、秋冬の商品を売るために少し先の時期に着るような服装をしていた。つまり何が言いたいかというと、上着に羽織ったコートがちょっと暑い。しかも本番では照明が当たったりするだろうから、それもあってさらに温度が増すだろうなと思う。とはいえ、こういうことはよくあるので慣れておかなければいけないことだ。
着替え終わった俺は、部屋の外に待機していた桐花さんに頼んで、メイクさんとヘアメイクさんを呼んでもらう。前回もそうだったけど、スタッフさんたちは俺とは別に現場に先入りしてもらっている。それなのに彼女たちが現場から撤収するのは俺たちの後だ。大変な仕事だから体調を悪くしていたらいけないと、俺はできる限り彼女たちに話しかけて体調が大丈夫なのかとか疲れていないかを気にかけるようにはしている。
「今日もありがとうございました」
「い、いえ、こちらこそありがとうございます」
むしろこっちがお礼を言う方なのに、なぜお礼を言われなければいけないのかはわからなかったが、俺はメイクさんたちに行ってきますと言って桐花さんと共にトークショーのステージの舞台袖に移動する。今日の司会進行を務めてくれる森川さんは、すでにステージに上がって観覧者の人たちに注意事項などについて話していた。
「危なくなったらすぐにこちらの方に戻ってきてください」
「わかりました」
おそらく災害とかがあった時のためだろう、桐花さんは熱心に避難経路について説明してくれる。こういうところまで丁寧で真面目なのが桐花さんのいいところだ。俺はしっかりと避難経路を頭にインプットすると、チラリと隙間から観客席の方を見つめる。
「あ……」
しまった、1人のお客さんと目があった。せっかくなので俺は視線のあったお客さんに手を振る。
「きゃあ!」
お姉さんが手を振りかえしてくれたことで、他の人も気がついたみたいだ。観客席が騒がしくなる。
「どうやら、白銀様のご準備の方が整ったみたいですので、皆さん拍手でお出迎え致しましょう」
両手を顔の前にまで上げた森川さんは先陣を切って拍手をする。それに続いて観客席から拍手が巻き起こった。
俺はゆっくりと舞台袖からステージに出ていくと、観客席に向かって手を振る。そのまま中央まで進むと、森川さんとお互いにペコリとお辞儀をしてスタッフの人から自分用のマイクを受け取る。
俺たちはそのままステージの中央に配置された左右に向き合ったソファの前に立つ。俺がマイクを手に持って一息をつくと、今までの拍手の波が嘘のように、観客席がスッと静かになる。
「今日は俺の、白銀あくあのトークショーにお越しいただいてありがとうございます。それともう一つだけお礼の言葉を述べてもよろしいでしょうか?」
観客席のみんなが頷いたのを確認してから、俺は舞台袖にいた藤の皆さんの方へと視線を向ける。
「皆さんと触れ合う事ができるこんな貴重な機会を与えてくれた藤百貨店の皆様に、改めて感謝の気持ちをお伝えしたいです。ありがとうございました。そして観客席の皆さんにも。もう一度感謝の言葉を述べさせてください。今日は俺に会いにきてくれてありがとう!」
少し堅苦しいかなと思った俺は、最後ちょっとだけ崩す。
観客席へと視線を向けると、やはりまだ緊張している人が多そうに見える。
森川さんには申し訳ないけど、ちょっと砕けた会話で場を和ませようかな?
「あれ、さっき裏じゃ緊張してるって言ってなかった? これ、私いる?」
そんなことを考えていたら、森川さんがナイスな進行をしてくれた。
さすがは、あのお堅い国営放送をフニャけさせる新人アナウンサーと言われるだけの事はある。
「いや、今もちゃんと緊張してますよ。だからいてください。なんか森川さんをみてると安心するんですよね」
「えっ……? そ、それって……」
森川さんは何かを察したのか、そわそわとした顔をする。さすがの反応の良さにわかっているなと思った。
普通に国営放送のアナウンサーの人は、そんな反応しないですからね。
「森川さんこの前の放送でもやらかしてたから、俺がなにかやらかしても森川さんがそれ以上のやらかしをしてくれて、俺のやらかしを薄めてくれる気がするんですよねー」
「ちょっと! それ酷くない!?」
森川さん、素早いリアクションとずっこけそうなオーバーリアクションありがとうございます。
さすがは民放が恐れる脅威のアナウンサー1位に輝くだけのことはある。
観客席の方を見ると、みんな森川さんの先日のやらかしを思い出したのか苦笑していた。
いやあ、あれは酷かったよね。あの状況でも一切表情を崩さなかった隣の先輩アナウンサーがまたプロすぎて、それもあって余計に面白かった。
「あははは、嘘ですって、ちゃんと頼りにしてますから、ね」
「ううう、今日は絶対に頼れる先輩だって事を白銀さんに見せつけてあげますよ!」
「はい、期待しています」
ぶっちゃけ、もうかなり頼っちゃってますけどね。森川さんはその事に気がついているのだろうか?
「そういえば頼りになるといえば、ベリルには頼りになる先輩、天我アキラさんがいますよね? この前のannannの雑誌でも2人でバイクに乗ってた写真が掲載されてたけど、もしかして2人でツーリングに行ったりとかしてるんですか?」
annannのツーリング写真撮影の時、風が凄くて撮影大変だったんだよなぁ。天我先輩なんて前髪が風に流されすぎて面白い事になってたし、その度にヘアメイクし直すスタッフさんが本当に大変そうにしてた。そんな中でも完璧に写真を撮影したスタッフのプロの仕事に、先輩と2人で感動したのをよく覚えている。
「天我先輩とはそうですね。ツーリングに行ったりとかも結構しましたし、先輩のバイクに興味があって、一度だけ後ろに乗せてもらったことがあるんですよ。いいでしょー?」
「へ、へぇー、そうなんだなぁ。い、いいなあ」
流石はプロのアナウンサーさんだけあって聞き上手だ。話しやすい話題を振ってくれたからこちらとしてもトークがしやすい。
「あと、とあや慎太郎を後ろに乗せたりとか、夏は4人で遊びに行ったりとか……ああ、そういえばドライバーの撮影で帰りが遅くなった時があったんですよ。俺と天我先輩でとあと慎太郎の2人を後ろに乗せて4人でカツ丼食べに行ったのは良い思い出です。お店ちょうど閉店前だったんですけど、偶然にも女将さんの前でとあのお腹が鳴っちゃって、お腹空いてるなら食べていきなって快く開けてくれた女将さんには今でも感謝してます」
「ヤベェ……気軽に質問したつもりが、しょっぱなからとんでもねぇもんが返ってきた」
ん? 森川さんの声が小さくて上手く聞き取れなかった。
「今、なんか言いました?」
「ううん、何も言ってないよー」
森川さんは手を左右に小さく振ると、一度小さく咳払いしてトークを続ける。
なんか笑顔で誤魔化された気がするけど、気のせいか?
「先ほど少しお名前が出ましたけど、同じベリルエンターテイメントの猫山とあさんとは仲良いですよね? 白銀あくあさんはあまりSNSで自撮りしたりとかしないですけど、猫山とあさんのSNSではよく自撮りツーショットで一緒に写ってることが多いですよね? ファンの間では仲良すぎないって話題になっていますよ。その辺どうなんですか? ぐへへ」
森川さんの質問に、観客席にいたみなさんはもちろんのこと、なぜか藤の警備やスタッフの人たちまでもが頷いていた。
「同級生なんですよね。実はクラスメイトで、慎太郎、とあ、俺の順番で窓際の席に座ってるんですよ。それもあって仲がいいですね。でもねー、たまーに2人でする授業とか悪ノリしちゃう時とかあって、この前は家庭科の授業でコンビを組んだ時は、余った材料でパンケーキ焼いてクラスメイトのみんなと食べましたね」
「パ……パンケーキ? じゅるり……」
時間もあったし材料を余らせるのは勿体無いし、俺ととあは2人で混ぜては焼いてを繰り返した。あれ? そういえばなんであの時、俺ととあだけが生地を焼きまくってたんだろう。みんながそれぞれ自分の分は自分で焼けば早かったんじゃね? 今思い返せば、何故か家庭科の先生もごく自然にお皿を持って並んでいた気がするぞ。
「白銀あくあさんは、その……料理をなされたり?」
「あ、はい、喫茶店……そのバイトしてた時に人手が足りなくて実はたまにやってたんですよね。あとパンケーキならよく家で妹に焼いてあげてますよ。他にもオムライス作ったりとか、料理は結構好きですね。ああ、そういえばこの前は母さんと2人で並んでカレー作ったなぁ。シチューのルウを買うのを忘れちゃって急遽カレーにしたんですけど、みんなで笑いながらご飯食べて、それはそれで結構楽しかったですよ……って、うわっ!?」
観客席を見ると何人かの人が泣いていた。中には天井を見上げてまるで神に祈りを捧げているような姿の人もいる。み、みんな、一体、どうしちゃったの!?
「てえてえ……全てがてえてえだよ……」
なぜか森川さんは目頭を強く押さえていた。
「どうかしましたか? 目にゴミでも入りました?」
「いえ、大丈夫です。ちょっとどこから突っ込んでいいのかわかんなくて戸惑っておりました」
あ……森川さん的に話を広げにくかったのかな? それなら申し訳ないことをしちゃったなと思った。
「先ほど、黛慎太郎さんともクラスメイトと言っていましたが、白銀あくあさんの楽曲のほとんどは黛慎太郎さんが作詞を担当されていますよね? 何かその事についてお話になることはあるんですか?」
「ああ……モジャP、小林大悟さんに言われたんですけど、どうやら俺の作詞能力は絶望的らしくてですね。だから俺が曲を聴いて思ったことを慎太郎に伝えて、それを慎太郎が言語化してくれてるってそんな感じのことを最初やってたんですね。慎太郎には学校でも本当にいろいろ助けられてて、もう感謝しかないです」
その話を聞いた森川さんは何度も小さく頷く。
「なるほど、作詞が絶望的ね、わかります……画伯……黛くんがんば」
観客席を見ると、なぜかみんなも頷いていた。えっ、なんで?
ところでさっき画伯って言ってなかった? 俺の気のせいかな?
「あ、そういえば、お互いに立ちっぱなしでしたね。そろそろ座りませんか?」
「ああ、そうですね。ついつい森川さんとのトークが弾んじゃって、ソファに座るのを忘れていました。スタッフのみんなごめんね。せっかく用意してくれたのに」
ふぅ……流石に照明のせいもあって、ステージの上は舞台袖よりもさらに暑いな。
「あ……白銀さん、上着脱いでもらってもいいですよ? 流石に暑くないですか?」
「あー……」
一応コロール側の指示で指定された服だし勝手に脱いじゃまずいかな。
そう思って舞台袖に視線を向けると、桐花さんが脱いでもいい、脱ぐのも込みだからというカンペを出していた。脱ぐのも込みの意味はよくわからないけど、流石にコートは暑かったので助かる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺もまだまだだなと思いつつ、コートを脱ぐとソファの背もたれにかけた。
「ふぁ……いい匂いが……」
「ん? なんか言いましたか?」
「いえ、何も言ってませんし嗅いでません」
んん? なんか変なことを言っていたような気がするが気のせいか?
「それにしても本当に暑いですね。今日の天気は快晴でしたっけ? そのせいで今日は一段と暑いですよね」
「え? 今更、ここで天気の話します? それ普通にスタートの時にする会話じゃないですか?」
「あははは、それもそうだ。森川さんノリいいですよね」
「いやいや、白銀さんのツッコミどころが多すぎるんですよ!」
やっぱり今日のトークショーの相手が森川さんでよかった。
森川さんは知り合いということもあるけど、それ以上にすごく話しやすいし、気を遣わなくていいって言ったら森川さんに失礼だけど、気兼ねなく話せる雰囲気がある。だからなのか、自然と笑みが溢れるし、最初は緊張した面持ちだった観客席の皆さんもリラックスできている。
森川さんはそういう場を和ませることができる素敵な女性だ。ちなみに今日の森川さんは、前回の可愛い感じのイエローのワンピースと違って、今日は白のフリルブラウスと黄色のスカートを穿いている。黄色が好きなのかな? でも森川さんのイメージにぴったりで似合っていると思う。
俺たちのトークはその後も順調に進む。天鳥さんとの話をしたり、ドライバーの話をしたり、この前のCMについての話もした。そしてトークショーもいよいよ終盤に向かっていく。最後の企画は、観客席のお客さん達による白銀あくあ質問コーナーだ。
「それでは残念ながら次が最後のコーナーとなります。せっかくですから最後の質問コーナーは挙手制にして、白銀さんに直接指名してもらいましょうか」
「いいんですか? ばんばん指名しちゃいますよ。だからみんな手をあげてくださいね。誰も手をあげてくれないと、俺、あとで舞台袖で1人泣いちゃいますよ?」
俺がそういうと、観客席からも笑みが溢れる。最初は緊張していて、固まっていたみんなが森川さんのおかげもあって、だんだんと自然な感じになっていく。だから余計に惜しかった。もっと長くやりたいなぁって思ってしまう。
「それじゃあ、皆さん行きますよー? 白銀あくあさんに質問がある人ー!」
森川さんが手を挙げると、それに釣られて観客席の人たちも一斉に手を挙げる。
おお……うまいな。森川さん。先に自分が手を挙げることで観客の皆さんが手を挙げやすい空気を作り出した。
「それじゃあ白銀さん、ご指名お願いします」
あれ? 森川さん、ずっと手をあげっぱなしですが、もう降ろしてもいいですよ?
やたらとぴょんぴょんと飛んでるけど、指名しろってこと? いや、流石にそんなことはないよな。
俺は綺麗に森川さんをスルーすると、観客席へと視線を向ける。
「えっとじゃあ、手前の列の右から5番目にいる。赤いワンピースを着た綺麗なお姉さん!」
俺が観客席の中から1人を指名すると、周りからはああと残念がる声が漏れた。そういう反応をされると申し訳なく思うけど、それと同時に嬉しくも思った。ちなみに俺が指名した女性は、びっくりした顔で固まっている。
だ、大丈夫かな?
あ……すぐにスタッフの人が向かってくれた。お姉さんはスタッフの人にマイクを手渡されるとおずおずと席から立ち上がる。そしてどうしようと少し戸惑ったような顔を見せた。あれ? もしかして質問飛んじゃったかな?
「赤いワンピースのお姉さん、よかったらこっちに来て」
「ひゃ、ひゃい……」
声がうわずっていたから緊張したのだろう。俺は彼女をステージの上に招くと、できるだけ優しい顔で微笑みかける。
「もしかして、質問飛んじゃった?」
「あっ……は、はひ……」
「そっか、でも慌てなくてゆっくりでいいからね。ほら、リラックスリラックス」
俺は赤いワンピースのお姉さんと目線を合わせて、大丈夫だよと言ってあげる。
すると赤いワンピースのお姉さんは、小さな声でマイクに向かって囁く。
「好き……」
ん……好き? ああ!
もしかしてファンとして好きですって伝えたかったのかな?
だったら俺が返す言葉は一つだけだ。
「俺も好きだよ」
俺だってファンのことは大好きだ。
その気持ちを伝えただけなのに、赤いワンピースのお姉さんはふらついて倒れそうになる。
慌てて俺が支えようかと思ったら、すぐにスタッフさんが出てきてワンピースのお姉さんを抱えてそのまま舞台袖に消えていってしまった。ほ、本当に大丈夫?
「あの、念のために聞いておきますが、先ほどの好きの意味は?」
「ああ、ファンの人が俺の事を好きでいてくれるように、俺もファンのみんなのことは好きだよって気持ちを伝えたかったんですけど……それがどうかしましたか?」
森川さんは珍しく頭を抱える。
「ふぅ……ちょっと油断してたわ。気合い入れなおそう」
なにやら小さくガッツポーズをした森川さんは、何事もなかったかのように再び挙手を促す。
「それじゃあ次は、前から3列目の左から7番目の、黒のブラウスを着たかわいいお姉さん。スタッフの人からマイクを受け取って、前に出てきてもらっていいですか?」
黒のブラウスを着たお姉さんはスタッフの人からマイクを受け取るとゆっくりとステージの方へと上がる。
そのブラウスに見覚えのあった俺は、少し緊張した面持ちのお姉さんに優しく話しかけた。
「素敵なブラウスですね。よく似合ってますよ」
「あ……はい、藤百貨店さんのコロールさんで買わせてもらいました」
「やっぱり! ありがとうお姉さん。実は俺も今日コロールなんだ。だから今日はお揃いだね」
「ふぁ、ふぁいぃぃ……」
あれ……緊張を解そうとしたのに、余計にカチンコチンになっているような。気のせいか?
「それじゃあ、質問コーナーだけど何か聞きたいことありますか?」
「え、えっと……その……あー様は、どういう女の子が好きですか?」
好きな女の子か。俺はほんの少し考えるそぶりを見せてからゆっくりと質問に答える。
「そうだなぁ……何かに頑張っている子とか、優しい子とかが好きかな。あと面白い人っていうか一緒にいて笑顔になれる人も好きだよ。逆に一緒にいてドキドキしたりワクワクしたりするような女の子もいいよね。見た目とかじゃなくて見ていて可愛い子とか守ってあげたくなるような子もいいし、逆に自分のことをリードしてくれるような女性も素敵だなって思います」
「それ絶対に、私じゃん……」
ん? 森川さん? 今、何か言いましたか?
気のせいかな。
こんな感じで俺たちは観客席の人たちと一緒になって、質問コーナーを盛り上げる。
「それでは、最後の質問です。はい!」
もちろん最後の質問でも元気よく手をあげる森川さん。よく見たらスタッフの人たちどころか、あの真面目な桐花さんですら小さく手をあげている。もう、なんなんですかこれ、絶対に森川さんの影響じゃないですか。
流石にここもスルーするとかわいそうかなと思ったので、俺は森川さんの方へと視線を向ける。
「じゃあ、最後は、元気な黄色がよく似合ってる笑顔が素敵な森川さん。質問どうぞ」
「ふぇっ……」
「あれ? どうかしました?」
「う、ううん、なんでもないの。不意打ちにちょっとびっくりしただけ」
不意打ち? ああ、まさか本当に指名されると思わなかったのかな。
「えっとぉ、じゃあ最後に質問じゃないんですけど、今日来ているお客さんと、あとでこの映像を見るファンの皆さんに愛してるって言ってもらえますか?」
お、おおぅ、そうきたか。ちょっと恥ずかしい気がするけど、アイドルならこれも当然のサービスだ。
俺は改めて正面に座っているお客さんの方へと視線を向ける。その瞬間、アイドルとしてのスイッチが入った気がした。
「今の俺はありがたいことに、家族にも愛されているし、会社の人や、友達や仲間にも愛されているんだと思う。もちろんそれだけじゃない。今日ここに来て、ファンのみんなにも愛されてるなって知ることができた。だから何かを愛するっていうのは生きていくのに大切なことなんだと思う。だから、もしみんなが何かに挫けそうになったり、心が擦り減って悲鳴を上げたりとかした時には、俺のこの言葉を思い出して」
俺は一呼吸置くと、ゆっくりと囁くように、それでいてはっきりとした声でみんなに喋りかける。
「愛してる」
言う時まではスイッチが入ってたから大丈夫だったけど、言い終わると流石にいつもの自分に戻ってきて少し恥ずかしくなった。でもみんなは満足してくれたのか、皆さん涙を流しながら一糸乱れぬ拍手を送ってくれる。
「そ、それでは、これにて藤百貨店主催、国営放送特別協賛の白銀あくあトークショーを終わりたいと思います。本日は皆様お忙しい中、ありがとうございましたー」
「ありがとうございました!」
俺は森川さんと一緒に、観客席に向かって頭を下げる。すると一層拍手の音が湧いた。
その音とともに俺たちは舞台袖の方へと退場していく。できる限り少しでもファンサービスをしておこうと、完全に見えなくなるまで手を振り続ける。
「2人ともお疲れ様」
舞台袖に戻ると桐花さんやスタッフの皆さんが拍手で出迎えてくれた。
「桐花さんこそ今日はありがとう。森川さんも初めてのトークショー緊張したけど、おかげさまでなんとかやり切れました。ありがとうございます。それとスタッフの皆さんも色々とご迷惑をおかけしたかもしれませんが、今日はありがとうございました」
皆さんにお礼の言葉を述べた俺は、桐花さんの目の前に両手を出す。すると桐花さんはほんの少しだけ首を傾けて戸惑うような表情を見せる。
「ハイタッチですよ桐花さん。あっ、それともこういうのあんまり好きじゃないとか……」
「そんなことありません。しましょうハイタッチ、私もハイタッチしたいです」
俺は桐花さんとハイタッチすると後ろを向く。すると既に準備をしていた森川さんがニコニコした顔で両手を前に差し出していた。
「森川さんまた次も一緒に仕事しましょう」
「もちろん! また一緒に仕事しよーね。あくあ君」
俺は森川さんともハイタッチをすると、スタッフの皆さんともハイタッチをして現場を後にする。
流石に今日はいっぱい喋りすぎて疲れたのか、帰りの車の中で寝てしまったけど桐花さんは無事に俺を家に送り届けてくれた。申し訳ない……まさか寝るなんて自分でも思っていなかったから、寝ていたのを起こしてくれた桐花さんには迷惑をかけてしまったと思う。俺はあとで桐花さんには、こっそり何かお礼をしようと思った。
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