白銀あくあ、隣の席の女子が気になります。
学校に通い始めてから1週間が経過した。
俺の悪い予想は当たったのか、同級生の男子二人は未だに登校してきてはいない。
杉田先生の話によると一人の男子生徒は完全な引きこもりなのだそうだ。そもそも彼は、籍だけでも良いから置いてくれと学校側が親に頼み込んで在籍してもらっているらしい。故に登校する可能性は限りなく低いと聞いている。
もう一人の男子生徒は、引っ越しの関係で登校が入学式から2週間ばかり遅れるそうだ。
つまり俺は、この状況をあと1週間も追加で過ごさなければいけないというわけである。
「やっば! あんな王子様みたいな男の子、現実に存在してるんだ」
「嘘でしょ、1年女子恨め……羨ましすぎる」
「頑張って乙女咲を受験してよかった、卒業する最後の年にこんなご褒美があるなんて」
「この前廊下ですれ違ったけど本当にやばかった。匂いだけで女の子の気持ちにさせてくるもん」
「あーわかる、あの顔はなんていうか俺様わからせ系だよね。中学でたばかりなのに大人びた色気もあるし」
「いやいや、あのルックスは正統派王子様系でしょ。きっと笑った顔とか爽やかで可愛いよ?」
「どっちでもいいから一度でいいからああいう人に、俺の女だろ的な扱いされてみたい」
「わかる……将来、誰かは結婚するのは確定なんだし、俺の嫁扱いされる子が羨ましすぎる」
「あーあ、お嫁さんなんて高望みはしないから、いくら包めば白銀くんの所有物になれるんだろう」
「お金如きでどうにかなるのなら寧ろ頑張るんだけどな」
廊下につめかけた他のクラスや他の学年の女子たち。
最初はびっくりしたが1週間もたてば少しは慣れる。授業が終わった後の休憩時間はいつもこうだ。
彼女たちが遠巻きに何を話しているのかまではわからないけど、自分の方を見ているのだけは流石に理解できる。
直接女の人たちから何かをされるわけではないけど、これが家をでた瞬間から帰宅するまでずっと続くのだ。流石にちょっとは疲れる。とはいえこの世界でもアイドルを目指すのであれば、この異常な光景にも慣れなければいけない。俺は廊下の方に視線を向けるふりをして、隣の席の女の子の方へと視線を向ける。
「えっ、嘘、白銀様が私の方見た! 見たよね?」
「はぁ? 私の方に決まってるだろ、鏡見ろブス」
「はいはい、どっちも五十歩百歩なんだから喧嘩しないの。白銀くんが見たのは私に決まってるじゃない」
何やら険悪な雰囲気になる廊下の女子たち。そんな彼女たちとは違って、俺の隣の席の女の子は冷静だった。
彼女の名前は月街アヤナさん。美少女が多いこのクラスの中であっても彼女の容姿はずば抜けていた。
艶のある長い黒髪、整った顔、すらっとしたスレンダーな体型、正統派美少女とは彼女のためにある言葉だろう。月街さんはこの学校では珍しく男である俺にあまり興味を示さない女の子だった。だからこそ俺は、彼女と仲良くなりたいと思ったのである。
「ねぇねぇ白銀くん。お昼一緒に食べよ」
俺がそんなことを考えているとタイミング良くクラスの女子の一人が俺に声をかけてきた。
「白銀様、私もご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あっ、二人ともずるぅーい。ココナもあくあ君とお昼一緒にするのぉ」
俺に話しかけてきた3人の女子は、初日からすごく積極的だった。
ちなみにそのうちの一人、俺のことを舌ったらずな甘い声であくあ君と呼ぶ女子生徒。彼女は初日に俺が手をぶつけてしまった女の子である。
これはもしかしたらチャンスかもしれないと思った俺は、3人に向けてニコリと微笑む。
「ありがとう。それじゃあ一緒にお昼ご飯食べよっか」
俺はそこでわざとらしく視線を月街さんの方へと向ける。
「あっ、よかったら月街さんもどうかな? お昼、みんなと一緒に食べない?」
俺がそういうと、月街さんは作ったような笑顔を顔面に貼り付けてこちらに振り向いた。
「すみません。ありがたい申し出なのですが、お昼は何時も用事があるので遠慮させていただきます」
月街さんはバッグの中に入ったお弁当とポーチを取り出すと、そそくさと一人教室をでていく。
確かに彼女はお昼時いつも教室にいない。そしてその何時も用事があるという事を強調してきたあたり、次からは誘わないでくれとやんわりと牽制されているように感じた。
うーん、失敗かぁ。なぜかは知らないけど、彼女には最初から避けられているような気がする。
「それじゃあ白銀くん、私たちだけで一緒にお昼ご飯食べよっか」
俺に最初に声をかけてきた黒上うるはさんは、大きな胸を更に強調するように前屈みになる。少しお姉さん口調で喋りかけてくる黒上さんは、このクラスの学級委員長も務めている優等生だ。
黒上さんは同級生の子たちよりも大人びていて、たまに大人の女性と話しているような気分になる。ま、まさか……本当に年上とかいうことはないよね?
「用事があるのでしたら仕方のないことですわ。白銀様、私たちだけで楽しみましょう」
少しお上品な言葉使いをする鷲宮リサさんは、最近勢いのある新しい企業の創業者の御令嬢だそうだ。
いかにもな金髪縦ロールとキツめの目力が特徴的で、とっつきにくそうな第一印象をしているが、誰に対しても分け隔てなく優しい性格である。面倒見が良い事もあって、周りの同級生たちからも結構慕われているらしい。
「うんうん、私ならどんな用事よりもあくあ君を優先するけどね」
そして俺が手をぶつけてしまった……正確には自ら当たりにきた胡桃ココナさんは、見た目だけは小動物系を装っている肉食系の女子だ。今も俺の隣でぶりっ子な仕草をして、その小さくない胸でアピールすることを忘れない。
正直ただの一人の男としての感想を述べるとしたら、前世でこんな可愛い子から猛烈アピールされちゃったらたいていの男は悪い気はしないだろうなぁと思う。それくらいあざと可愛いと思う。
「はは……ありがとう胡桃さん」
俺はやんわりと胡桃さんから体を離すと、持ってきていたお弁当を取り出してみんなと一緒にお昼を食べた。
いつの日か月街さんとも彼女たち三人と同じように仲良くなれる日が来るのだろうか……。