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白銀あくあ、隠せぬ邪な気持ち。

「ごめんなさい! 少しトラブルがあって……2時間、ううん、1時間でいいから待っていてくれませんか?」

「あ、この後予定入れてないんで、1時間でも2時間でも別にいいですよー」


 現場においてトラブルはつきものだ。そういう時は適当にどこかで時間を潰すのだけど、今の俺が気軽に外に出たら多くの人に迷惑がかかってしまう。それでもたまには、ふらりと気軽に歩きたくなる時がある。


「ん? これは……」


 それは偶然だった。撮影現場の片隅にあった見覚えのある着ぐるみ。老若男女に人気のゲーム、かせげ! ゼニゲバのシマに出てくるキャラクター、たぬきをモチーフにした、かねきちというキャラクターの着ぐるみだ。かねきち不動産という会社の社長のかねきちは、基本的には金にがめついキャラクターだが、実は人情に厚いところがたまにあったりして、そこが人気を博している。


「あの……これ借りていいですか?」


 幸いにも今日はこのビルの付近でコスプレイベントをやっている。この着ぐるみを着れば、周囲に上手くまぎれて、外をぶらぶらすることができるのじゃないのかと俺は考えた。俺はダメもとで近くに居た関係者に着ぐるみを借りれないか聞く。すると、二つ返事でオッケーがでた。


「その代わりと言ってはなんだけど。今度このゲーム追加パックが出るから、ついでにこのチラシも配ってきてくれないかな? きっとそっちの方がうまく誤魔化せるんじゃないかな」

「もちろん大丈夫です。ありがとうございます」


 かねきちの着ぐるみを着た俺は、1人で外へと繰り出す。さすがは人気キャラクターだけあって、子供たちがかねきちの着ぐるみを見て声を上げる。俺はその声に応えて手を振りかえしつつ、目的の場所へと向かう。


「おお!」


 外はコスプレイベントの真っ最中だった。周囲を見渡すと、多くの人がドライバーのコスプレをしている。人気だとは聞いていたけど、こうやって生で見ると人伝に聞くよりも実感が湧いてくる。それにしてもリアルな造形のチジョーとかどうやって作ったんだろう。放送されてまだ間もないはずだけど、すごいなあ。

 俺は周囲をキョロキョロと眺めながら、かねきちの大きな体で公園の中をズンズンと歩いていく。かねきちはちょっとお腹が出ている上に手足が短く頭がでかいからちょっと歩きづらい。


「あっ、かねきちだー」

「かわいー!」


 かねきちに気がついた女の子たちが着ぐるみを着た俺に群がる。俺はそんな彼女たちにチラシを手渡す。

 チラシには綺麗な青空と、エメラルドグリーンの海と真っ白な砂浜、そこに佇むアロハシャツのかねきちの姿が描かれている。チラシの裏には理想的なスローライフが描かれているがこれはフェイクだ。かねきちの口車に乗せられて一度無人島に移住したら最後、永久に無くならない借金と無給で無休の労働の連鎖地獄が君を待っている。


『ドーモ、ドーモ、君たちも、無人島に移住するんだカネ! 今なら初回限定で、コミコミ4980円で移住できるカネよ!』


 俺が喋った言葉がかねきちの声として再生される。すごい機能だが仕組みがどうなっているのかは知らない。


「あははは! 本物のかねきちだー!」

「もう騙されないからね!」

「わー、お腹タプタプだー」

「きゃー、しっぽかわいい!」

「頭、触っていいですかー?」


 コスプレをしたお姉さんたちはかねきちの背中をバンバンと叩く。どうやら俺に声をかけてきたのは、無人島に移住した経験がある子たちだったようだ。


「じゃーね、かねきち!」

「着ぐるみまだ暑いだろうけど、頑張って!」

「熱中症にならないように水分補給はこまめにね!」

「もう人を騙しちゃダメだよー!」

「かねきちー、人に刺されそうになったら逃げるんだよー!」


 俺は去っていくお姉さんたちに手を振る。って、最後の人、物騒すぎるって!

 人に刺されるって、コイツどれだけの人の恨みを買っているんだろう……。

 ちなみにお姉さんたちはラブライフサンライズというアニメに出てくるアクアーズっていうグループのコスプレをしていた。結構クオリティ高かったなぁ。みんな可愛かったし、眼福眼福。

 そんなことを考えていると、誰かがかねきちの腹に突撃してきた。


「あーっ、かねきちだー、かねきちがいるー!」


 聞き覚えのある超絶可愛い声にドキッとする。俺はおそるおそる感触のあるお腹の方へと視線を下げていく。するとそこには、俺の大事な人の、俺が知らない姿があった。


「えへへ、かわいー!」


 かねきちの体にぎゅーっとしがみつく美少女。その少女は人気ゲームFADEに出てくる人気キャラクター、セーバーリリィのコスプレをしていた。

 純白の衣装はウエディングドレスのようで、大きなリボンがポニーテールと一緒に左右にゆらめいてかわいくてグッとくる。なんとそのコスプレをしたその人物は、何を隠そうカノンだった。


 うわあああああああああああ!


 カノンのコスプレ可愛すぎだろ!

 いや! いや? そもそもの話、いかにもファンタジー感のある本物の外国人の方が、外国ぽいキャラクターのコスプレをするのはもう反則でしょ。明らかにクオリティが違うというかなんというか……どっからどう見ても2.5次元じゃん! いやもうここまでくると二次元の中からやってこられたと言っても過言ではない。

 しかも今日はコスプレで髪をポニーテールにしてるし! カノンさんや! そんな惜しげもなくうなじ見せちゃっていいんですか? いや、まって、その衣装、よく見ると背中も丸見えじゃん! ピッタリと吸い付いた衣装のせいで体のラインが丸わかりだ。腰回りは相変わらず細いし、お胸様の膨らみがもうね……ありがとうございます! ああっ! ダメ、腕をそんなに高く振り上げちゃいけませんよ! カノンの腋をそんな簡単に人に見せちゃいけません、メッ! 全く、この子は無防備にも程がある!


「あらまぁ。そんなにひっついては、かねきちさんも困ってしまいますわよ」


 蠱惑的な色香を孕んだ声に、背筋がゾクリと震える。まぁ、カノンがいるならこの人もいるよな。

 しかしその人物は、いつもの見慣れたメイド服ではなく、水着のような……というかほぼ間違いなく水着を着ていた。

 ペゴニアさんんんんん! あんたもか!? あなたもなのか!?

 カノンと同じくペゴニアさんもFADEに出てくるキャラクターの衣装を着ていた。確か、さっしょー……なんとかっていうキャラクターだったと思う。ペゴニアさんはそのキャラの水着バージョンの衣装を着ていた。

 え? ちょっと待って、そのお腹から下半身にかけての黒タイツみたいなスケスケの生地って大丈夫なんですか? こんな衣装でお外を歩いても許されるの……?


「クンクン……クンクン……ん?」


 何やらかねきちの着ぐるみの匂いを嗅ぐカノン。あ……着ぐるみが汗臭いのは我慢してくれよ?


「かねきちからあくあのにおいがしゅる……」

『ンンッ!』


 しまった、思わず声を出してしまった。


「じーっ……」


 俺はカノンからスッと視線を逸らした。


「今日、お仕事だって聞いてたのに……」

「い、いや……これはその、たまたま機材トラブルがあってですね……」


 俺はボイチェンを通さずに小さな声で囁く。すると、カノンは優しく微笑む。


「ふふっ、ダメでしょ。かねきちならそこはちゃんと誤魔化さないと」

「あ……」


 う……どうやらカノンは俺より一枚上手のようらしい。


「そ、それにしても、カノンはどうしてここに?」

「あ……」


 カノンは自らの衣装を確認するように視線を下げると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。


「あ……えっと……あ、あくあも引いちゃうよね。コ、コスプレだなんて……あくあが嫌だったらもうしないから、うん……」

「嫌じゃないです」


 この間、0.001秒、むしろ人気バレー漫画のマイナステンポからの変態速攻並みに即答だったね。


「え……?」

「むしろもっと見たいです。できれば2人の時に……!」

「ほ、本当? で、でもこれはまだマシな方で、私が持ってるのは、もっと布面積が少ないやつとかが多くて……」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます?」


 アイドルといえど俺だって健全な男子、女の子の肌色の部分にはものすごく興味がある。だけどカノンと付き合ってからは、俺は深雪さんを呼び出しもしていないし、今月ある予定の月1の作業も深雪さんにはお願いせずに自分でしようかと思ってるくらいだ。だって俺が付き合ってるのはカノンだし、カノンだって俺が他の女の子とそういうことをするのは嫌だと思う。俺はカノンを大事にしたいからカノンが嫌がりそうなことはしたくない。


「あらあら、それでしたら、ペゴニア所蔵のお嬢様のコスプレお写真をお送りいたしましょうか?」


 ペゴニアさんはかねきちの耳元で甘く囁く。着ぐるみの体にべったりとくっついたペゴニアさんの体と衣装を、ついつい下から上まで眺めてしまった。ごめんなカノン……さっきあんな事を言っていたけど、これだけは男としてしょうがない。むしろ見るなという方が失礼というか、うん、これはマナーみたいなもんなんですよ。


「白銀様、ペゴニアはどうですか? メイド服を脱ぐと結構あるんですよ?」


 確かに……肉付きのいい腰回りとか、透けて見えるおへそのあたりとか、むっちりした太ももとか、豊かなお胸様といい、ペゴニアさんの体はあまりにも大人の女性すぎた。

 そんな俺を、ペゴニアさんとは反対側に抱きついたカノンがジト目で見つめる。


「ふーん」


 あっ! いやいや! これはあくまでも客観的な視点のね、意見であって、ですね……ゴホン! その……カノン以外の女性に目を奪われたとか、そういうのじゃないんですよ。うん!


「私も、もっと布面積の少ないやつきてきたらよかった……私のなら好きなだけ見てもいいのに……」


 カノンが何やらブツブツと呟く隣で俺が心の中で言い訳の言葉を並べ立てていると、反対側のペゴニアさんが着ぐるみに自らの肢体を押し付けるようにしなだれる。わかるはずがないのに、二つの確かな圧を着ぐるみの中の体に感じた気がした。


「なんならお嬢様と一緒に、私と遊んでくださっても良いのですよ? ふふ、他の殿方はペゴニアには興味を示してくれませんが、あくあさまはお好きなのでしょう? ペゴニアはわかっていますよ。お嬢様のものよりも、私のものを見る回数の方が多いですものね」


 いや、ダメでしょ!? お、俺にはカノンという大事な女性が……!

 って! な、なんだってー!? 着ぐるみ越しでも視線わかるの!? え、え!? お、俺、そんなにも女の子の膨らみを見ちゃってるのか……次から気をつけよ……。


「ふふ……相変わらずお堅い人、どうせなら別のところを固くしてくださればよろしいのに。私、固くなったものを柔らかくするのが得意なんですよ、ふふふ」


 その緩く握った拳を上下にシゴくような仕草はやめなさい! 全くもう、年頃の女性がはしたないですよ。メッ! 後、固くなったものを柔らかくするっていうのはマッサージのことですよね? 俺は騙されませんから!


『そ、そんなことよりも、2人とも無人島に移住しないカネ? い、今なら移住すると、キャンペーンで寝袋と携帯電話を無料でプレゼントしているだカネ!』


 俺は2人に押し付けるようにチラシを手渡す。慌ててチラシを渡してしまったせいか、2人の柔らかい部分に押し付けるように渡してしまった。


「あんっ」

「んっ」


 わ、わざとじゃないカネよ! 柔らかいなぁとか思ったけどそれは不可抗力だから!!


『そ、それじゃあ、まただカネー!』


 俺は逃げるようにその場を後にした。あ、待ってって言われた気がしたけど、気がつかなかったことにする。


『はぁ……はぁ……つ、疲れただカネ』


 流石にまだ暑い9月、着ぐるみで全力疾走はやばい。俺が膝に手をついて呼吸を整えていると、可愛い声が聞こえてきた。


「あっ、かねきちだ……」

「わ、本当だ!」


 よく似た二つの声。それを聞いた時、俺は嘘だろと呟いた。

 声の方向へと視線を向けると、そこにいたのは人気ライトノベル、ヤリ直しから始まる異世界性活にでてくる双子のメイド姉妹である。ピンクとブルーのウイッグをつけて片目を隠しているが、俺はそのコスプレをしている2人が誰だかわかってしまう。カノン同様、メイクで顔の作りを変えているが、間違いなくとあとスバルちゃんだ。


『き、君たちも、無人島に移住するカネ?』


 俺は気が付かなかったふりをして、例の如く詐欺のチラシを手渡す。

 すると、ブルーのウイッグをつけたメイドさんのコスプレをしたとあに手首を捕まれた。


「で、あくあは、こんなところで何してるのさ?」


 だからなんでバレるんだよ! カノンといいお前らエスパーかよ!!


「機材トラブルの時間潰し……で、そっちこそなんでこんなところに?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべるとあ。


「なんでって、コスプレするためでしょ?」

「いや、だからなんでコスプレしてるのかって聞いてるんだけど」


 とあはミニスカートの裾を摘んで広げる。ちょっと、そんなことしたら、見えちゃいけないところが見えますよ!!


「スバルがコスプレやってみたいっていうからね。どうせなら2人でしようって……どう? 似合ってる? ほら、スバルの事もちゃんと見てあげて?」

「うん、2人ともすごく似合ってるね。スバルちゃん可愛いよ」


 普通に言って可愛いし、控えめに言っても可愛い。可愛さが天下突破したような空間に顔がにやける。それにしても本当に顔はそっくりだな2人とも。多少の違いは、柔らかそうな顔をしているとあと違って、スバルちゃんの方は少し勝ち気な感じの顔をしている。


「良かったね。スバル可愛いって」

「う、うん……あ、ありがとうございます。あくあお兄さん」


 スバルちゃんは照れた表情を見せる。うーん、可愛い! あまりの可愛さに、俺はかねきちの手で、スバルちゃんの頭をウイッグのセットが乱れないようにぽんぽんと叩く。


「ふぁ……!」


 顔を真っ赤にして頭のてっぺんを触るスバルちゃん。ああ、ごめんね。急に触ったらびっくりするよね。俺はスバルちゃんに急に触ってごめんねと謝罪した。


「この前の事といい、あくあには本気でスバルのこと責任取らせようかな……」


 俺の隣でとあは何やらぶつぶつと小さな声で呟く。


『あ、そうだ! せっかくだから、2人にもこのチラシをやるだカネ!』


 俺はとりあえず2人に胡散臭いチラシを手渡す。


「チラシの端っこに小さい文字でなんかいっぱい書いてる……」

「このゲーム、経験者ならみんな知ってるけど、本当に闇が深いよね」


 2人ともが胡散臭そうなものを見るような目で俺のことを見る。


『チッ! こいつらもう住民だったカネ。住民なら、来月に出る追加コンテンツを買うカネよ!』


 とあは、すすすと俺に近づいてくると、ゆっくりと俺の方に顔を近づける。


「あくあ、なんだか、かねきちに染まってない?」

『実はというと、ちょっとはまってきてるカネ!』


 そう答えを返すと、とあに呆れた顔をされた。


『と、とにかく! 来月は追加コンテンツを買うカネよー!』


 とあの可哀想なものを見るような視線に居た堪れなくなった俺は、捨て台詞を残しつつ、その場から逃れるようにスタコラサッサと退却する。えっさほっさ、えっさほっさと逃げた先に、俺は偶然にもクラスメイトを見かけてしまう。俺はかねきちの姿をしているのにも関わらず、ついつい普通に声をかけてしまった。


「あれ? クレアさんこんなところでどうしたんですか?」


 困惑するクレアさんの顔を見て、俺はしまったと思う。

 そうだ、今の俺はかねきちだった……流石にこの姿じゃ俺だってわからないよな。

 それに自分から正体をバラしてどうするよ……。


「え……? その声って、あく……白銀くん?」


 どうやらクレアさんはすぐに俺だってわかったみたいだ。俺はもう誤魔化せないとわかっていても、あえてかねきちを演じる。


『な、なんのことだカネ? かねきちはかねきちだカネ! よかったら、シスターのお姉さんもチラシを受け取るだカネ!!』


 俺はそういってクレアさんにもチラシを押し付ける。

 よく見るとクレアさんが着ているのはシスター服だ。きっと何かのコスプレなんだろうけど、シスターキャラは多すぎて俺じゃわからなかった。ごめんね。


「は……はぁ? あ、ありがとうございます?」


 クレアさんは困惑してた。そしてよく見ると、少しやつれたような顔をしている。何があったか知らないけど、今クレアさんに必要なのは休息と安らぎだ。


『よかったら、初回限定、コミコミセットで4980円の方を買うといいだカネ。クレアさんも無人島生活でスローライフをして、疲れた心をリフレッシュさせるだカネ!』

「は、はい」


 それにしても、クレアさん大丈夫かな? 一時期のえみりさんみたいに線が細くなっているような……はっ!? もしやクレアさんは、男に何かされてこんなにやつれた顔をしているんじゃ!? くそっ! いつも優しいクレアさんを困らせるなんて!! なんてひでえ男だ! 出てこい俺が代わりに文句言ってやる!!


「クレアさん……なんかあったら言ってね。俺たちほらクラスメイトだし、俺で何かできることがあったら相談に乗るから」

「え? あ……はい。でも、大丈夫ですから……あ、でも一つだけ、できればその、白銀くんもゆっくり休んでください! その……できる限り長く!」


 うっ! クレアさんの暖かさに目頭が熱くなる。自分だって疲れた顔をしてるのに、ただのクラスメイトの俺を気遣ってそんなことが言えるなんて、なんて優しい人なんだ。よーし! 俺もクレアさんに負けてられないな。どんどん、仕事入れて頑張るぞー!!


『気をつけて帰るだカネー!』

「はい、それじゃあまた……」


 俺はクレアさんと別れると、反対側に向かって歩き出す。するとクレアさんと似たシスター服を着た女性を見かける。あれ? もしかして、ローゼンエスタ副会長か? ふーん、シスターのコスプレ流行ってるんだなあ。そんなことを考えていると、ローゼンエスタ副会長はシスター服を着たままスタスタとどこかへと行ってしまった。それにしてもここ知り合い多すぎだろ。どうなってるんだよ!!

 そんなことを考えていたら、周囲をよく見ていなかったせいか、何かやわらかそうなものにぶつかってよろめく。


『あ、申し訳ないだカネ。大丈夫カネ?』

「こちらこそ大丈夫ですか?」


 おおお……相当なものが俺の目の前に……それも4つだとお!?


「2人とも大丈夫?」

「こっちは大丈夫。かねきちさんは大丈夫ですか?」


 んんっ!? 俺は慌てて2人の顔を2度見どころか3度見する。

 とある部分ばかり見ていてすぐに気が付かなかったが、とあのマネージャーで俺がバイトしていた喫茶店トマリギの常連さんだった桐花さんと、み……深雪さん!? え、なんで? 2人って知り合い!? いや、まぁ、そういうこともあるのか!?

 俺は改めて2人の姿を見る。2人ともお堅いイメージがあるからコスプレするなんて思ってなかったけど、桐花さんは、41cm砲というとても大きなものをお持ちの戦艦を擬人化させたキャラクターのコスプレをしていた。その一方で深雪さんがコスプレをしていたキャラクターは、標高924mのご立派な山が名前の由来となった重巡洋艦を擬人化させたものである。確かに重巡洋艦だ。どこがとはいわないけど……。


『こ……こっちは大丈夫カネ。2人は無事カネ?』


 それにしても……桐花さん、スタイルいいな。おへそ周りもすごく引き締まってるし、スレンダーな生足がたまらなくいいです。きびきびとした真面目な人だと思ってたから、コスプレは意外だったけど、本当によく似合ってると思う。


「桐花さん……やっぱり少し恥ずかしいのですが、だ、大丈夫なのでしょうかこれは?」


 いつもはクールで感情を表に出さない深雪さんが恥ずかしがっている姿に、俺の心がキュンとした。深雪さんのコスプレは桐花さんがしているコスプレより露出が少ないが、胸部が収まり切らずにぱつぱつになった軍服のボタンが今にも弾け飛びそうになっている。前開きの軍服と超ミニのスカート、タイツを穿いた足のラインが艶かしい。


「深雪さん。愛されるキャラクターに変身することで、愛されることを学ぶ。これが今日の私たちの任務です。コスプレが似合っていないことは私だって重々承知していますが……今は耐えてください。私だって三十でコスプレなんて流石にちょっと痛いかなって思ってるんですから」


 似合ってないだと!? とんでもない!! 俺は2人に大きな頭を近づける。


『そんなことないだカネ! 深雪さんも桐花さんも凄く似合ってるカネ! できれば後で写真が欲しいくらいカネ!! ンンッ……なんでもないカネ』


 おっと……ほんの少しだけ自分の欲望が漏れそうになっていた。でもうまく誤魔化せたはず……。


「深雪さん?」

「桐花さん?」

「「も、もしかして……」」


 あっ、し、しまったカネ〜〜〜〜〜〜!

 2人の名前を呼んでしまって自分で墓穴を掘ってしまった。で、でも誰かまではわかってないですよね?


「白銀様」

「あくあさん」

「「ですか?」」


 はい、全然普通にバレてました。みんな、すごいね!?


「は、恥ずかしい……」

「お見苦しいものをお見せして、すみません……」

『そんなことないカネ! 2人はとっても素敵カネ!! 自信持っていいカネよ!! それに、コスプレに年齢なんて関係ないですよ。なりたい誰かになれる。重要なのは気持ちです。だから恥ずかしがらないで! あ、でも2人とも普通に似合ってるし魅力的だし……あっ。えっと……その、あの、魅力的というのはそんな変な意味とかじゃなくってですね。だから卑しい目で見てたとかじゃなくて、うん、そう、客観的に、そう客観的に見てですね』


 やべ……勢いがつきすぎて、余計なこと言っちゃった。


「卑しい目……魅力的……」

「客観的……あくあさん自身は、卑しい目で見てないと……」


 ここで嘘をつくことは簡単だと思う。でも嘘をついていいのか? アキオさんは言っていた。素直になれよって、男なら下手な言葉で取り繕うんじゃない。ってね。


「いえ、凄く卑しい目で見てました! あ、すみません。そうなんですけどそうじゃないです。あの……許してもらえませんカネ?」

「「許します」」


 2人が優しい人でよかった。深雪さんはお仕事で搾精をしてくれているだけだし、桐花さんは同じ会社の同僚みたいなもんだし、ただの仕事同士の関係なのに、2人とも俺からそういうことを言われても困るだけだったと思う。

 それでも大人の女性の余裕なのだろう。俺みたいな子供に、ちょっと下心のある目で見られても寛容でいてくれる。なんて優しい人たちなんだろう。ありがとう。おかげで心置き無く卑しいな目で見れ……いや、そうじゃない。そうじゃない! 俺にはカノンがいるだろ馬鹿!

 俺はかねきちの丸っこい手で自らの頬を叩く。もちろん分厚い生地に阻まれて痛さなんかはない。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、はい、ちょっと自分が許せなかっただけです」


 俺はコホンと咳払いすると、ボイチェンを使って2人に話しかける。


『2人とも無人島生活には興味はないカネ? よかったらかねきちと一緒に無人島でスローライフを送るカネ!』

「無人島……あくあさんと一緒」

「誰もいない島で……白銀様とすろーとらいふ……」


 スロートライフ!? そ、それってナニをスロート……いや、スローライフの聞き間違いだろ。深雪さんみたいな人が、そんなこというわけないよな。どうやら暑さにやられて俺は少しおかしくなっているみたいだ。そろそろ帰ろう。


『今なら初回コミコミ4980円だカネ! よかったら2人にも買って欲しいカネ!! それじゃあ、まだ残っているチラシを配らなきゃいけないから、ここで失礼するカネ。またカネー』


 俺はそう言って2人と別れた。Uターンした俺は来た道を戻っていく。


「おほほ、おコスプレですわ〜!」


 聞き覚えのある高い声、多分クラスメイトの鷲宮さんだ。もう驚かなくなってきた自分が怖い。チラリとそちらに視線を向けると、今流行りのVtuber、大惨事所属の十二月晦日サヤカさんのコスプレをしていた。そのコスプレ、ハマりすぎだろ!! ていうか縦ロール地毛か、しかも衣装はガチものの高級品のオーダーメイドっぽいし、すげえ……。


「リサちゃん楽しそう。私たちも楽しも、うるはちゃん」

「ふふ、そうね! ココナちゃん!」


 まぁ、そりゃセットでいるよね。ちなみに胡桃さんは、魔法少女マジカルマジカのマミらされるキャラのコスプレをしていた。黒上さんは俺のゲームと同じゲーム会社から発売されたフレイムエンブレムというゲームの病んでるキャラクターのコスプレをしている。ペゴニアさんといい、なんで体つきが魅力的な女性は、全身黒タイツみたいなの装着してるんです? もしかしてそういう人の中でそういう衣装が流行ってる?


『よかったら君たちにもあげるカネ……』


 せっかくだから3人にも残っていたチラシを押し付ける。幸いにも今回はボロを出さなかったおかげで、3人とも俺の正体には気が付かなかった。ふぅ、俺もやればできる子じゃないか!

 よしっ、じゃあ帰るか! 俺はそのまま、かねきちの重たいお腹を抱えながら、のそり、のそりと1人ビルの方へと帰っていく。


 そういえば帰りに、チジョーに囲まれた身長190cmくらいのポイズンチャリスのコスプレをした人がいたが、見なかったことにした。あんなかっこいいポージングができるのは本郷監督か、俺のよく知っているあの人しかいないと思うけど、きっと他にもそういう人がいるんだろう。うん、そう思うことにした。隣で付き合わされている感じが満載のライトニングホッパーが困惑していた気がするが、まぁ、頑張ってくれ!! ちなみに更にその隣に、やたらかっこいいポージングをした女性サイズのヘブンズソードを見た気がするがそれも見てなかったことにする。




 仕事を終えて帰宅した俺のもとに、その日に出会った正体に気づかれた全員からちょっとアレな画像が送られてきた。あれえ? 俺はうまく誤魔化したつもりだったけど、下心を誤魔化せてなかったのか? ううむ、解せぬ! ただ、ペゴニアさん、貴方の送ってきた写真だけはアウトです。いくら自分のだからって、もっと自分のことを大事にしてください。

 完全に色々と見えちゃいけないところが全部、そうちゃんと全部見えてましたよ!! 隅々まで確認したから間違いありません。ほら、ミスがあっちゃいけないですから。もちろん俺は紳士なので、そんな事を指摘したりする野暮な真似はしませんし、ちゃんと使わせてもらいましたけどね。うん。ありがとうございます!!

 それはそうと、最後のクラスメイト3人にだけは正体がバレてなかったと思ったのに、黒上さんからだけは何故か画像が送られて来ていた。それもご丁寧に3名分。あれれ? なんで黒上さんにだけバレたんだろう? うん……深く考えるのはやめにしよう。そうしよう。深淵は覗かない方がいいって、アキオさんも言ってたしね!


 とりあえず俺は、ポイズンチャリスの画像を送ってきた天我先輩にだけ、かっこいいですねと返信した。

この作品の略称をTwitterにて募集してます(水曜日まで)。

水曜日から週末にかけて投票やるつもり。


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森川楓こと○○スキーの日常回のお話を投稿しました。

せっかく開設したからにはこっちも有効活用したい……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「クンクン……クンクン……ん?」 悲報、王女様、クンカ・クンカーだった。
[一言] サー○ャ···中の人の引退は残念でしたなぁ。
[気になる点] 改めて読み直すとスバルなのにレム、深雪なのに鹿島なんだなぁw
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