ゆう、私のヒーロー!
「ゆうちゃん、今日のマスク・ド・ドライバー楽しみだね!」
「う、うん……」
ゆうの隣に座ったまいちゃんは、キラキラとした目でテレビの画面を見つめる。
まいちゃんは剣崎のお兄さんが好きだって言ってたけど、正確にはあくあお兄さんが好きらしい。
だから昨日もあくあお兄さんのシャツの袖を掴んで、ずっと隣の場所を譲らなかったって話を聞かされた。
ゆうにはわからないけど、まいちゃん曰く男の子を落とすためのてくにっく? の一つなんだって。
「あ! ゆうちゃん、始まったよ!」
「あ……」
エントランスにいたみんなの視線がマスク・ド・ドライバーが映された大きなテレビに釘付けになる。
前までマスク・ド・ドライバーを見てたのは、ゆうやまいちゃんみたいに子供ばかりだったけど、今では、看護婦のお姉さんたちやお母さんたち、入院している大きなお姉さんたちやおばさんたちやおばあちゃん達にも大人気だ。だからどんなに歳が離れてても、マスク・ド・ドライバーさえ見てたらみんなとお話ができる。この前も、ゆうのお母さんと、ゆうの担当看護婦のお姉さんが、あくあお兄さんのお茄子がどうのこうのって話ですごく盛り上がってた。
ゆうにはよくわからなかったけど、隣にいたまいちゃんは顔が真っ赤だったから意味がわかったんだと思う。でも、ゆうが聞いたら、まいちゃんにゆうちゃんにはまだ早いよって言われた……。ゆう、まいちゃんより1歳年上なのに……。
「きゃー! やっぱり、あくあ様が世界で一番かっこいい!!」
隣のまいちゃんは、オープニングの映像に剣崎のお兄さんが出ただけで大喜びしていた。
ゆうもあくあお兄さんはかっこいいと思うけど、今はもう1人の眼鏡のお兄さんのことばかりを考えてる。
そんなことを考えていたら、昨日あくあお兄さんと眼鏡のお兄さんと一緒に来ていたお姉さんが画面に映った。
『初めまして加賀美夏希です』
SYUKUJYOは、チジョーから男の人たちを守るために大きなお姉さんたちが集まった組織だ。へぇ、あのお姉さんSYUKUJYOの1人だったんだね。だからあくあお兄さんと一緒にいたんだ。
「とあちゃんって、やっぱり女の子なんだ。そうだよね、あんな可愛い男の子とかいるわけないし。でも、まいにはあくあ様がいるから関係ないもんね。あ……でも、とあちゃんはちょーちょー可愛いから、まいじゃ勝てないかも。昨日も、あくあ様とめちゃくちゃお似合いだったもん……。でもでも、まだまだ諦める時間じゃないよね。1番はダメでも2番目もあるし!」
隣のまいちゃんは、何やらぶつぶつと呟く。普段から元気で騒がしいまいちゃんは、テレビを見てる時も見てない時も結構独り言が多い。でも、まいちゃんは頭で思ってることを全部言ってくれるから、ゆうは一緒にいてそっちの方が気が楽だった。
「あ……あくあ様きた!」
テレビにあくあお兄さんが映る。あくあお兄さんは、何故かラーメン屋さんをやっていた。あれ? この前は豆腐屋さんじゃなかったっけ? あくあお兄さんが額の汗を腕で拭う仕草をすると、お母さんや看護婦さんたちが変な声を漏らしていた。夜、トイレに起きた時、ゆうのお母さんが真っ暗な部屋の中で、同じように声を出してた気がする。
そんなことを考えていたら、あくあお兄さんのお店に小さな女の子の手を引いた1人のお兄さんが入ってきた。
『げ……』
あくあお兄さんを見て気まずそうな顔をしたのは、前のお話に出てきた神代お兄さんだ。神代お兄さんの登場に、一部のお姉さんやお母さんが騒がしくなる。
『カナ……この店はやめにしよう』
『はじめお兄ちゃん、らぁめんキライ? ここのらぁめんすごくおいしいから、カナ、はじめお兄ちゃんに食べてほしいな……』
神代のお兄さんは、カナちゃんの言葉を無下にしてもいいのに、嫌そうな顔をしつつもちゃんとお席に座る。それを見たお姉さんたちが、アキラくん優しすぎと騒いでいた。
「天我お兄ちゃんもかっこいいし優しそうだけど、やっぱりあくあ様が一番! ラーメン屋さんでもかっこいい!!」
まいちゃんは、あくあお兄さんが頭に巻いたタオルが欲しいって言ってたけど、ゆうには意味がわからなかった。なんか、汗が染みてるからとかって言ってたけど、汗が染みてたから洗濯してあげたいってことなのかな? まいちゃん優しいねって言ったら、ゆうちゃんにはまだ男の子の匂いは早いよって言われた。だから、ゆうの方がまいちゃんより歳上だって、もー。
『はい、醤油ラーメン二つ』
神代お兄さんは、おそるおそる箸先でラーメンをつまみ上げると、ゆっくりと口の中に啜っていく。次の瞬間、画面には目を見開く天我お兄さんの顔がアップになる。滅多に騒がない看護婦のお姉さんたちもきゃあきゃあ言って、年配の看護婦さんに注意されていた。
『こ、これが……ラー・メェンか。う、うまい!』
『はじめお兄ちゃん、らぁめんだよ?』
『ラ・メーン? はっ!? そうか! これは一流のフランス料理だったんだな。それならば、シンプルに見えてこの味の深さも納得だ。くっ、なんて奥が深いんだラ・メーン!!』
『うーん、もうそれでいいよ……』
ふふっ、大きなお兄さんなのにラーメンも知らないなんておかしいのって思ってたら、看護婦のお姉さんたちはすごくうっとりとした顔をしていた。
「アキラくん、ラーメンもちゃんと言えないなんて可愛すぎ」
「私、看護婦やめてラーメン屋になる」
「このラーメン屋でバイトしたい。だってあくあ君がバイトに来て、天我くんがお客さんでしょ。最強じゃん。看護婦なんかより全然、男の子に会えるじゃん」
「これってつまり、あくあ様が作ったラーメンを天我様が食べてるってこと……あぁ、なんか眩暈がしてきた、今日は早退しようかな」
「そんなこと言って昨日も黛君とあくあ君のやりとり見て、眩暈がしたって早退したじゃない。また婦長に怒られるわよ!」
「その婦長も全く同じ理由で早退してたけどね」
看護婦さんでも体調が悪くなることってあるんだね。無理しないで欲しいなあって思った。
そんなことを考えていたら、CM明けに眼鏡のお兄さんが出てきてびっくりする。
「あ、黛くんじゃん! ゆうちゃん、黛くんがテレビでたよ!」
「う、うん」
まいちゃんにそう言われて、私はテレビの画面に集中する。
『この世界は間違ってる……!』
眼鏡のお兄さんの名前は、橘斬鬼さんという名前だった。斬鬼お兄さんは弁護士さん? という職業の見習いさんらしい。お話の内容が少し難しくて、ゆうにはよくわからなかった部分があったけど、隣のまいちゃんがわかりやすく説明してくれた。
「弁護士さんは、加害者や被害者の代わりに答弁する人の事だよー。でも男の人の弁護士って、基本的に男の人の弁護ばかりするのに、黛くんは女の子の弁護をしたいのかな? 男の子なのに珍しーね」
そっか……そういえば、ゆうが事故にあった時も弁護士さんって人が出てきたような気がする。いっぱい難しい話をしていてよくわからなかったけど、お母さんは悔しそうな顔をしていて、ゆうはお母さんをいじめないでって言ったんだよね。
お母さんはその後も弁護士さんと会うたびに苦しそうにしてたけど、ある日を境にその弁護士さんが来なくなってからはいつものお母さんに戻ってくれた。ゆうがその理由を聞いたら、聖あくあ教っていうシスターのお姉さんに相談したら解決してくれたみたい。それをまいちゃんに言ったら、まいちゃんのお母さんも、その聖あくあ教のお姉さんに救われたらしく、今度4人で一緒にミサに行こうねって話をした。楽しみだなぁ。
『なんでこんな悪いことをしておいて、罪にならないんだよっ……!』
画面の中の斬鬼お兄さんは苦しそうな顔をしていた。それを見ていると、なぜかゆうも胸がちくちくとする。なんでなんだろう? そんな中、斬鬼お兄さんのいたビルの中に警報器のアラームの音が鳴り響く。
『チジョーが出現しました! チジョーが出現しました! 近辺のエリアにいる男性は、速やかに避難シェルターへと退去してください。女性の皆さんは、男性を見かけたら彼らを保護しつつ、素早くシェルターの中に男性を避難させてください。繰り返します。チジョーが出現しました! チジョーが……』
斬鬼お兄さんはクソッと小さくつぶやくと、カバンを持ってシェルターの方へと向かう。
場面が変わり、街中で暴れるチジョーたちが映し出される。
『オトコダー! オトコヲサガセー!!』
大きな車が何台も現れて、その中からSYUKUJYOのお姉さんたちがいっぱい出てくる。もちろんその中には、さっきでた加賀美お姉さんの姿があった。
『各隊員はチジョーから一般市民を守りつつ、敵の動きを牽制しろ!! 男性を見かけた場合は保護を最優先とする。夜影隊員、行けるか?』
『はい……田島司令! 自分はもう準備万端です!!』
1話から登場しているSYUKUJYOのお姉さん、夜影ミサお姉さん。小早川さんっていう、二つ前のマスク・ド・ドライバーでもちょこっと出てた人だ。最初のお話の時、みんなこの人がマスク・ド・ドライバーだって言ってたんだよね。
『ついにこの時が来た……! 行くぞ、チジョー! 私もこれでドライバーだ!!』
手にベルトを持ったミサお姉さんは、天に向かって手を伸ばす。そこへ現れたバッタさん。変身かなとワクワクした気持ちで待っていたら、現れたバッタさんはベルトへ飛びつくと、そのベルトを奪って何処かへと飛んでいった。
『ま、待て! どこに行く!! 変身するのは私だぞ!!』
ミサお姉さんは手を伸ばすが、チジョーたちに行く手を阻まれる。
『ぐぬぬ……!』
悔しそうな顔を見せるミサお姉さん。ゆう……なんだかちょっとかわいそうになってきた……。隣のまいちゃんもすごく悲しそうな顔でミサお姉さんのことを見ている。
『ミサさん、今は一般市民を守ることに集中してください!』
『わ、わかってる!』
ミサお姉さん、今日入ったばかりの夏希お姉さんにまで叱られてる……。隣のまいちゃんは、こんな大人にならないようにしないとねと呟いていた。
そんなミサお姉さんの目の前を、カブトムシさんがゆっくりと通り過ぎていく。その瞬間、エントランスの中が悲鳴に近い歓声に包まれた。隣のまいちゃんも大きな声をあげている。
『お母さんが言っていた……』
その言葉だけで、お母さんたちが子供のようにはしゃいだ姿を見せる。
『愛し愛されるためには、お互いのことを考えないといけないってね』
カブトムシを手に持ったあくあお兄さんは、カブトムシの背中に軽く口づけをする。その瞬間、病院の中が今までに聞いたことがないほど大きな声に包まれた。
「ぎゃあああああアアアアア!!」
「ぐぎゃああああああああ!」
「きゃあああああああああああ!」
「うわあああああああああ!」
さっき静かにしなさいって言ってた婦長さんが一番おっきな声で叫んでいた。ゆうのお母さんと担当看護婦さんは抱き合って飛び跳ねている。まいちゃんに限っていえば、画面の中のあくあお兄さんを見て固まっていた。
『変身……!』
ヘブンズソードに変身したあくあお兄さんは、そのままチジョーと戦う。
『ジャマヲスルナー!!』
チジョーのボスが、あくあお兄さんと戦う。その戦いを見ていたもう1人のお兄さんの後ろ姿が画面に映る。また病院の中が騒がしくなる。もー、病院では静かにって言ってたのに、お母さんたちやお姉さんたちが一番うるさいよー!
『相変わらずだな。あんなに腰のある麺が打てるのに、伸び切ったラ・メーンのようなぬるい戦い方をしやがって』
飛んできたハチさんを鷲掴みにした神代お兄さんは、ぶっきらぼうにベルトにハチさんを押し当てる。
『ヘンシンっ!!』
派手な効果音とともに激しい動きで変身する神代お兄さんの姿に、子供たちがきゃあきゃあと騒ぐ。前のお話でもそうだったけど、神代お兄さんの変身のポーズはゆうよりももっと小さい子にも人気だ。
『神代!』
『邪魔をするなよ剣崎! そいつは俺がヤルっ!!』
1人のチジョーを奪い合うように戦うあくあお兄さんと、神代お兄さんに病院はもう病院じゃないくらい騒がしくなった。
「ラーメン屋? 私やっぱりチジョーになるわ」
「チジョーモテモテじゃん!!」
「うっ……戦うアキラくんとあくあくんを見てたら、胸が苦しく……」
「ちょ、ちょっと、大丈夫? 検査した方が良くないそれ?」
チジョーのボスは争う2人のお兄さんを見て、部下のチジョーにその場を任せてこっそりと何処かへと逃げる。
逃げたチジョーのボスは、通りにいた一般市民のお姉さんたちを薙ぎ倒していく。そしてチジョーのボスの目の前に、シェルターへと避難の途中だった斬鬼お兄さんが現れた。
『チ、チジョー!? に、逃げてください!!』
斬鬼お兄さんの周りにいたお姉さんたちが、斬鬼お兄さんを逃そうと自らが壁になってチジョーのボスにしがみついてでも食い止める。それを見た、斬鬼お兄さんはまた苦しそうな顔をした。
『は、早く逃げて!』
はぁはぁ、はぁはぁと息を荒げる斬鬼お兄さん。
『ここで……ここで、彼女たちを置いて逃げたら、俺も、俺も……あいつらと一緒じゃないかっ!!』
斬鬼お兄さんは血が出るんじゃないかと思うくらい強く拳を握りしめる。
『うおおおおぉぉおぉ!』
大きな叫び声を上げる斬鬼お兄さん。今までに一度も大きな声で叫んだことがなかったのか、その叫び声は少し情けなかった。だから周りのお姉さんたちや、まいちゃん、お母さんも苦笑いをしてたけど、ゆうは不恰好な走り方でチジョーに向かってタックルした斬鬼お兄さんの姿を見て胸がぎゅーっと締め付けられた。
『ムダ ダ!』
チジョーのボスに投げ飛ばされた斬鬼お兄さんのかけていた眼鏡が空に舞う。それでも斬鬼お兄さんは立ち上がっては、チジョーにぶつかっていく。
『な、何やってるんですか! は、早く逃げてください!!』
斬鬼お兄さんを逃そうと壁になって倒れたお姉さんたちが振り絞るように声を出す。病院にいたみんなも、黛くん早く逃げてーと言ってる。でも……でも、ゆうはそうは思わなかった
「がんばれ……!」
服がボロボロになっても立ち上がって、何度もチジョーにぶつかっていく斬鬼お兄さん。あくあお兄さんや神代お兄さんのようにはかっこよくはないかもしれないけど、ゆうにはその姿が、何度も立ち上がる斬鬼お兄さんの後ろ姿が眩しく映った。だって、斬鬼お兄さんの顔が、あの時、ゆうが見たかけっこの大会で優勝したお姉さんと同じ顔をしてたから!
「頑張れ……頑張れ……」
気がつけば、病院にいたみんなも何度もチジョーのボスに立ち向かっていく黛くんを応援してた。
『ナゼ、ナンドモタチアガル! ワタシガ コワクナイノカ!?』
確かにチジョーのボスの言う通り、斬鬼お兄さんは怖くないのだろうか? 今回のチジョーのボスは前の二つのお話に出てきたチジョーのボスと比べても明らかに体が大きい。ゆうだって怖いし、大人のお姉さんだってあんなに大きいチジョーを前にしたら足が震えると思う。
『今だって、君を前に手を震わせて、足をがくつかせてる自分が情けないよ。でもな! ここで俺が立ち上がらなきゃ、立ち向かわなきゃ!! 俺は……俺はまた、逃げなきゃいけないのかよ!!』
斬鬼お兄さんの言葉にゆうの小さなお胸がどくんどくんと大きな鼓動を立てる。
『もう、そんなのは嫌なんだよ! 俺のせいで犠牲になる女の子を見るのは! 彼女たちが男を守りたいって思うのと同じくらい、俺も彼女たちの事を守りたいんだ! 俺は頼りなく見えるかもしれないけど……そんな俺にだってな。プライドの一つや二つくらいはあるんだよ! だから俺は! 俺はもう絶対に諦めない! うおおおおおお!!』
チジョーのボスに再び立ち向かっていく斬鬼お兄さん。ゆうはその姿が滲んで見えた。
『クッ……サッキノオトコタチトイイ ナンナンダ オマエタチハ!!』
斬鬼お兄さんに攻撃しようとしたチジョーのボスの手を、どこからともなく現れたバッタさんが弾く。バッタさんはそのまま持っていたベルトを斬鬼お兄さんの腰に勝手に装着すると、そっとそのまま手に収まった。
『お、お前……こんな俺に力を貸してくれるのか?』
バッタさんの目がピカピカと光る。
『わかった……!』
斬鬼お兄さんが手に持ったバッタさんを腰の横に持っていくと、画面にバッタさんを持った手と、ズタボロになって破けたスーツのお尻がアップになる。また病院の中が騒がしくなった気がしたけど、ゆうはそれどころじゃなかった。
『変身!』
下から迫り上がってくるように、変身していく斬鬼お兄さん。
『マスク・ド・ドライバー ライトニングホッパー!』
ライトニングホッパーは、手に持った銃でチジョーのボスと戦う。しかし相手の体が大きく決め手にかける。そこへあくあお兄さんと神代お兄さん、そして夏希お姉さんが駆けつけた。
『新しいドライバー!? 一体、誰が……?』
驚いた声を出す夏希お姉さん。
『そんな事はどうでもいい、あいつは俺が倒す!』
神代お兄さんは、そんなのお構いなしに、チジョーのボスへと二つの短刀で斬りかかる。
『神代! 1人で突っ込むな! デカ・オンナー相手に1人じゃ無理だ!!』
『黙れ剣崎! 俺に指図するな!!』
そこの2人、まだ揉めてるんだ……。
『いいから! 3人で協力して!! そうじゃないとあいつには決定的なダメージは与えられないの!!』
夏希お姉さんに叱られて、喧嘩を止めて顔を見合わせる神代お兄さんとあくあお兄さん。
『チッ! 仕方ない、今回だけだぞ剣崎!! その代わりに明日はラ・メーンを奢れよ!!』
『悪い神代、あのラーメン屋の助っ人は今日までなんだ……。その代わり、明日はうどん屋を手伝うから、そっちに来てくれ』
うどんという単語に、何人かのお姉さんが大きな声をあげる。
『ウ・ドーンだと!? 俺の知らないフランス料理がまだあったのか……いいだろう。それで手をうとう』
『うどんがフランス料理? 何を言っているのかよくわからないが、まぁいいか。いくぞ神代、そこのドライバーの人』
斬鬼お兄さんはコクリと頷く。
『『『アーマーパージッ!』』』
横並びになった3人の後ろ姿が映し出される。なんか今日は、やたらとお尻が映ってる気がするけど、ゆうの気のせいかな?
『『『オーバークロック!』』』
さっきまで喧嘩してたのに、3人ともすごく息があってる。
『ドライバーキック!』
回し蹴りをするように、向かってきたチジョーのボスのお腹にドライバーキックを入れるあくあお兄さん。後ろに弾き飛ばされたチジョーのボスの体を、神代お兄さんの矢が貫く。そして……!
『最後は頼んだぞ!!』
両手でしっかりと拳銃を構えた斬鬼お兄さん。今まで攻撃を溜めていたのか、拳銃の隣に取り付けられたゲージの光がマックスになる。
『チジョー……お前も本当なら被害者だったのかもしれない。でも、だからと言って、無関係な誰かを傷つける事は許されない!! だからこれ以上罪を重ねる前に、俺がここでお前を止めてやる!!』
銃口から解き放たれた光がチジョーのボスの体を包み込んだ。騒がしかった病院も静かになって、みんながテレビの画面に集中する。
『ワタシ ハ……タダ カラダガ オオキイ ダケデ コワガラレテ……』
チジョーのボス、デカ・オンナーの過去の映像が流れる。体が大きいだけで、男の子に笑い物にされてきたデカ・オンナー。そんな彼女がチジョーへと変貌した体があくあお兄さんの腕の中で元の人間だった頃の姿へと戻っていく。
『アナタ も……大きい体の女の子は可愛くないって言うんでしょ……? ムダな努力だって言うんでしょ?』
そんなチジョーが頭につけていた小さな花の髪飾り、それを大事な宝物を扱うように、あくあお兄さんはそっと優しく指先で触れる。
『いいや……大きな体だからって、可愛くなることを諦めなくていいんだよ。それに俺は、可愛いって言うのは見た目だけじゃないと思うんだ』
『え……?』
『そうやって可愛くあろうと努力する女の子の姿こそ、何事にも代え難い可愛さなんじゃないかなって……でも俺は、体の大きな女の子も普通に可愛いと思うけどね』
病院の中でも体の大きなお姉さんたちが膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。
『そっか……あり……がとう……』
チジョーのボスの顔が柔らかな表情になっていく。
『眼鏡のお兄さん……ありがとう。私を……止めてくれて』
変身を解除した斬鬼お兄さんがアップになる。
『ドライバーじゃなくっても、立ち向かっていくお兄さんの姿……すごくかっこよかった……よ』
チジョーのボス……ううん、お姉さんの体が、光の粒子になってゆっくりと消えていく。
それでも抱きかかえた姿勢のまま固まるあくあお兄さん。神代お兄さんはゆっくりとその場から立ち去る。そんな2人の姿を見つめた斬鬼お兄さんは、歯を食いしばりながら拳を強く握りしめた。
「今日もすごかったね……ゆうちゃん」
「うん……まいちゃん」
ゆうは隣にいたまいちゃんと、ぎゅっと手を握った。
「まいちゃん……ゆう、今日の歩行訓練頑張るよ。斬鬼お兄さんみたいに、怖くても恐ろしくても頑張ってみるの。だって、斬鬼お兄さんは諦めなかったもん。だからゆうも諦めない!」
「うん! まいも一緒に付き添うから頑張ろ!!」
朝ご飯を食べた後、ゆうはまいちゃんに付き添ってもらって歩行訓練を始めた。でも、車椅子から立ちあがろうとすると、あの時のことを思い出して足が震える。頑張らなきゃ、頑張らなきゃって思えば思うほど、あの時の車のお兄さんの顔が浮かんで一歩が前に踏み出せない。
『今だって、お前を前に手を震わせて、足をがくつかせてる自分が情けないよ。でもな! ここで俺が立ち上がらなきゃ、立ち向かわなきゃ!! 俺は……俺はまた、逃げなきゃいけないのかよ!!』
斬鬼お兄さんの言葉にハッとなる。
そうだ。ここで立ち上がらなきゃ、ゆうは……ゆうは、ずっとあのお兄さんの恐怖に支配されて生きていかなきゃいけないんだ。そんなの絶対に嫌だ!! どうせ男の人の事を考えるなら、ずっと、ずっと! 斬鬼お兄さんのことを、ううん、慎太郎お兄さんのことを考えて生きていたいもん!!
ゆうはゆっくりと、車椅子から片足に力を入れて踏ん張る。でも、久しぶりに足に力を強く入れたせいか、足が震えて上手く力が入らない。やっぱりダメなのかなと、そう思った瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「頑張れゆうちゃん!!」
俯きかけた視線を上げると、目の前にはライトニングホッパーが、慎太郎お兄さんがいた。
「負けるな!」
「いいぞ! その調子だ!!」
「頑張れ! 頑張れ!」
周りを見ると、ヘブンズソードが、ポイズンチャリスが、SYUKUJYOの隊員の服を着た夏希お姉さんがいた。
「ゆう、怖くないよ、頑張って!!」
お母さんはハンカチを握りしめて、泣きながら声を張り上げていた。お母さんをこれ以上泣かせたくないと思うと力が入る。
「ゆうちゃん、後少し、右足にも力を入れて!!」
補助をしてくれているお姉さんが真剣な眼差しでゆうを優しく見守る。
「ゆうちゃん、がんばれ! 変な男に負けるな! がんばえー!!」
まいちゃんが大きな声で応援してくれている。
「ううううううう!」
ゆうは唸るように声を上げながら足に力を込める。そして1歩、2歩と歩いた。歩けた! でも随分と歩いてなかったから足がもつれる。転んじゃう! そう思った瞬間、慎太郎お兄さんが優しくゆうの体を抱きとめてくれた。
「よく頑張ったな! すごいじゃないか!!」
慎太郎お兄さんは、ゆうの頭を優しく撫でてくれた。スーツ越しだったけど、その手はすごく大きくて暖かかった。ゆうの中の怖かった男の人の記憶が、慎太郎お兄さんとの楽しくて暖かい記憶によって上書きされていく。
「慎太郎お兄さん! ゆう、ゆう、いっぱい歩く練習する! だから、ね、またかけっこできるようになったら……」
「ああ! 一緒にかけっこしよう!!」
ゆうたちのことを見ていたみんなが、泣きながら拍手を送ってくれた。慎太郎お兄さんたちは、その後用事があったみたいだったけど、リハビリをしていたみんなに声をかけて応援したりとかして周りの人たちを驚かせる。みんなギリギリまで居てくれたけど、最後は迎えにきたお姉さんに連れられて帰ってしまった。
「ねぇ、ゆうちゃん」
「何、まいちゃん?」
まいちゃんと顔を見合わせると、まいちゃんは歯茎を見せて笑う。
「みんなカッコよかったね!」
「うん!!」
慎太郎お兄さんは私に勇気という言葉を教えてくれた。でも、慎太郎お兄さんが教えてくれた事はそれだけじゃない。慎太郎お兄さん……いつか絶対に、ゆうが大きくなったら勇気を出して告白するから、その時まで待っててね!
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