白銀あくあ、ボランティア交流会。
メアリーとの合同音楽会が終わると、次は土曜にある聖クラリスとのボランティア交流会だ。
ボランティア交流会と言っても、基本的には大勢で集まって清掃作業をすることが例年の習わしである。
たまに幾つかのグループに分かれて、色々なボランティアをすることもあるらしく、今回は珍しくそのパターンだ。
そういうわけで俺と黛、とあの3人は、聖クラリスのらぴす達のグループと一緒に、都内の大きな病院のボランティア活動に参加することになったのだが……集合場所を聞きそびれた俺は1人、トイレの帰りに迷子になってしまったのである。
「んー、ここだっけ?」
人気のない男性エリアを抜けた俺は、エスカレーターに乗って二階のエリアに向かう。するとエスカレーターを降りた先にものすごく見覚えのある顔がいた。ビンゴ、集合場所はここで正解のようだ。俺はついでに少しびっくりさせてやろうと、後ろからそいつの目を塞ぐ。
「へへーん、だーれだ?」
「ひゃっ……!」
ん……とあの声にしては、ほんの少しだけ高いような気がするけど、気のせいだよな?
いやなんか、ほんの少し体温が高いような気もするし、何だか触れた肌がとあよりもほんの少し柔らかい気がする。
「……あくあ、何してんの?」
「ん、何って……え?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには俺が目を塞いだはずのとあが居た。
あれー? じゃあ、この俺が目を塞いでいる子は一体? よく見ると髪型が違うし、制服もらぴすが着ているのと同じものである。うん、これは完全にやらかしてしまったね。
俺は恐る恐るその子の両目から自らの両手を離していく。すると、その子は顔を真っ赤にしてゆっくりと俺の方へと振り向いた。
「おお……!」
とあとそっくりな顔だが、よく見ると目つきがとあより鋭い。あと、失礼な話だが、体つきの方もちゃんと女の子だ。むしろ妹のらぴすよりも胸だって膨らんでいる。俺がまじまじとその子の事を観察していると、とあにほっぺたをつねられた。
「あーくーあ! 妹のスバルが完全にフリーズしちゃったじゃん! もー、これだからあくあにはスバルと会わせたくなかったんだよ」
とあはわかりやすく頬を膨らませると、俺のことを剣呑な目つきで睨みつける。俺はすぐにスバルちゃんに対して謝罪した。
「ごめん、ごめんって、スバルちゃんも女の子なのにお兄ちゃんと間違ってごめんね」
ふと、俺は背筋にゾクリとした寒気を感じた。
「兄様……」
「あ……」
寒気の発生地点へと目を向けると、らぴすが感情の抜け落ちたかのような瞳で俺のことを見つめていた。
「何をやっているのですか?」
「あ、いや、スバルちゃんの事をとあと勘違いしちゃって、その……いつも、とあにしてるみたいにやっちゃったんだよね」
「えっ……?」
俺の言葉に反応をしたのは、らぴすの隣に居た女の子だった。
「こんな事を普段から男の子同士で……?」
らぴすの知り合いだろうか? スバルちゃんやらぴすと比べると背も高いが、それに合わせてどこの部分とは言わないが、中学生にしてはかなり発育のいい体をしている。よく見るとあどけない顔をしているけど、ぱっと見だけじゃ中学生って言われなきゃわからないと思う。
「みやこちゃん? どうかした?」
「う、ううん、なんでもないの……ただ、ちょっと、ね」
みやこちゃん、みやこちゃん……あっ、確かとあのパソコンの師匠で、らぴすやスバルちゃんの友達の鯖兎みやこちゃんか! 実は俺はみやこちゃんにあったら、ずっとお礼を言いたいと思ってたんだ。
「あっ、君がみやこちゃん? とあから話を聞いたけど、シロが生まれたのもみやこちゃんのおかげだって聞いてるよ。シロもありがとうって言ってたよ」
なんでもとあいわく、シロを作るときにもみやこちゃんは手伝ってくれたらしい。つまり、みやこちゃんが居なければ、星水シロというキャラクターがこの世に産み出される事はなかっただろう。そう言っても過言ではない。
「そ……そんな。むしろこちらこそありがとうございます……。あ、あの……シロくんに配信いつも見てますって伝えてください。あ、あ、それとついでじゃないけど、お兄さんのこともいつも応援してます」
「うん、ありがとう。シロにも絶対に伝えておくね」
俺は手を差し出して、みやこちゃんと軽く握手を交わす。
「あ、あの……」
「ん?」
後ろに振り返ると、復活したのかスバルちゃんが俺の方を見上げていた。
「お、おにぃじゃなくって、お兄ちゃんがいつもお世話になってます。あの、あの……色々とありがとうございました!」
「こちらこそ、とあ……君のお兄ちゃんには世話になりっぱなしで、寧ろ俺の方こそ迷惑をかけてないか心配になるよ。こっちこそ、色々とありがとうね」
とあがベリルに所属できたのも家族の理解があったからだ。特にスバルちゃんは、とあの芸能活動を心配してたお母さんを説得してくれたと聞いている。スバルちゃんがいたからこそ、俺はとあと一緒にドライバーになることができた。そういう意味では、今日ここに来ているみんなは俺たちにとっては少なからず関係しているとも言える。
「おっ! 全員集まったな! こっちだ!!」
みんなと談笑していると、引率の杉田先生が現れてこっちにこいと手招きする。
「今日はお世話になります!」
病院の中の一室へと通された俺たちは、担当者から今日のボランティア活動に対して説明を受ける。
「今日、学生の皆さんに参加していただくボランティア活動は、病院に入院している子供達との触れ合いです。皆、長期で入院している子達ばかりなので、こんなにいっぱいお友達ができたらきっと喜んでくれると思います」
俺もこの世界に来た時に少しの間だけ入院していたけど、わんぱくな子供にとっては入院生活は退屈だと思う。もちろんそれだけじゃなくて、入院ですごく不安になってる子とかもいるんじゃないのかな。だから俺たちとの触れ合いで少しでも不安や退屈な気持ちが紛れてくれると嬉しいな。
「それではよろしくお願いしますね」
「はい!」
案内してくれる看護婦さんの後についていく。
もちろん俺はここでもすれ違った人との挨拶は欠かさない。俺が最初に挨拶すると、自然と後ろにいたみんなもそれに続いていく。そうこうしているうちに、入院している子供たちの触れ合いスペースとして使われている大きなエントランスへと案内された。
「あっ! 剣崎だー!! ママ、剣崎がいるー!」
俺が先導を切って入ったせいか、エントランスに入ると同時に1人の女の子が俺の存在に気がつく。俺が条件反射で手を振ると、他の子達もみんな大きな声で喜んでくれた。
「本当だ! 剣崎だ!!」
「わー! 本物の剣崎だー!」
「違うよ、剣崎じゃないよ。あくあ様だよ!」
「剣崎のお兄ちゃん、神代のお兄ちゃんは……?」
すげぇ、さすがはマスク・ド・ドライバーだ。こんな小さな子供でも俺の事を知ってくれているのだと思ったら嬉しくなる。しかも2話で登場した神代のこともちゃんと知ってるなんて偉いじゃないか!
「ごめん、今日は神代はいないんだ。でもその代わりと言ってはなんだけど、他にもお友達をいっぱい連れてきたから、今からみんなでいっぱい遊ぼうな!!」
俺は子供たちの中心の中へといくと、膝を折って一人一人の子と目線を合わせて握手を交わす。マスク・ド・ドライバーの出演者として、剣崎総司として、本郷監督やスタッフのみんなのためにもイメージは崩せない。こうなったら今日は最後まで剣崎総司でいくぞ!!
そう思った矢先、子供の1人が、とんでもない事を言い出した。
「剣崎のお兄ちゃん。変身……して?」
ああ……そんな可愛らしくお願いされると、断りづらい……でも今の俺は変身することができない。
「ごめんな。今日はベルトを持ってきてないから変身できないんだ」
「そっかー……」
心が痛むが仕方のないことだ。俺は残念そうな表情をした女の子の頭を優しく撫でる。
「あっ、それなら私、ベルト持ってるよ!!」
そう言って、隣にいた女の子が自分の持っていたベルトを差し出した。
あー、その手があったか……。
「ごめん、それは受け取れないんだ。だって、そのベルトは君が変身するために必要なものだろ? 俺には俺のベルトがあるように、君は君のベルトがある。だから、ごめんな」
「そっかー。そうだよね。これはまいのだから、剣崎のお兄ちゃんは剣崎のお兄ちゃんのベルトじゃないと変身できないよね」
無理があるかと思ったが、それっぽい事を言ってなんとか誤魔化せた。子供を騙しているみたいで既に良心が痛い……。でも、仕方ないよな。変身できない方が子供の夢を壊しちゃうだろうしな。
「……お兄ちゃんの裸が観れると思ったのにな、残念」
ん? 何か言った? 何かとんでもないことを呟いていた気がするけど、きっと気のせいだろう。
俺は子供達の注意を他の話へと逸らす。
「それよりもみんなで遊ぼうか。みんなは何して遊んでたの?」
「んー、お絵かきゲーム!」
「そっかー、じゃあお兄ちゃんやお姉ちゃんたちも一緒にお絵かきゲームしていいかなー?」
「うんー!」
ふぅ、なんとか話を別の方向へと持っていく事ができたぞ!
そんな事を考えていると、とあが俺の袖をくいくいと引っ張る。
「ねぇ、お絵描き大丈夫?」
不安そうな顔で俺を見つめるとあ。後ろにいた黛もとあの言葉に対して何度も頷く。
「心配するな! 問題ない……!」
ふっふっふっ、こう見えて俺だってここまで何もして来なかったわけではない。
ちゃんとこういう企画のために裏でいっぱいお絵描きを練習してきたんだ。だから少しはマシになっているはず!
ええ、そう考えていた時期が俺にもありました。
「剣崎お兄ちゃん……これ、なあに? ロ・シュツ・マー?」
「ねぇねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃん!! これって、クンカ・クンカーだよね!」
純粋な眼差しでキラキラと目を輝かせる子供たち。
俺にはこの状況で、その絵は猫ですなんて言える勇気はない。
無言で頷く俺と、喜ぶ子供たち……きっと、これでよかったんだと自分に言い聞かせる。
「ドンマイ!」
とあが小さく笑いながら俺の肩を軽く叩く。
「ふふっ……ロ・シュツ・マー……クンカ・クンカー……」
黛はツボに入ったのか、堪えながらもめちゃくちゃ笑ってる……。
「兄様、大丈夫です。絵なんて描けなくても、兄様は最高にかっこいい兄様ですから!」
らぴすに励まされた。でも励まされれば励まされるほど、傷が抉れていくような気がするのは気のせいだろうか?
「あくあさん、大丈夫ですよ。そういうところもファンの女の子的にはポイント高いですから。きっと……」
ありがとうスバルちゃん。でも年下の女の子に気を遣わせてしまったみたいで申し訳ない。
「お兄さんの絵、寧ろオリジナリティがあって、特徴的だし、私はいいと思いますよ。うん……」
ぐああああ、みやこちゃんやめて、俺のライフはもう0なんだよ!
それなのに子供たちと一緒にいたお母様方や、病院の人たちにも慰められてしまった。
くそー、こうなったら、コソ練を続けてもっと上手くなってみんなを見返してやる!!
俺は自らの心にそう誓った!
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