白銀あくあ、自己紹介します。
本日5話更新です。
「すまない、白銀」
スッと一本、芯の通ったはっきりとした声が、俺たち以外誰もいない廊下に響く。
俺が在籍する予定の1年A組、その教室を前にしてクラスの担任である杉田マリ先生は俺に頭を下げた。
高いヒールを履きこなす整った姿勢を見ていると、こっちも自然と背筋がピンと伸びる。
シャツに皺ひとつないところや、サバサバとした喋り方を見るときっちりとした性格なんだろうか。
年齢は20代後半ほどで、瞳には情熱がこもっていて、ショートカットがよく似合っている。
そんな先生が何故か俺に頭を下げて謝罪の言葉を口にしていた。
驚いた俺は、どう対応していいのかわからずに固まってしまう。
「せっかく頑張って入学式に来てくれたのに、今日、登校してきた男子は白銀だけなんだ」
先生の話によると、どうやらこの世界の男子学生は、入学式に来ないのが普通らしい。
ただでさえ学校に通う男子は少ないのに、俺のクラスメイトになる予定の二人は漏れなく入学式をおサボりになられたそうだ。まぁ、そのうち一人は理由があって欠席らしいけど……。
ちなみに少ない男子生徒たちは学校側の配慮によって、1学年1クラスに纏められている。つまり1年は、俺の通うAクラス以外は女生徒のみのクラスしかないということだ。対して女性たちは成績順でAクラスから配置されるために、男子と一緒になりたい女の子は勉学に励まなければいけないという仕組みになっているらしい。
「大丈夫ですよ先生。他の男子に会えないのは少し残念ですが、先生が気にする事じゃありませんし、むしろ気を遣わせてしまったみたいで申し訳ないです」
「そうか……そう言ってもらえると助かるよ。白銀は優しいな」
杉田先生の紅を引いた薄い口元が緩む。学校の先生も中々の激務だと聞くし、特に新入生を受け持つ先生となれば尚更だ。杉田先生も仕事が忙しくて疲れているのだろう。化粧で誤魔化しているが目の下にはうっすらとクマが見えた。
「そんな事ないですよ先生。先生の方こそあまりご無理はなさらないでくださいね」
俺は杉田先生に近づくとジャケットの肩についていた糸屑を手に取る。するとさっきまで平静だった杉田先生が、少しだけ動揺した表情を見せた。
「う、うむ……そうだな、うん」
くるりと後ろを向いた杉田先生は、口元に握り拳を当てて何やらぶつぶつと小さな声で呟く。
「記憶喪失による無自覚と言うやつか? うちのクラスの女子は幸運だな。いや、ある意味で不幸というべきか……白銀が女子生徒に襲われたりしないように注意しないとな」
あっ……普通に気になって取っちゃったけど、これってセクハラかも……。
俺は自らのデリカシーのない行動を反省する。
「あ、すまない。それじゃあ、私が先にクラスに入るので、説明が終わったら名前を呼ぶので中に入ってくれ」
杉田先生は俺を廊下に残して、一人で1年A組の中に入る。
暫くして先生から俺の名前が呼ばれたので、教室の扉を開けて中に一歩足を踏み入れた。
その瞬間、女の子たちから黄色い歓声が上がる。
「やったあああああ! イケメンきちゃぁあ!」
「やばいやばいやばい、マジで顔好みなんだけど」
「いやいや、これがドストライクじゃない女なんていないから」
「え!? 嘘……これって夢じゃないよね? それとも私、朝、トラックに轢かれて異世界来ちゃった?」
「ぐすっ、ぐすっ……頑張って受験勉強してよかった」
「ありがとうございます。ありがとうございます!!」
……なるほど。男子だらけのクラスに一人だけ転校してきた女子生徒はこんな気持ちなのか。
思ったより気恥ずかしくて、どう反応していいのかわからなかったので俺は聞こえないふりをした。
「静かに! お前ら入学と同時に停学になりたいのか?」
杉田先生の強い言葉に、クラスが一瞬で静かになる。周囲が静かになったのを確認した杉田先生は、俺に自己紹介するように促した。
「白銀あくあです。趣味は音楽を聴いたり映画を見たりする事で、自分で歌ったりダンスをするのも好きです。乙女咲は部活動や校外活動も盛んなので、いろんなことにチャレンジできたらいいなって思ってます。あ……あと、あまり友達がいないので話しかけてくれると嬉しいかな。3年間よろしくお願いします」
クラスメイトの皆は、俺が喋り終えるとスタンディングオベーションで迎え入れてくれた。いくらなんでも大袈裟すぎるのではと思っていたが、何故か杉田先生も目に涙を溜めて拍手している。
ただ普通に挨拶しただけなのに、何故こうなるんだ……。
「ふーん、あくあ君っていうんだぁ。顔だけじゃなくって名前も声も綺麗なんだね」
「これって大丈夫なのかな? 声だけで赤ちゃん妊娠しそうなんだけど」
「白銀様、なんて美しい響きなのでしょう。わたくしの運命の人……」
「はぁ……同じ空気吸ってるだけで幸せになる。この空気をタッパに詰めて持って帰れないかな」
「お父様、お母様、ありがとうございます。私をあくあ様と同じ年に産んでくれて、一生感謝致します」
「色んなことかぁ、私も白銀くんと、二人で色んな事にチャレンジしたいな」
ざわざわと騒がしすぎて何を喋っているのかはよくわからないが、好意的には受け止められているように見える。
男は俺一人しか登校してないから、空気読めよとかみたいな気まずい雰囲気にならなくってよかった。
「コホン! 騒ぎたい気持ちはわかるけど、貴女達もう一度言うけど静かにしなさい」
杉田先生の注意のおかげで、クラスは再び静けさを取り戻した。
それでも女の子たちは、近くの席同士の子で俺の方を見ながら何やら囁き合っている。
「白銀、君の席はあそこだ」
「はい!」
俺は先生に指摘された窓際の1番奥の席へと向かう。
女の子たちの席の間をすり抜けて後ろの方へと向かっていると、偶然にも俺の手が動いた女の子の体に当たってしまった。
「あっ、ごめんね。大丈夫?」
手が当たった女の子は、両手で自らのツインテールを握って上目遣いでこちらを見つめる。
「あっ、はぁい、大丈夫でーす」
俺の手が当たった女の子は、俺の居た世界ならメジャーアイドルのセンターを張っていてもおかしくないレベルの容姿だ。そんな子がぶりっ子全開の媚びる様な視線で俺のことを見つめてくる。
嫌な気はしないけど、あまりにもグイグイ来られると逆に冷静になる自分がいた。
「「「「「チッ」」」」」
舌打ちのような音が聞こえたので周囲を見渡すが誰もこちらを見てなかった。
気のせいか……。しかしこうやって一歩引いて周囲を見渡せば、新たな事に気がつく。
このクラス、なんと彼女レベルで可愛い子や美人な子しかいないのだ。
信じられるだろうか? あまりにも非現実すぎて乾いた笑いが出そうになる。
俺は自分の席に着席すると、ほっと息を吐いた。
改めて前を向くと俺の前とその前の席は空席である。
他に空席がないところを見るとこの二つの席が俺以外の男子なのだろう。
まさかずっと欠席なんて事ないよな……?
嫌な予感が頭をよぎった。
まさかずっと登校しないなんて事ないよな?
女子が居る時にはできないような話をしたり、時にはくだらない事をして笑い合ったり、男には男同士の時間も必要だ。特にこの世界の男性は少ない上に、引きこもりが多い。だからこそ高校時代に男の友達を作る事は重要なんじゃないかと思う。
頼む……まだ見ぬ男子たちよ、俺のためにも学校に来てくれ!
俺はそう心に祈りながら女子生徒たちの自己紹介に耳を傾けた。
多数のブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。
レビューの投稿や誤字修正にも感謝します。
先の展開が気になった人は、ノクターン版をご覧いただければと思います。
また同じ話でもこちらとはまた違った感じなので、そこも楽しんでいただけると思います。
本日は更新するかどうか非常に悩みましたが、あえて更新する事を選びました。
ほんの少しでも、生きているこの世界が優しいものでありますように、願いを込めて。