003 狼獣人レイオンとの出会い
二人の騎士から逃れた後、気味の悪い部屋を出て廊下らしい所をポテポテ、慣れない手と足を使って歩いてるんだけど。私に気づいた老人が涙を流しながら、膝を床に付け両手を合わせて拝んで来た。
「??!!」
「白い猫様じゃ、なんと神々しい。もういつ死んでも良いわい」
「ウニャァ・・・(死んだらダメでしょ、長生きしなよ)」
肉球でツッコミたかったんだけど、騒がれても嫌なので素早く移動して老人から隠れる。老人はあたふたして「猫様!?何処へ行ったんじゃ?」と騒いでいるが放っとく。
猫は居ないのか、それとも白い猫がこの世界じゃ縁起物だろうか? ライさんも白い猫に拷問は出来ないって言ってたし。
背筋が寒くなってきたので考える事を止めた。とりあえずその考えを保留にして自分の居場所を考えてみる。
トコトコ歩くと正門より外れた内側の場所で、ヨーロッパにありそうなドーンとそびえ立つ白いお城を見上げた。この城、マンション10階建よりも更にある・・・お城を守るように建てられた壁も白一色。中の広い庭は芝生で整えられ中央には噴水が設置されてる。立派で豪華と言う言葉に尽きる。日本の皇居よりも凄くデカイんじゃない??
人から隠れるように、次は内部を観察。細部にこだわった造りの白い柱に白い天井はシンプルだが、ピカピカに磨かれた一面の真っ白い床の綺麗な事といったら!!
コレクターが喉から手が出そうになる麒麟に似た動物のオブジェらしき巨像、
箱舟らしきモニュメント
何百万しそうな黄金の壺
高価そうな照明器具に、螺旋を思わせる壁に沿った手すり付きの広い階段。
真っ赤な絨毯に白色の蓮の花の絵や丸い魔法陣?を模した刺繍も素晴らしい。新品さを醸し出すその風景に全てが現実味を失くす。場違いな世界に来たような錯覚に頭がクラクラして、滑って転んでしまった。
中庭に繋がっている通路で旺盛に伸びている、草や植物に隠れるようにして通る人を観察する。
身分のありそうな女の人は奇麗なふわふわのドレス。歩く時裾を踏んずけないだろうか。騎士らしい男の人は甲冑着て剣を腰に携えて見回りをしている。この辺は物騒なのだろうか。
そんなの持って日本国内をウロウロしてると、銃刀法違反で逮捕される。
さっきの怪しい部屋での出来事を思い出すと彼らは“異世界”と言っていた。
不思議な手品といい、剣にお城といい、それに・・・自分のこの姿。心の何処かで願ってたんだろうな。“日本であります様に”って。
項垂れながら庭にある広い池を見た。池の中には赤・白、黄・白と色が混ざったまだら模様の錦鯉らしき魚が数匹、優雅に泳いでいる。一瞬美味しそうだと口から涎が出たが、口を引き結んで自分の顔を見てみた。
目に映るのは自分の顔じゃなく猫だ。瞳の色は金色。
可愛らしい猫の姿。自分の白い毛むくじゃらの手を見て予想はしてたがやはり真っ白い毛をしている。自分で褒めるのも何だが、ショートヘアの長さでとても毛並みが良い。頭を撫でてあげたいと思ったくらいだ。
・・・あくまで自分が猫でなく、ここが異世界で無ければだけど。
首元を眺めていると一つの花が目に入る。この花を彼らはピリマウムと言った。花はバラに似ている。茎の根元をリボンでくくりつけられて、自分にとてもぴったりと似合っていた。所詮は切り花、いずれ枯れると思っていたが瑞々しい輝きは何時も失われない。女神の加護があると言ってたので納得した。
鼻を擽る匂いに一瞬何かを思い出そうとしたが、目の前に突然現れた巨大な男に思考を遮られる。
「ニャ?!(ヒィ!)」
「異世界の覇者とは汝のことか?」
「ニャ、ニャア!?(と、突然現れて何このひ・・・と・・?)」
「覇者殿の気を感じ取って挨拶がてら見に来てみたのだ」
一人で喋ってる男の人?はなんと人間じゃ無かった。人間と狼を足したような感じで、顔は狼。紺色の襟の大きく開いた紺色の上下の服にマントを付けていて、胸からは狼特有の毛がふさふさと覗いて2本足で立っている。に、2m位ある。長い槍を背に携えていて、狼の獣人は膝を付き目線を私に合わせてきた。目つきは鋭く月色の瞳が私を観察している様に見える。
「そういえば覇者殿・・・」
「ニャッ?」
「守護獣はどうした?」
「ニャ?(守護獣?)」
「守護獣無くしてファインシャートは救えまい。まさか猫だから守護獣はいらぬとか申さぬよな?」
「ニャ、ニャア(もう、知らないよぉ・・・)」
「守護獣は居た方がいいぞ。覇者が従属にした獣は普段の何倍もの力を引き出せるし、主を命をかけて守護するのだ」
「ニャア(この嘆きを猫の神様に・・・)」
「だが獣は簡単には屈せぬだろう。精々頑張ることだ」
「ニャ(ハァ)」
「我の名はレイオン・リディカン。我を従属にしたくば我を打ち負かせ。いつでも相手になろう」
ムキムキの筋肉狼に勝てる訳ない。何して勝負するんだよ。猫の手じゃジャンケンも満足に出来っこないのに!!
「覇者殿の名は?」
「ニャア・・・(理緒・・・)」
「リオか・・・良い名だ」
「!」
「我々獣人は獣の言葉が分かる。獣達から話を聞いてみると良い。宮殿に居る獣達は気性は穏やかだ。攻撃せぬ限りは害は無いだろう・・・が」
頭を撫でられた後、レイオンに匂いを嗅がれる。
「この甘い匂いに刺激されて押し倒されぬようにな」
「!!」
「メスの甘い香りがする。覇者殿は猫だが、この匂いには獣や我々獣人でもくすぐられる。獣の本能には抗えない奴もいる、気を付けろ」
勘違いして慌ててピリマウムを外そうとした。けど私の、猫の手では外れない。
おたおたしてる時にレイオンは私の口元をペロリと舐める。その瞳は獲物を狩る時の瞳に似てる――
「ニャ、ニャ、ニャ・・・!!!(な、な、な、何ィ??)」
「元々の覇者殿の体臭だ。子を産む適齢期に達しているのだろう。自身で気づいていないだろうが自然と醸し出している。獣人や獣は人間とは違い嗅覚が数百倍あるからな」
「!!!(もしかしてフェロモンの事??)」
顔が真っ赤になる。
そんなの出してない! と反論しようとした所、突然レイオンが押しかかって来た。
雷にも似た白い魔法陣が私の前に現れる。レイオンもその魔法陣に最初は驚いて、すぐに推察しだした。
「エリシュマイルの加護か・・・やはりその花は本物。主の危機に察して瞬時に守護の魔法陣を張ったようだ」
狼独特の自分の指からプスプスと煙が出た状態を、無感情に眺めている。魔法陣に触れたのだろう。手から煙が出て焦げ付く匂いがする。
「それに、その花の香りは一種の魔除けともなる。その花は外さない方が良い。自分の身を守れなくなるからな」
ペロリと焦げ付いた自身の手を舐め、こちらをねめつける。空気の温度が若干下がっているのは気のせい?
本能が逃げろと通告してくる。ここから、レイオンの前から逃げたい。
心臓が激しく踊り出す。弱者が強者に出会い、敵わないと悟る時と似ている?
右足を後ろに動かしたとき――
狼の獰猛な気を孕んだ月色の瞳が理緒の姿を絡めとる。本能で危機を察知して体中の毛を逆立てた。小さい体を使って精一杯威嚇したのだが、素早い動きでしっぽを掴まれて急に力が抜ける。魔法陣がバチチッと私を擁護するが、反応を予測していたのか、レイオンは咄嗟に避けた。
・・・やられてから魔法陣が出現するって遅くない? しかもレイオン避けてるし。役に立たない魔法陣に、弱点である己の尻尾。初っ端から不満で不安の二重奏に苦しんだ。
「主以外には外せぬから安心しろ・・・と言っても猫の手では外せぬか」
ポンと頭に手を置かれて静かに理緒から離れた。理緒はいきなりの事で呆然としている。
「女神の加護に頼り切ったままでは守護獣は得られない。全てに強くなる事だ。リオ―――」
そう言って高く跳躍をし、屋根の上に跳んでから風の様に去っていった。
「ニャアァァ・・・」(猫のままでどうやって強くなれってのよ・・・)
へたり込んだまま、レイオンの馬鹿ーーっと猫語で叫びながら猫の手を空に掲げる。天気の良い、眩しい程のお陽さまが少し憎らしかった。
―――その頃のプロテカの神殿―――
首都ディッセント国から北に数キロ離れた、海に面した場所にある水色の建物の神殿。
神殿を囲むように流水が流れ、その上にはレンガの橋を設置している。出入口に設置された、排水口から勢い良く下へ流れる滝が、悪しき魔物や人物を選別しその役割を果たす。
潮風にさらされた建物や建築物は劣朽が激しい。だが不思議な力の恩恵で幾多の時代を耐え抜いた建物は、欠ける事無く今でも立派に大地にそびえ建つ。この地にしか咲かない、国花とされている蓮に似た白い花が申し訳ない程度に神殿の周りでひっそりと咲き、今の時代を写し取った様相が窺える。
奥へ進むと、海から汲み上げた水が止め処なく溢れ、広く深く縁取られた層によって水が溢れだすのを食い止める。それぞれ四方に貫通された排水溝によって、それが一旦壁の中を上昇すると外に繋がる窪んだ場所から清涼水として流れ出す。
透き通った川となってディッセント国の貯水池まで流れ出るのだ。云わば建物自体が浄水装置の役割を果たしていると言っても過言では無い。国の要ともいえる。
大切な役割を指し示すかの如く、中央にそびえ立つ神聖な祭壇に祀られているのは、偉大なる海の神ティアレストの彫像。
海の生物に止まらず、海産物や魚介類・海の天候や嵐も司どり管理する神。
性格は穏やかだが海を汚す者、不正を働く者には制裁を加えるいう二つの面も併せ持つ。水の精霊の使役する眷属とも称され、彫像で誇示されていた。
体を埋め尽くす水色の鱗、手には生命を司る丸い玉を持つその姿は竜神によく似て口の辺りに二本の長い髭が生えている。
喧騒とは無縁と思わせるその神殿で、聖なる職に就いている巫女・神官共に大騒ぎしていた。それは今まさにファインシャートを唯一救える覇者が、30年ぶりにこの世界に来た事を察知したからである。
ここ数年雨が少ない割には、台風並みの嵐が来たりと作物が十分育たなかったりして世間では悩みの種となっていたのだ。全ての民が豊かに飲める程の雨が降らない。雨が降らない時の方が多いので、ティアレストの力の恩恵で海の水を飲料水に変えて貰っていた。
いつも通り、神殿で従事していた巫女達は信じられない思いで空を見上げる。
雨が降っていないのに空に美しい虹が出ていたのだ。雲の合間からは太陽が差し込め黄金色に染まる神秘的な景色に、神官・巫女ともに心を掴んだのである。
稲穂が健やかに育ち、神殿の周りの蕾だった白い蓮の花が一斉に我先にと咲き誇り、甘い芳香が香り立つ。
大木に実った果物は更に大きく膨れ、陽光に照らされ瑞々しい輝きを放つ。
窓から海を眺めれば魚たちが元気に跳ね飛ぶ。
涼しい春風が流れてきて、精霊と女神の祝福が乾いた大地に降り注いだ。
30年前の覇者の時は数多の流れ星が流れ、凶作を防いだ記憶がある。大いなる恩恵に、今度の覇者も女神のお気に入りと解釈する。巫女と神官達は女神と精霊に感謝の祈りを捧げ、王都にこの事象を急いで伝えに行った。
神殿から来た使者から空に掛った事象の事を詳しく聞いた王、ハシュバットは妃と共に王宮から空を見上げた。空には見事な美しい虹が掛っている。その場に居る誰もがこの事象を大いに喜んでいた。ただ、誰もが気付かずにいた。新たな覇者の存在を確認出来ていない事に。
「まだ見つからんのか!」
最初に気付いたのは召喚の間で、気絶した姫を医務室へ運んでいる、自らの甥のイールヴァとライウッドを見つけた宰相エヴァディスだった。神殿から使いが来た事を知って自らも足を運んだのである。
前王が就任していた頃からの切れ者で、エヴァディスは二人が騎士になる前の子供時代を知っている。つまりイールヴァでさえエヴァディスを苦手としている。
表情を険しくして二人から事情を聞いた時は、顔を青くして騎士や兵士たちに命令して覇者の可能性のある白い猫を捜せと命じたのである。
白い猫はこの世界では神の使いとして表され、しかも希少種なので誰もが難色を示した。しかも穢れ無き色、全ての色を統括する純白の色を持つ獣は今この世界にはいない。位で言えば王族と同等かそれ以上。捕まえて愛玩動物にする等、神に冒涜するのと同じだからである。
「ところで何故異世界の覇者殿は突然逃げ出した?」
「そ、それは・・・」
「姫は気絶、覇者殿は行方不明、何か弁明があれば聞くが?」
玉座に座るハシュバット王は苛立ち紛れに指をトントン叩く。姫が気絶したと言った時点で王の威圧感が増し、その場の空気が重くなる。普段の穏やかな王からは想像が付かない。
「「申し訳ありません」」
玉座に座る王の言葉に答えれない近衛騎士の二人からは、曖昧な答えが返ってくるばかりでどうにも的を得ない。
それもそうだ。猫と相対してる時に、拷問の話をして睨んだり、挙句の果てに猫にデコピンを放つ始末。
猫に恐れを抱かせるには充分過ぎる。怖くて逃げだすのも無理は無い。
姫に関しては猫を覇者かどうか確認せずに気絶したのだ。近衛騎士が付いていようが召喚の間まで連れて来たのは如何なものかと。何か遭ってからでは遅い。
ライウッドは王に答えようとするが苦い顔でイールヴァに止められる。あの猫が本当に覇者か証明されないと、言うのはまずいという事だ。ピリマウムを持っていようが持っていまいが、女神の加護を得ていようが猫なのだ。何かの間違いじゃないのかと勘ぐっている。
ぬか喜びさせてもし猫が覇者でなければ皆の期待を反することになる。そうすれば猫共々、首を切られるかもしれない。いや、白い猫は神の使いと称されるから切られるのは自分達だけか―――思わず猫より下かと憤る。
ライウッドは溜息をこぼしながら、目を伏せて歯噛みしている銀髪の親友と一緒に自身も猫の捜索に加わった。しかし必死の捜索も空しく、結局白い猫を見つけられないまま夜を迎える。
補足:首都ディッセント王国
首都の北にある海に面した神殿 プロテカ
狼獣人 レイオン・リディカン
王様 ハシュバット・イリオス・ディッセント
宰相 エヴァディス・オルセウス