033 デルモント観光 後編
「リオがデルモントの世界の女神だとして、証拠はあるのか? 肉体とか、見限ったなど・・・貴様、リオをこれ以上侮辱してみろ。オレが許さない!」
私の体を力強く抱きしめ、感情を高ぶらせるガウラ。足元から冷気が漂い、今にも塩王子に向かって鋭いツララを出しそうだ。
「確かな証拠は、今は無い・・・しかし、それは祭りで証明されるんじゃないか? 肉体の事も・・・今の俺には何も言えないが、猫のリオには思う所があるはずだ」
「・・・」
「リオ?」
土台となった黒水晶の少し高い位置に立ち、水晶の中に居る人物を寂しげに眺める塩王子。その後、無言の私を見て確信めいたものを掴んだらしい。
「貴様は憶測だけでリオを侮辱するのか。もし仮に彼女がお前の言う女神だったとしても、周りに居る者や慕う者を、リオは絶対見限る事なんかしない――!」
「ニャ、ニャア(ガウラ・・・)」
ガウラは精一杯私を庇ってくれる。
塩王子が言う、シャラ・ステアさんが私とはまだ特定出来ていない。それらはあくまで、単なる仮説を立てている状態に過ぎないと、ガウラが弁護してくれているからだ。
「・・・もうそろそろここを出る。次は先程海の上で会った、マルル三兄弟の家まで行く。誘いを受けているからな。お前達も来い」
「・・・」
「行こう、リオ」
二人には言えなかった。
ほんの少しだけど、昔の・・・水晶の中に居る彼女の言葉を思い出したなんて。
彼女に触れたい衝動を抑えて、私を入れた三人は神殿を出る。
****
黒水晶の神殿の外側で待ってくれていた、灰色の飛竜さんの背に乗って一同は元来た道を戻る。紫鉱城へ訪れる前に、ルビリアナさんと途中に立ち寄った建物へと、三人はやって来た。
円柱型のレンガの建物にツタや茎が螺旋状に巻かれ、所々に赤い蕾が付いている。もう少しで花開きそうだ。
「ソ、ソルトス殿下っ!」
私とガウラ、塩王子が建物に近づくとローブを纏ったペンギンが走り寄って来た。外に取り付けてある階段から降りて来て、恭しく頭を下げる。
「マルルか。出迎えご苦労」
「勿体無いお言葉ですぅ! 遠い所、足をお運びお疲れ様でした。ささっ、中でコパパとモモチが待ちわびてます。狭い我が家ですが、どうぞお入りください~~」
ソルトス・・・塩王子の背の半分にも満たないペンギン、マルルさんは私達の背を押しやって部屋の中へと招待してくれた。
「ニャアアッ(お邪魔しますっ)」
玄関らしき場所から、星模様で作られ、吊り下げられた暖簾をくぐると、水晶で出来た透明の床が目につく。自分の顔やガウラの顔、塩王子の顔も映るほど透き通っていた。
居間の中心には紫水晶を研磨した丸いテーブルと、淡く光る紫鉱石、オレンジ色の鉱物が部屋の隅に置かれ部屋の内部はとても明るい。ふかふかの大きいクッションが複数と用意され、ガウラと一緒に座り込んだ。
「ソルトス殿下、今モモチが魚をさばいてます。暫くごゆるりとおくつろぎ下さい~」
平たいヒレの様な手をうまく使って、マルルさんがお盆を使って飲み物を運んで来てくれた。グラスに入ったジュースは中身まで紫色で、匂いはブドウジュースみたいだ。ガウラと塩王子は遠慮無く飲んでグラスを空にし、私はというとお皿に入れてくれたミルクを飲ませて貰った。
「マルル、あまり気を使わなくて良いからな」
「そんな事無理ですぅ・・・」
塩王子に頭をペコリと下げて、空になったグラスとお皿をヒレで受け、奥の部屋へとマルルさんはぺたぺた歩いて行った。暫くすると、香ばしい匂いが部屋に漂ってくる。
「ニャ、ニャアアッ(いっ、良い匂いぃぃ~~♪)」
「リオ、今度はオレがあの海で魚を狩ってくるからな」
「あの紺色の海は、殺人怪魚がわんさかいるからな。巨大ホタテや鋭鋏蟹、海蛇、凶暴ウツボもいるし、至高毒・ウニくらげもいる。獲物には困らないだろう」
・・・ねぇ、それ全部食べれるの?塩王子が言葉を並べた獲物ってば、全部凶暴そうだ。
ガウラに仕留められるか心配になった。
奥から出て来たマルル三兄弟の内一人が、大皿に大量の刺身を盛って居間に入る。
焼き魚、焼きホタテ、ぷりぷりの焼き巨大エビ・・・更には蟹が入った大鍋を持って来た。入りきらないのか、鋏と目玉が鍋の上部からはみ出して見える。
もう一つの台に乗せると、居間に勢揃いしてそれぞれ簡単な自己紹介が始まった。私とガウラの名前を告げると、ペンギン三人は順番に喋り出す。
「ようこそ我が家へいらっしゃって下さいました。私が長男のマルルです。特技は電光石火の如く動く事です! 好きな人はルビお嬢さま・・・あっ、言っちゃった! 趣味は砂の楼閣を造る事。耐久魔法掛けて貰って、ルビお嬢様との愛の巣は是非そこで・・・!」
ペコリと頭を下げるペンギン。つぶらな黒い瞳がキュートだ。平たいヒレを顔に当て、唸りを上げてくねくねと悶えている。それらを視界に入れた隣に居る二人のペンギンが、目付きを悪くして顔を不快気に歪ます。短い両足で力強く足を踏みつけると、「ピギャッ!」とマルルさんは悲鳴を上げた。
「どおも、二男のコパパです♪ 僕の特技は歌とダンスです! 優雅に踊るスローダンスから、情熱的に動くダンスまで踊りますよ! 好きなあの子は勿論ルビお嬢さま~~人生のパートナーにしたい~~ららら~~♪ お嬢様と僕の生まれてくる子供にも~~、ダンスをたくさん教え込みますぅぅ~~♪」
くるりと一回転して、ウインクを一つ。
すると、低い声が耳に届いた。
「紅石に宿りし熱炎、言霊にのせて炎を開放せよ、――炎核――!」
ボッ!!
更に隣に居る、白いエプロンをしたペンギンが紅い鉱石をヒレで器用に持ち、火を出した。お尻部分にある、短いシッポらしき場所にヒレをかざして三秒後、赤い魔法陣が現れる。中から勢いの良い炎がお尻目掛けて火を噴き、煙が立ち昇った。コパパさんは沢山の脂汗を流して、「ピギャアァァァ~~!!」と叫び、床にゴロゴロ転げまくって放心状態。痙攣して、嘴から涎が流れ出ている。
「え~~、ゴホン。お見苦しい所を失礼しました、三男のモモチですっ! 特技は料理。空を飛ぶ事も出来ますっ。好きな人はルビお嬢様・・・愛してますぅぅ。いつか空中デートにお誘いしたいでっす! 僕の手作り料理を食べさせたい・・・いやいや、僕も美味しく食べてほしっ・・・ゲフッ!!」
二人の兄から激しいタックルを受け、最後まで言葉を発する事が出来なかったモモチさん。白いエプロンには自身の血が付き、暫くは床に倒れていたが驚異的な回復力で復活した。
「ニャオォォ・・・(デ、デンジャラス三兄弟だ・・・)」
「でんじゃらす?」
「ニャアアア(直訳すれば、“危険な三兄弟”だよ。ガウラはこんな真似しちゃダメだからねっ)」
「リオが関わっていなければ、きっと大丈夫だ」
「・・・(否定できないから不安だ・・・)」
三兄弟の黒い瞳はうっとりと、既に遠い所を見つめている。
それぞれ別世界へと思考が飛んで、ルビリアナさんとの都合の良い夢を見ている。半目で宙を見据え、ハァハァと興奮している。ルビリアナさんがバフォちゃん一筋だと言う事を、彼らの耳に入れていないとは思えない。横目で塩王子に目線を合わすと・・・
「・・・俺は何度もマルル達に言ったぞ。もうルビリアナを追いかけるのは止めろと。だがこいつらは、それでも聞かないんだ」
大鍋からお玉で掬いあげたスープを皿に盛り、優雅に飲む塩王子。
鋭鋏蟹スープだと教えられ、鋏の部分をねじり、身とスープを猫用のお皿に注いで貰った。まろやかな味と香りは絶品だ。舌鼓を打っておかわりした。
「ニャアアァ(崇拝に近いかもねぇ)」
「よく分からないが、一途に誰かを愛するのは良い事だ。オレは、これからもリオ一筋だし・・・」
塩王子が身をほぐすさまを見て、ガウラも挑戦。ほぐした身を私の口元まで持って来て、食べさせてくれた。
あっちからもこっちからもハートが飛び、ガウラも彼らに便乗して惚けだす。これでもかとキスの雨を降らされ、もう好きにしてと抗う事を止めた。
****
三兄弟による、豪華なグルメツアー並みの食事を皆で平らげた後、長男のマルルさんが造った“砂の楼閣”とやらを見せて貰いに移動する事にした。
「ニャ、ニャオオッ!(マルルさん達、凄ッッ!)」
私とガウラ、塩王子は外で待機して貰っていた灰色の飛竜さんの背に乗って空へ飛び上がる。マルルさん達ペンギン三兄弟も、ヒレを使って空を自由に翔け出した。懸命にヒレを上下に動かして、飛竜さんについて行く様は見事としか言い様が無い。
「ニャオッ、ニャオォ!(ねぇガウラ、ファインシャートにもマルルさん達みたいなペンギンはいるの?)」
「オレは直接見た事無いが、カイナの仲間に噂を聞いた事がある。リオが言う“ペンギン”かどうか解からないが、空を飛ぶ短足の胴長動物の事を」
「ニャ・・・?(えっ、動物・・・?)」
「ファインシャートでは、魔に属す要素を持つ者の瞳の色が紫色なんだ。だからあいつ等マルル達三兄弟は魔物じゃ無い。空を飛べるのも単なる性質だと、カイナに居た時のオババに教えて貰った」
彼等三兄弟は、魔物じゃないの??
ガウラにキスされながら教えられる。
「ニャアア!!(お、お城・・・!!)」
お城はお城でも、砂のお城。
砂で出来てるから土台が脆い、だから砂上の楼閣なのか。ガウラと二人でしげしげと眺めていると、
「マルルが作る砂の象や物体は、既に職人やコロボックルの技師の域に達している。まず土台から内部へと耐久魔法を掛けて、徐々に外側へと空間を増やすんだ。もうデルモントの名物だな」
「えへへっ、ソルトス殿下に褒めてもらえるなんてぇぇ・・・うう、職人冥利に尽きますぅ」
「紫鉱城にもまた来い。父も喜ぶだろう」
「はっ、はいっ! 有難う御座いますぅぅ・・・!」
マルル兄上、良かったね!と、二人の兄弟からも褒められている。実際、細かい装飾から垂直に伸びた壁まで、寸分の狂いも無く建てられている。ファインシャートの、王様が居る王宮も凄かったけど、コレはまた・・・
「ニャ、ニャアアッ(マルルさん、どうして砂でお城を造ろうと思ったの?)」
「ユキハルさんに勧められたんですよ。お前は才能あるって・・・あっ・・・、」
自らのヒレを口に当て、途端に暗い顔になる。三兄弟や、塩王子まで暗い雰囲気だ。もしかして、デルモントではタブーなのだろうか?
「ニャアアアッ、ニャアア(答えられないなら言わなくていいよ。ところで、もうすぐお祭りがあるんでしょ? どんなお祭り??)」
“ユキハル”の事は、とりあえず置いておくことにした。だって、塩王子さえも教えてくれないのに、彼の前で喋るなんて無理がある。だから近々あるであろう“お祭り”の事を、先に訊こうかと思った。
「・・・僕らにとってはとても意義のある催しです。デルモントの世界が一転するかもしれないんですから。ああ、今から楽しみ・・・」
「六種の精霊を呼び出した後、統括精霊を喚び出すんです。“ユキハル”さんの時は無理でしたから「「兄上!!」」・・・ピギャッ!」
「ニャアア?(ホントに?)」
コパパさんとモモチさんに窘められ、落ち込むマルルさん。
“ユキハル”・・・私と同じく、ファインシャートでの覇者だった白い猫。
港町ポネリーアに入る前、ライさんに言い伝えとやらを教えて貰ったんだった。統括精霊・・・“パンナロット”を使役出来るって、確かに聞いた筈だ。だからマルルさんの、さっき言った“無理”という言葉に矛盾を感じてしまう。
「ニャアア・・・(どうして? どうして“パンナロット”を喚び出せないのに、“ユキハル”さんがファインシャートを救った事になるの?)」
段々イライラして来た。何でこうも話の内容が掴めないのか。
皆が私に嘘をついてるのか疑問を持って見ても、彼らの反応を見ればそうでもないみたいだ。
前を見据える塩王子と、無言になった私達は、砂の階段を上り広々とした玄関を目にする。
三兄弟の家で見たオレンジ色の鉱物が、室内を温かい空間に作り出している。鉱石のお陰で、きっといつまでもほんわかと照らし出してくれてるんだろう。自分が元居た現実世界での、ハロゲンを思い出した。
二階へとさらに階段で登り、眺めの良い窓から外へ繋がるテラスに出て一同、感慨に耽る。
「シャラ・ステア・・・いや、リオ。お前はデルモントを見て、どう思った?」
紺色の海を眺めながら、塩王子がポソリと呟く。潮風が流れ、金髪はそよぎ、闇夜に映える。
ガウラに抱き上げられたままの私は、今までの感想を正直に答えた。
「ニャアアアアッ(面白い所だよねっ。凶暴そうなサメの魔物から、優しい飛竜さん、ルビリアナさん、魔王さん、塩王子、マルルさん達三兄弟まで居るんだから。デルモントも、ファインシャートも私は好きだよ)」
「リオが好きなら、オレも好きだ。それ以外は何も無い」
これが私とガウラの正直な感想だと、胸を張って告げた。
塩王子は前を向いたまま、視線を動かさないで喋り出す。
「先程での会話だったな・・・ユキハルは確かに“パンナロット”を喚び出す事に成功はした。しかし、直ぐに姿を消したんだ」
「ニャ?(え)」
「あいつも、口ではデルモントを良い世界だと褒めてたが、ファインシャートを選んだ。結局、覇者は人間の味方をする」
「ニャアアッ(ちょっと・・・!)」
「デルモントでの“祭り”とは、パンナロットの恩恵を決める為の催しでもある。もし、リオがデルモントを選んでくれた場合――」
紫色の瞳が私の姿を捉える。
縋る様な眼差しなんて、今まで見せた事無かったくせに。
「太陽の主導権もデルモントに移る。闇夜の世界での星もまた拝めるだろうな」
どちらかを選べだなんて、どうしてそんな酷な事言えるの?
次の更新予定は・・・来年以降です。今から書いとけば、気持にも余裕ができますからね! (すでに燃え尽きた・・・)ただ、手を加えるなら話をちょこちょこと修正するかもです。
とりあえず流れとしては次話が、ルビお嬢様と塩王子がファインシャートへ戻る話になると思いまふ。多分・・・