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白呪記  作者: 楽都
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016  二つの激情

リオと離れた後の彼らから。


 〜〜ガウラ視点〜〜


 リオの白い手足が人の足に隠れて、彼女の位置を確認する事も出来ない。

 オレが付いていながら、離ればなれになってしまった。

 離れたくない、傍にいたい、そんな心とは裏腹に足がすぐに動かなかった。リオの喜怒哀楽は、言葉を発しなくても少しづつだが守護獣のオレにも伝わる。


 リオが涙を流した理由――


 原因はオレが泣かせた様なものだと肌で感じ取った。

 オレを守護獣にした事を負い目に感じている。

 彼女の心を雁字搦めにしているのは、強い罪悪感。

 オレから自由を奪い、主従関係を結んだ事を後悔しているのかもしれない。でも、それは守護獣になる前に二人で一緒に納得して儀式を始めたはずだった。だからリオが悲しみに苛まれる理由なんて無い。じゃあ、泣いたキッカケとは??

 

「ガウラ殿!!」


 ハッとして顔を上げる。

 喧騒とした場所に人々が複雑に入り混じる中で、向こうからやって来たのはこの国の宰相エヴァディスだった。リオが姿を見せない事を疑問に思い、周りを見回す。


「ガウラ殿、リオ殿は・・・?」


 沈黙を貫く中、人々の忙しない声が辺りにひしめき合う。


「・・・リオは、リオは何故泣いたんだ? オレは何を言って彼女を傷つけた??」


 宰相の問い掛けを無視して、疑問を投げかける。

 この国の宰相なら、コイツならリオの泣いた理由が分かるんじゃないかって、答えをくれるんじゃないかって、脳内で導き出した。当然その問い掛けに驚いた宰相は、一瞬目を見開いてオレを見る。


「それで、私に答えを聞いてガウラ殿はどうする気だ?」

「・・・」 

「誤解を解くには当人と話し合うのが一番だ。喧嘩したのでは無いのだろう? 話せばリオ殿も分かってくれる」

「そうだろうか・・・」

「リオ殿を捜しに行こう。彼女はこの世界の貴重な“覇者”だ。彼女を欲しがる輩は沢山いる。良いのか、他の奴に盗られても?」


「!!」


 リオを欲しがる?!

 リオは、オレの主だ。他の誰にも渡さない――!!


 拳を握り締め、やる気に満ちたオレを見届けたエヴァディスが、ニヤリと口角を上げる。

 ・・・今の、絶対ワザとだな。


「その意気だ。イルとライ、姫と私で手分けすればリオ殿は見つかるだろう」


 フッと笑んだかと思うと次の瞬間にはもう無表情になり、いつも通りのエヴァディスに戻っていた。


「感謝の言葉は覇者殿が見つかってからで良い。さあ、行こう」


 ――やられた。オレにやる気を出させる為に、あんな言い方をしたのか。

 流石に、この国の宰相なだけはある。こいつと、それに現国王にまだオレは敵わないか・・・

 オレは力強く頷き、背中をポンと押されて二人の近衛騎士とフリージア姫の所へ赴く。道中、フと最後に思った事を口から出していた。


「なぁ、」


 大勢の人がごった返す中、前を歩くエヴァディスは立ち止まりコチラに振り返る。


「アンタならリオが泣いた理由が分かったのか――??」

(リオの泣き腫らした顔が頭から離れない)


「私が何年生きて、沢山のモノを背負ってきたと思っている?」 

(次に見る顔は、リオが笑っている顔だ)


「ポネリーアを含めたディッセントの国民、この国の兵士や近衛騎士団、性格に難有りのイールヴァと能天気なライウッド、お転婆だが心優しいフリージア姫、それから・・・・」 

(沢山の時を、リオと共に歩みたい)


「この国の両陛下を陰ながら守っているのだ。言わずとも分かるだろう?」

「そうだな。無粋だった。だが、流石に年を食ってるだけあるな。年長者の意見は参考になる。こう言うの、“年季が入ってる”って言うんだろ??」


 リオが日常に使った言葉を忘れずに使う。

 使った言葉や物を共有したいとさえ思う。

 彼女にとっては取るに足らない冗談も、言葉を新たに学んだ“トイレ” も、オレだけが当然知っていて、使えれば良いのにとさえ願う。


「どこでそんな言葉を覚えた? ・・・そうか!」


 エヴァディスは一瞬顔を引き攣らせ、合点がいくとニヤリと笑う。

 クックッと笑いを押し込み、お互いの拳を頭上で軽く突き合わせた。


「それだけ常套句が言えるなら安心だ」 

「アンタも、年下の意見を聞きたくなったらオレに聞いてくれて構わない」


 その時が来たらよろしく頼むと、姿勢を正していつも通りの無表情で言われた。

 あのエヴァディスの顔を引き攣らせ、笑わせられるなんて。リオが使う言葉はどれも新鮮で強烈だ。



(キミの存在は、深海に沈んだオレの心も浮かせる事ができる)



「カイナは長命だと聞く。ガウラ殿は見た所成人していると見受けるが?」

「百年生きて漸く人間で言う十歳位だ。オレは百五十年程生きてるから、これでもフリージアや二人の近衛騎士と同い年なんだぞ」

「百五十年・・・!!“年季が入っている”のはガウラ殿ではないか・・・」


 もっと知りたいと欲が出る。


 こんなにも色鮮やかに世界が広がり見えるんだ。



「さあな。だが誰が何と言おうと、リオにとってのオレはこんな奴なんだ。年の差なんて関係無いだろう?」





 次からは離さない。覚悟しろ、リオ――





 












 



 〜〜イールヴァ視点〜〜


 国民が中央広場に溢れだす中、鼻水を垂れ流したマヌケ猫が、守護獣ガウラに連れられて一時的にこの場を離れる。中々帰ってこない二人を心配して、二人の後を追ったエディス叔父さんもいなくなった。フリージア姫、近衛騎士ライウッドと顔を見合わせ、俺を含めた幼馴染達は話しだす。


「・・・リオちゃん泣いてたね。ガウラを守護獣にしたの、後悔しちゃったのかな?」 


 いつもの元気さが無い、沈んだ声でオレの幼馴染は喋り出した。


「そんな、リオ様はガウラ殿の事を思って涙を流したんだと思うわ。自分の命を、一種の賭けだなんてそんな事を言われれば、誰だって胸が痛むもの・・・」

 

 姫は胸に両手を当てて俯いている。

 自分の父が国王として下した判断を、良いものと解釈しないのは姫の長所であり、短所でもある。王族としてはある意味自我が強すぎるんだろう。


「だからって、あいつに謝罪するのはお門違いだ。それに国王陛下が選んだ選択は、この国を想っての事。犠牲の上に成り立つモノも確かにあるだろう? 陛下は権力者として当然の答えをお出しになったんだ」  

「そ、それはそうかもしれないけど・・・」


 言い淀む言葉が紡がれる。

 フリージア姫は将来この国の女王だと確定されている。大切な人物やモノを天秤に掛けられるとどちらを選ぶのか、王になる立場で考え抜いている。国を引き合いに出され二者択一を迫られた時、それは姫を戸惑わせ苦しめるだろう。

 歴代に並ぶ、どの国王よりも素晴らしく頂点に立つ存在でこの国に君臨して欲しいと願う。ライウッドと二人で姫をどんな苦難からも守り、支えていく覚悟もある。それが最終的に、王族と部下という関係に落ち着いてもだ。


「ねぇ、イルに聞きたい事があるのだけど・・・どうしてリオ・・・覇者様にあんなに冷たい態度を取るの?」

「あ、それは僕も気になってた。イルはリオちゃんと出会った時から変わらないよね」 

 

 俺の日頃の態度が気になった姫、幼馴染のライウッドは“覇者”という単語を出した後の俺の不機嫌さを見ていぶかしぶ。二人からの執拗な問い攻めに、渋々ながら答えた。

 

「・・・30年もこの世界に現れなかった覇者に、どうして異世界の人間に全てを託そうとするんだ。俺達の世界なら、俺達でどうにかするのが筋じゃないのか?」


 疑問に思っていた。どうして覇者となる者は異世界の者だろうかと。今のマヌケ猫が現れるまで30年、この世界に居る者は苦難の生活を強いられた。

 魔族に襲われるのは日常茶飯事。盗賊に襲われるのも当たり前、我が国の弱体化に狙いを付けた他国との戦争。そう、今までは覇者の代わりにハシュバット現国王が荒廃した世界を平和に導いたのだ。彼失くして今の平和は有り得ない。

 

「私達がどうにかしたいのは山々なんだけど、やっぱり覇者様が居るのと居ないのとでは天地の程の差があるわ。イル、それは貴方が一番よく知ってるんじゃないの?」

「・・・」

「私の体の中を駆け巡る魔力が濃い密度となって、魔法の精度もグンと上がったわ。ライウッドは? あなたは何か手応えを感じない?」

「僕も同じく。魔法を使うと少しばかり倦怠感が残るんだけど、あまり気にならなくなったよ。精霊達も喜んでんじゃないかな?」


 一番顕著に実感しているのは魔法を使える魔術師達だと、姫やライウッドは評論していた。確かに二人の言う事も一理ある。

 俺が持つ雷を宿した宝剣カルナックは、通常だと長時間雷を放出出来ない。自らの魔力を充電してやって、改めて破壊力抜群の切れ味を保つ。しかし間抜け猫がこの世界にやって来てからは、その頻度が少なくなって来たように思う。つまり自分の魔力も上がったらしい。使い勝手も良くなったが・・・


「リオちゃんがやって来てから、良い事尽くめだと思うんだけど」

「ライ・・・」

「魔族は来たけどね」


 違う、そうじゃないんだ。俺の言いたい事はそれじゃ無い。

 覇者の降臨で魔法の精度が何故上がる?

 詠唱無しで水の魔法を何故引き出せる?

 女神の加護を持ち、且つ万能薬として今では滅多に目にかかれないピリマウムを何故所持してる?


 出来過ぎた話に何故皆気がつかない。

 異世界だぞ。そんな訳の分からない世界から来た存在に、この国の全てを託すのが問題無しとでも言うのか。


(ふざけるな――)


 今の世界でも凶作だが、前の覇者が居なくなった直後は今と比べようも無いくらいの大不作の年だと古書に記録されている。異世界だろうが何だろうが、もっと早くこの世界を訪れてくれてれば、こんな思いはしなかった・・・


「っ、少し頭を冷やしてくる」

「あっ、イル!!」

 

 シートに座った体制から、素早く立ち上がると引き止めようとしたライウッドの静止を振り払い、暫くテントの裏に一人で佇む。考えれば考えるほどド壺に嵌まる自分が情けない。楽天的に考えれば良いのか、それとも疑いながら接していくのか? だから俺は奴の尻尾を掴むまで、皆から一歩引いて観察している。この世界に、奴がどういう風に干渉してくるのか。


(見ものじゃないか――)


 陛下に、姫に、ディッセント国に仇なす者は誰であろうとこの俺が許さない。

 それが覇者と呼ばれる者であってもだ。






宰相とガウラのグータッチ。

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