パートナーに任命されました 2
翠藍はまた引き寄せられるように上を向いた。その視線の先を追うと、青白いライトがまるで光のトンネルのように輝いていた。
翠藍と今日来ている街──六本木は都内有数のイルミネーションの名所だ。今歩いている六本木ヒルズのけやき坂の並木にはLEDライトが無数に煌めき、幻想的にあたりを照らしていた。坂を下る方向を向けば、ビルの合間から東京タワーが根元近くまで顔を出していて、より一層クリスマスムードを盛り上げている。
「まあ、由来はよくわからないけど綺麗だからいいじゃない。あとは、大きな鳥の丸焼きを食べる人が多いよ」
「鳥?」
「うん、そう。私は丸ごと焼いたのは食べたことないけど」
「食べたいのか?」
「うん、でっかいのを食べてみたい」
「でっかいの……」
「けど、食べきれないし、丸ごとは結構高いし。ねえ、向こうも行ってみようよ。毎年、広場が一面ライトアップされてて綺麗なんだよ」
私は翠藍を見上げて持っていた情報誌を指さした。情報誌の写真には、青いライトが芝生一面を埋め尽くした写真が掲載されていた。翠藍が情報誌を覗き込むと、少し長めの黒髪がハラリと額にかかる。
「いいだろう」
二人で見た床一面のイルミネーションは本当に素敵だった。
彼がどう思ったかは知らないが、少なくとも私にとっては素敵に見えたのだ。
◇ ◇ ◇
時計の針が進んでいくのを見ながら、そわそわと鏡に向かう。
今日、もう何回口紅を塗りなおしただろう。デパートで買った新作のグロスは、濡れているような質感を見せながら、ティーカップには付きにくいという優れもの。落ちてないと分かっているのに、何回も確認しては、ついでに前髪の流し具合もチェックする。
「うーん、遅いな……」
置時計をちらりと確認して、意味もなく椅子から立ち上がる。時計が壊れているのかと思ってスマホを確認したが、やはり『18:30』を表示している。
前回翠藍が人間界に来たとき、彼はクリスマス当日も見てみたいと言っていた。
クリスマスを異性──正確には人間じゃないから異性じゃないかもしれないけど──と過ごすのは実に三年ぶりだ。自然と気持ちも浮つく。だから、今日は四時ごろからこうやってスタンバイしているわけだけど、一向に来る気配がない。
当たり前だが、翠藍の世界と繋がるスマホは存在しない。だから、翠藍が来るのはいつも突然で、まさに神出鬼没だ。家や職場近くを歩いているとひょっこり現れたりすることも多い。翠藍には、私がどこにいるのかわかるようだ。
「……買い物でも行こうかな。どこにいても同じだし」
いつまでも家で待っているのも手持ちぶさたになり、私は買ったばかりのハンドバッグを手に持つと街へ出た。
冬の夜は、街の明かりが目に染みる。
暗い闇夜を照らすのは、無数のイルミネーションとビルの煌めき。闇の中の光は、正反対だけにその輝きを増す。
「お腹すいたな……」
スマホを確認すると、時刻は既に八時を過ぎていた。正解に約束したわけでもないのだから、翠藍は今日は来ないかもしれない。なんだか今日は、顔に当たる冷たい風がいつも以上にぴりりと刺すように痛い。
私は帰り際、少し迷って人気のパティスリーに立ち寄ってケーキを買った。
ショコラクリームの最後のひと塊をフォークでかき集める。口の中で蕩けたそれは、濃厚な甘さの余韻をいつまでも残した。
「美味しかったー。ごちそうさまでした!」
クリスマスの夕食が抜きで夜食がケーキ二つ、しかもおひとり様でテレビを見ながらって正直どうなの? 二十代半ばの女性として終わってる気がしたけど、ケーキに罪はない。はっきり言ってめっちゃ美味しかったし、カロリー的にも十分だろう。
使い終えた皿を台所に運び、お湯を出して食器を洗い終えると、タオルで手を拭いた。シンク脇に置いてあるハンドクリームを塗りつつ部屋に戻るとそいつはいた。
「おい、女。来たぞ。ご希望の鳥だ」
部屋に戻った私は目が点になった。
だって、ローテーブルの上に、ダチョウですか? ってツッコみたくなるサイズの丸焦げの鳥があって、その横には翠藍がいたのだから。