パートナーに任命されました 1
ちょっと仲よくしている遠くに住む異性(? あやかしだけに、ここには疑問が残る)が、クリスマスにこっちに来たいって言ったら?
普通、期待するよね?
絶対、期待するよね?
期待しないわけがないよね!?
ねえ、そうだよね!!!?
スマホを確認して、私は小さくため息つく。画面には『20:30』と表示されている。
「ミニ・ブッシュ・ド・ノエル一つ」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「……ショコラドームもお願いします」
「ありがとうございます」
一人でおうちケーキするのに二つ買う虚しさよ。
お腹がすいてるんですよ。
ケーキをどか食いしたい気分なんですよ。
笑顔のお姉さんに白い箱の入った紙袋を手渡されて、私は一人寂しく家路についた。
◇ ◇ ◇
遡ること数日前のこと。
煌びやかなイルミネーションの並木通りを歩いていると、ふと連れが足を止めた。
黒い髪に黒いコートを纏い、黒いズボンに黒の革靴。全身が黒で纏められた黒ずくめの姿は着る人を選びそうだが、作り物のように秀麗な見た目をしている前の男にはとても似合っている。
「どうしたの?」
私もつられて足を止めた。男は不思議そうな顔をして周囲を見渡している。
「今日は、いつにもまして明るい。何故だろうと考えていた」
私の問いかけに大真面目な顔で答える憎らしいほど容姿の整ったこの男──名前は翠藍という──は実は人間ではない。自称あやかしであるが、どうやら私の知るあやかしとも少し違う、妖術を使える人間と似て非なる種族のようだ。本人曰く『幽世』から来たらしい。
ある日突然、和風装束に仮装した男が目の前に現れて、自分はあやかしだって言いだしたら?
私なら絶対に信じない。
頭のおかしい、いかれた奴だと思う。
だって、あり得ないし!
少なくとも、あの日まではそう思っていた。
一ヶ月半ほど前のハロウィーンの日、この男は突如私の目の前に現れた。渾身のコスチュームを自慢したいヤバい奴が現れたと思いきや、信じがたいことに、目の前で空を飛んだり、羽を金属に変えたり、兎に角浮き世離れした芸当をやってこなしたのだ。
よって、人間でないということは信じざるをえなくなっている。
本人は人間の生態観察をしに幽世から来たと言っており、ちょうど最初に言葉を交わした人間である私は、ていよくその案内役に任命されたようだ。
だいたい週に一度ほど、ふらりと現れては私に街案内をしろなどと偉そうに言ってくる。まぁ、仕事の後は基本的には暇だからいいんだけどさ。
「これはね、クリスマスが近いからだよ」
「クリスマス? 場所の名前か?」
「違う違う。イベントの名前」
私の返事を聞いて、翠藍はふーんと納得したように小さく鼻を鳴らした。そして、何かを思いついたようにパッと表情を明るくしてこちらを向いた。
「分かったぞ。お前に初めて会ったときにもやっていた『みんなで騒いで愉しむ日』のようなものだな?」
翠藍と初めて会った日は、ハロウィンの当日だった。なぜ皆が仮装しているかとしきりに不思議そうにしていた翠藍に、私は『今日はみんなで仮装して騒いで愉しむ日だ』と、かなり適当な説明をしたのだ。
それを信じている翠藍はクリスマスもそういう日だと思ったようだ。自称あやかしのくせに人を疑う事を知らないピュアなやつである。
「うーん、正解に言うと、誕生日かな」
「誕生日?」
「うん。昔の偉い人の誕生日をみんなでお祝いしてる感じ」
特にキリスト教徒でもない私は、これまたあり得ないレベルの適当な説明を翠藍にした。
そもそも、私にとってクリスマスとは小さな頃はプレゼントを貰える日、中高生になったら友達と特に意味もなくパーティーをする日、大人になったらリア充爆発しろの日である。なぜ寄ってたかって恋人同士が寄り添って愛を囁き合っているのか意味不明である。
「なるほど。初代冥王様の誕生日のようなものだな」
翠藍は勝手に解釈を行い、自己完結して納得したようである。この人の書く『人間界の人間生態観察に関する一考』なる報告書には、一体どんなでたらめが書いてあるのだろう?
今となっては恐ろし過ぎて聞き出すこともできない。
「日が近づいただけでこんなに明るくなるなら、当日は夜でも昼間のように明るいのか?」
「変わらないよ。当日はケーキ食べて、プレゼント渡したりするの」
「死んだ人間にどうやってプレゼントを渡す?」
「あ、違う違う。自分の大切な人にプレゼントを渡すの」
「誕生日じゃない奴にプレゼントを渡すのか?」
「うん、そう」
翠藍は少し眉を寄せ、腑に落ちないような顔をした。
質問に答えながら気付いたが、クリスマスというのはとても不思議なイベントだ。
キリスト教徒にとって重要な日であることはよくわかる。しかし、日本は殆どの人が無宗教のはず。
決まり事のように皆がこの日に大切な人にプレゼントを渡し、恋人達はイチャイチャする。全くもって意味不明だ。
でも、悔しいことにクリスマスの時期は嫌いじゃない。街のイルミネーションが綺麗だからむしろ好きだ。恋人がいなくたってイルミネーションを美しいと思う気持ちは一緒なのだ。