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自称、あやかしが現れました 3

 クラブから出ると、私達は二十四時間営業のファミレスに向かった。さすがに今日あったばかりの男──人間じゃなくて自称あやかしだけど──を家に連れて帰る気にはならない。

 明日を午前半休にしておいて本当によかった。


「お前達は妖力もないのに、妖術のようなことをして面白いな」


 翠藍は夜も煌々と光る街を見渡して、不思議そうに目を細めた。きっと翠藍の世界では妖術が一般的なのだろう。


「妖術が使えないからこそ、知恵を絞って工夫するんだよ」

「そんなものか?」

「そんなものです」


 翠藍は「ふーん」と鼻を鳴らした。

 街の中の巨大モニターが特に気になるようで、見つける度にじーっと見入ってしまうものだから、目的地のファミレスに着いたころには本当に真夜中になっていた。


 ドリンクバーの使い方を教えてあげると、ボタンを押して「どうだ?」と得意気な顔をしている。あんたは幼稚園児か!


 翠藍は私の飲むメロンソーダをみて、幽世によくいる下級あやかしの小便に似ていると言って笑った。


 こいつめ。普通、人が飲んでいるときに、言うかね?


 でも、最初の印象とは違って、よく笑う人だな、と思った。


「翠藍っていつ幽世に帰るの?」

「わからん。幽世から転移陣で呼び戻される。多分、あと二、三時間以内だ」


 おかわりのホットアップルティーに砂糖をいれる。白い粒子は濃い琥珀色の液体のなかでゆったりと揺れながら消えてゆく。かき混ぜたスプーンが、カランと音をたてた。


「ふーん」


 あと少しで帰っちゃうのか。

 それを聞いた私は、数時間前まで逃げ出したかったのに、なんとなく寂しさを感じた。


「今日が初回調査だから、多分また来る」


 続けた翠藍の言葉に、私は重大なことに気付いた。


「ねえ。その格好、こっちだとまずいよ」

「なぜだ? 今日は特に何も言われなかったぞ?」

「言ったでしょ? 今日は特別な日なの。普通の日にそんな羽があったら目立ちすぎるから。それに、袴も。来るなら来年まで待ちなよ」

「そうなのか? 自慢の羽なのだが、残念だな」


 翠藍は脇の下からのぞく自分の羽根をさらりと撫でた。自慢の羽とかあるんだ。人でいう、髪の毛のようなものなのかな。

 確かに、翠藍の背中から生えている羽には凄く綺麗な艶があった。 


 私が羽を眺めていることに気づいた翠藍は、一本だけそこから羽根を抜くとそれを手のひらに乗せて何かを詠唱した。それに合わせて羽根が金色の金属のように変化した。


「やる」

「え?」

「俺の妖力が籠もってるからこっちの世界にいる下級のあやかしはお前に近づけなくなる。お守りだ」


 私は翠藍に手渡された羽根をしげしげと見つめた。

 触ると硬く、金属製の羽のレプリカにしか見えない。


 ──ただのお守り? 

 ──翠藍って、自分自身があやかしなんでしょ?

 ──まさか呪い羽根!?


 翠藍は青くなった私の考えに気付いたようで、バツが悪そうに顔を顰めた。


「お前はあやかしが悪いものだと考えているようだが、それは違う。確かに下級のあやかしで人に対して悪戯がすぎる奴らはいるが、別に全員がそんなことをするわけではない。だいたい、あいつらは何かをしでかして幽世を追放された奴等だ」


 なにかしでかして追放? 犯罪者ってこと?

 なんでそんな人達、おっと間違えた、そんなあやかしを現世に追い出してるのよ。

 大迷惑なんだけど。


「じゃあ、これ持ってても呪われない?」

「お守りだと言っただろう」


 翠藍がぶっきらぼうに言う。よく見ると、少し口を尖らせており、不貞腐れているようだ。


「じゃあ、有難く受け取ろうかな。ありがとう」

「どういたしまして」


 厚意に甘えて私は素直に羽根を受け取る事にした。翠藍は途端に機嫌を直し、嬉しそうにはにかむ。

 あやかしって、全然イメージと違うなぁと思った。見た目は違うけれど、なんだか人懐っこい。


 そのとき、翠藍が急に真剣な顔をした。


「そろそろ帰る時間のようだ。喚ばれている。思ったより早いな」

「え? 今ここで??」


 私はおろおろとあたりを見渡す。


 そりゃまずいよ。ここ、ファミレスの中だよ? トイレに入るとかしないと! と、私が焦っているとふわっと空気が揺れた。


「え?」


 私の座る席の正面には、飲みかけのドリンクバーの野菜ジュースだけが残っていた。氷を入れているせいで、冷えたグラスには水滴がついて紙製のコースターにシミができている。


 人が一人消えたというのに、店もまわりの人も誰も気付くことはなかった。


 あやかしのくせに野菜ジュースが好きとか、どんだけ意外性あるのよ。心の中で悪態をつきながら、残された私は一人帰路についたのだった。


「ゴメン! 昨日、システムトラブルでどうしても抜けられなくて」

「いいよ、いいよ。一人でも楽しめたよ」


 翌日、ナオちゃんがドタキャンしたことを必死に謝ってくるので、私は笑って対応した。

 結果的には楽しい夜だったと思う。鞄に入っている金属製の羽根が昨日の出来事が夢じゃなかったことを教えてくれた。


 来年のハロウィンも翠藍はこの世界に来るのだろうか。そのときは会えるのかな。


 ──会えたら、いいな。


 自然に、そんなふうに思った。

 そして、今日も私の何ともない平凡な一日が過ぎてゆく。


    ◇ ◇ ◇


「おい、女。来たぞ」

「へ?」


 約一週間後、そう言って私の目の前に現れたのは黒目黒髪の普通の青年だった。

 高い背と整った顔は確かにあの時と一緒だけど、羽もなければ、瞳も普通。服もごく普通のスラックスにカットソーとジャンバーというもの。


「…………。羽と瞳は?」

「ああ。自分でしまえる。お前が出してるとまずいといったのだろう? 目は幻術で黒く見せてる」

「しまえるんかい!!」


 思わず突っ込んでしまったのは仕方ないでしょ?

 とりあえず、この意外性ありまくりのあやかしさんには私の名前を覚えて貰うことから始めようかな?



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