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自称、あやかしが現れました 1

 本日は十月三十一日、交差点から見える巨大スクリーンに表示された時刻は夜七時を少し過ぎていた。

 平日の夜にも関わらず、渋谷の町には凝った衣装を身に付けた若者が溢れている。私はそんな楽しげな人々を眺めながら、一人通りのはしに立ち、ぼんやりとしていた。


「遅いなぁ……」


 しびれを切らして鞄を漁ると、メッセージが届いたことを知らせるスマホの緑色のランプが光っていた。


 ──ごめん、マイ! 突発案件が入って抜けられない。


 仕事の合間に急いで打ったとおぼしきメッセージには、余計な情報が一切ない。送信時刻は今から三十分ほど前だ。


「あらら……」


 つまり、待ち合わせしていた仲良しの同僚に突発業務が入ってドタキャンしたことにより、私は急きょハロウィンに盛り上がる街に一人で放置される羽目になったようだ。せめて、メッセージが届いたときにすぐに気づければよかったのだけど。


 目的のクラブのハロウィンイベント入場券であるQRコードはメッセージと一緒に送られてきていたけれど、お一人様で行ってもなぁ。


 帰るか。


 小悪魔のコスチュームの角のカチューシャが邪魔で、片手ではずす。


 心配しているかもしれないからとりあえず返信だけはしようかな。そう思って私がスマホを弄り始めたとき、その男は現れたのだ。


「おい、女。ここはどこだ?」

「え? 渋谷ですけど?」


 その男は初対面にも関わらず、不躾に私に質問してきた。


「シブヤ?」

「えっーと、駅ならすぐそこです。ここの坂を下っていけば、JRの駅が見えますよ。歩いて五分くらいかな」


 画面から視線を上げると、そこには恐ろしいほど整った見目の男がいた。少し上がり気味のアーモンドアイ、高い鼻梁、大きいけれど少し薄めの唇。その全てが黄金比で配置されている。

 私を見下ろす男の目が、こちらを観察するように細められた。


「シブヤ? それは人間界なのだな?」

「はい??」


 私は目の前の見知らぬ男をまじまじと見上げた。


 一八五センチ位ありそうな長身に黒目黒髪、頭には魔女の帽子ならぬ、烏帽子のような飾りを付けている。今どき滅多に見かけない袴姿で、背中には見事な(からす)のような真っ黒な羽の飾りもあった。顔つきは日本人なのだけど、まるで白人さんのように彫りが深く、整ったものだ。


 そして、彼の黒い虹彩の奥──瞳孔が蛇のような縦型で、その奥は燃えるような赤色だった。ハロウィンの仮装自慢達が街中にうじゃうじゃと集まる中でも相当に個性的、かつ、クオリティーの高い仮装であることは疑いようがない。


 男は真顔のまま、私に一歩近づいた。私は見知らぬ男に追われるように咄嗟に後退りする。けれど、すぐに道路沿いに建ち並ぶビルの壁に背中が当たってしまった。


「おい女、答えろ。ここは人間界であっているか?」


 男は私の顔を覗きこむと、ぐいっと顔を近づけた。黒目の奥の深紅の色が妖しく光る。


 最近のコンタクトレンズって凄いのね。蛇目とか、こわっ。

 というか、なぜ私は見知らぬ男に壁際に追い込まれて道案内を迫られているのだろうか? 高校生のときならいざ知らず、二十代も半ばにさしかかった今では、私だって渋谷なんて二、三ヵ月に一度、食事や映画を見に来るくらいだ。


 そんなことを思いながら私はその男の顔を見返した。


「ごめんなさい。私もそんなに詳しくないんです。ニンゲンカイというお店は、ご自分のスマホで調べてみてはどうでしょう? もしくは待ち合わせしているお友達にラインしてみるとか」

「スマホ? ライン?」


 男の眉間に皺が寄り、訝しげなものに変わる。


 私、何か変なこと言いましたでしょうか?

 ああ、誰か助けて。


 周囲に視線を走らせるも、誰もこちらを気にすることなく素通りして行く。端から見たら、私と目の前の男は街中の壁際でいちゃついている仮装カップルにしか見えないだろう。


 ──誰か、ヘルプ・ミー! ナオちゃんのバカー!!


 私は心の中でそう叫んだのだった。




 会社の同期のナオちゃんに、ハロウィンの日に渋谷のクラブで仮装パーティーがあるから行こうと誘われたのは一週間ほど前のことだ。ハロウィンなんて、私が子供の頃なんて殆ど認知されてなかったのに、いつの間にこんなにポピュラーなイベントになったのだろう。


 昨年は渋谷一帯が仮装自慢達で大変なことになっているという報道をぼっーとテレビで見ているだけだった。けれど、今年は自分も参加してみようかな、と軽く考えた。


 そして、私はナオちゃんと渋谷の交差点付近の有名スイーツショップの前で、仮装して待ち合わせすることになったのだ。それが、なぜか今、私は見知らぬ仮装男に壁際に追い込まれて道案内を迫られている。


 はっきり言わせてもらおう。ニンゲンカイなんてお店知らないし!


「知りません!」


 そう宣言すると、男が訝しげに眉を寄せ、少し小首を傾げる。艶やかな髪が、男の顔にハラリとかかった。


「では言い方を変えようか。お前は人間か?」

「は?」

「お前は人間で間違いないかと聞いているんだ。」


 私がポカーンとした顔で男を見てしまったのは仕方がないことだと思う。


 なんだ、この人。かっこいいけど頭の弱い人、もしくは仮装して完全に役に入りきってしまったイタい人なのか。

 今の私に考えうる選択肢は三つだ。


 その一、私は悪魔よ、とノリノリで仮装男に合わせる。

 その二、人間ですが何か? と真面目くさって答える。

 その三、私急いでますので、と適当にあしらいとんずらする。


 よし、三でいこう。変な人には関わらない方がいい。


 そう決めた私は「そろそろ行かないと」と言うと笑顔で仮装男の腕をすり抜けようとした。


「待て」

「え、ちょっと。離して。離して!」


 逃げようとしたら腕をガシッと掴まれて、急激に恐怖感が沸いた。

 どうしよう、逃げないと! と私の中の危険信号が真っ赤に光る。離せと叫びながら暴れる私に、目の前の仮装男はチッと舌打ちした。


 その次の瞬間……。


「ぎゃあああぁぁぁ!!!」


 私は仮装男に抱えられて真っ暗な大空に飛び上がっていたのだった。まわりの人達が「凄い演出だな!」とかいいながら指さす姿がどんどん小さくなっていく。

 まだ二十四歳なんです! 死にたくないんです!!


「演出じゃないから!」

「この人誘拐犯ですから!!」

「誰かー!!」


 私の叫びは夜の街に虚しく響いたのだった。



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