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第4話 「お金を稼ごう」

「どうしましょうかね」

「いや、僕に聞かれても」


街から街の途中、街道のど真ん中で僕らは立ち尽くしていた。

あれから、とにかく。

レーベンホルム家の屋敷から出て、近くの乗合馬車に駆け込み、故郷の街を去った。

自由都市……だったか、あまり覚えていない。


街を出て、ひと安心。次の街まで10日はあるのでひと休みしよう。

そうして目を開けた時、リディアは街道で転がされていた。

彼女の大事な黒鞄も失われていた。

つまり、あの馬車に騙されていたわけだ。


「そういえばデス太も降ろされていますよね……発見されたんですか?」

「さあ……ふつうはムリだと思うよ」


人間で死神が視えるのはそれなりの魔眼持ちか、それなりの魔法使いだけだ。

馬車の連中にシルシはなかった。

つまり僕は視られていない。


「私にデス太が帰属していて、私が降りた認識により……」


ぶつぶつとリディアは考え込んでいる。

それもいいけど、でも。


「とにかく歩かない?」

「……あっ、ええ。そうですね」


------------


それからの3日間はひどいものだった。

ひたすら街道を歩く、歩く、……歩き続ける。


たまに街道を通る馬車はあるのだが、一文無しとわかると彼らは子どものリディアを簡単に見捨てた。

一度など、彼女の服を要求した者もいた。

それは物質的に価値あるものだ。

豪華な、貴族の服。

僕のローブのような深い群青色で、夜の空を想わせる。

これしかもう、彼女に売れる物はない。


……相手が魔導の者なら、いくらでも取引できる財産はあるけど。

レーベンホルムの積もりに積もった術式と呪い、死霊。

彼女の体に納められたそれ。

……ふつうの人には意味がないけどね。


リディアがこれは売れませんというと、相手は無言で馬にムチをやった。

カラコロと馬車が街道を進んでいく。

リディアは憔悴しょうすいした様子でまた歩き始める。


彼女の体の内には膨大な力が宿っている。

レーベンホルム家の歴史、魔力、術式。

彼女自身も、死霊術師として破格の才能がある。

よわい11にして、中級、存在濃度は5。

妹のユーミルも3はあるので、姉妹そろってとても優秀な子たちだ。

けれど、やっぱり。

それ以外はふつうの女の子だ。


獣を術で殺すことはできる。

でも、調理の方法はわからない。


かき集めた枝に鬼火ウィスプで火を灯すことはできる。

でも、野宿の方法はわからない。


そうして、彼女はどんどん弱っていった。



4日目、早朝。

カラコロとした音でリディアが目を覚ます。

遠くに馬車の姿。

彼女は服のすそで目尻を拭う。

お気に入りで、僕と同じ色だと笑顔を浮かばせたその群青色の上質な服は。

ところどころ泥にまみれていた。


リディアは立ち上がると、馬車の進路上に立ち、手を広げる。

たぶん、恐らく。

ここが彼女の分岐点だった。



「私をこの先の交易都市まで……お願いします」

「おいおいなんだ嬢ちゃん、なんでこんなとこで」

「……お願いします」


リディアが頭を下げる。

彼女が頭を下げるなんて、僕は初めてみた。

しばらく馬車の主人は黙っていたが、「頭を上げなさい」と優しくリディアに声をかけてくれた。


「君は、運賃になるものは持っているかい?」

「……いえ、あの。この服はだめです」

「……?」

「すいません、この服は売れません」

「―――ハハハッ」


男が笑う。

ひとしきり湿った笑いをもらしたあと、男はにちゃりと口角を歪ませる。

非常に醜悪な、人間性の気配。


「君には売れるものがまだあるだろう?」

「…………?」


物質的に価値あるもの。

彼女の服以外に。

この男にとってはそれ以上に。


「リディア、こいつはだめだ」


強く、強く宣告する。

リディアの安全と幸せ。

それを脅かす目の前の男の人間性。

しかし、彼女はわかりきったという顔で。


「私の売れるモノ、それはなんですか?」

と男の問いに答えていた。


------------


そうして、そうして。

街道の脇、灌木かんぼくの茂みの中で男は息絶えていた。

全身の穴という穴から血を吹き出して。

……これは『出血ブラッドレス』の呪いか。

術がかかると、血を失い、死んでしまう。

指差しの『呪い』でコレができる術者は、彼女とその妹ぐらいだろう。

レーベンホルムの秘蔵魔術のひとつである。


「私は三度みたび、抵抗しました」

「そうだね」

「そのうえで行為を止める気配がなかったので自分の身を守りました。これは西方諸国の法律で決められた権利です」

「僕はよく知らないけど、そうだろうね」


「ゆえに、正当防衛が成立します」


僕は……人間のあれやこれやの決まりごとなんてどうでもいい。

リディアと、ユーミルに害がないのであれば。

他のすべてはどうでもいい。


リディアは男の死体を『鬼火ウィスプ』で焼き払うと、彼の馬車の御者台に腰を下ろした。

さあ、行きましょうという彼女の声でムチが振るわれ、馬車がカラコロと進みだす。

彼女の故郷である自由都市から、西方諸国の中心たる交易都市へと。


------------


交易都市、西方はおろか黒森を挟んで王国のモノさえも。

あらゆるモノが取引されるこの大陸最大の交易の要である。


ここでもリディアは自身の体で取引を持ちかけ、そのことごとくは彼女の正当防衛で死んでいった。

そうして得た資金で、彼女は古文書や魔法職スペルユーザーのメモの走り書きを買い漁った。

あらゆるモノが取引される交易都市で、彼女は膨大な術式を蒐集コレクションし続ける。

彼女の、リディアのやっているコトが僕にはもう正しいのかわからない。


「私は何も持っていません。それでも何か……私に売れるものはありますか?」


はなから無視する者がほとんどだ。

彼女はただの少女なのだから。

まれに、彼女の言葉に反応する者がいる。

後ろめたそうに、申し訳なさそうに、湿り気をもって。

リディアの体へと詰め寄る。


彼女の言葉に応え、答える男は次々と死んでいった。

正当防衛の名のもとに。


「デス太」

「なんだい、リディア?」

「私の事を嫌いになりました?……私はなにか間違いましたか?」

「……君は、なにも」

「ありがとう、デス太」


にこりとほほ笑むリディア。

その顔に罪悪感はなさそうだ。


彼女は僕に抱きつくと、デス太ならわかってくれると……と口にした。

しばらくそうしていたので、僕のほうから彼女を引き剥がす。


「リディア、ほんとうに気をつけてよ。最近ルールを忘れがちだと思う」

「……ええ、はい……すいません」


僕は死神で、彼女は人間だ。

本来はあまり関わらないというか、それは一生に一度。

しかも強い死を持った者の前にだけ。

あまり接触するのはよくない。

ローブ越しの抱擁でさえ10秒が限界だ。

直接僕の体に触ろうものならさらに。

何度か、軽く手が触れ合ったぐらいで体調を崩したことがある。

たぶん、生命力を喪うのだと思う。


ただ、代わりに得たモノもある。

リディアは左目、ユーミルは右目に。

小さな頃から何度も何度も。

僕は彼女らに挟まれ話しをし、学びを授けた。

姉妹と僕の席はいつも決まっていた。

リディアは右で、ユーミルは左。

接触はない。

だが、ただそれだけで。

本来死神しか持たないハズの『死法の魔眼』を授かった。


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