第2話 「親子の会話」
あれから10年。
話を聞かせ、魔術を教え、また話をする。
ふたりは、虐待もなく健やかに育っている。
それと……ものすごく優秀だ。
引き継いでいる徴がいいのはわかる。
でもそれだけでは説明がつかないような。
リディアは母の残した図書室に入り浸り、膨大な魔導書を読み漁って、
ユーミルは館に残留する死霊と友達のように語らい交流を深め、
砂が水を貪るごとく、死霊術師として成長していった。
「ここまで優秀ですと親の出る幕がありませんな!」
当主はニコニコと……たまにハイテンションで怖いが娘に手を上げるようなこともない。
地下で、恐ろしい実験をしているのは変わらないが、どうやら人間の法律では大丈夫なことらしい。
200年で、ずいぶん……いや、アレから200年経ってもヒトに変化はないのだ。
王族や領主の権利が減り、民の権利が増した。
ソレを埋めるために奴隷という身分が増えたみたいだ。
人間というのはいろいろ考える。
……どうでもいい。
……今の僕は、あのふたりが幸せならそれで。
ソレ以外のヒトには興味がない。
そうしてある日、姉のリディアに強い死が視えた。
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「ねえデス太……今日は変ですよ?」
「えっ、わかる!?」
「……おお、さすがリディ姉……」
パチパチとユーミルが手を叩く。
しまったな……やはりずっといるふたりにはなんとなくわかってしまうのか。
でも、これは話すことはできない。
リディアに『視えた』のは強い運命の死だ。
偶然や意味の薄い、いってみればどうでもいい死ではない。
なにがしかの重要な意味を持つ死である。
これを回避するのは……世界に対する反逆になる。
「ごめん……なんでもな……」
「……くはないでしょう、『視れば』わかりますよ」
リディアの左目が、青い光輝を湛えている。
アレは……『死法の魔眼』だ。
効果はいろいろあるが、浅いモノでも魂を視ることができる。
色、カタチ、構成。
リディアの才覚なら、僕が嘘を付いているのはすぐわかる。
「リディア……ソレを誰かに向けるのはよくないよ」
「……大事な時にはいいと言ったのはデス太でしょう」
そういえばそうか。
「……ちょっとユーミル、あっちにいってて」
「……おー、リディ姉……ついにこくは」
ゲシ。
姉のするどいケリが妹を襲った。
ユーミルはこえーこえーと呟きながら去っていく。
「…………。」
振り返ったリディアの瞳はとても真剣なものだった。
強く、真っ直ぐに視線が突き刺さる。
「私の死に関わることですか?」
「…………うん」
そんな彼女に、嘘はつけなかった。
死因を除いて、洗いざらい話した。
ついでに隠していた過去のことも聞き出された。
ずっと、聞きたかったそうだ。
「……そうですか、2週間後。自分の寝室で」
リディアは意外と、というか彼女ならそうだろうな、というか。
ずいぶん冷静だった。
「死因は……本当に言えないんですね?」
「ああ、それを君に言うのは心が痛む」
「そう」
「君に知ってほしくない。世界にこんな、その……」
おぞましいコトがあるなんて。
あんなクソみたいなコトを拒否したというゴミみたいな理由で殺されてしまうなんて。
少女に告げることを想像するだけで吐き気がする。
もう……僕がやるしかないだろうか。
僕がやれば、あの街の惨劇がまた起こるのか。
ひとりだけなら大丈夫なのか。
わからない。
命の価値が等価だと説いた同胞が、本当に正しいのかすらもう……。
「デス太……話してくれてありがとうございます」
ぺこり、とリディアが頭を下げる。
いつもの彼女の態度からするとびっくりだ。
「そうですね……むしろこちらのミスです。
自分の体のコトは自分が一番わかっているのに。
デス太に言われてしっかり、現状が把握できました」
彼女は、いつもこういう言葉遣いをする。
本ばっかり読んでるからだろう。
もっと子供らしい、自然な言葉で話せばいいのに。
彼女には、ふつうの子供時代が足りない。
それをこれからでも……。
そうだ。
リディアとユーミルが幸せなのが最優先だ。
他の人間なんてどうでもいい。
それだけが真実だ。
あのあとリディアはユーミルの様子を見てくる、と去っていった。
たぶん……彼女は僕に任せてくれたのだ。
原因はわからないけど、僕ならなんとかしてくれる……と。
力がみなぎる。
自然、原因への足取りが速くなる。
レーベンホルムの地下牢を早足ですすむ。
寒い、暗い、湿っている。
三拍子そろったひどい場所だ。
その深奥に、元凶である当主さまの部屋がある。
扉をまえに一瞬考える。
……すり抜けることもできるが、ここは派手に扉を開けたほうがいいかな。
人間の話によくある、不意を打つ……とかになると信じよう。
決意を胸に勢いよく扉を開けた。
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レーベンホルム家、ご当主さまの部屋。
その中央には、今まで見たことがない気持ちの悪い生き物が転がっていた。
部屋の脇には、リディアの姿。
「ええと…………」
この、地面で必死にのたくっているかろうじて「 大」だけどミミズの成り損ないみたいな生き物。
カタチは頭部と胴体、そこから伸びる両手両足2本ずつの形態のおかげか、かつて着ていた物はそのまま体に張り付いている。
立派な服で、例えるならこの屋敷の主にふさわしい。
必死になにかを訴えかけているが、口に当たるところに穴がないので彼が意味のある音を発することはなかった。
ギュモギュモ、だとか。
ギュルギュゲ、だとか。
そういう言葉は僕にはわからない。
「父さま……今までご苦労さまでした。レーベンホルムの悲願は私が達成しますので、どうか安らかに」
ギュベ。
「それと、母さまのこともありがとうございました。あそこまで心が動かされたのは久しぶりです」
ギュルギュル。
ギュゲゲゲ!
「では……御機嫌よう」
ぼぷち。
当主の服を着た人間モドキは、体中から中身をこぼし返事をした。
親子の会話にこれ以下のモノがあるのだろうか。
僕にはわからない。
「デス太……来てしまいましたか。できれば見られたくなかったのに」
絶命した父親の肉塊に向けて、リディアが左手を突き出す。
どこかに行くはずだった父親の魂は、彼女の左のてのひらに引きずり込まれていった。
彼女の徴は極めて特異だ。
左手で取り入れ、体内で隷属化し、右手から解放する。
それに特化している。
長女として、レーベンホルムの魔術を正しく継承している。
すべての死霊を道具と為す。
今、彼女は父親の魂さえ配下とした。
「……リディア」
『視えた』未来よりはマシなのかな。
親が娘を---のすえ殺してしまうよりは。
娘が親を殺すほうが何倍も。
僕にはわからない、答えたくもない。
「デス太……ありがとうございます」
「……なんで?」
「あなたが私をなによりも優先してくれたことに。
……そうでなければあなたはここに来ていないでしょう」
ぐいっ、と衣をかき抱かれる。
夜の暗さのような群青色の、死神の象徴たる厚手のローブ越しに。
ぐっ……と彼女の体温が伝わる。
空虚で無意味なこの体に、意味が伝わる。
愛おしい、大事な存在。
なによりも大切なモノ。
リディアを直視する。
そうだ、彼女と、彼女の妹であるユーミル以外、意味のあるものなど僕にはない。
ふたりの幸せを邪魔するものは、すべて、僕の鎌で刈り取ろう。
そうして見たリディアの姿に、さらなる明確な死が『視えた』
例外はない。イレギュラーは認めない。死ぬべき者は刈り取る。
そうした強い意思。
リディアに、圧倒的に濃密な、先の男など比べるべくもない『死』が迫っていた。