第11話 「湾口都市のゆんゆん少女」
潮の匂い、海の風。
自由都市がすこし懐かしい、とリディアは言った。
ここは、湾口都市をのぞむ小高い丘の上である。
馬車旅の最後の休憩地点で、あとすこしで目的地だ。
休みついでにリディアを『視る』が、ひと月ほど先まで覗いても彼女に死は視えない。
もちろんこの方法も万全ではなく、とくに1週間を過ぎるといろんな偶然が混じり、たぶん大丈夫程度にまで正確性は落ちる。
けど、やらないよりはマシ。
僕は彼女の従者なのだからできることはなんだって。
------------
街に着き馬車を降りる。
なんとなく古びた街で、黒ずんだ石造りの家がおおい。
金属製の看板や街頭などはもれなく錆びついている。
人通りは多く、活気はそれなりにあるのだが……どこか息苦しい。
「……また今日も不漁だよ」
「ああ、いつになったら……クソ」
漏れ聞こえる会話も元気がない。
街の規模は自由都市の5分の1ぐらいだろう。
この世界ではふつうのサイズだ。
2000年前はもっと巨大な都市がわんさかあったけど。
「……ではさっそくお掃除を……」
「ちょっと待ってリディア、ちょっと待ってね」
「はい?」
「僕らがこの街に来てすぐはマズイと思うんだ。できれば数日は……ね」
「……なるほど、わかりました」
「うん、いい子だ」
にこりと少女にほほ笑む。
頭はなでられないけど、気持ちはそんな感じだ。
「さっそくですが、この街の冒険者ギルドは……」
「そうだね」
ふたりしてギルドらしき施設を探すが、どうやらこの街にギルドはないらしい。
代わりに、「冒険者の宿」という施設がいくつかあるそうだ。
ここいらでは「わだつみ亭」というところがオススメらしい。
港町らしく入り組んだ構造で、近道をしたつもりが裏路地に入ってしまっていた。
「……困りましたね」
「うーん」
リディアは魔術師としては立派に一人前だけど、方向感覚だとか、地理の感だとか、冒険者としてのスキルはまだまだ未熟だ。
僕はじつはどちらに行けばいいのかわかるんだけど、これも彼女のためだ。
社会勉強として黙っておく。
「こちらでしょうか?」
「うーん、どーだろーね」
「……あの、デス太。楽しんでますよね?」
「どーだろーね」
「……まったく」
リディアはやれやれと、それでもそれなりに楽しそうにため息をつく。
そう。冒険にトラブルはつきものだよ。
そうして路地をまたひとつ越えたとき、ほんとうのトラブルに出くわしてしまった。
------------
そこには人だかりができていた。
湾口都市らしく、屈強な人足が多いのはわかる。
けれどそのガタイのいい男たちが、線のほそい女の子を囲んでいる光景は……異様だった。
「俺ら見たぞ見たっすよ!」
「絶対コレ、アレだろ!」
「何してもいいっていうアレだろアレ!」
「―――ひっ」
腕力体力には秀でるがそのぶん語彙力に劣る彼らは、口々に中央の少女につめよる。
少女はガタガタと肩をおさえ震えている。
自分を、すこしでもまわりの悪意から守るかのように。
そのさまは、見ていて気分のいいものではない。
「……あの……デス太……」
「ああ、たぶん……まれびと狩りだ」
この世界には【まれびと】と呼ばれる、よその世界の住人がたまにやってくる。
むかし、1000年前にやってきたまれびとが初めての例で、それから彼女はこの世界の驚異となった。
氷の魔女。
大陸の北方はすべて冬で閉ざされ、いくつもの街が呑まれた。
そして今なお、人類の敵であり続けている。
それ以後、この世界のひとびとはある決断をした。
この世界に来たまれびとは、ことごとく殺さねば。
私たちの世界を守らねば。
現在、ほとんどの国でまれびとは死罪だ。
表むきは国に引き渡すことになっているが、だれも守ってない。
その場で私刑にあって殺されるものがほとんどだ。
ついでに、おぞましい行為におよぶものもいる。
……まったく、こんな場所に出くわすとは。
「リディア、あっちに行こう」
「いえ、まれびとの魂は異質なんでしょう?回収する意義があるかもしれません」
「……でも、」
これから行われるであろう行為を彼女に見せたくない。
周囲の人足を見ればわかる。
絶対にそうなる。
「いや、リディア……頼むから……」
「……でも……」
か弱い少女を取り囲む輪がどんどん狭くなっている。
コレ以上はもう、限界だ。
「―――リディア、もう行くよ!」
「……ちょっと待って下さい」
なんでさ!と叫びそうになる寸前で、僕はこの場の異様に気がついた。
なにか、得体のしれない気配がする。
囲われた少女がぶつぶつとなにかを呟いている。
---そは遍く星海の……御蔵の檻の深き青……今この際に浮上せし……---
気付けば周囲に異質な魔力が渦まいている。
いや……これは、僕も知らない気配がする。
「―――ちょっと、……デス太……あの子……?」
「わからない!こんなのは知らないよ!?」
---……貴き声を聞かせ給え……上位の蒙を啓かせたまえ……---
---……ここに溺神の夢を響かせたまえ!……---
つよく、つよく少女のことばが結ばれると、あたりに怪異がもたらされた。
少女を囲う人足は、ぶるぶると痙攣しながら地面にうずくまる。
リディアも、耳をおさえうずくまる。
「ちょっとリディア!大丈夫!?」
「―――っうううう!!」
なにか尋常でないものに彼女は苛まれているようだ。
耳をおさえ、心もおさえ必死に耐えている。
このまえ教えた遮蔽術も使い、未知の攻撃に耐える。
うずくまり、ガクガクと震えながら。
……こんなリディアを見るのははじめてだ。
なんとか守ってやりたいが、僕には効果がないらしく彼女が何に耐えているのかがわからない。
これでは守りようもない。
そうして、しばらく……。
リディアはなんとか立ちあがった。息は荒い。
だが、周囲にはより奇怪な光景がひろがっていた。
人足たちは全員、目をうつろにし呆けていた。
ある者は壁に頭を打ち付け、ある者は奇声をあげている。
またある者は、自身の爪が剥がれるのもかまわず、地面にぐりぐりと紋様を刻んでいる。
見たこともない、いや……見るだけで不快になるような不気味な意匠……。
「……とてつもなく上位の……精神攻撃です」
「―――リディア!大丈夫なの!?」
ええ、とうなずく彼女はまだ弱々しい。
「精神魔法……上級の『防護』の指輪をはめているのに?」
「……ええ、何か……法則自体が違うのか、効果は薄かったです」
それでも、コレがなかったらもしかして……と周囲の男たちをながめる。
すでに地面の紋様は何人もの人足たちの手によって奇々怪々《ききかいかい》に肥大化している。
あれに彼女が参加していたかと思うとゾッとする。
「……えへえ…、なにこれなにこれ!こんなうまくいくなんてぇ!」
「…………。」
怪異を引き起こしたと思われる少女はにへらにへらと笑いだした。
地面にうずくまる男に蹴りをいれたり、呆けた男の目の前で手を振ったり。
そのたびに少女の笑いはいやましていく。
「……ふーん、マナが濃いから門がクソでかになったのかぁ」
「……あの、いいですか?」
「わあああっ!!」
リディアに声をかけられ少女が飛び退く。
しかしそのへらへらした表情は変わらない。
「……なに!?なんでアンタ効いてないの?」
「私はあなたを攻撃する気はありません」
「えっ!あっそう……じゃあいいいか……。えと、じゃあ友達になる?……やっぱ嫌……だよねだよね、私なんかさだって……
「いいですよ、お友達になりましょう」
ずい、とリディアが少女に手をさしだす。
「ひあああっ!?マジ!」
これには僕もおどろいた。
彼女が手をさしだすなんて、相手をだいぶ人間扱いしている。
今まで、妹のユーミルかネビニラルの姉妹、あとはジェレマイアぐらいだ。
つまりこれで5人目か。
「いいよ、いいよ、なろうなろうお友達!でも絶対裏切ったりいじめたりしたら嫌だよ!ラインで陰口グループとかも止めてよ!」
「ええ、大丈夫ですよ」
にこりとほほ笑むリディア。
少女はにへらとほほ笑み握った手をぶんぶん振る。
こうしてリディアに友達が増えた。
……いや、うん……友達でいいんだよね?




