生け贄のお嬢さん
全部で2話の予定です。 ⇒ 1/29もう1話追加しました。
よろしければおつきあいください。
「なんと浅ましくも愚かであることか!」
華やかな顔を嫌悪にゆがめて言い放ったのは、カドス・マルクール。
マルクール領領主のひとり息子にして次期領主となることが決まっている男だ。
「自分が領主夫人になりたいばかりに、“魔力”をもって他の令嬢たちに危害を加えるとは何事だ! そもそも、ただの農民に過ぎないお前がわたしの妻になれるわけもなかろう」
にやり、と笑みを浮かべた彼の傍らには、儚げな美少女。
微笑みを浮かべた彼女は、彼の花嫁候補として名を挙げられた者だった。
そして拘束された彼女―――イオラも、花嫁候補として集められた娘のうちのひとりだった。
――――と。まあそういうわけで。
わたし、ぜんぜん身に覚えのない罪を着せられて。有無を言わさず捕まって。
ここのほこらに放り込まれたんですー。
古にこの地に封印された“悪しきドラゴン”様への生け贄として!
あははっ。
え? 笑うしかないでしょうがこの状況。
お酒? もちろん飲んでますとも!
親切などなたかが差し入れして下さったんですよ!
多少酒でも入ってないと、ここまで歩いて来る度胸は出ませんって。
あの男共、わたしを入口に放置して、さっさと扉を閉めちゃったんだから。嫌でも何でも自分で歩くしかないでしょう。
……最初から、何かおかしいなあとは思っていたんですよ。
なんで農場の娘が、領主のご子息の花嫁候補?
こっちが聞きたいわ。
初対面から見下してくる馬鹿息子なんか、こっちから願い下げだってんですよ。
確かにわたしは、地属性の“魔力”持ちですけどね。
この地に住み着いていた“悪しきドラゴン”を封印して、豊かな土地に変えてみせたっていう伝説の“大地の魔女”様と、同じ。
でも、力の強さはぜんぜん違う。
わたしの“魔力”は、狭い範囲だけど硬い地面を簡単に掘り起こすことが出来たり、邪魔な石ころを砕いたり、作物に合った肥料や育て方が勘で分かったり、その程度。
少なくとも、他の人を傷つけられるような能力は持ってないんですよ。
……頑張って、落とし穴を作るくらい? やってないけど。
でもこの“魔力”、便利なのよ?
あ。うちは、領の端っこの土地で農場を経営してるんだけど。
領都から離れるにつれて、魔女様の加護も薄くなるらしくて。そのぶんいろいろと工夫しないとやっていけないの。
この能力と、農場のみんなの努力のおかげで、王室御用達の看板までもらえたんだから。
マルクール領は、魔女様の加護のおかげで恵まれている。
たぶん、他の領地より努力も工夫もしていない。
しなくても、作物はどんどん育つから。
王国の食糧庫、なんて呼ばれてるらしいですけど、それは魔女様の加護あってこそなんですよね。
でも、そんなの永遠に続くわけがないんですよ。魔女様は、ものすごい“魔力”を持っていてもただの人間で、とっくの昔に亡くなっているんだから。
普通に考えたら分かることなのに。
どうして気付かなかったんだろう。
知らなかったんですよ。知らされていなかった。
“大地の魔女”様の加護なんて、とっくに無くなっていることとか。
魔女様の加護だと思っていたものが、実は封印された“悪しきドラゴン”様の力だったとか。
ドラゴン様の力を利用するために必要だったのが、“魔力”を持った生け贄を差し出すことだったとか。
……まあ、公表はしないよね。
誰だって生け贄なんてなりたくないんだから。
たぶん、最初からそのつもりだったんだわ。
マルクール領の端っこに暮らす小さな農場の娘が領主子息の花嫁候補、なんて。そりゃ周囲は盛り上がるでしょう。
わたしだって、その候補が自分じゃなかったら応援してるもの。
周囲が盛り上がって、候補ってだけでも箔がつくからって、ほとんど強制的に送り出されたわ。
王室御用達を取ったうちの主力品種が、そろそろ収穫時期だったっていうのに。
分はわきまえていましたとも。
平民からも候補を出すのがしきたりなだけだって言われたし。
もちろん、他にも何人か花嫁候補は居たわけだし。
あのひょろっとした、顔だけ馬鹿息子なんてこちらから願い下げだし。
そもそも、いつわたしが領主夫人になりたいとか言ったのよ。
でっち上げるなら、もうちょっと納得できそうな嘘をでっち上げなさいよって。
辞退します、家に帰して下さいってずっと訴えていたのに。
他の花嫁候補は帰してもらえた人もいたのに、わたしはダメだった。
……生け贄にするつもりだったのなら、納得だけど。
王都に勉強に行ったきり帰って来ないという噂だった放蕩息子は、その王都でちゃっかり花嫁を見つけてきたらしいの。
名のある家のお嬢様で、儚げな美人で、しかも強い“魔力”持ち。
ついでに言えば、かの“大地の魔女”の生まれ変わりとかなんとか…。
たまに“生まれ変わり”が現れてはマルクール領を守ってくれる、という言い伝えがあるけど……なんか嘘くさいんだよねえ。だって彼女の“魔力”は水属性だし。それらしい記憶があるとも聞かないし。付け足さない方がいいんじゃないのかなあ。
それとも、知らされてないだけで、何か証明方法でもあるのかな。
それで。そんな人を、わたしは気に入らないといじめていたらしい。
いやいや無理でしょう。近づきもしないのに、どうやって?
言われた罪状があんまり身に覚えが無さすぎて。
ぽかんとしている内に、数人がかりで取り押さえられて。
有無を言わさず地下牢に放り込まれて。
“悪しきドラゴン”様の生け贄になれ、と一方的に命令されて。
ほんと、何が何だか分からなかったし、いまでも分からないけど。
あ。さいしょに言ったでしょう。
逃げませんよ、ちゃんと生け贄としての務めを果たしますからって。
どうせここからは出られない。
入口のあの石扉、分厚過ぎて、わたしの“魔力”じゃ砕けないんだもの。
試しましたよ、もちろん。無駄だったけど。
壊れないように何か魔術でもかかっているのかしら。
そうそう魔術といえば。
なぜか、ここに入れられてから、すっと怖さが無くなったの。
生け贄が“悪しきドラゴン”様のところまでたどり着けなかったら、無駄死にだものね。何か仕掛けがされているのかな。
……お酒のおかげとか、ヤケになっているとか、その可能性もあるけど。
なんか、まあいいかー、って。
少なくとも、あの馬鹿息子と結婚させられるよりは、ここで何かの役に立って死んだほうがマシ。絶対マシ。
わたしを騙した人たちがいちばん恩恵を受けそうなのが、ちょっとしゃくだけど。
うーん、やっぱりちょっと悔しい。
もう、仕方ないんだけど。
さあ。というわけで。
黙って聞いて下さってありがとう。長々とごめんなさい。
見た目に反して、意外と優しい方ですねえ。
―――“悪しきドラゴン”様。
いやいや、“良きドラゴン”様かな?
……ええと、あまり痛くない食べ方をしていただけると、嬉しいんですけど。
ふうぅー、と。
生温かい風が、彼女の前方、つまりドラゴンの方から吹いてきて。
彼女は、きゅっと目を閉じた。
またすぐに、開ける羽目になったのだけれど。