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第7話 幼馴染は遊びに行きたい

 

 入学式から二週間が経ち、五月に差し掛かろうとしている高校一年生の春。

 朝陽の予想通り、いつもの日常が何も変わらずそのまま戻って来ていた。

  

 毎日美咲に起こされ、一緒に登下校。

 その間、美咲に何も変わった様子は無かったし、朝陽の心臓も平常運転が続いていた。


 学校生活の話となると、高校生になって少しの変化はあった。

 新た友人関係に、本格的に始まった授業。

 そして、部活動に関することだ。


「徹は帰宅部だっけ?」

「そりゃもちろん。高校で部活何て入ったら、土日返上で練習だろ? 優奈とイチャイチャ出来なくなっちゃう」

「あっそ……」


 聞いていない事を勝手にペラペラと喋り出す徹を他所に、朝陽が机の上に広げた一枚の用紙に視線を落とす。

 入部届けと書かれた紙の提出期限は今日の放課後まで。

 朝陽は白紙の記入欄に何度か文字を書こうとして止めた。

 そのままくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げる。

 放物線を描いた紙屑は見事に燃えるゴミに収まった。


「今の入部届けだろ。捨てていいのか?」

「ああ、帰宅部は提出する必要無いだろ?」

「……陸上辞めるんだな」

「何だよその顔。別に中学やってた部活を高校でも続けるとは限らないだろ」

「まあ、そうなんだけどさ。朝陽の場合、色々考えちまうというか……」

  

 ついさっきまで能天気にのろけ話を披露していた人物とは思えない真面目な顔で徹は言葉を濁した。

 徹が何を言いたいか、先の話はおおよそ予想がつく。 

 だから朝陽は会話を断ち切るように短く一言だけ言い放った。


「関係ないよ」

「それは俺に対してか? それとも……」

「どっちも」

「なら俺はそれで納得するわ。けど、もう一人は何て言うかわからんぞ?」

 

 一見突き放したような言葉だが、意図を汲み取ってくれたのだろう。

 徹はいつものニヤニヤ顔を浮かべた。

 そして朝陽の背後を指差す。


「帰ろ」


 実際に名前を呼ばれていないものの、話題に挙がったことを察したのか、それとも話自体を聞いていたのか。

 美咲が少し不機嫌そうな表情で、朝陽の制服を引っ張った。

 




「朝陽、陸上辞めちゃうの?」

「さっきの話、聞いてたのか?」

「話は聞いてない……けど、入部届けを捨てるところは見た」


 学校の正門を出て、開口一番美咲が質問をしてくる。


 徹の言葉とニヤニヤの意味はまさにこのことを言っていたのだろう。

 面倒臭いことになったな、と朝陽は思わずため息を零した。


「朝陽が陸上続けないのって、私が足を怪我したことと関係ある?」

「ないよ。全く関係ない。元から決めてたんだ。高校はのびのびと遊ぶって」

「……嘘でしょ」

「本当だよ」

「ウソ」

「ホント」


 もちろん答えは嘘だった。

 全く関係ないどころか、百パーセント美咲が関係している。


 美咲が足を怪我して、陸上を辞めた。


 それが朝陽が陸上を辞めた直接的な理由。


 美咲はきっと全部分かっている。

 朝陽が正直に答えを言わないことを含めて。

 その上で嘘だと追及している。

 

 そしてそれら全てを分った上で、朝陽は嘘をつく。


 言える訳が無かった。


 正直に()()()()()を言ってしまえば、きっと美咲に嫌われてしまうだろうから。


「……なら遊びに行こう」

「……は?」

「もう直ぐゴールデンウィークだしさ。せっかくだし遠出とかして羽伸ばそ」

「いや、遠出って言っても……。俺と美咲で?」

「うん。朝陽がのびのびと遊びたいって言ったんじゃん。なんか変?」

「いや、変って訳じゃないけど……懐かしいなと思って。ほら、中学の時は部活で忙しかったし」


 お互い放課後も休日も部活に精を出し、段々と一緒に遊ぶ機会が無くなっていた中学三年間が思い出される。

 あの時は練習が終わって帰宅したころには体がくたくたで、たまにある休日も筋肉痛を癒すために一日中ベッドでごろごろしていた。

 お陰でいくらお隣で仲良しと言えども中学生の時は美咲とほとんど遊んだ記憶が無い。

 家でゲーム、くらいはあったが、あれは遊びというより何かしらを賭けた決闘なので例外だろう。

 

 とはいえ、遊ばなくなったからと言って疎遠になったというわけではなく、今と同じように朝は美咲に起こされ朝練に行き、帰りは体に鞭を打って一緒にランニングをしながら帰る。

 そんな風に、普通に幼馴染としての関係は続いていた。

 

「じゃあ、約束ね。ちゃんと予定空けときなさいよ」

「ああ、わかった……」

「それじゃ、また明日!」

「ま、また明日……」

 

 さっきまでの影の差す暗い表情が嘘のように、パッと明るく満面の笑みを浮かべた美咲が家の中に消えていく。


「約束……か」

 

 美咲と遊ぶ、しかも言い方的に外出するというのはいつぶりだろうか。

  

 スポーツ用品を隣町まで買いに行ったことはあったがあれはノーカンだろう。

 帰りにゲームセンターに寄った覚えもあるが、交通費全額負担を賭けたガチバトルだった為、もちろんこれも例外だ。

 結果は僅差で自分が負けたこと、その時の美咲の太陽のような笑顔など。

 他にも些細な美咲との思い出を朝陽は今でもはっきりと鮮明に思い出せた。


 物覚えが決して良い方ではない自分の記憶力に驚き、苦笑しつつ。

 朝陽は密かにゴールデンウィークへの期待に胸を膨らませた。

 

 


 



 


 

 

 

 

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