第6話 幼馴染と仲直り?
入学式が終わり、生徒が各教室に集まった後。
気の強そうな担任の先生が軽い挨拶を済ませ、その後直ぐに恒例の自己紹介タイムが始まった。
地元の学校に進学したこともあって、何人かは知った顔だ。
後から教室に入って来た為に後回しになった美咲と優奈も無難に自己紹介を済ませ、ホームルームは解散となった。
周りを見渡せば、放課後の教室は既に幾つかのグループが出来上がり、それぞれが新たな人間関係の構築に精を出している。
朝陽も徹を始めとした同じ中学出身組と輪を作ってワイワイしていた時だった。
「……一緒に帰ろ」
「あ、ああ。もちろんいいけど……」
家が隣なので一緒に帰るのは当たり前と言えば当たり前なのだが、今朝の一連の出来事からてっきり避けられていると思ったので美咲の誘いは意外だった。
断る理由も無いし、寧ろ朝陽としては願っても無い申し出なので了承すれば、近くからヤジが飛んで来た。
主に徹からであるカップルやら夫婦やらの面倒臭いからかいを睨んで一蹴し、足早に二人で教室を出て帰路に着く。
タイミングを見て今朝の事を謝ろう。
そう心に決めて歩き出したのだが、何故かいつまで経っても言葉が出なかった。
恐らくきっと自分に非があることは、徹の鋭い勘繰りのお陰で気づけた。
しかし、隣を歩く幼馴染に素直に謝罪するというのは朝陽にとってむず痒いものがあった。
これまで美咲としてきた数々のくだらない喧嘩を思い出せば、いつだって終わりは自然消滅だった。
面と向かって謝罪したことなど、遡れば二年前、美咲が楽しみにしていたショートケーキを勝手に食べてガチギレされた時くらいだ。
それが良い事か悪い事かは置いといて、喧嘩をしても一晩経てばお互いまた笑っていられる。
そんな関係が朝陽と美咲を繋ぐ、幼馴染という存在だった。
今回もお子様パンツを弄ったくらいだし、明日にもなれば美咲は忘れている気がする。
現に普通にこうして一緒に下校している。
別に今更、謝らなくていいか。
馬鹿正直に頭を下げた方が、却って美咲に弄られそうだ。
無言で通学路を歩く途中、そんな風に朝陽が幼馴染の関係に甘えようとした時だった。
「……ごめん」
「……えっ? 何、聞き取れなかった、もう一回言って」
「だから……今朝、先に行ってごめんって言ってるの。あの時の私、ちょっと変だった」
思わず立ち止まってしまったのは、何故か美咲から謝って来たからでも、丁度家の前に着いたからでもない。
その黒い大きな瞳を透明な膜がキラキラと覆っていたのだ。
(だから何なんだよ、この胸の高鳴りは……)
いつもの明るく元気いっぱいな姿からは想像が付かない、随分としおらしくなった幼馴染に再び心臓の鼓動が早くなった。
走ったわけでもないし、驚いたわけでもない。
理由が見当たらない胸の動悸は朝陽の心を動揺させ、どういう訳か隣で佇む幼馴染から目を逸らさせた。
「えーっと、いや、何だ? 俺は全然気にしてないって言うか……その、俺の方こそ悪かった」
こんな展開になるとは思っていなかったが、美咲から謝ってくれた為に朝陽も謝罪の言葉を惜しまず伝える。
二人して素直に頭を下げることなど、かつて一度でもあったか怪しい。
高校生にもなって、などと誰かに言われそうだが、それが二人の間での当たり前だったのだ。
だから朝陽には謝った後に余計な言葉はいらないという学習が足りて無かった。
「まさか美咲がくまさんパンツくらいで怒るとは思わなくてさ……」
「……は? もしかして、朝陽は私がその事で怒ってると思ってるの?」
「そうだけど……違うのか?」
「大間違いだ! この馬鹿朝陽っ!」
聞き慣れた罵倒と共に思いっきり背中を叩かれ、美咲は自分の家に勢いよく帰ってしまった。
わざわざご丁寧にドアを開ける直前で、憎たらしいあっかんべーまで向けてくる。
「意味わからねーけど、やっぱこっちの方がしっくりくるな……」
じんじんと痛む背中を擦っていると、次第に笑みが零れた。
それは何も朝陽が痛みを快感と感じるタイプの人間という訳では決してない。
どこか嬉しそうな朝陽の笑顔の正体は、いつもの幼馴染が戻って来たことへの安堵に対してだ。
この感じなら、明日にはまた美咲の声で起こして貰えるだろう。
そして何も無かったように一緒に登校して、一緒に下校する。
朝陽は家の鍵を回しながら、いつもの日常が戻ってくるのを感じた。
いつの間にか心臓は規則的な落ち着いたリズムを刻んでいた。
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