第5話 幼馴染は「好き」の違いがわからない
「美咲みーっけ。早く戻らないとホームルーム始まっちゃうぞ?」
「……優奈」
教室での空気に居たたまれず、人通りが少ない階段の踊り場で佇んでいると聞き慣れた明るい声で名前を呼ばれた。
居場所も何も教えていないのに、直ぐに見つかってしまうのだから流石は親友と言った感じか。
「やっぱ天ケ瀬のこと意識しちゃうの?」
そしてズバッと遠慮なく、今まさに悩んでいることに踏み込んで来るのも親友らしかった。
言われた通りなので無言で頷くと、優奈は何故か嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「いやー、ここまで長かったねー。お姉さん本当に嬉しいよ」
「……茶化すなら帰って」
「ごめんごめん怒んないで! 私はいつでも美咲の味方! アイム、ユア、ベストフレンド!」
何故高校に合格が出来たのか怪しいレベルの英語で胸を張る親友に苦笑しつつ、美咲はその場で座り込んだ。
自らの膝に顔を埋めつつ、思い出すのは今朝の出来事。
気持ちよさそうに寝ている幼馴染の横顔を眺めているうちに、何故か自然と「好き」が口から零れ出ていた。
その他にも手と手が一瞬触れ合って動揺したり、制服姿を褒められなかったからってムキになったり。
今だって何だか気まずくて教室で避けてしまった。
美咲にとって朝陽は幼馴染で腐れ縁の同級生、それ以上でもそれ以下でもない。
友達とか親友とか異性とか、そういう枠に当てはまらない唯一の存在。
同じ布団で夜を明かしても、下着姿をばっちり見られても、酷い言葉を言い合っても朝陽とは幼馴染のままでいれた。
それなのに、今も朝陽の事を考えると胸がドキドキして顔が赤くなる自分がいる。
朝陽を幼馴染ではなく、それ以外の何かとして意識してしまってる自分がいる。
「最近の私、本当におかしい……」
「大丈夫、美咲はおかしくない。人を好きになるのは普通のことなんだよ」
「……わかんない」
「今はわからなくてもいいよ。きっと、いつかわかる時が来るから」
親友として、そして恋愛の先輩として相談に乗ってくれる優奈の存在が頼もしく、美咲は思わず涙腺が緩んだ。
今まで色恋沙汰に縁がなかった美咲には、朝陽へ抱くこの感情の正体がわからない。
どうしようもなく溢れ出た「好き」の言葉の意味がわからない。
親友が示す、特別な「好き」の違いがわからなかった。
「美咲は今どうしたい?」
「……あっくんと普通に話したい」
「それじゃ、仲直りしなきゃね……って今回はいつも見たく喧嘩したわけじゃないんないんだっけか。あー、でもそっちの方が二人には逆に難しいかも……」
教室を飛び出してからどれくらい経っただろうか。
優奈は美咲が落ち着くまでずっと隣に居てくれた。
その間、色々なアドバイスをしてくれた。
優しく頭を撫でてくれたり、笑わせようと冗談を言ってくれたりもした。
「すいませーん、遅れました!」
「おっ、ようやく来たな。もうホームルーム始まってるぞ? ほら、早く席に着け」
周りの視線を全く気にせず、静まり返った教室に明るく元気な声と笑顔で入っていく優奈を後ろから眺め、美咲は改めて親友という存在の大きさを感じた。