第3話 幼馴染は怒っている?
お偉いさんの長い挨拶と、まだ一文字も覚えていない校歌斉唱が終わると入学式は閉会となり、各々振り分けられた自分の教室に行くことになった。
担任の先生が教室に来るまでは基本自由時間なので、朝陽はとりあえず自分の席に座ることにした。
他の生徒は知り合いに会いに行ったり、近くの人と自己紹介を始めたりと騒がしくしている。
地元の高校に進学したので当然なのだが、その中で見知った顔もいくつかあった。
「よっ、朝陽。同じクラスとか俺たちツイてるよなー」
「そうか? 俺はお前の名前を見つけた時、思わずため息が出たけどな」
「安堵のため息かい?」
「今日も一段とポジティブで何よりだ」
偶然にも同じクラスになり、更には隣の席になった佐竹徹とは小学生からの付き合いになる。
仲が一番いい男子を上げろと言われれば、真っ先に徹の名前を思い浮かべるほどには親しい間柄だ。
向こうもそれは同じで、同じだからこそ朝陽にとって面倒くさいことがあった。
「朝陽、姫宮と何かあっただろ」
「……一応聞くけど、何で分かった」
「お前らが一緒に居ないから」
「まるでいつも一緒みたいに言うな」
「いや、いつも一緒だろ」
ツッコまれて否定できないでいると、「ほらな」と鼻で笑った徹が教室の一点を指差した。
指の先は数人のグループが幾つも出来た教室の真ん中らへん、三人組の女子に向けられている。
全員見知った顔だった。
「美咲に真壁、それと委員長……で、何が言いたいの?」
「謝りに行こう」
「……は?」
「クラスが離れたならともかく、せっかく同じクラスになったのに姫宮がお前のとこに来ないのはおかしいじゃん。どうせ何かお前が怒らせたんだろ?」
「別に俺と話してなくてもおかしくないだろ」
「怒らせたのは否定しないのね」
図星だろ、とでも言いたげに徹はニヤニヤと笑った。
徹は時々、というか大分鋭い。
そのせいで何度、美咲関連のことで弄られたか分からない。
だから徹は朝陽にとって一番自分を理解してくれる相手でもあり、一番厄介な相手でもあった。
今回も徹は一部始終を見てたのかの様に今朝あった出来後を言い当ててきた。
思い返せば、美咲の様子が違って見えたのは怒っていたせいかもしれない。
確かに女子高校生にもなってくまさんパンツを弄られるのは屈辱的か。
それ以外にも思い当たる節はあるが、美咲がそんな理由で怒るとは思えなかったので一旦保留にしておく。
「俺も一緒に謝ってやるから、な? 夫婦喧嘩の仲直りと行こうぜ」
「誰が夫婦だ。前も言ったけど、俺と美咲はそういう関係じゃねーから」
「前も言われたけど、高校生になった今でも姫宮はただの幼馴染なのか?」
「……ああ、もちろん」
「何、今の間は」
「なんでもねえ」
またしても鋭く切り込まれるが、一瞬回答が詰まった理由について話すつもりはない。
話したら死ぬほど弄られるに決まっている。
美咲に「好き」と言われたかもしれないなど。
あれはやっぱり何かの間違いだ、自分に強くそう言い聞かせる。
春休み明け、久々の早起きでいつもより寝惚けて聞こえた幻聴に違いない。
徹の謎の詮索通り、姫宮美咲はただの幼馴染なのだから。
「てっきり春休みで何か進展があったのかと思ったんだけど」
「どういう意味だ?」
「別にー? なーんでもにゃいにゃー」
猫と言うより狐のような容貌と性格をしている徹のことは放っておくことにして、朝陽は重い腰を上げて席を立つ。
「おっ、どこに行くんだ? トイレなら一緒に行ってやらんでもない」
「……謝りに行くんだよ。お前は一人でトイレに行ってこい」
「ツレナイこと言うなよー。俺も行くって」
来るなと言ってもついてくるであろう徹にはそれ以上何も言わず、朝陽は教室の窓側、美咲が座る席へと向かった。