第13話 幼馴染と大乱闘
「このお漬物、凄く美味しい……」
「それ、確か沙友里の手作りじゃなかったか?」
「本当ですか!? この美味しさ、商品として売れるレベルですよ」
「もうっ、美咲ちゃんったら褒め上手なんだからー。良かったらまだあるから持っていって」
「いいんですか?」
「もちろん。後でタッパーに詰めておくわ」
「ではお言葉に甘えて……いつもありがとうございます」
普段より一段と豪華な夕食を囲んで、賑やかで明るい雰囲気が形成されている。
ワイワイと会話が絶えず、楽し気な笑顔が咲く。
その輪に朝陽は入っていない。
ただひたすら目の前のご飯に向かい合い、夜ご飯を口に運ぶする。
元から食事中に話すタイプではないが、今日は無言を貫いているのに特別な理由があった。
三人家族の天ケ瀬家に置いて、使われることが無い四人掛けテーブルの空席。
いつもなら正面には壁があるだけなのに、今日は幼馴染が座っていた。
とは言え、朝陽は美咲を意識して黙りこくっているわけではない。
美咲が食卓に加わるというのは別に初めての事ではないし、寧ろしょっちゅうあることだった。
反対に朝陽が姫宮家にお世話になることも多々ある。
もっと言えば、月一くらいのペースで両家合同で夕食を共にする。
家族ぐるみの付き合いは夕飯だけに止まらず、一緒に旅行に行ったりすることも。
そういう訳で、朝陽にとって美咲と生活を共にすること自体は問題ではない。
いつもに増して朝陽が無口なのは、もっと別の所に理由があった。
「美咲ちゃんは今日泊まっていくんだっけか?」
「いえ、そのつもりは……」
「いいじゃない、泊まっていけば。その方が朝陽も喜ぶでしょ」
「そうだな。遠慮せずに今日は泊っていきなさい」
「あっ、その……」
「義治さん、二階の押し入れからお布団出しておいてくれる?」
「わかった、朝陽の部屋に運んでおくよ」
朝陽の両親、義治と沙友里は共に美咲の意思はそっちのけで会話を進めてしまう。
もちろん、朝陽の意見などは聞こうとすらしない。
まるで当たりまえだと言わんばかりに美咲が天ケ瀬家で一泊することが決定する。
「洗い物手伝います」
「まー、本当にいい子ねー! でもいいのよ、大した量じゃないし美咲ちゃんは朝陽と遊んであげて」
「遊んであげてって何だよ」
「だってそうでしょ、朝陽は寂しんぼなんだから」
母親からの理不尽なレッテルに反論する気も起きず、朝陽は階段を上って自分の部屋に向かう。
その後ろから控えめな足音が続いた。
後ろを振り返らずともわかる。
沙友里に促されるがままに美咲がついて来ているのだろう。
「入っていい?」
「いつもそんな確認しないだろ」
「ん、確かに」
どこかぎこちないのはやはり帰り道の会話が原因だろう。
勉強机の椅子に座る朝陽、ベッドを背もたれに床に座る美咲。
いつもは隣通しベッドに座って直ぐゲームを始めるというのに。
二人の間には明らかに距離ができていた。
物理的な距離はもちろん、目に見えない精神的な距離も。
「……スマブラやるか」
「私、ブラピね」
「じゃあ俺勇者」
「せこ、課金キャラじゃん」
「いいんだよ、金払ったの俺だし」
結局、部屋でやることと言えばゲームしかない。
小言を挟みつつ、キャラを何度か変えながらテレビを見続ける。
夢中でコントローラーを操作している間は何も考えないで良かった。
無心で自分のキャラを動かし、美咲が操作するキャラを場外に吹き飛ばす。
これで五勝五敗。
何度も対戦しているだけあって、お互いの実力は互角だ。
「ねえ、朝陽」
「なに」
「次勝った方が負けた方に――」
「何でも一つ命令権か?」
「そう」
「わかった」
朝陽も美咲は示し合わせることなく同じキャラを選択した。
このゲームにおいて一番強いとされているキャラのうちの一人。
二人とも本気で勝ちにきている表れだ。
カウントダウンが始まり、GO! の合図で試合が始まる。
五分の間、部屋にはゲームの音とコントローラーの操作音だけが響いていた。
互いのキャラのストックは残り一。
ダメージの蓄積はレッドゾーンを超え、もう後一撃で勝敗が決まるような状況だ。
「あっ、ミスった」
朝陽がポツリと言葉を零す。
その瞬間、ゲームセットの文字が躍った。
「私の勝ちね」
美咲は両手を挙げて喜ぶことも、満面の笑みで煽ることもせずに、ただ端的に勝利を告げた。
わざと最後に手を抜いたことがバレたのかと朝陽は思った。
しかし、美咲の表情からは全く何も伝わってこない。
珍しく真剣な表情だ。
神妙な顔つきともいえる。
「命令権だっけ? あまり無茶な奴は止めてくれよ。外で寝ろとか言われたら俺は泣く」
「安心して、この部屋で済むことだから」
深く大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。
一度、深呼吸をした美咲が朝陽の顔を正面から見据えた。
何度も見た、もしかすると親の顔よりも見た顔だ。
だからこそ、朝陽は美咲が何を言おうとしているのか表情から十分に読み取れた。
「……どうして陸上部を辞めたのか正直に話して」
美咲から予想通りの言葉は発せられる。
これは命令だ。
拒否権はない。
そうでもないと、このことについて朝陽は話そうと思えなかった。
いつだって真剣勝負だった美咲との勝負で初めて手を抜いたのもその為だ。
話す時が来た、そういうことだと朝陽は美咲と同じように深く大きく深呼吸をした。