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第12話 幼馴染とお泊り


「さっ、家に帰ろ。きっと夕飯を用意してお母さんが待ってる」

「あ、ああ」

「それにしても朝陽は相変わらず馬鹿だねー。せっかく手に入れた命令権をしょうもないことに使ちゃってさー」


 まるで何も無かったように美咲は普通に喋り、普通に歩いた。

 先を行く美咲の表情は分からない。

 分からないが、いつもと変わらず能天気な笑顔を浮かべているはずが無かった。

 声は弾んでいるように聞こえるし、足取りも軽そうに見えるだろう。

 他人から見ればきっとそう聞こえるし、そう見える。


「なあ、美咲。さっきのさ……」


 月明りに照らされた小さくて華奢な背中に朝陽は呼びかける。

 

 美咲は振り向かなかった。

 その代わりゆっくりと先行く足を止める。

 

「ごめん、忘れて」

「……命令か?」

「命令じゃない、お願い」


 勝負に負けた美咲に命令権は無い。

 それを踏まえた上でのお願い。

 いつもなら、面白半分にお願いなど知らぬ存ぜぬと非常に跳ね除ける。

 しかし、今日は話が違った。


「……わかった」

「ありがと」

 

 美咲にここで「話して」とお願いされていたら朝陽は同じように「わかった」と返していた。

 そして美咲に嫌われる事を覚悟して、陸上を辞めた理由を語るつもりだった。

 涼しい夜風に吹かれながら、テーブルに用意された出来立ての夕飯が冷めるまで。

 感動話とは程遠い、エゴに塗れた自分の話を美咲に聞かせる選択肢は二択の片方としてあった。

 今まで絶対に語るまいとしていたこの話を今になってすんなりと話そうとしている自分に驚くが、不思議と朝陽は納得していた。

 今日一日を通して味わった美咲と公平に、対等に勝負する楽しさ。

 あれを再確認してしまえば、やっぱり正解だったと。

 美咲がどう思うかは置いておいて、少しだけ自分の中で陸上を辞めたことを正当化出来たからだ。

 

「今日はめっちゃ楽しかったね。そんでもってめっちゃ悔しい。また今度リベンジするから」

「おう、いつでも待ってるぜ。返り討ちになる未来がありありと浮かぶけどな」

「こんの、今日は偶々勝ったからって調子乗りやがって。覚えていやがれ!」

「それ、完全に雑魚キャラのセリフな」


 それぞれの玄関の前で軽い憎まれ口を叩く。

 数分前までは不穏な空気を漂わせていた雰囲気が、今ではもう仲の良い幼馴染に元通り。

 これが朝陽と美咲の良いところであり、そしてもしかしたら悪いところなのかもしれない。

 朝陽は玄関の明かりに照らされた美咲があっかんべーを残して家の中に消えていく姿を見送りながら、一人胸の内にモヤモヤを抱えていた。

 

「ただいまー」


 リビングにいるであろう両親に聞こえるように帰宅の旨を伝える。

 奥の方から「おかえり」と二人分帰って来たので、朝陽はそのまま二階の自分の部屋に向かった。

 

 ポケットの中の財布やスマホを机の上に乱雑に置いて、そのままベッドに転がり込む。

 横向きになって壁際に設置された物置に目をやれば、視界に入るのは金色のメダルとトロフィーの数々。

 どれも朝陽が掴んだ栄光の証だった。

 

「……陸上か」


 誰もいない部屋の中で呟かれた言葉は空気を振動させるにとどまり、やがて跡形も無く消えた。

 

 部屋の明かりを反射してキラキラと光る金色は今とってはもう何の意味も為さない。

 朝陽は目を逸らすかのように反対側の壁に身体を向け、そして目を瞑った。

 今日一日の疲れが溜まっていたのだろう、直ぐに睡魔が襲ってきて微睡の中に誘われる。


「朝陽ー! 美咲ちゃんはどうしたのー!」


 秀次の寝落ちを妨げたのは、閉め切ったドアを軽々と貫通する母親の声だった。

 続いてドタドタと階段を駆け上がる足音が聞こえ、数秒後には勢いよく部屋のドアが開かれ母親の姿が現れた。


「朝陽、美咲ちゃんは?」

「知らないよ。普通に帰った」

「もしかして二人ともメッセージ見てない? 少し前に送ったはずなんだけど」

「……メッセージ?」


 脳天を揺さぶる母親の無駄に元気な声に若干イラつきを覚えながら、朝陽は促されるままに携帯を手に取る。

 そしてメッセージアプリを開き、一番上に表示された母親とのトーク画面の確認した。


『今日、美咲ちゃんが家に泊まることになったから連れて来て』


 短く要点だけを伝える母親からのメッセージは、寝落ちしかけた意識を完全に覚醒させるくらいにはインパクトがあった。


――ピーンポーン

 

 どういうことかと母親に詳しい説明を求める前にインターホンが鳴る。

 はーい、と普段より一段階声のトーンを上げた余所行きスタイルの母親が急ぎ足で部屋を出ていく。

 

 誰がインターホンを鳴らしたなど、火を見るよりも明らかだった。


 よりによってなんでこのタイミングなのだろうか。


「お邪魔します」

 

 耳を澄ませば、予想通り聞き飽きた幼馴染の声が聞こえた。

 





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