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第11話 幼馴染と命令


「勝った……」

「わ、私のパーが負けるなんて……」


 七勝一分七敗。

 五分五分の状態で時間切れとなり、施設を出た後に両者が自然に行きついたのは最もシンプルな勝負。

 つまり、じゃんけんだった。


 何でも命令権を賭けた恨みっこ無しの勝負は最初はグーから三回もあいこが続いた後、朝陽渾身のチョキが勝利を飾った。

 長い戦いの果てに勝ちを納めた朝陽は人目を憚らずにガッツポーズ。

 一方屈辱の負けを喫した美咲は勝鬨(かちどき)を上げる朝陽とは対照的に、がっくりと分かりやすく肩を落とした。

 

「一応言っておくけど、やらしい命令はダメだからね」

「するわけねーだろ馬鹿」

「……ふーん」

「何だその目は、俺を疑ってんのか」

「ううん、別にー」


 貸し靴からヒールに履き替えた美咲のビジュアルはスポーツ真剣勝負を終えたことによって、待ち合わせをした時の様にまた色々と思うところがあった。

 しかし段々見慣れてきた事によって、肩だしやメイク程度で動じる朝陽ではもうない。


 いつも通り強気に言葉を交わせば、幼馴染は何やら不満気な様子を見せた。

 頬を風船のように膨らませ、無言で抗議の視線を送ってくる。


「そんなに負けたのが悔しかったのか」

「違うけど、違くない……」

「どっちなんだよ」


 すっかり暗くなった夜の街を朝陽と美咲は肩を並べて歩いた。

 駅に着き、電車に乗り、最寄り駅までくだらない会話を延々と繰り広げる。

 特に面白い話をしている訳でも、何か楽しい事が起こった訳でも無いのに、幼馴染二人はずっと笑みを浮かべていた。

 ケラケラと幸せそうな笑い声が車内に響く。

 他の乗客の視線は微笑ましいものから迷惑そうなものまで様々だったが、不思議とその場に居合わせた皆が二人が降りるまで、その仲睦まじい姿を遠くから見守っていた。


「そろそろ着くけど命令権使わなくていいの? あれ、有効期限家に帰るまでだから」

「おい、そんな事全く聞いてないんだが」

「そりゃ言ってないからね」

「この野郎、やけに早足で駅まで歩くなと思ったら奢り系を阻止する為か」

「ふふふ……私には何のことやら」


 気づいた時にはもう遅いとでも言うかのように、美咲がスピードを上げて歩を進める。

 下手っぴな口笛と共にしらばっくれてるが、確信犯に違いないだろう。


 周りを見渡せば既に見慣れた閑静な住宅街に入っていて、目に見えるものと言えば一家団欒の暖かな光くらいだ。

 微かに鼻孔を擽る各家庭の夕飯の匂いが、朝陽のお腹を刺激する。

 命令権を使えば駅前の高いご飯やスイーツにタダでありつけたのに大失敗だ。


 ギリギリで有効期限の存在を知らせてくる辺りが美咲の狡猾さをよく表している。

 一応命令権はまだ使えるが、ろくな命令が出来ない状況。

 こうやって幼馴染は最後まで何かしら抵抗して来るために、勝負に勝っても最後まで油断してはいけないことを朝陽はすっかり忘れていた。


 勝手に決められた有効期限が切れるまであと五分と少し。

 美咲が今の早歩きペースを保つなら五分も無いかもしれない。


 限られた時間と範囲で朝陽は必死に命令権の使用先を考える。

 その間にも美咲は軽い足取りで進んで行き、遂には遠目に自分たちの家を捉えた。

 

 朝陽の頭に突然の閃きが起こったのは、丁度そのタイミングだった。


「美咲が俺に何を命令しようとしていたか正直に教えろ」

「……それが命令?」

「ああ。美咲がこの賭けを言い出した以上、何か思惑があったんだろ」


 核心を質問、及び命令に美咲の足がピタリと止まる。

  

 命令とは言え強制力は全くないので、いくらでも嘘がつけるし茶化すことが出来る。

 しかしこういう時、美咲は逃げないことを朝陽は知っていた。

 逃げたら真剣勝負に水が差す。 

 何より美咲は自分が言い出したことを曲げるなんて行為、一番嫌いな部類だろう。


 だからこそ、この命令に効果がある。

 腹は満たせないし、喉は潤わないが、代わりに長期的な収穫を見込める。

 美咲がどんなに極悪非道な命令を企てていたのか分かれば、暫くはその事で弄れるだろう。

 得た情報を次の勝負に活かすことだってできる。


 我ながら短時間で天才的な発想をしたものだと、朝陽は自画自賛をしながら美咲の答えを待った。


「……朝陽に陸上に戻ってって」


 暗がりの中、月明かりに照らされた美咲からポツリと呟かれた問いへの答え。


 朝陽の頭の中で、普段とは似ても似つかない弱弱しい美咲の声が反芻する。


 陸上に戻って。


 それは例え命令だったとしても、朝陽にとっては許容できないもの。


 朝陽の胸の中で、何とも言えない複雑な感情が渦巻いた。

 


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