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並々青バケツ

「げほっげほっびっくりした」


九津見に水を突如かけられて、体を上に向けて寝そべって居た名秦は驚き、バッと左膝を少し曲げて体を起こす。口元に手を当て、溢れ止まらない咳を出す。咳がある程度治まった後、右の手の平で軽く目を擦り水気を取る。


九津見は空になったバケツを自分の右側に置き、苦しそうに咳をする名秦を見て、どうしようどうしようと、口元に両手を当て心配そうに見ていた。


「かけすぎちゃった!…ごめん」


名秦の「ふらふらする」という発言を聞き、何かしてあげないと!と、慌てた九津見は、今居る場所から10m位離れた場所にある、長い草が沢山生えている辺りに、大きめの青いバケツが流れ着いていたのを見つけ、そのバケツに限界まで水を入れて名秦に向け豪快にかけた。名秦が起き上がって咳をし、苦しそうにしていたのを見て、流石にかけすぎてしまったという事に気づき謝罪する。


「いいよいいよ。僕が、ふらふらするって言ったからかけてくれたんだろ?でもかけ過ぎっ」


名秦の硬そうな焦げ茶の髪と着ていた制服はびっしょりと濡れ、水が滴る。髪から、顔の健康的な色の肌へ、そして男子にしては細めの首へと水が垂れる。


名秦は、濡れた自分の焦げ茶色の髪を右手でかきあげておでこを出し、自分の髪から水が垂れるのを防ぎながら九津見の謝罪に答える。「かけ過ぎ」と笑いながら最後に付け足し、九津見の行動を許す。


顔を両手で水を取るように拭い、目の辺りをまた擦る。そして自分の学ランのジャケットの前ボタンを一つずつ丁寧に開けていく。


九津見はその場にかがんで、名秦の学ランのジャケットから沢山の水が滴るのを見て


「服…」


と声を漏らし、水のかけ過ぎを後悔する。


名秦は前ボタンを開け終わった後、自分の学ランのジャケットを脱ぎ、胸元のポケットに緑色の小さな校章のついた、長袖の白いワイシャツ姿になる。


名秦のワイシャツは前の方がペタリと体に吸い付くようになってしまっており、中に着ていた黒色の半袖Tシャツが透けていた。


心配そうに、不安そうに名秦を見る九津見に、名秦は学ランのジャケットを雑巾のように絞りながら


「夏休みだから制服は長い間着ないし、それに、制服を着て学校に行く予定も無いから大丈夫だよ。」


と安心しろと声をかける。


学ランのジャケットを強く絞って水を出来るだけ出した。そして、しっかりと絞った学ランのジャケットを右腕にかけて、川の水につけていた両足を体に引き寄せ、近くに置いておいた自分の学生鞄からオレンジ色のフェイスタオルを取り出し、顔と首と髪をある程度拭いた後、両足を拭く。

そして、学生鞄の近くに置いておいた黒いくるぶしソックスとオレンジ色のラインが入ったランニングシューズを右足から履く。


学生鞄を左の肩にかけて、その場に右手をつき、ゆっくりと立ち上がる。


「そっか、良かった。でも、ごめんなさい。…あっ‥もうふらふらしない?」


九津見もその場に立ち上がる。バケツは地面に置いたまま、両手は自分のお腹のあたりでゆったりと結んでいた。


「あぁ大丈夫。もうフラフラしてないよ。」


と、自分を心配してくれた九津見に対し、名秦は口元をにっこりとさせて答える。


本当は顔が赤くなっているだろうと思い、苦し紛れにふらふらしていると誤魔化した為、少し罪悪感が残る。


名秦はふと、九津見の見た目が気になった。自分の1メートルほど離れている場所に立っている九津見の身長は中学生の時のままで、体も小柄だった。今の自分の身長だと30センチ以上は離れているだろう。


そんな事を考えていてしばらく時間が経つ。先程よりも低くなっている太陽の姿が目に入り「あっ」と声を漏らし九津見の方に視線をずらして


「今日はもう帰ろうと思う。」


と名秦が言う。


「ぁ」


名秦が帰る、なんて考えて無かった九津見は、表情を曇らせる。そして、先程までお腹の前で力入れず、ゆるく結っていた両手に力が入る。


九津見は帰って欲しくないという思いを言えず、ただそこで立ち尽くす。


「じゃあまた来るね」


名秦は自分の左肩にかけた学生鞄の中から、ビニール袋を取り出し、両手で広げて、右腕にかけた濡れた学ランのジャケットと先程自分を拭いたオレンジ色のフェイスタオルを、広げたビニール袋に入れながら、視線をそちらに向け九津見に言う。


九津見は名秦がまた来てくれるという事を聞いて、九津見の悲しげだった表情がパッと嬉しそうに変わる。そして、ビニール袋の中に学ランのジャケットを入れている名秦の横顔を見て今後を楽しみにするように本当に嬉しそうに笑う。


濡れている学ランのジャケットとフェイスタオルをビニール袋に入れ終わった名秦はそのビニール袋を出来るだけ小さくし、学生鞄の中に詰め込む。パンパンになった学生鞄のチャックを無理矢理閉める。


「約束だからね!」


その声に引っ張られるように名秦の視線が学生鞄から九津見に移る。九津見のその言葉と声に奏でられたかのように、名秦にはクーラーのゆるめの冷風のように感じる川風が二人の髪を踊らせる。


名秦は、心を持っていかれる、九津見の無邪気な笑顔にまた顔が赤くなりそうになり


「じゃあまたなっ」


と少し焦って後ろを向いて、短い草が生い茂っている高めで長めの坂を上がりに向かう。


階段の無い、草の生い茂った坂の途中途中で転けそうになりながらも坂の上まで上がる。上に到着した時に、九津見の「ばいばーい!またね!」という愛おしい声が聞こえる。振り返ると九津見が右腕をめいいっぱい振っていた。


あぁ、帰りたくないな、と冗談紛れに思いつつ、九津見の言葉に答えるように、「じゃあなー」と、こちらも手を振り返し、帰路を進む。

川沿いにサイクリングに行きました。サッカーボールとバレーボールが流れ着いていたのをまだ覚えています。レビュー感想等お願いします!

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