かえでの葉っぱ
昔の回想が入ります。
それは、久津見と僕がまだ、森の幼稚園の園児だった頃の。僕らは親が仲が良かったということもあり、幼稚園から帰った後、ほぼ毎日、一緒に近くの公園で遊んでいた頃の話。
大きな噴水、大きな滑り台、大きなブランコに、赤色と青色と黄色の門のような3つの高さの異なる鉄棒。その公園は幼稚園児の二人にとって、巨人の遊び場のようだった。
公園の大部分を占める噴水の回りには、浅い溝がぐるりと一周あり、そこには流れのある綺麗な水が流れていた。夏の日差しを受けて、水はキラキラと輝いていた。水の流れている溝の底には、丸く削れた大きめの石が引き詰めてあり、素足を入れて水遊びが出来るようになっていた。二人はその流れる水の上に落葉を乗せて、どちらの葉っぱが速いかをよく競争していた。大体は緑色の葉っぱを好んで選んだ久津見の勝利だった。
九津見は長い茶髪をゴムで結ったポニーテールを揺らし、ノースリーブの白いワンピースの膝の辺りに茶色い土をつけながら、太陽の光がちらちらと通った木陰になっている木の下で葉っぱを夢中で探していた。
「あ!きれぃな葉っぱ見つけた!かえではこれにする!」
九津見は、緑色一色に綺麗に染まった葉っぱを手に取って、「にひひ」と嬉しそうに、しゃがんで黙々と葉っぱを探している名秦に見せた。
名秦は白い字で「Don't worry」と書かれたミカン色の半袖Tシャツを上に着て、下にはデニム生地の半ズボンを履き、自分の水筒を首にかけて、時々中身を飲みながら葉っぱ探しを夢中でしていた。
良い葉っぱを見つけようと九津見は、落葉が山のように溜められている所に居る名秦から大分離れた、緑色の葉っぱが沢山下に落ちている大きな木の下に居た為、名秦は九津見のその声に気づかないまま、レース用の葉っぱを落葉を小さな手でかき分けて探していた。
「ねぇ!ひびき!」
と九津見が大きな声で名秦を呼んだ。名秦はその声に気づき、俯いていた頭をあげて「ん?なに?」と疑問そうに言う。九津見は「ほらっ!」と笑顔で緑色の葉っぱを名秦が居る方向に両手で突き出す。
「綺麗でしょ〜?いいでしょー!」
と九津見は「えへへっ」と笑いながら満足そうに言った。そして、緑色の葉っぱを小さな右手に持ち、緑色の短い草の生い茂る地面を踏んで名秦の方に向かった。
いつもいつも、九津見は緑色の綺麗な葉っぱを好んで選んだ。そして名秦は出来るだけ大きいものを選んだ。ふと、幼稚園児の名秦は、九津見が毎回緑色の葉っぱを選ぶことを不思議に思った。
「かえではどうして緑の葉っぱにするの?」
どうしてなんだろう。名秦のその疑問は別に深く何かを知りたいという探究心ではなく、ただ気になったから、不思議に思ったから質問したのであった。
質問されて九津見は進む足を止める。
「んっとね〜」
と、言った後少し間を開けて、にこっと笑って
「かえでの目が緑だから!」
と言い、にっこり笑顔で口元を見つけた葉っぱで隠して「にししっ」と歯を見せて笑った。
「それが理由なの?」
と名秦は目の色で決めるの?と不思議に思った。レースに勝ちたいと願い、速そうで大きな葉っぱばかりを選んでいた名秦には理解出来なかったからだ。
「そー!」
と自慢気に腰に手を当てて言う。
「なんで、目の色だから選ぶの?レース負けちゃうかもしれないじゃん。」
どうして?なんで?と疑問が沢山浮かぶ。
目の前の彼女に自分は、何度も何度も葉っぱレースで負けていたからだ。「緑だから」という理由で選んでいるはずなのに、自分が選んだ葉っぱは負けてしまう。緑だといいのかな?と気になって質問した。
「実はねぇ〜ママがかえでの目はキレイねっ!て喜んでくれたから、緑が好きになったの!だから私は、緑を選ぶの!」
と九津見は言い、止めていた足を名秦の方に進めだす。名秦はなんだそれだけか、とそれ以上は質問しなかった。
九津見は落葉が溜まった山のようになっているところで葉っぱを探す名秦の元に行き、隣にしゃがんだ。落葉の山の方を見て「あっ!」と気になった葉っぱを、手に取る。
「ひびき!この葉っぱめちゃくちゃおっきぃよ!あげる!」
と隣で葉っぱを探している名秦に見せる。「おぉ!」と驚きながら九津見の持っている葉っぱを「ありがとう!」と言いながら手に取って
「これなら、かえでにだって勝っちゃうかもな!」
と大きな葉っぱを見つけられた喜びを感じながら、その場に立って「行くぞ!」と九津見に言うと同時に、水の流れる溝の方に貰った葉っぱを持って走り出す。
「ぁ!待って!」と九津見はすぐに立ち上がり名秦の後を追いかける。
バタッと大きく転ぶ九津見。その音に気づき名秦は振り返る。九津見の両膝からは豪快に血が出ており、見つけた葉っぱも破れてしまっていた。自分の怪我から出る血と痛みと葉っぱが破れているところを見て、「あぅっ…ぅぇぇん!!」と泣き出す。
名秦は九津見の方に駆け寄って、九津見が泣いているのを止めなくちゃと焦る。自分が泣いている時にいつもして貰っていたことを思い出し、九津見の頭の方に手を伸ばした。
「かえで!だいじょーぶ!だいじょーぶ!ひびきが、痛いの貰ってあげるから!」
と泣いている九津見の頭を撫でながら元気に言う。九津見はその言葉に影響を受けて、
「ぅん!痛く無くなったかも!」
と涙を止めて、ゆっくりと立ち上がる。
「お母さんにヒーローばんそうこう貰って、早く治そ!」
と九津見の手を取り、自分達の親が居る方向に引っ張っていった。
「ありがとひびき!」
とさっきまで若葉色の瞳から大粒の涙を流していたが今はもう既に、涙は止まっており、それどころか笑顔で居た。両膝の怪我から流れる血は白いワンピースの裾だけでなく、白いレースの靴下までをも赤く染め上げていた。
その後、九津見は土のついた傷口を公園の蛇口の水で洗い流し、名秦の母が持っていたヒーロー絆創膏を貼って貰い、服を早く洗いたいということから、その日はそのまま帰った。
名秦はその頃から、幼稚園でも、小学校でも、九津見が泣き出した時には頭を撫でてあげていた。そうすると九津見が泣き止み、笑顔になると知っていたからだ。中学生に進級すると共に思春期で一緒に居る事が減った事や、九津見が泣くことが無くなった事で、頭を撫でることも無くなった。
今、こうして頭を撫で、九津見の表情が泣き顔から笑顔になったところを見て、昔と変わっていないんだなと自分も笑ってしまった。
「?…さわれた?」
と名秦は、ボソッと不思議そうに言う。あれ…?可笑しい。霊体となってしまっている彼女に触れられるなんて可笑しい。どうして頭を撫でれたのであろうか。
不思議に思ったのと、頭に触れられた感覚は気のせいだったのかもしれないと、不安になり、もう一度、今度はしっかりとした声で九津見に尋ねた
「今…頭撫でてるんだけど…わかる?」
夜中2:13分…明日の起床は12時頃かな?
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