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 勇者の流儀、その一。育成してくれ。

 

  スライムがあらわれた!

 『よし、コウタロウ行くぞ!』

  ジョリーはみがまえた!

  勇者コウタロウはスライムにこうげき!

  スライムは120のダメージをくらった!

  スライムはたおれた!

  ちゃららら~!!

  せんとうに勝利した!

  勇者コウタロウは20の経験値をえた!

  勇者コウタロウのレベルが上がった!


「さすがだなぁ、でももう他のモンスターも倒せるんじゃないか?」

 コウタロウくんの指導を任された友人キャラ、『お人よしのジョリー』が恐々聞いてくる。頑張れジョリー、遠慮ばっかりしてたら友人じゃないぞ!

 今、彼らは街の近くにある草原に出て、勇者サマ達の言う『レベル上げ』、つまりか弱い魔物(スライム)相手の実戦練習をしているところだ。全く、鍛練に生き物の命を使うとか、もったいないとは思わないのかな。

「ま、まぁそうだけどさぁ。やっぱり怖いというか、何と言うか......」

「なーに弱気なこと言ってんだよ、勇者サマだろ?」

「そ、そうだけどさぁ......」

 コウタロウくんが言いよどむのも無理はない。

 なんせ、この草原でスライムの次に弱い魔物とは......


  キラーカマキリ があらわれた!

  ジョリーはみがまえた!

  コウタロウはにげだした!

 『おいいいいいッ、だから待てよコウタロウ!』

  ジョリーはにげだした!

  せんとうに敗北した......


「やっぱり、オレと同サイズのカマキリとか、怖いよぉッ!!」

 頭を抱えてぶるぶる震えるコウタロウくんに、ジョリーはこっそりため息をついた。でも、コウタロウくん。君の気持ちは分かるよ。ぼくもあいつらの複眼は怖い。

 この世界の人にとって、キラーカマキリはちょっと気をつければ倒せる雑魚だ。大きな二丁の鎌や肉食の牙は脅威だが、それを潜って細い胸を刃物でばっさり斬る。もしくは後ろから忍び寄り、柔らかな腹をぶちゅ、と潰す。哀れなカマキリは生きながら、綺麗なはねや柔らかな肉を切り取られ、硬い外骨格を剥がされる。

「だからさぁ、カマキリ野郎が来たら正面に来る鎌をしゃがんで避けて、立ち上がりながらズバッて斬ればいいって言ってるじゃないか」

「あの正面に立って接近させるってところから無理なんだって! あれだぞ、人間サイズの昆虫って本当に怖いしキモいし怖いんだよ!」

 ぶるぶる震えるコウタロウくんに、高いところから冷たい声が浴びせかけられた。

「......なら、キラーカマキリより強い魔物を倒せれば、飛び級させてやろうか?」

 見上げたジョリー、そしてコウタロウくんが相手を認識するとその顔色が変わる。

「ゆ、ユーリ、騎士団長様!?」

 馬に乗ったまま、コウタロウくんに提案したのは騎士団長、男装女子ユーリだった。見習い騎士であるジョリーには直属の上司でもある。あと、ヒロインの一人でもあるから勇者のいるここにいても不思議じゃない人だ。提案も、コウタロウくんを助けるためのものだろうけど、しかし。ユーリの表情には、はっきり『お前には出来ないだろうな!』と書いてある。

 ......えっと、君って一応ヒロインの一人だよね? あまりコウタロウくんを圧迫したら、勇者さまに嫌われて噛ませになっちゃうよ? 大丈夫? こないだユディスにこっそりお菓子を差し入れてくれた時に見せた優しい顔をコウタロウくんにも見せた方が......

「ああ、こんな草原で足踏みしている勇者だなんて笑わせる。サリーも失敗したな、せっかく喚んだ勇者がこんな腰抜けなんて! やっぱり新しい勇者を召喚し直した方がいいんじゃないか?」

 追撃来たぁ! やばいよそれ、コウタロウくんの存在意義(アイデンティティ)を揺さぶる事だよ、そこを突いたらコウタロウくん何も言えなくなるやつじゃん! 誰だよこんないじめっ子をヒロインに登録した奴! 見ているだけで心が痛い!

 コウタロウくんも、ユーリの言葉が堪えたらしい。地べたに座り込んだまま、ぶつぶつ呟く。

「オレだって、いきなり召喚されて訳分かんねぇんだよ......」

 苛立ってぶすくれているコウタロウくんを見て、ジョリーとユーリはため息をついた。でも、ぼくにはこれ、君たちの話の運び方が悪いように見えるよ。

(どうします? コウタロウがいじけちゃいました)

(フン、その程度の奴だったってだけだろう。次の勇者を召喚させろ)

(だから、そんなに気軽に召喚するモノじゃあないんですよ)

 二人がコソコソ話し合う。しばらくすると、ジョリーがコウタロウくんに見えないようにキャラクターに配布されている魔法具『通信水晶』を出した。遠くでザッと、熱量を持つ集団が出来た気配がする。

 その集団は、黄色い声を上げながら、ゆっくり自然なスピードで近づいてきた。

 勇者の流儀その二。応援してくれ。

「「「「勇者さまーっ! 頑張ってぇ!」」」」

 接近してきた集団。それは、モブの女性団。

 モブとは、勇者の行動範囲内にいて、登場人物(キャラクター)の補佐や景気付けに協力してくれる人々だ。

「!? あっえっ、なんでこんなところに?」

 女性団は勇者を驚かせ、男の子特有スキル『女性の前ではカッコつけ』を発動させながらもプレッシャーを与えないように去っていく。彼女らの服装から見て、ユーリの部下の綺麗どころっぽい。

 コウタロウくんは顔を赤くさせながら、勢いよく立ち上がる。さっきの不機嫌は忘れちゃったようだった。そんなコウタロウくんをジョリーがからかう。

「......泣いた烏がもう笑ったな?」

「は!? いやオレ元から泣いてねぇし!」

 コウタロウくんは照れ臭そうに顔を逸らした。

 そして、逸らした顔の方向にいたのは......

 

  ヒトゴロシクマがあらわれた!


 敵意を隠さずに佇む、見上げる程大きい熊さんだ。

「!? ......さっきの女性陣は?」

「問題ない、」

 ジョリーの問いに、ユーリがこそこそ返しかけて......ユーリはコウタロウくんに向かった。ヒトゴロシクマに気を取られて呆けている勇者に、ユーリは慌てたような様子で言う。

「......あいつら、さっきの部下は無事だろうか?」

「そうですね、さっきの人たちのところに、クマが行ったら......!」

 ジョリーがすぐに悟って調子を合わせた。さすがは登場人物(キャラクター)になるべく教育された良家の子女だ。演技力がハンパない。

 二人に呑まれたコウタロウくんも、自分の剣を握る。

 しかし、そんなコウタロウくんをユーリが留めた。

「コウタロウ、お前は戻れ」

「え!?」

「キラーカマキリも倒せん奴の手に負える魔物じゃないんだ、あのクマは。正直、私でも難しい......足手まといはさっさと消えろ」

「で、でも!」

 食い下がるコウタロウくんに、ユーリはふ、と表情を緩めた。 

「いや......最期くらいは言ってしまおう。昔の部下に、お前そっくりな奴がいたんだ。奴は、まだ弱い私をかばって......」

 いきなり重い話をぶっこむねぇ。でも、ユーリの厳しい表情ばかり見ていたコウタロウくんは、初めて見たユーリの弱み......彼(女)の人間性を伝えるエピソードと、困ったような笑顔に見とれた。

「お前を初めて見た時、あいつが来たかと思ったよ。そして、もうあいつを、お前を私の身代わりに、再びするような真似は絶対しないと誓ったんだ、だから」

 ユーリはひらりと馬から下りた。ジョリーがコウタロウくんを掴んで馬に放りあげるように乗せる。

 ......この間、ヒトゴロシクマは空気を読んでいるのか身じろぎしなかった。

 勇者関連の現象で、こういう『妙に空気を読む敵』というのはかなり頻繁に起こることだ。勇者やヒロイン等の登場人物(キャラクター)が自分の過去や、夢を語るとき、敵は不思議と攻撃しない。これは勇者の研究をしている専門家によると、勇者が聞きたいと願うことにより、その願望成就のために勇者の幸運が使われて邪魔が防がれ、敵の動きが止まってしまうという。

 勇者の幸運は、勇者が一番輝く形で、勇者の願いが叶うために使われる。この不思議で強力な幸運を利用するため、操作するために出来上がったのがこの国であり、登場人物(キャラクター)だ。

 しかし、登場人物(キャラクター)であっても勇者を全て操作できる訳ではない。

「......大丈夫!」

 馬上のコウタロウくんは、無責任にもそう言って、ひらりと馬から下りてユーリの前に立った。

「オレは、死なない! ユーリさんの身代わりにならない! そして、あのクマも倒す! だってオレ、勇者だから!」

 コウタロウくんは、気合いを入れるためにか自分の頬をぱん、と張って、ヒトゴロシクマに向かって行った。ジョリーが慌てて付いていく。


 『よし、ジョリー行くぞ!』

  勇者コウタロウのこうげき!

  ヒトゴロシクマは15のダメージをくらった!

  ヒトゴロシクマのこうげき!

  勇者コウタロウは73のダメージをくらった!

 『ははっ、遠慮なくやれよ!』

  ジョリーはやくそうを使った!

  勇者コウタロウのたいりょくが回復した!

  勇者コウタロウのこうげき!

  ヒトゴロシクマは15のダメージをくらった!


(ちょっと、このままじゃあジリ貧だ。薬草やポーションが尽きた頃にコウタロウくん、負けちゃうんじゃない?)

 ぼくは見ていてちょっと不安になった。ぼくにも自力で動ける身体があったら加勢してあげたい。なんでぼくは今、封印されているんだろう? まぁ、それはぼくがぼくだからなんだけど。

 ジョリーはコウタロウくんの補助で薬草やポーションを取り出すのに忙しくて攻撃できる余裕はない。そもそもヒトゴロシクマは騎士の手に余る魔物だ。だってこの草原で一番強い魔物なんだもの。見習い騎士とレベルの低い勇者では、普通生きて戻ることすら難しい。勇者サマ達の言う『ボスキャラ』ってやつだ。

「どうして、あいつは今回も助けさせてくれないんだ......?」

 ユーリは混乱していて動けない。......そのエピソードって、ヒロインの役割でもらった設定の中の話じゃないの? 

 コウタロウくんとジョリーは、自分たちとレベル差が大きすぎるクマに対しても絶望せずに奮闘していた。

「くっ、やっぱり堅いっ」

「大丈夫かコウタロウ? 逃げるか?」

「にげ、ないッ!!」

 さっきまでがさっきまでだから、コウタロウくんがむきになっている。だから、あんなに煽っちゃダメだったんだ。あんな場面で愁嘆場を作っちゃ、『カッコつけ』が発動しちゃうことは明らか過ぎる。

 コウタロウくんの顔が血で赤く染まった。傷口は薬草やポーションで閉じるけど、流れでた血は戻らない。そのまま血は残って足を滑らす原因になったり、今のコウタロウくんみたいに視界を邪魔する。

「くっそ......」

「コウタロウ、もう逃げよう? ポーション使いきったんだ、」

 ジョリーが言うとコウタロウくんは、ますますヒトゴロシクマに身体を向けた。きっと今、彼は激しい運動が生み出す陶酔感と、勇者として魔物に立ち向かう自己陶酔がごっちゃになってる。コウタロウくん、戻ってこーい!

「困難に立ち向かう者を、勇者と言う!」

 そうだろうけどねコウタロウくん、君の身体は君一人のものじゃないんだよ? 彼我の実力差を読み間違えちゃいけないよ、戻っておいで!!

 それでもヒトゴロシクマに立ち向かうコウタロウくん。

 ポーションも薬草も使いきって、でも武器も盾もちょっとあっちにあるから取りに行けない、お荷物ジョリー。

 そうしてそして、まだ混乱していてコウタロウくんを助けられないユーリ。

(こうなりゃ奥の手、洗脳テレパスを使ってでも......!)

 ぼくが決心を固めた時だった。


 『オレは、勇者、なんだぁあああ!!』

  勇者コウタロウのこうげき!

  クリティカル!!

  ヒトゴロシクマは150のダメージをくらった!

  ヒトゴロシクマはたおれた!!

  ちゃららら~!!

  せんとうに勝利した!

  勇者コウタロウは2000の経験値をえた!

  勇者コウタロウのレベルが上がった!


 !?

「!?」

「!?」

 どおんと倒れるヒトゴロシクマに、ぼくたち三人は半分呆れた。

 なんてまぁ、コウタロウくんは、幸運に恵まれているんだろう。

 そんなぼくたちの様子に気づかず、コウタロウくんはガッツポーズをとった。

「......お、オレ......勝った......!」

 コウタロウくんは息絶え絶えだけど、でもちゃんと立って、生きている。満身創痍だけど、全部治って後遺症もない怪我だ。

 そんなコウタロウくんに、ユーリがぴょーんと飛びついた。

「コウタロウーッ!!」

「!? ユーリさん? え、なんかいい匂い......あと柔らか、って、えええ?」

「ほんとに、本当に死なない? 私の目の前で、ぜったい死なない!?」

「いやあのっ! ぜったい死なないってのはちょっと保障しきれないんですけどってなんか......もしかして」

「ユーリ騎士団長様は、女性だぞ?」

 ジョリーがあっけらかんと暴露した。

「えええええええええええ!!!?」

 草原に、コウタロウくんの驚愕の叫びが響いた。




「......と、いう感じで勇者コウタロウくんは順調にレベルアップしているんだよ」

 夜中、メイド業を終えたユディスにぼくは報告した。

「報告、マジでありがたいッス我が君......。メイドってホント忙しいんスねぇ、ちょっとナメてましたわ......」

 疲労困憊状態でベットに突っ伏しているユディスは、うっかりすると寝ちゃいそう。落ちかけているまぶたを必死に引っ張り、ユディスは手元の紙にメモをした。

「えっと、勇者さまは 軽いからかいは許容できる、 プレッシャーを与え続けるとへそを曲げる。でもその中モブに対してカッコつけるんでしたら私たちヒロインにも見せようとはしないでしょう、そこを突けばきっと私がメインヒロインになれる......ふわぁ」

 欠伸を堪え切れなくなったユディスに、今のぼくでは毛布をかけてあげられない。せめてぼくは声をかける。

「もう寝たら? メイド業も疎かにしちゃいけないんだろ」

「そ......スけどぉ......こんなに忙しいのだいたいあのおっぱい党員のせい......ふわああぁ」

 言いながら、ユディスは持っていたペンを取り落とした。シーツにペン先が引っ掛かり、ぐにゃぐにゃした線のような跡がついた。

 おやすみ、ユディス。

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