5.
勇者が目覚めたという知らせを受けて、ユディスやサリーほか、ヒロインたちが配置についた。
この世界のアドバイザーも兼ねるサリーは真っ先に勇者の枕元へ。真面目な堅物将軍(ただし男装の女性)ユーリは遅れて、不機嫌そうに行く。
図書館へ行くのは変人枠の研究者、アリア。研究していること(しかし何を研究してるかはよく分からない)以外に興味を持たないから服の着かたが乱雑。つまりボタンを面倒くさがってしっかり付けずに、しかも下着は着ないから大事なところがチラッと見えちゃう時があるってことだ。風呂に入らないこともあるが、しかし何故か臭くない。『設定』って不思議。
運動場へはアーニャ、リザ。二人は実践的な魔術と武道の融合術の研究者であり組み手仲間だ。理論を学ぶ暇があるのだろうかという疑問が浮かぶほどに運動場へ通い詰める『設定』。サイズが小さいのかぱっつんぱっつんの運動着を着て、今日も組み手を飽きずにしている。
勇者はこの世界のことを学ぶために軍の学校に入るが、勇者以外は用のなさそうなこの学級に同級生や先輩後輩がいる。そして、軍学校だというのに男は少ししか在学してない。残りは皆、妙齢の美女と美少女と美幼女だ。もっと顔面を大事にしてくれ、と言いたくなる(まぁ、この国はもともと女性で回していく国だったから自然なことなんだけどね。当時と今では学ぶことが違う)。
それ以外にも、勇者の居住区の周りにヒロインは配置されている。その数なんと十七人。ちょっと多いような、切りの悪いような数字だ。
ヒロインは勇者と自然に接触して、彼の不満や愚痴を解消して戦意保持などに心を砕く。つまり勇者の太鼓持ちだ。
本当なら、勇者を諌めたり叱ったりできる人材も欲しかったらしいけどいなかった。この国は最近人材不足だと、サリーが嘆いていた。
こうした環境を整えられて、勇者は歓迎される。
「勇者さま、我が国はご覧の通り女性ばかりの国です。交易により生計を立てていた国です。 武勇に優れた隣の国が魔王に落とされるまで戦いのことなど考えなかった国です。しかし、この国は魔王の支配地に隣接してしまいました。この国の兵は戦いに慣れておらず、王も勝手が分からずで、これでは国を守れません。勝手なこととは知っていますが、勇者さまお助け下さい......!」
リップサービスを多大に含む女神官サリーの言葉に、廊下のぼくらは言葉に困った。戦争以外にも戦いは、日常生活にあるだろうに。でも、劇の台詞の矛盾を言うなんてのは野暮だよね。
隣の将軍ユーリが不快そうに眉をしかめた。自分の部下が弱いから、あと王様が無能って言われて嬉しい騎士はいない。
「ユーリさん、今ッス!」
カーテンの隙間から室内を見ていたユディスが小声で合図して、男装の麗人は大股で不機嫌そうに入室した。力ずくのノック、答えを待たずに大きな音を立てて扉を開ける。その姿はどこから見ても線の細い美青年。初見で男装の女性と見破れる者はいないだろう。ドアは廊下にいたユディスがこっそり静かに閉める。
部屋の中でいくつかやり取りのあったあと、すぐにユーリの怒声が響いた。
「こんな軟弱な奴が世界を救う勇者な訳があるか! 今すぐコイツを元の世に突き返せ!」
「いいえ! わざわざいらしてくださった勇者さまになんてことを言うのです! 恥を知りなさい!」
サリーが言い返すと、ユーリがまた言う。二人の応酬が止まらない。
廊下で待機していたぼくは耳をふさぎたくなった。
しかし、 頃合いを見てユディスが入室しなくちゃならない。 二人の口論が過熱し過ぎて、勇者に妙な印象を残されちゃ困るから。
もう、かな......
ぼくが合図すると、ユディスは静かに準備を始めた。
ちょうど、部屋の中の二人は睨み合いを始めたところだ。声は出ないが緊迫した空気が漏れ出てきてる、そんな気がする。
その時だ、ユディスが動いた。
ドッシーン。鈍い音が廊下に響いた。
軍人ユーリが真っ先に出てくる。次にサリー、最後に勇者。彼らにはユディスがどう見えているだろうか?
「痛ったぁ......うっかり転んじゃったッス......!」
彼らの視界にいるのは、そんなドジっ子の『テンプレ』通りの台詞を呻く美少女だ。首元に光るのは青い石のペンダント。彼女の足元には何故か落ちてるバナナの皮。この皮の出元を少女に聞けば、彼女の今日の食料だと答えるだろう。そういう『設定』なのだ、『ドジな後輩系メイド』ユディスは。
「貴様か......あまり驚かすな」
ユーリが呆れながら肩の力を抜いた。彼女はユディスの在学時代の先輩という『設定』があり、真面目な彼女は勇者の前でなくてもユディスを気にかけてくれる。そんな背景が作らせる柔らかい微笑みに、勇者の目が吸い寄せられたのが見える。
「スミマセン、ユーリ先輩......いえ、騎士団長」
「気にするな、」
そのまま旧かつを叙すだけで終わりそうな二人に、サリーが聞く。
「一体なんの用ですか? 」
ちょっと刺々しいのはしょうがない。神官さまとメイドでは、身分の差だってあるし。『メインヒロイン』の座を争うライバルだし。それ以上の理由もありそうだけど。
まぁ、ともかくユディスはサリーの言葉で思い出したように手を打った。
「そうでした、騎士団長の依頼されていたことの準備が出来たんです!
どうぞ中庭にいらして下さい勇者さま!」
「え、オレ!?」
「そうだ。貴様、少しついて来い。試してもらいたいことがある」
「待ちなさい、勇者さまはまだこの国の知識を得ていないのですよ!」
「知識など要らない、簡単なことだ。それとも貴様、この勇者サマの知能は小鳥以下だとでも?」
ユーリは重苦しい空気を置いて、さっさと中庭に向かってしまった。
険悪な空気、再び。でも、これはこうやって勇者を怖がらせてから無事に『試練』を成功させることで、勇者に快感を与え万能感を与える常套手段なんだ。
それには適度に圧迫感を与えなくてはならない。踏み出すのは怖い、でもやらなくちゃ。勇者にそう思わせるには圧迫感が強すぎてはいけない。怖がらせ過ぎると、引きこもりになったり逃亡したりして『物語』が進まない。そしてその間に攻め込まれたら滅亡するしかない。
ちなみに圧迫感がないと拍子抜けさせられて万能感だけが残り、『オレTueeeee!』系の『物語』になるそうだ。あと、用意した『試練』と圧迫感のバランスも重要だ。『ヒロイン』やら『ライバル』やら、『登場人物』のさじ加減が問われる。
「お、オレやる!」
どうやらユーリは上手いことやったらしい。
勇者は覚悟を決めたように、部屋から出た。
身の丈、高くも低くもない。サリーよりちょっと高いくらい。顔は良くも悪くもない。勇者っていうより脇役みたいだ。初めてしっかり勇者を観察して、ぼくはそんな印象を得た。
「勇者さま!?」
「サリー、オレなにをやるか知らないけどやるよ。だから......見てて」
「ゆ、勇者さま......」
サリーが目を潤ませ、勇者の勇気かなんかに感動らしき反応を見せる。
「じゃ、勇者さまこちらッス! このユディス、勇者さまの道案内を勤め上げて見せるッスよ!」
サリーと見つめ合ってる勇者の手を、ユディスがごく自然な様子で握って引っ張った。邪魔されたサリーがユディスを一瞬睨む。
ユディスは一瞬怯んだようだった。しかし、ユディスはサリーにニッコリ微笑みかけて、勇者をそのまま連れて行った。