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勇者が昏倒すると、神官たちが勇者を運び上げていった。
どこかにある勇者の居室に休ませにいったのだろう。
そして、そのほか下っ端魔導師たちや、ぼくらギャラリーは召喚の儀を行った部屋から追い出された。
自室に戻ってから、ユディスがぼくに声をかけた。
「さて我が君、勇者が見られてよかったスね」
「ここで『我が君』って呼ぶのはやめてよ、バレちゃったらどうするのさ。それにあんな遠くから、勇者がしっかり見られる訳ない。もっと近づいてよ、ユディス」
「......我が儘ッスね」
ユディスに言われたくない。でも、ぼくはユディスよりお兄ちゃんだ(らしい)から、言わないでおく。
「ねぇユディス、本当に彼が勇者なのかな」
代わりに、ぼくはユディスに聞いてみた。
「......異世界から召喚されたのは彼ッスよ、我が君もしっかり見たでしょ」
「それにしても、ただのひょろひょろ平民みたいな体格じゃん。体格はまぁ、知ってたけどさぁ、気迫とか凄みとか、すごいオーラがぶわーって噴き出ていたりとか、殺気がすごくて周りの兵士が失禁するとか。そういうのだと思っていたんだよ」
「......期待が高いッスね」
うん、期待はしてたよ。ぼくが知っていた『勇者』ってそういうものだったんだ。育つ前の勇者があんなんだとは知らなかったんだ。
心の中でぶぅたれていると、ユディスの部屋を誰かが叩いた。
「ユディスさん!『ヒロイン』主役の顔合わせ、来てくださいね!」
言われて、ユディスはハッとして小さく叫ぶ。
「そういえば顔合わせあったんでした! 」
キャラ作りの一貫だって分かってるけど、大きな独り言は要るのかなぁ。
顔合わせ、とはこれから協力して一緒にこの国の物語を紡いでいく『登場人物』達の、顔と意思の確認会だった。
「それでは、まずは勇者サマを、五体満足で無事に召喚出来たことをここにご報告させt」
ミステリアスな雰囲気を漂わせる美少女が口火を切ったが、その言葉に被せるように立ち上がって喋った女性がいた。
「いやぁ焦った。途中で呪文の輪唱するときに実はアタシど忘れしちゃってさぁ、まぁこんなに魔導師いるなら一人のミスくらいカバーされるだろって思ったらちゃんとカバーされてたよね。魔導師さんたちありがとー! 大好き!!」
ざっくばらんな口調の彼女が素直に述べる謝辞に、慌ただしく収集された異国の魔導師達が微笑みを浮かべた。
そんな彼女に皮肉っぽい視線を投げる少女が一人。
「フン、失敗を誇ってなにか楽しいの? これであの勇者さまに不都合があったら、全て貴女の責任にしても良いんですね?」
彼女の冷たい空気に会場が呑まれかけた時、音の魔導師が増幅した小声の会話が会場に響いた。
「おねぇちゃん、やっぱり怖いねぇ」
「......だ、大丈夫よ。怖くないこわくないコワクナイ......」
『ヒロイン』は周りを癒し、和ませることが主な役目だ。『怖がらせる』というのはその意義に反する。
二人の会話をきっかけに、冷たい雰囲気の少女に対する反感が生まれた。少女自身も、失策に気づいて慌て出す。
「べ、別に、勇者さまがきちんと不都合なく生活できるんならそれでいいのよ。せっかく召喚した勇者さまに不都合あるんじゃ、戦力半減だし......か、勘違いしないでよね!」
これがツンデレ、って奴なのだろうか?
「......でもやっぱり怖いねぇ」
音の魔導師は近くにいないことを確認してから、 ぼくは傍らにいるユディスに小声で話しかけた。
「そッスね。彼女たちたしか『ヒロイン』ですし、圧倒しておきたいと思うのは自然の摂理ッスよね」
「君も『ヒロイン』の一員だろ。圧倒しないでいいの?」
「『勇者』以外にはあまり興味ないんスよ」
ユディスが余裕をぶっこく。ぼくは安心しつつもちょっとムカついた。
『ヒロイン』を筆頭にする『登場人物』とは、勇者の目の前に登場することを許された人間の事だ。彼らの仕事は、協力しあってなるべく自然に、わざとらしくなく勇者をおだてることである。
例えば、行きの道中に乗り合わせた魔導師さんの役『噛ませ』。
例えば、異世界から来た勇者を支え、切磋琢磨しあう『友人』。
例えば、讃え保護され勇者の底力を引き出す『ヒロイン』。
その他にも『恩師』『ライバル』等などがいるが、上記三役が基本らしい。
誰がどの役に配役されるかは、一応事前に決まっていて台本も配られ設定も知らされるが、個人の資質や勇者の好みで役が代わることも多い。
特に『ヒロイン』は高い魅力や資質に頼る物事が多いから、『ヒロイン』を目指す少女は幼少の頃からここの『国』の寄宿舎学校に留学する。
成績優秀な卒業生は『エトワール』と呼ばれるブローチを贈られ、生涯の称号を得る。
『ヒロイン』にならずとも入学すれば教養や魅力的な動作が身につき、花嫁修業が出来ると評判だ。『学校』には各国のやんごとなき少女が集まり、この『国』の国際的価値を爆上げしている。
「では、次に私達ヒロインの、自己紹介をさせて頂きますわ」
司会だったミステリアス美少女がそう言うと、会場の男が息をのむ。
なぜならヒロイン達は基本的に『勇者の恋人候補』だからだ。
「では、アタシから」
先陣を切ったのは、先程の輪唱が苦手な魔導師だ。
「『元気な先輩 アーニャ』だよ! 座学よりも実践が好き! 敵は自分で殴る主義! 怖いものはないけどお化けは怖い! だって攻撃効かないんだもん!」
次々と、周りの美女、美少女美幼女達がヒロインとして名乗りを上げる。遠路はるばる出張に来させられた魔導師さん達、神官達の一部が絶望の声を上げる。
『ヒロイン』達に乱暴するのを勇者に見られた瞬間、だいたいそいつは『噛ませ』に成り下がってしまうからだ。
勇者に好かれ、勇者を好く人間に幸運が訪れ、勇者に疎まれた者には不運が来る。
恐らくは、勇者が持つ幸運が影響しているのだろう。理由や理屈はよく分からないが、そうした傾向がある。それだけ分かれば十分、利用出来る。
長旅の末にこの国に来た『ヒト』にとって、この国の楽しみは女くらいしかない。目を付けていた娘がヒロインだったら、無理に迫ったら勇者の幸運によって精神的に、こてんぱんに打ちのめされる可能性が高い。メンタルが薄氷のように弱い男にとって、これ以上の恐怖があろうか。
そんなこんなで、女の子が恐怖を感じるポイントもよく分からない男にとって、ヒロインには手を出さない方が賢明なのだ。
「『ドジっ子メイド ユディス』ッス! 料理が得意ッスけれども運ぶのや洗濯は苦手! 役割の都合上、皆さんにはご迷惑おかけするスがご容赦を!」
ユディスが挨拶の最後を締め......
「そして、私が正ヒロインになる、『巨乳神官 サリー』です。勇者様以外の男性には興味ありませんの」
おや、大トリはさっきの神官が持って行った。高嶺の花っぽい、近づき難い強い気迫を感じる。ユディスが本気を出したときと同じくらいだ。いつもスイッチオンにして、疲れたりしないのかしらん。
ぼくが呑気なことを思っているのと別に、ユディスの手は汗ばんでいる。
「正ヒロイン狙い、神官の家、自己紹介の大トリを掻っ攫えるサリー............まさか、彼女は」
どうしたの、ユディス。いつもとは違う彼女の様子に、ぼくが気づいた時だった。
こんこん。ノックの音に、部屋にいる一同がピタリと静まる。
ドアが開くと、そこにいたのはメイド姿の伝言幻影。
「勇者様が、お目覚めになりました」
彼女はそれだけ伝えると、ふわりと跡形を残さず姿を消した......凄い高度な技術だね、いいなぁ。ぼくの配下でも、あのレベルの幻影出せるのそういないよ。
閑話休題、勇者が起きた。つまりは彼ら彼女らが演じる劇が始まった。舞台袖とは言え数少ない観客の一人として、ぼくはワクワクしながら俳優達を見回した。