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今回勇者を召喚するのは、魔族と人間の紛争最前線にある小さな国。
この国は国土も小さく人口も少ない。だから勇者を喚んで一緒に最前線に立って戦う事はできない。勇者を喚んで、育てあげるには使い捨てられる大量の人材資源が必要なのだ。そんな事をするよりも、サポートする人材を育てて他の国に輸出して、他国の勇者と兵隊に戦ってもらおう、戦争は他の国に任せとけという、裏方事業の国だった。しかし強かった隣国が魔王領になり、いきなり最前線になっちゃったんだからしょうがない。
勇者っていうモノはだいたい、召喚した国に忠実なモノだ。だからうっかり他国の勇者に助けを求めると、いつのまにか侵略されているかも知れない。
それにこの国のことは大事だけれどちょっと勇者に伏せておきたい、というのがこの世界の共通認識だ。ちょっと他国に勇者を一人か二人借りるっていうわけにいかない。
だから王様は秘密裏にいろんな国から召喚魔導師や神官を集め、勇者を一人喚んでもらうという決定を下したようだった。
王宮に到着すると、周りは勇者召喚の最終準備におおわらわ。宿舎の場所と部屋番号を教わっただけでユディスは放置されることになった。魔導師さんはユディスの荷物を何も言わずに運んで、用が終わったら静かに消えてくれた。
「みんな忙しいんだねぇ」
「そうッスねぇ、召喚した後でも勇者をお風呂に入れたり服を替えたり、疲れきってる時にはベッドに寝かせる事が重要らしいッス。武人系勇者を育てるためには優遇されているっていう実感が必要だそうで」
「なんだか、子供が生まれる時みたいだ」
何の気なしに言うと、ユディスは膝を打った。何の気なしに言った言葉に感心されるのって、恥ずかしいからやめてほしい。
「鋭いッスね、我が君。これは風の噂ですが、妊娠した女性の腹に、異世界人の魂を持った子を孕ませる『勇者転生』計画がどこかで大々的に行われているらしいッスよ」
ぼくはちょっと舌を巻いた。気づいている人間がいるなんて。
魔術において類似性というものは重要視される。例えば、目玉のように丸い植物の実は目に効く何かがあると思われて研究される。そして実際、眼病に効いたり瞳をキラキラさせる効果があったりするから侮れない。しかし誰もが鋭い直感を持っている訳ではないから、何かに気づける人間はそれだけでちょっと尊敬される。
「ただ、始める時には人体実験っぽいと反対されて、昔にはスライムやら大蜘蛛やら、捕らえたモンスターで予備実験したようッス。ドラゴンの卵に陣を敷いた国もあったらしいッスよ」
ユディスが解説してくれるが、それだって人体実験っぽさは抜けないだろう。
今まで人間として生きてきたのに、生まれ変わったら自分の知っている常識が通らない異世界で、しかも人に疎まれるモンスターとして生を受けるなんて。
まぁ、勇者召喚ってのはもともと人体実験っぽいものだけど。
ぴんぽんぱんぽ~ん。
妙に耳に残るメロディーが響き、ユディスはガバッと身を起こす。
「......なんだい、妙な音だね」
「ただの連絡ッス、我が君黙って」
ユディスが言い終わらない間に、落ち着いた女性の声が響く。
『関係者各位に連絡します。勇者さまをお呼びする手筈が整いました。つきましては--』
そこから先は、ユディスも聞く気がないようだった。さっさと部屋を出て、他の『同僚』達と一緒になって、勇者を召喚する場へと向かう。
さて、勇者ってどんなモノかな。ぼくはわくわくしながら人混みに紛れた。