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十三

「あたしは、エラ。エトワールじゃないけど、ヒロイン養成学校の卒業生だよ。そのせいかな、先輩たちを差し置いて、メイド長を任されているの」

「アタシはユディス! 勇者さまの元気な後輩系ドジっ子メイドとして、ヒロインの末席を汚しているッス!」

 勢いづいて答えるユディス。ヒロインとしての設定とか、メイド仲間さんに教えるのってどうなんだろう。特権階級を見せつけられているようで不快だ、とエラの方で思うかも知れないよ。そんなぼくの危惧をよそに、エラは持っていたバスケットを振ってみせる。

「ところで、ユディスちゃん。今日のお昼は一緒に食べない? あたし、用意してきたの」

 !

「!? えーと、あの、その......」

 どこらへんがところで、なのかよくわからないけど、エラさんいい人だ! ぼくの中での彼女の評価がぐいんと上がる。一方ユディスは、妙に口淀む。

 べつに、ぼくは女の子とユディスが一緒になってても怒らないし、ぼくが好きなのはユディスだけだから他の子に目移りしないし(もししたとしても封印されている今、目移りしてもなにも出来ないし)、何を迷っているのだろうか。

 ぼくとしては、エラさんを応援したい。でも、今のぼくにはこっそり応援するしか出来ない。歯がゆくっていらいらしてくる。

「ね、いいでしょう? もしかして一緒にお昼を食べる先約あるの?」

「いや、そういった予定はないんスけど......」

 よしそこだエラさん! そのまま押し切れ!!  

 それにしても、いつも人懐っこいユディスは一体どうしたんだろう。ぼくと初めて出会った頃も、笑顔で挨拶してくれた子なのに。その行き過ぎにもみえる人懐っこさに、この子大丈夫かなと思ったくらいだったのに。ちょっとユディスの考えを覗いてみようか、テレパシーの要領で。

 ......いや、ダメだ。ユディスの考えを勝手に覗いたら怒られる。ユディスは、そういったプライバシーが侵害されることを嫌う。ユディスに嫌われたらぼくは生きていけない。

 ......でも、気になるなぁ。エラさんも困っているし、ここは解決した方がいいのかな? 世界もそれを望んでるんじゃないかな? でも、ぼくが正義に荷担するのはどうなんだ......あああああ。

 もう、ユディスったらどうしたの?

 ぼくの痺れが切れかけた時、後ろから声をかけられた。

「あら、 『ドジっ子メイド』 さん。こんなところで油を売っていていいんですの?」

「!?」

 反射的にユディスは体を強張らせた。

 そのままユディスは、ぎこちなく振り向く。

 声をかけたのは、神官にしてヒロインの......

「『 巨乳神官 サリー 』......!」

 ユディスが複雑な思いを込めた声で言う。

 しかし、不穏な様子はすぐにしまって、ユディスは不自然に朗らかにサリーに話しかけた。

「さ、サリーさんこんにちは! こ、こんなところにあなたがいらっしゃるとはアタシ予想もつかないでビックリしたッス」

「ええ、ユディスさんこんにちは。今、あなたはそこのエラさんの誘いを固辞しているようにみえたのだけれど。誰か待ってでもいるのかしら」

「いいえ?」

「なら、なんであなたは今日も食料を持ち歩いていたのかしら?」

 ユディスの体が再び強張った。

 ......そういえば、ユディスその他の住み込みメイド達はご飯を用意されている。ならばなんでわざわざ、食料を持ち歩いているんだろう?

 サリーは不敵な笑みを浮かべながら、その豊かなおっぱいを持ち上げるように腕を組んだ。ちなみに、ユディスもエラさんもおっぱいはサリーより小さい。ヒロインの肩書きに特徴がついているのは伊達じゃない。

 その、優秀な女性的特徴を誇りながら、サリーはエラさんに語りかける。

「ねぇ、メイドのエラさん。この子はメイドであってメイドじゃありませんの。本職の方のお手を煩わすようなことはこちらの方で気後れしますわ。どうぞ、お気遣いなくお仕事を申し付けて下さいな」

 しかし、そう言われてもエラさんはユディスを離そうとはしなかった。

「それを、決めるのは神官さまじゃない。それにあたしは、メイド長。ユディスちゃんと他の子(メイド)の連絡がよりよくなるよう、彼女のことを知るのはあたしの仕事。そっちこそ、お世話様でございます、だよ」

 そう言ってエラさんは、ユディスの腕をぐいっと引いた。サリーはユディスの目を見つめ、金縛りにかけている。両者引かず。

「......」

 肝心のユディスは、あわあわしているだけのようだ。いつもの彼女なら、こんな金縛りくらい余裕で振り切るのに。そもそも、何か用があるなら、サリーにもエラさんにも捕まらないのに。本当に、ユディスどうしちゃったの?

 この場で|エラさん(メイド長)と|サリー(神官)、どっちを優先するのがいいのか、ぼくにはさっぱり分からない。判断しなくちゃいけないユディスは、混乱状態で動けない。

 膠着状態に陥った。誰かこの場を、動かしてくれよ。もうぼくじゃ無理だ。誰か誰か誰かだれか。神様だって天使でもいい。この場を動かす勇気溢れる者、が......

「あれ? ユディスどうしたの?」

 その声は、不思議によく響いてぼくらははっきり聞き取れた。

 サリーとエラさんが凍りついたように動きを止める。

 名前を呼ばれたユディスだけ、あわあわしながら立ち尽くしていた。

「......ふぅ、あ......コウタロウさま」

 大広間前の廊下を通り掛かった拍子に、中の様子を見かけたらしいコウタロウくん。ユディスに近寄りながら、彼は少しだけ寂しそうな顔をする。

「コウタロウでいいって、言ってるじゃん」

 コウタロウくんは、ユディスに近寄っている、つまりサリーやエラさんにも近づいているのに、二人が全く見えていないように振る舞っている。これも、勇者の特徴である。

 勇者の知覚範囲は、実は登場人物(キャラクター)によって操作できてしまうのだ。

 例えば、登場人物(キャラクター)が、勇者に聞かせたくないと思った独り言をうっかり言ってしまったとき、勇者の幸運は勇者(かれ)を突発的で一時的な難聴にする。一秒か二秒かのその言葉が終わった頃に難聴は治り、勇者は何か言った? と少し疑問に思うだけになる。これは思わぬ人物の余計な感情を知って気まずくならないよう、勇者の居心地いい環境を崩さぬように使われる、勇者の幸運の作用であると考えられている。

 今、コウタロウくんに見えているのはユディスだけだろう。サリーやエラさんが彼に話しかけたら別だが、息を殺して空気のように存在感を消すだけで、コウタロウくんには『群集の中の一人』(モブ)に見られ、個人の存在に気付かれないはず。

 しかし、それはコウタロウくんに見られているユディスにも干渉出来ないということでもある。コウタロウくんに異常を見られて呼び止められた、ユディスはどんな言い訳をするのか? ぼくとサリーとエラさんが、固唾をのんで見守っている。

「......いやあ、コウタロウさま、ちょっとヤツが出ただけなんです」

 ヤツ、とは? ぼくらは揃って首を捻った。

「? ヤツ、って?」

「気をつけてくださいッス、ヤツはまだすぐ近くにいるはず......」

「う、うん......」

 ユディスの様子に気圧されて、コウタロウくんも周りを見回す。

 ぐるりと巡った視界には、サリーやエラさんも入っているはずだが、コウタロウくんは二人に気づいた様子がない。

 ぐるぐる視界を周回させて、しばらくするといつのまにか、ユディスとコウタロウくんはかなり近づいている。そして、二人の不安感が高まっていって......

「キャアアアアアア嫌ァアアアアア!」

 何かを見つけたユディスが、悲鳴を上げながらコウタロウくんに抱き着いた。

「うわあああああ!? や、柔らか......ってえええええええ!!?」

 サリーと比べりゃ小さいけれど、確かな柔らかさを誇るユディスのおっぱいを顔に押し付けられたコウタロウくんも叫んだ。......二人の至近距離にいるぼくの耳(ないけど)に、キインとした耳鳴りが響く。うるさい。

 大袈裟なコメディを見せつけられている二人の目が死んでいる。どれ、ちょっと視界を借りてみよう。

 二人の視界も借りて、広くなった視界は『ヤツ』をしっかり捉えていた。

 それでは、この大騒ぎを引き起こした『ヤツ』とは?

「......チュウ」

「ユディス落ち着け、ただのネズミだから!」

「いやあああああああああああああああ!!」

 コウタロウくんの言葉に、ユディスはますます暴れ出す。

 でもコウタロウくん、こいつはただのネズミじゃない。野生のネズミにはあるまじき清潔感を漂わせている。

 きみは誰かのペットかな? ぼくはネズミに、少しふざけて聞いてみる。

「チュウ!」

 ネズミは、はっきりぼくを見て、一声鳴いた。そして、身を翻して去っていった。

 ......。

「もういません? あの変につるっとしたヤツはいません?」

 泣き声で聞いてくるユディスに、コウタロウくんは頷いてみせる。

 はあああ~、と大きくため息をついて、ユディスはコウタロウくんを解放した。

「......すみません、アタシ『ヤツ』は死ぬほどダメで......」

「ただのネ......いや、なんでもない」

 名称を聞くのもダメらしいユディスに、コウタロウくんは思い出したように言葉を止めた。これで、ユディスがあわあわしていたのはネズミのせいになって、サリーとエラさんもほっとした。

「いつもいるところにいないから、探してたんだよ」

「お手数かけたッスね、ブツは持ってきてるッスか?」

「うん。ユディスこそ、持ってきている?」

「もちろん」

 二人の発言の雲行きが怪しくなってきた。ブツってなんだ。

 好奇心からか、サリーが目を光らせる。

 そんな彼女に見られているとは知らぬげに、コウタロウくんはポケットから何かを取り出した。ユディスもごそごそと、エプロンのポケットから取り出す。

 そして、二人は取り出したブツを交換する。交換する一瞬、ぼくらは二人の持っているブツを視認した。

 ユディスが用意したブツは、バナナ。

 コウタロウくんが用意したブツは、ミカン。

 二人は仲良く果物を交換して、いそいそと食べる。

「......ふう、いつも交換ありがとうな。オレ果物好きだけどミカンだけは何かダメなんだよな......でも、オレの為に無理して用意されてるから言いづらくって」

「いえいえ、代わりにアタシのバナナを食べてくださるんでwin-winッスよ!」

「そうかな、オレの大好物だから得している気しかしねえんだけど」

 しばらく二人は雑談して、コウタロウくんが去っていった。

 驚嘆すべきは長時間、じっと身じろぎもせずに耐えたサリーとエラさんだろう。コウタロウくんの背中が見えなくなった瞬間、二人はようやく息をついた。

「......コウタロウさまが、ミカンお嫌いな事。気付かなかった......!」

 エラさんがショックを隠しきれずに言った。

「いや、どうぞ気付かないままでいてほしいッス、アタシの大事な交流イベントが潰れるんで......」

「潰されたくないのなら答えなさい、どうやってコウタロウさまを餌付けしたの?」

 高飛車で鋭い雰囲気のサリーが問うた。ユディスがびくりと身震いした。

「......あの、ただ、コウタロウさまが中庭で考え込んでいるのを見つけて......話してるうちに約束が決まって、いつのまにか」

「あらそう。中間報告でメインヒロインに近いと言われて調子に乗っているのかしら?」

 無茶苦茶だ、とゆうかなんで書斎で秘密裏に発表された報告がサリーに漏れてるの? サーディン隊長、大丈夫?

 ユディスも驚いたようだったが、ぼくらの驚いた反応を楽しんでいるようなサリーがくつくつ笑いながらネタばらし。

「私の使い魔は、憲兵隊長に見つかるようなヘマしませんもの。ねぇユディス、自律して喋れるとしても、盗視中に見つかってしまうようなモノ、使い魔としては三流ですわよ?」

 え、サリー使い魔を持っているの? あともしかしてぼくのことをユディスの使い魔だと思ってるの? 使い魔って最近はそんな気軽なモノになってたの?

 安心したぼくと反して、ユディスがギリギリ歯ぎしりした。

「......我が君は、アタシの使い魔じゃない......!」

 ユディス、そんなに気負うな。ぼくが何扱いでもいいじゃないか。

 それに、使い魔だと勘違いさせておけばもっと動きやすくなる......余計な事、言うな。

 幸運なことに、ユディスのかすれ声はサリーに届かなかったようだった。考え込んで聞き落としたようだ。

「......まず、私の実家からの贈り物としてバナナその他の熱帯の果物をお贈り......そのためには市場のバナナを買い占め......大丈夫、いざとなったらお父様にお手伝いしていただける......私が『メインヒロイン』になるためでしたら安いものですわ」

 サリーは、ぶつぶつ呟きながら飛び出して行ってしまった。ユディスやエラさんへの興味は失ったらしい。

 置いて行かれたユディスとエラさんは、二人で顔を見合わせた。

「......ヒロインって、大変なんだねぇ」

「......ええ」

 エラさんの言葉に、ユディスは大きく頷いた。

 勇者の恋人、メインヒロインは超幸運を持つ勇者の大事な人物。

 メインヒロインを助けるために、メインヒロインの意に沿うために勇者が動けば超幸運もそう動く。その恩恵は娘が国母--王様のお母さんになったとき以上にもなる場合がある。しかも、国母の親類だったら干渉しすぎて逮捕される可能性があるけど、メインヒロインの場合は勇者(の持つ超幸運)が勝手に助けてくれるので、メインヒロインの一族は長い繁栄を約束されたも同然になる。

「ユディスちゃん、大事なイベントだったら、言ってくれればよかったのに」

「ヒロインとしての活動が、理解される事ばかりとは限りませんし」

 まぁ、相手によっちゃ『一回くらいすっぽかして大丈夫だよ』とか大騒ぎされて引きずられるだろう。しかし、エラさんは不服そうに頬を膨らませた。

「そういう、秘密主義だから。 みんなユディスちゃんがヒロインだからって、どう接していいかわからない。そう言ってきたから、あたしが代表で来たんだけれど......」

「......すみません」

「じゃあ、今度一緒にご飯食べてくれる? もっと仲良くしようよ」

「......はい」

 ユディスが頷くと、エラさんはニッコリ微笑んだ。


 これ以降、ユディスは時々時間が合った夕ご飯時は、エラさんその他のメイドさん達と一緒にご飯を食べることになった。

 もともと人懐っこくて人が好きなユディスだ、メイドさん達と仲良くなると表情が柔らかく、かわいくなった。そのかわいらしさは王宮の警備兵にも噂になって、それを聞いたコウタロウくんが焦って独占欲を見せる程だ。また、守りたいものができたからか自己の鍛練にも熱心になって、コウタロウくんは単身でちょっとしたドラゴンを倒せるようになった。

 そんな折、ユディスに新たな指令が下った。

 ユディスのヒロインジョブチェンジ。

 後輩系メイドさんから、本物の後輩になれ、との御達示だった。

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