十一
できるメイドの仕事は多い。
起きたばかりにご飯をかっこみ、使った皿を片付けて厨房に下りると、今度は王族や大臣ら官僚、騎士団のご飯をメイドさんたちで手分けして作る。洗濯係のメイドさんたちが広げたクロスの上に、配膳係が皿を置いて蓋をする。朝ごはんを食べに来た支配層の皆様が来るとメイド達は厨房に控える。いいメイドとは雇用主に姿を見られてはいけない、妖精さんの如くあるべし。
王様たちの食事が終わると、できる妖精さんたち......もとい、メイドさんたちは音もなく、片付け係、掃除係、その他に分かれて仕事を始める。
ユディスはメイドさんたちの流れに乗って、おとなしく王宮の奥に進んでいった。
王宮の奥、機密情報が詰まった書庫。
書庫とは言えど、ここは情報をしまっておくところではなく、情報を報告する内閣だ。
その部屋にユディスは忍び込み、ぼくを本棚の上に隠してどこかに掃除をしに行ってしまった。
うん、これはぼくに盗聴してくれっていうことだよね。
......今日は冗談抜きにユディスの側にいたかったんだけどなぁ。
まぁ、生身の人間であるユディスより、ぼくの方が見つかっても大騒ぎにならないっていうのはぼくにも分かるよ。
うん......ユディスに褒めて貰えるように、頑張るよぼく。
がらり。
静かに決心した直後、背後の引き戸が大きな音を立てて開かれた。
入室してきたのはこの国の王様。勇者の前では気の良さそうなおじさんに見える人だったけれど、今は国の将来を憂える一国の主らしい、苦悩だとか決意だとか、そういった思いを表情ににじみ出していた。
コンコン。
「......入りなさい」
そう言われて入室してきたのは、騎士団長ユーリ。最近コウタロウくんにデレデレしているツンデレキャラ、そんな彼女のツン部分な表情をぼくは久しぶりに見た気がした。
「勇者コウタロウ。武人系勇者。成長速度は並以下ですが、幸運はかなり良いものを持っています。それに、世界の流れに乗りやすい。照れもせずにヒロインと友人を庇い、ほぼ無傷でヒトゴロシクマを倒しました--その時のレベル差、およそ二十」
ユーリの報告を王様は、指を組みつつ聞いている。何を思っているんだろう。
「また、生産方面でも幸運を発揮しています。適当に掘った穴が井戸になったり、気まぐれに手伝った陶器職人の仕事場で、上薬の配合の間違えから、優れた色合いを次々発見したり。優れた色合いの配合は記録しておいてありますので、来春には商品化できるかと。......ただ、その過程で絶望して辞表を提出した職人が数名います」
そりゃそーだ。陶器職人が数十年かけて作りだそうとしていた色合いを、コウタロウくんが勇者の幸運を使ってちょちょっと軽々しく発見しては、職人から見れば俺の数十年はいったい......と軽く絶望するよね。
「......辞職した職人達が、以降も暮らしていけるように支援せよ。若者には職業訓練、老人には年金を......」
王様は呟くように言った。なかなか優しい、いい王様じゃないですか。
「......御意」
意を受けた騎士団長は、くるりと背を向けて退出した。緊急連絡を交わす閉ざされた小部屋では、仰々しい儀礼よりシンプルな略礼の方が好ましい。それに、王様にお尻を向けたのは、背後から謀殺なんかしないという王様への信頼の証かもしれない。
「......技術革新には、犠牲がつきもの、だ」
ポツリと王様が呟いた。それは、まるで自分に言い聞かせているような。
コンコン。再び、書庫の扉が叩かれた。
「......入りなさい」
入室してきたのはこの国の大臣の一人だった。まだ若い、身体が大きく威圧感を感じさせる男の人だ。でも、大昔にこんな感じの人を見た配下のもの(たしか女性)は、カッコイイと黄色い声を挙げていたことを思い出す。ユディスも彼をカッコイイって言うのかな。ぼくにはっきり言わせてもらえば大型猿とかゴリラみたいとしか思えないのに。目つきは眼光鋭く怖い。ツン状態のユーリもかくやと思わせる目つきに、鍛え上げられた顔つき身体つきが足し合わせられて、いや掛け合わせられて彼のもつ威圧感を醸し出す。ゴリラの方が優しい目つきな分、イケメンだと思う。どうせこんな奴の声はざりざりしただみ声だろうに
「......では、ヒロイン達の動向を報告します」
ハスキーボイスが空気を震わせた。ゴリラ大臣がしゃべったのだ。なんだこの声。めっちゃ美声。聞いているだけでとろりと夢見心地に誘う安心感、そして深層心理にさえ触れる魔性を併せ持つ!
彼が語りかけて鼓舞するのなら、民は一体となり兵は突撃し、ついでに天使が涙し神が奇跡を起こすかもしれない。もちろん天気は晴れ上がって虹をかける。
そんな妄想を繰り広げていると、大臣はするりと資料を王様の前に滑らせた。
ぼくも見たくて目|(?)を凝らしたが、視界に映ったのは一瞬だけ、それも責任者の署名部分だけ。
『憲兵隊長 サーディン』
おや、イケボゴリラさんは大臣じゃなくて憲兵隊長さんでありましたか。残りを見ようとしたら王様が持ち上げて視界から外れ、その上サーディンが何気ない手つきでぼくの視界を書類で埋めてしまった。
「? サーディン、どうした?」
「いいえ、ただ視線を感じまして」
......勘がいい奴だ。イワシのくせに。怒ろうと思うけど、美声が気になって続かない。
もしもこの国を攻め落としたい国が見れば喉から手が出るほど欲しいであろう、精密な地図を視界いっぱいに見ながら、ぼくは歯がみした。噛む歯ないけど。
しかし、ぼくを舐めるな。ぼくには目(視覚)だけじゃない、耳(聴覚)もあるんだ。お前の報告なんか耳をかっぽじって聞いてやる!
「では、改めまして」
うわあイケボ!
集中力を削がれながら、ぼくは耳を傾ける。
「今回の登場人物の内訳は、ヒロイン十七人、友人五人、師匠十三人、噛ませ百五十人です。これは武人系勇者を育成するにはまぁ、順当な量かと」
「いや......サーディン、飾らずともいい」
王様はサーディンの報告を遮った。
「登場人物の輸出国の勇者を育てるのに、基本の三役しかいない。これでは勇者どころか人間を育てるには不十分......しかし、これも自らの事を忘れた我らの業だ」
「陛下、しかし......」
サーディン隊長が何か言いかけた。しかし王様は再び遮る。
「我が国は他国への輸出ばかり気にして、我が国を守る勇者を育てる人材を作ることを忘れていた。もっと友人を務めることのできる若者を育てておくべきだった事は、儂の方が知っている」
王様はそう言って、自嘲するように笑った。
サーディン隊長は諦めたようにため息をつく。
......この国は、ヒロイン養成学校を持ち国際的評価が馬鹿高い国である。しかし、その評価は勇者召喚をするようになった最近の話。勇者召喚の魔術理論を組み上げ、勇者とその周りの人物との人間関係と幸運の関係性を発見する前のこの国は、強国と山岳に挟まれて、これといった名産も作れない国だった。だから、自国民を育てて名産にした。
一人で魔王や竜をやっつける勇者は、現在この世界で人間が持てる最大威力の兵器である。そのコントローラーを産出するこの国は、大きな影響力を維持するために人材を育てていたが、余所からの生徒育成に忙しくて自国民の育成に手が廻らなかったということか。
そういえば、前にユディスからの又聞きで、 この国は人材不足だと、サリーが嘆いていたらしいことを聞いたっけ。 勇者を諌めたり叱ったりできる人材は、この国にはもういない。
(......コウタロウくん、寂しくはないかな)
ぼくが気にする事じゃないけど、少し気になる。ぼくなら寂しい。
そもそも周りの人物と勇者の関係性を他人が決め付けるのがよくないことだと思うけど......いや、でもそういう文化や精神を創らないとこの国の人々が豊かになれなかっただろうし......
善悪を決めるのって難しいね。うん。
思考を止めたの同時に、サーディン隊長がしゃべり出す。
「勇者の友人は、彼の振る舞いで今後増える可能性も十分にあります。次に、ヒロイン達の行動評価です......」
サーディン隊長の報告が終わって、彼が退出すると王様も帰った。
ぼくがしばらく待っていると、ユディスがするりと入室してくる。
「......お疲れ様でした我が君」
そんなユディスに、ぼくは開口一番報告した(口はないけど)。
「ね、ユディスきみが『メインヒロイン』に近いらしいんだけど、メインヒロインってどんなヒロイン?」