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 剣と魔法のある世界。

 そして、人と魔物が対抗して、陣取り合戦を続けている世界。

 もしもこの世に神がいるのなら、どちらに勝たせようと思っているのだろう。青空に浮かぶ、神の目の如く二つ並んだ月を見ながらぼくはちょっと考え込んでいた。

 勇者とかいう超絶チートをほいほい与える人間側か、しぶとく存在している魔王を戴く魔族側か。

 ......まぁ、どちらにしても属する陣営の中、突き進むしかできないんだよなぁ。世界に生きている以上、立ち止まるのは許されない。猛スピードで走る世界に置いていかれる。

 でも。

「ぼくがわざわざ会いに行くことはなくていいんじゃないかなぁ......」

 そう呟いてもすぐ側にいる少女は答えない。旅の疲れが出て眠っている。

 少女--ユディスは、その平坦な胸を上下させながらも瞼をぴくぴくと動かしている。夢を見ているようだ。

 彼女は今、何を夢見ているんだろうか。怖い夢じゃなけりゃいいけど。

 ユディスがぼくについてくれる理由はちょっと分からないけど、ぼくを助けて、我が儘を叶えて連れていってくれる彼女にぼくはずいぶんほだされていた。彼女の動きを無駄にしないためにも、ぼくはしっかり勇者を見定めなくちゃ。


 勇者っていったい何だろう。

 この世界で生きていて、こう考えない人は少ないと思う。 

 少なくともぼくはずっと、不思議に思いながらこの世界で生きていた。

 なんで勇者はいるんだろう。

 なんで王様は、わざわざ他の世界から人間(ゆうしゃ)を召喚するんだろう。

 なんで勇者は女の子にモテるんだろう。

 なんで勇者はやすやすと、強い竜を倒せるんだろう。

 なんで勇者は魔力のナガレとやらを見れるんだろう。

 どうして高等魔法を改良できるんだろう。

 勇者というものを知りたくて、ぼくはユディスの旅について行くことにした。

 ユディスは今回勇者を召喚する国に依頼されて、ヒロインとして勇者の育成に協力しに行く、綺麗な女の子だ。綺麗なのは顔だけでない、表情も動きもかわいらしい。居眠りをしている今でもいびきはくぅくぅと、半開きの口は笑っているように口角が上がっている。

 居眠りはいいけど、もうすぐで目的地。そろそろ起こさなくっちゃ。

「そろそろ到着だよ、ユディス......」

 ぼくが小声で促すと、居眠りしていたユディスは飛び上がるように姿勢を正した。

「了解ッス、我が君!」

 寝ぼけたようなユディスの大声に、向かいの席に座っていたおばさんが驚いてこっちを向いたが、ユディスがちらっと見せたブローチを見て納得顔。

 エトワール、と愛称されるブローチだ。これはユディスの身分証明章にしてこの国の誇る『特産品』の象徴。

「あらあら、長旅だったのかしらご苦労様ねぇ」

「いえいえ! とうとう最前線に立ってしまった祖国の為ッス! それより『これ』は他言無用で......」

 辺りを憚って小声で話しかけてくれたおばさんの気持ちを、大声の返事で無下にするのやめた方がいいんじゃないかな。他言無用って君が言える声量かい? と、まぁ底意地の悪いことをぼくは考えた。でも、人のいいおばさんは当然って感じで頷いてくれる。

「ああ、そうだったわね。じゃあお嬢さん、王宮に行くのよね? 王宮には駅を出て、左手に直通のバス停があるから乗ると便利よ! なんならついていってあげましょうか?」

 予想以上に世話好きなおばさんだ。こういうおばさんって、ぼくは好きなんだけれどユディスが苦手とするタイプ。どう断ろうか考えて、今ユディスの顔は困ったような笑顔で固まっているだろう。嫌なら目立つ行動やめなよ。

 しかし助け船はすぐに現れた。

「その必要はない。吾がこの女性の身柄を預かろう」

 そう言って背後から出てきたローブ姿。きっと今回の召喚で外国から招聘された魔導師の一人だ。ぼくは息を潜めた。


「道案内ありがとうございます!」

 バスに揺られながらユディスは魔導師さんにお礼を言った。

「うむ。吾等が出来るのは召喚までで、そこから先は御嬢等が導くのだからな。無駄な事で消耗させては今回の作戦にひびが入る。それに女性を助けるのが男の役目、王宮に入るまではどうか『私』らしくいさせてくれ」

 フードの中の顔が柔和に微笑んだ。ぼくに気づいた感じはない。

 どうやらただの気の良い『同僚』の魔導師さんであるようだ。

 同情するようにユディスが聞く。

「どんな『設定』なんですか?」

「『勇者を認めずいろいろ邪魔して、返り討ちに遭うモブ魔導師』の一人だ。典型的な『噛ませ』だよ」

 うわぁ、そりゃキツイ役だな、とぼくは思った。やること成すこと、全て素人に否定されてズタボロにされて見せる。それが『噛ませ』の役目。

 この役は重要な役だけど、演じる人の素が善良であればあるほど精神的苦痛が大きくなる。だからこの役は国に忠誠を誓った兵士さんや、短期契約の魔導師さんに割り振られる事が多い。きっと彼は後者だろう。

「君の......いや、貴嬢の『設定』は?」

「あたしッスか、いえユディスの『設定』は、『ドジな後輩系メイド』ッス!」

「そうか、それも大変だろう」

 キャラクター作りの一環としてでも、自分の事を名前呼びするユディスにもおおらかな態度を保っていた。いい人だ。

 魔導師さんの言葉に、ぼくは国元でしていたユディスの特訓を思い出していた。

 頷いていると、魔導師さんが何かに気づいたように言う。

「ときに、貴嬢のその、首飾り......」

 ぎくり。

 バスはもうすぐで終点に着こうとしていた。

(やっちゃう? ねぇユディスやっちゃう?)

 テレパシーを試みるもユディスからの返事はない。ぼくの視点からはユディスの表情は全く見えない。 

 ゆっくりと、ユディスが言い聞かせるように言う。

「......この首飾りは、単なるおもちゃの安物ッスよ。そうでしょう?」

 おもちゃの安物。そう言われるにはこの首飾りは豪華だ。何よりかにより、ユディスの胸元に揺れる宝石は小鳥の卵程に大きい。

 それでも、ユディスが『安物』と言えば安物なのだ。生まれ持つ気品? 気迫? それが反論を許さない。

 彼女の威圧に一番敏感なのは彼のような魔導師だ。

「......そう、ですな......私如きが、出過ぎた真似を致しました」

 分かれば宜しい。何にも関係のないぼくが胸を張ると、ユディスも威圧を解いた。

(やっぱりユディスは本物なんだなぁ)

 ローブの奥の魔導師の顔つきを見て、ぼくはしみじみ考えた。

「終点ー、王宮前、王宮前ー」

 バス中にアナウンスが響き、魔導師さんが自分とユディスの荷物をまとめて持った。

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