三つの漢詩 春に東芝破れるを見る
國破れて山河あり 城春にして草木深し 杜甫
朝に辞す白帝彩雲の間 千里江陵一日にして還る 李白
故人西のかた黄鶴楼を辞し 煙花三月揚州に下る 李白
壱
東芝幹部
春の望みを詠う
春まだ早い三月の、日曜の夜の六時半、家族の団欒の時間。東芝幹部(*注1) S氏は虚ろにテレビを眺める。この春までは、この時刻、サザエさんのテーマが流れ スポンサー名が告げられるたび、S氏は妻と一人娘を前にドヤ顔を抑えるのに苦労したものだ。だが 平成二十九年の春、東芝は解体、かっての電子立国の雄 東芝メモリも売りに出されることになった。 春・・・ こはれる・・・ 東芝・・・ サザエさん・・・ 提供は・・・ S氏の思考は悲しみと屈辱、不甲斐なさに支離滅裂である。
社破阿螺在 トーシバ破れてサザエあり
磯春海草深 磯春にしてワカメ深し
感時鰹濺涙 時に感じてはカツオにも涙をそそぎ
恨別鱈驚心 別れを恨んではタラにも心を驚かす
放射拡三月 放射三月に拡り
存儲抵兆金 メモリ兆金に抵る
業務売更短 業務売れば更に短く
惟欲今不沈 ただ欲す今沈まざるを
要領を得ない詩で、所々理解に苦しむのだが、S氏が言いたかったのは恐らくこんなところであろう。
東芝がこはれても、サザエさんは相変わらず愉快さうだ
磯(野家)に春が来て、ワカメも深々と成長した
春なのに、私は時代を感じてはカツオにも涙を流し
他社に売り飛ばされる仲間との別れがつらく、タラを見ても気が動転してしまう
あの三月に放射能が拡がつて、原発事業は莫大な負債を残して破綻した
残つたメモリー部門には少なくとも何兆円かの値札はつくだらう
事業の切り売りを繰り返せば、さらに先行きは短いのはわかつてゐるが
とりあえず、会社が今沈まないことが優先だ
了
弐
中国紫光集団
東芝メモリを落札する
東芝メモリの売却に際し、担当大臣は 技術流出、特に中国への技術流出は望ましくない由、声明を出した。しかし新興国のヴァイタリティは屈しない。意志のあるところに道はできる、中国の国有企業、武漢を本拠地とする紫光集団は、莫大な資金と多少のペテンを用いて、ついに東芝メモリを落札した (*注2) 。電子立国日本の真髄を我が物にした新しく興るものの高揚は如何ばかりであろう?
朝餐記憶彩雲間 朝に餐すメモリ彩雲の間(朝餐の記憶彩雲の間)
千兆投資一日還 千兆の投資一日にして還る
大臣怨声啼不住 大臣の怨声啼いてやまざるに
手続已過最難関 手続きすでに過ぐ最難関
紫光集団総統の作と伝えられる。中国語は難しく、一行目は二通りの解釈が可能だ。漢詩を始めてまだ一週間の私には、どちらが正しいかわからない。
朝焼けの虹色の雲の中、東芝メモリをご馳走になつた
(朝ごはんに何を食べたかなんて虹色の雲の間に消えてしまつた)
千兆の投資だつてたつた一日で還つてくるさ!
日本の大臣の恨みの叫びが(技術流出ガ〜!)絶えず聞こえてゐるが(技術流出ガ〜!)気にするな
契約の一番難しいところはまう終わつてゐるのだ (技術流出ガ〜!)
了
参
東芝幹部
史上最大の技術流出を見る
新年、東芝と紫光集団の提携を祝う盛大な祝賀会が横浜中華街の聘珍樓で催された。豪華な広東料理の饗宴のあと、紫光集団一行は大桟橋で別れを告げ、巨大なクルーズ船で帰国した。途中、伊勢湾四日市港に寄港し、購入した四日市工場を受け取り、建っていたままの姿で船に積み込んだ。最先端ラインの第6棟の積荷は多少手間取った。春、四日市を出港した船は東シナ海を西上し上海に、そこから長江に入り、この大河を遡る。威容を誇る第6棟が悠々と進めるほど、長江は広い (*注3)。目的地である彼らの本拠地 荊州武漢は、唐の時代 李白が長江を下る旧友 孟浩然を見送った、黄鶴樓で名高い。この技術略奪の行軍には、先ほどの東芝幹部S氏も同行した。S氏が長江の半ばで詠んだ詩は、以下の通り、もちろん李白を盗んだ。
華人東辞聘珍樓 華人東のかた聘珍樓を辞し
煙花三月上荊州 煙花三月荊州に上る
電子立國残影尽 電子立國の残影尽き
惟見長江技術流 ただ見る長江に技術流るるを
初学者の私にもいかがなものかと思われる言葉づかいであるけど、一応私の解釈を示す。後ほど口直しに"黄鶴楼送孟浩然之広陵" を検索の上 味あわれるのがよかろう。
中国の客人は、彼らから見て遥か東の横浜聘珍樓で別れを告げて
花霞の三月、船旅でゆつたりと荊州武漢へ長江を遡つてゐる(戦利品を抱えて)
これで昔の電子立国の栄光の残影は尽きてしまつて
あとはただ長江を技術が流出するのを見るだけになつた
了
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*注1 会社の用語で幹部社員とは管理職のこと。近ごろ夕刊紙では東芝幹部がたびたび登場し、東芝の売却先に関するアメリカ政府の意向などをしたり顔で解説している。間に受けない方がいい。課長など、アメリカ政府は愚か、会社の意向も知らないのだから。東芝幹部S氏も読者以上に東芝の未来について知っている訳ではない。S氏に関して特筆すべきなのは、彼が漢詩を趣味としていることくらいである。ちなみに、本当の幹部、つまり読者が想像するような、少なくとも取締役以上の幹部は、「経営幹部」と呼ばれる。
*注2 いかなるペテンが用いられたかは、「日本の技術を守るファンド」を参照されたい。
*注3 橋は?
【贋作の方針】
ー 原詩の文字をできるだけ元の位置に残す
ぜんぜん残さないとすれば、それは自分のオリジナルであり、贋作とは言えない。
二 韻は踏む
無理やり韻を踏んだ結果、支離滅裂な詩になってしまったら、ストーリーの方を変えて何とか辻褄を合わせる
あとは考えないわけではありませんが、テキトーです。
(例 中国語ではこう言わない ← 日本語ではそうゆーんです! 平仄がメチャクチャだ! ← いい言葉があったら是非!)
【推敲履歴】
主人公(東芝幹部社員S氏)らしき人物を設定し、ストーリー仕立てにしました。(4/20)
詩については以下にそれぞれの詩の推敲の過程を示します。
壱. 東芝幹部の春の望み
芝→社 海螺→阿螺 若芽→海草 記憶→存儲 事業→業務 養社員→今不沈
「社員」の員は、深、心、金とは韻を踏まないらしいです。惟欲守年金というのも考えましたが金が二つ。サザエさんは中国語で、海螺小姐とか阿螺と呼ぶのだそうです。(4/19)
弐. 中国紫光集団、東芝メモリを落札する
落→餐 (4/20)
参. 東芝幹部、史上最大の技術流出を見る
日本港→聘珍樓 (4/19)