甘いだけと思われるのは心外ですの【3】
甘いだけじゃないシリーズ3
さて、この人をどうしようか。
早いところランバート侯爵家の監視の者が来てくれないだろうか。
そんなことを考えながら、お茶会のテーブルの側で転がる元婚約者を眺めた。
つい、滅多に使わない威圧するための笑顔を向けたからか、うっかり首を握り締めていた手に力を入れすぎてしまったのか、散々言い立ててきた元婚約者は意識を失い地面に伏した。
動かせないことはないけれど、運ぶ必要はないだろうと判断してお茶会を再開した。私自身もどうかと思うが、同じテーブルで談笑を続ける令嬢達はなかなか肝が座っていると思う。
「ナクタリアージュ侯爵家のご令嬢様」
元婚約者が目覚めることなく、暫く菓子や話を楽しんでると、お茶会の園の入口で深々と頭を下げる男が現れた。
ランバート侯爵家の従僕で、元婚約者の監視役だった男だ。
しかし、従僕が仕える家以外の貴族の名を呼ぶことは禁忌とはいえ、この呼ばれ方はあまり好きではない。
「ああ、やっといらしたのですね。ヴィルエイト様をお連れになってくださる?約束を違えたことに加え、身に危険が迫ったと判断してヴィルエイト様へ反撃させていただきましたの」
ランバート侯爵家との約束が守られなかったこと、正当防衛での反撃であることを伝えれば、従僕は顔色を真白にしていった。
従僕をいじめるつもりはないのだから、早くこの人を回収してほしいのだけれど。
「誠に申し訳ございません、ナクタリアージュ侯爵家のご令嬢様。当家のヴィルエイト様の振る舞いに関するご叱責はヴィルエイト様をお止めできなかった私めに…」
「あら?ランバート侯爵家はまだ貴族籍にあるご令息の失態を従僕ひとりの命で賄えると思っていらっしゃるのかしら?」
この従僕が謝罪とランバート侯爵家に現状を伝えると約束して、大人しくこの転がってる人を連れて帰るなら特に問題なかったと言うのに。
「!!大変失礼いたしました!私めの勝手な願いにございます!ランバート侯爵家の意思ではございません!」
冷や汗を流しながら直角に体を折り、頭を下げ続ける従僕には悪いけれど、また一つできた追及できる点を逃すほど甘いつもりはない。
「あらあら?ではランバート侯爵家に代々仕える一族は、仕える家と同格の爵位を持つナクタリアージュ侯爵家に嘆願できるほどの地位や能力があるということなのかしら?ランバート侯爵家はそれを推奨していて、咎めたり貴族に対する礼儀などを示していないのかしら?縁もなくその地の領民でもない平民が、好意や利益関係ですらない貴族相手にその願いを直接口にするのはその命を取られても文句は言えないのに。その願いを通せる、その程度の貴族と思われているのかしらね、我がナクタリアージュ侯爵家は?」
おそらくランバート侯爵に、これ以上ナクタリアージュ侯爵家に隙を見せるな。最悪は命を賭けてでも失態を誤魔化せ!とでも言われたのだろう。しかし、その命の使い方は無意味だし、私は従僕の首程度で受けた屈辱やこれからの利益を無にできるような聖人ではない。
「それはっ!……っ!」
「ランバート侯爵家のご当主様や皆様にお伝えになっていただける?」
「我がナクタリアージュ侯爵家を甘いだけと思われるなんて心外ですの、と」
またお気に入りの扇子で口元を隠しながら告げれば、従僕は紙のような顔色のまま一層深く頭を下げ、転がってる主人家の息子を回収していった。
しばらく後にランバート侯爵家から謝罪と賠償の方法、さらに元婚約者のすぐ上の兄である第四子息との婚約を手紙で打診された。
やはり、侮られている、というのが正直な気持ちだ。
従僕の言動は当家の思うところではないが賠償に上乗せする、第五子よりも遥かに優秀な第四子を婚約者に添え元々の婚約がこの形であったとこの騒ぎを抑えれば互いにこれ以上不利益はない、というような内容を酷く回りくどく書かれていた。
直接的に言えばナクタリアージュ侯爵家を格下と見下ろすからこそ譲歩してやっている、ということだ。
打診に応じるならば直接話を煮詰めよう、そちらにとっても悪い話ではないだろう?というような文言に大いに笑わせてもらった。
淑女らしく優美に見える返信には、そのような打診を受け入れるなど馬鹿馬鹿しいことこの上ないので、王宮で国王陛下と筆頭公爵閣下に立ち会いいただく形で追及する、と既に申し入れが認められた国王陛下と筆頭公爵閣下への説明日を記した。
別に当主であるランバート侯爵本人が来なかったとしても、私の主張を通し狙い通り進めるだけだ。
期日までに数度、取り止めるように促す手紙が来たがそれに返信はしていない。
とある歴史学者が残した書物には、王の腹心と呼ばれ栄華を極めた侯爵家当主が突然代替わりし、権力から遠ざけられた理由が貴族籍を抜かれた息子よりもその当主の方が愚かだったから、と記されている。
事実は解き明かされていないが、丁度その時期から数年後に女侯爵となるセシリアーナ・エル・ナクタリアージュが王家から重宝されるようになっている。
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