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第九章 幸せ

俺が病院から戻ると、天子姉さんはいつものようにソファーに座っていた。俺は声をかけずに、隣に座った。

「おかえり。」

姉さんが俺を見ずに言った。

「ただいま。」

俺は姉さんの奇麗な横顔を見た。今日も化粧をしていない。

「姉さん。」

俺は帰る道中、あの事を天子姉さんに聞こうと考えていた。

「なぁに?」

俺を見た姉さんは、今始めて俺がいることに気がついたような、そんな顔をした。

「姉さんは、どうして俺を誘拐したの?」

思い切って聞いてみたものの、今でもまだ半信半疑なので、こんな事を言っている自分がよく分からなかった。天子姉さんは驚きもせず、分かっていたというように微笑んだ。

本当に、奇麗な人だ…

「知ったのね、全部。」

天子姉さんは、虹音と同じ、遠くを見るような目をした。俺は躊躇わず頷いた。

「そうね、あなたが蝶乃兄さんに似ていたからかな。」

姉さんはキャラメルブラウンの髪をかきあげた。

「蝶乃兄さんが、結婚できないって言いに来た時は、本当に悲しかった。今ここで死んでしまいたいと思った。「僕はもう、天子という人に、魅力を見出せなくなってしまったんだ。本当に好きじゃないのに、結婚なんかしたらきっと天子は幸せになれない。限界なんだ。」って兄さん言ったの。それからしばらくして、心さんと蝶乃兄さんが結婚して、香美と吾未が始めて実家に遊びに来た時…十年前だったかな。私は香美を見た瞬間に…壊れちゃった。」

俺の顔をじっと見た姉さんの顔に、影が落ちた。俺はその顔にドキッとすると同時に、ゾクッとした。

「それで、香美を連れて行っちゃったの。遠くに。でも、香美は何も言わずに、いつも私について来てくれた。我に返っても、そんな香美が可愛くて可愛くてしょうがなかった。だから、あなたがあの人に似てるとか、そういうのじゃなくて、本当の自分の子供みたいに育てたわ。香美にはずっと、お母さんがあなたを捨てたんだって嘘をついてきたの。謝るだけじゃ済まないだろうけど…ごめんなさい。」

姉さんは俺の方に体を向けて正座をし、手をついた。ソファーに、ポタポタと音をたてて水滴が、何粒も落ちる。

「姉さん、泣かないで。」

俺は姉さんの肩をもって、ゆっくりと起こした。

「…香美、いっつもそうやって慰めてくれたよね。その少し哀しそうな、困ったような顔がますますあの人に似てて、見る度に衝動に駆られるの。ずっと私の所に縛り付けていたいって。ずっと側にいて欲しいって…。でも、もうすぐそれも無理になるんだなあって考えてたら、衣麻莉さんに会ったの。」

姉さんは手の甲で涙を拭うと、ニコッといつもみたいに優しく笑った。

「人って、結局同じような人を好きになってしまうのね。衣麻莉さんの写真、見せてあげる。」

姉さんはそう言うと、足元に置いてあるあの旅行バッグを開けて、中から小さなアルバムらしき物を取り出した。

「ほら、これよ。」

姉さんは何ページ目かを開くと、俺に差し出した。俺の目はその写真に釘付けになった。

父さんだ…!

絶対そうだと思った。しかしよくよく見ると、ほんの少し違うところがある。姉さんと一緒に、大きなクリスマスツリーの前で、楽しそうに腕を組んで笑っている。少し癖のある茶色い髪に、細い眉。切れ長の目。よく女の人と間違えられるのよ、と母さんが笑っていたのが、ものすごいスピードで思い出された。あの時は、みんなよく笑ってたな。

「姉さん、この人といっしょにいて…幸せ?」

俺は姉さんにアルバムを返した。

「とっても。」

姉さんの頬が、少し赤くなった。

俺は、今までこの人に振りまわされていたことになる。ずっと。でも、もうそんな事は過去のことだ。他人は、そんな簡単に許して良いのかって言うかもしれないし、こんな呆気ないなんてと思うかもしれないけど、何て言うか…俺は俺の中で勝手に決着をつけた。今はただ、この人の末永い幸せを祈るばかり。

俺は、相当のお人好しみたいだ。

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