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第七章 本当は・・・

どうして俺はここへ来てしまったんだろう。どうして俺はここにいるんだろう…。

何も分からなくなってしまった。

「ゆーかい?何だよ…それ。嘘なんかつかなくたって、今ここで暴れたりしないよ。」

俺は自分でも驚くほど冷たい声で言った。怒りを通り越してしまった。聞く気にもなれない。

「ちがうよ、本当に誘拐されたんだ。十年前に、天子ねえさんが」

「え?」

今なんて…

「天子姉さんだよ!あの人が香美を誘拐したんだ!」

ホントに覚えてないの?吾未が俺に迫る。

「警察に捜してもらったけど、いなくて、もうダメかもって言われたんだ。でも、私と母さんは犯人を知ってた。姉さんは、結婚まで約束してた人にフラレたんだ。だから、その恋人の子供を…香美を誘拐したんだよ!」

吾未の語気が、後半になるほど荒くなっていった。

「どうして、俺だけを?」

ショックで真っ白になった頭に浮かんできたこの質問を、俺は無意識のうちに口にしていた。吾未はチラっと母さんのほうを見てから、また俺に向き直った。母さんは、声も出さずに涙を流している。

「それは…香美が父さんにそっくりだからだよ。」

これで分かるだろ?吾未の心の悲鳴が聞こえた。

もうこれ以上こんなこと言いたくないんだよ、香美。

「でも、でも姉さんは父さんの妹じゃないか。父さんとは結婚できないはずだろ?」

俺は聞こえないフリをして、訊いた。

「養子…なんだよ。父さんが姉さんをフった一年後に、姉さんの御両親が事故で亡くなったんだ。身寄りがいないからって、罪悪感を持っていた父さんが、おじいちゃん達に頼んで養子にしてもらったんだって。その時にはもう、母さんと結婚してたんだけど。」

そう言うと吾未が俺の後ろにある窓を開け、外を見た。晴れ渡った空に、何羽か鳥が、気持ち良さそうに飛んでいる。強い北風が吹き込んで、部屋を満たした。

この風が、今ここで吾未が話した事実を全部かき消して、否定してくれればいいのに…。

俺は本気でそう思った。

「帰るよ…。」

俺は銀のドアノブが付いたドアだけを見て、進んでいった。吾未は何も言わなかった。母さんは、ベッドに横になっている。

病院の外に出た。最初に来た時と少しも変わっていないはずなのに、俺はこの何十分かで、何十年も過ぎてしまったように感じた。疲れてしまった。

家に帰りつくと、俺は部屋に戻って、何も食べずにベッドに入った。そのまま夢も見ずに、朝まで眠った。


台所のカウンターで朝ご飯を食べていると、姉さんが帰ってきた。

「ただいま。」

姉さんは爽やかに言って、微笑んだ。その顔は、俺に昨日の事を思い出させ、そして全て嘘だと思わせた。

天子姉さんだよ!あの人が、香美を誘拐したんだ!

吾未の言葉が、聞こえてきたような気がした。

「どうしたの?ボーッとしちゃって。」

姉さんは何時の間にか俺の前に回りこんで、心配そうな顔で俺を見ていた。

「いや、なんでも。おかえり。」

俺は一語一語を自分で確かめる様にして、そう言った。姉さんが「それなら良いわ」と言って、リビングに荷物を置きに行った。

俺は二階に上がり、部屋のドアを開けた。

「おはよ。」

「うおッ!!」

俺は思いきりバックして、壁に頭をぶつけた。

「い…って〜!あれ、夢のはずなのに痛いぞ?」

「あ〜あ、今ので夢と現実の区別もつかなくなっちゃった。」

俺はよろよろと、部屋の中に入った。ベッドもグチャグチャのままで、床の上には何冊かの本が散らばっている。黄色のミニテーブルとクローゼットがあるだけの、質素な俺の部屋。そんな部屋にある、開け放たれたあの大きな窓の窓枠に座っているのは、紛れもなく…

「虹音。」

サワサワと揺れる、柔らかそうなウルフカットの髪、雪みたいに白い肌、大きな丸い目に、長い睫毛が相変わらず影を作っている。持てば壊れてしまいそうな、細い線の体。

本当に、虹音だ…。

安心すると同時に、俺はベッドに座って息をついた。

「どこ…行ってたんだよ。家に帰ってたのか?」

虹音を見ると、目が合って思わず逸らしてしまった。緊張している自分が可笑しかった。

「家には帰ってないよ。」

虹音が、まるで悪い事でもしたような声で言った。

「帰ってない?

」俺は不審に思った。しかし俺がその先を聞こうとすると、虹音がさせまいと先に口を開いた。

「この前はごめん、あんな事言って。」

「ああ…もう気にしてないよ。」

俺は素直な気持ちを言った。虹音には、素直な自分が出る。

「僕、香美に嫌われようと思ったんだ。もう、会えなくなっちゃうかもしれないから…。」

久しぶりに聞く虹音の涼しい声が、心地よく耳に流れてくる。しかし、しばらく今の言葉を繰り返してみると、とんでもない事だと気がついた。

「どうして。」

俺の声には、何も無かった。薄っぺらい、ただ聞こえるだけの音。

「香美、本当の事を話すよ。」

虹音が言った。

「本当の事?」

俺は足を組んで座り、壁に背中をおいた。昨日も本当の事を聞いたばかりなのに、また『本当の事』を聞かなければならないのか。

「香美…信じてくれないかもしれないけど、ちゃんと聞いて欲しい。僕は、本当はここに存在してないんだ。」

「…。」

虹音の、朝日でキラキラしている両目を、俺はしっかりと見た。

「簡単に言えば、僕は幽霊なんだよ。香美にしか見えないんだ。だから、香美が叔母さんを慰めている時も、玄関に花を置いた時も、僕は彼女の目の前に立っていたのに、見えなかったんだ。」

虹音が俺の隣に移動した。そういえば、いつもこいつがベッドに座っても、シーツに皺一つできなかったな…。どうして気がつかなかったんだろう。俺は冷静以外の何にもなることができなかった。

もう何でも来い、だ。

「そうか。じゃあ、おじさんとおばさんが喧嘩したってのも嘘なんだな。」

おれの思考回路は、完全に違う所に繋がれてしまった。何もかもが、俺が今まで信じてこなかった、非現実的な事だ。

「うん…。僕、父さんに一升瓶で何度も頭を殴られたんだ、香美の家に来る前の日。それを、仕事から帰ってきた母さんが見つけてくれて、救急車で運ばれた。死にかけてたんだけど、何とかもってる。今は眠ってる状態かな。僕の魂だけが、香美の所に行っちゃったんだね。」

フフッと虹音が微笑んだ。この顔は、吾未に少し似ている。

「僕も香美と一緒で、あんまりこういう事信じてなかったけど、結構素敵だね。」

俺は言葉が出なかった。

虹音の悪戯っぽく笑った顔が、眩しく光っているように見えたのは、きっと俺の見間違いに違いない…

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