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第二章 俺の叔母さん

俺たちの長期休暇一日目の天気は、土砂降りとなった。今日は外に出られない。激しく地面を打つ雨音に、俺は目が覚めた。

…ちっ、まだ5時半じゃねえか。

自分の横に置いてある、四角い何の変哲も無い黒色の時計を見て、俺はなんだか損をした気分になってしまった。

もう一度寝ようと布団に潜り、まだ薄暗い部屋の方を向いた。

「…虹音」

すぐ近くに、窓枠にもたれる虹音がいた。俺の部屋は、壁一面が窓になっている。この家の二階の部屋の窓は、全てこうなっている。

虹音は開いている窓から窓枠にもたれて外を眺めている。灰色の瞳を持つが、少し翳っているように思われた。

何処を見ているんだろう…

「おはよ。雨だね。」

虹音が俺に気がつき、こっちを向いて静かに言った。

「…だな。」

俺は身体を起こして、ベッドの端に腰掛けた。虹音が横にちょこんと座った

「虹音ってよんでくれた!」

そう言いながら、嬉しそうに笑った虹音の寝癖のついた髪が、窓から入りこんだ冷たい風に、フワっと揺れた。

…触りたい。

俺は、その衝動を振り払った。

「雨の音を聴くと、弟を思い出すよ。」

虹音の翳った眼が、俺の眼をしっかりと捕らえて離さなかった。

「弟が…いるのか?」

おどろきだ。

虹音はフフッと寂しそうに微笑んで、俺から視線を外した。

空音(そらと)っていうんだ。…行方不明だけど」

「?」

「僕が十二歳の時に、突然いなくなったんだ。どうしてか分からないけど…。」

「…それで?」

「一日中捜したけど、見つからなかったんだ。僕は家で無事を祈るしかなかった。

それから何日かして、雨が降ったんだ。僕は自分の部屋にいて、もう一度捜しに行こうか考えてた。でも、空音は自分から帰ってきた。僕にだけ会って、親には会いたがらなかった。「雨が降ったら帰ってくるから」って言って、また出ていった。それからは、雨が降ると戻ってきた。野宿でもしてたのかな。僕らはその事を二人だけの秘密にして、いつも楽しみにしてたんだ。けど、三年ぐらい経った頃から、空音はぱったり来なくなった。今、どこにいるのか分からない…。」

ハアーとため息をつくと、もう一度俺の方を見て微笑んだ。

「ごめんね、こんな面白くもない話。あ〜っ!なんか背中痛くなっちゃったっ。」

虹音はそう言って立ち上がった。そして、布団をたたみ始めた虹音を、俺はずっとベッドの端に座って見ていた。


「うぃ〜昼か〜っ。なんかダルいィ〜。」

虹音は首をボキッボキッと鳴らしながら言った。

俺たちはする事も無いので、トランプをしていた。ちっとも面白くないのだけど…

「ねぇ〜他に何か無いのぉ〜?」

「ゲームの類は持ってないんだ。家はテレビも無いしね。あしからず。」

俺は足を伸ばしてベッドにもたれ掛かった。

と、下でガタガタと、何か落ちる音がした。はじめは泥棒かと思ったが、すぐに違うと分かった。あの音は…

「ね…今の音なに?」

虹音が飛び起きて、俺の耳元でコソコソと言った。

「多分、伯母さんが帰ってきたんだろ。」

「…オバサン?」

「虹音、ちょっと隠れてろ」

俺は首を傾げる虹音に囁き返すと、クローゼットを指差した。服が数枚入っているだけだから、小柄な虹音なら隠れられるだろう。虹音は更に首を傾げながらも、クローゼットに入って引き戸を閉めた。俺はトランプをまとめて、黄色いミニテーブルの下に置いた。

あの人が虹音を見つけたら、少し大変な事になるだろう…。

俺は直感した。

ダンダンダンっという音が聞こえたかと思うと、潰れてしまうのではないかと思うくらいものすごい勢いでドアが開いた。

そこには、淡いピンクのワンピースに、白のカーディガンを羽織っている女性が立っていた。腰まであるキャラメルブラウンのストレートが、少し乱れている。化粧もしていない様だ。

「香美!ここにいたのね?私…私…」

オバサンと呼ぶには若すぎる僕の叔母さんの両目から、涙が零れた。

叔母さん…俺は天子姉さんと呼ぶのだが、彼女は部屋に入ってきて、俺の目の前で止まった。

「香美、私また…。」

天子(あまね)姉さんはそう言うと、いきなり俺に抱きついてきた。

俺はいつもの事ながら、「しょうがないなあ」と思う。彼女が男の人に捨てられるのは常なのだ。でも、天子姉さんは、正直に言ってもかなり美人だと思う。みんなも彼女の事を奇麗だと言ttる。なのに何故捨なのだろう?俺にはよく分からない。

「天子姉さん、泣かないで。」

俺はいつもの台詞を言った。天子姉さんは俺より五cmほど背が低いので、彼女の天使の輪がかかっている頭を見下ろす。俺はその頭を、いつものように撫でた。濡れていないところをみると、ちゃんと傘はさして来たみたいだ。変なところできっちりしている人だと思う。

「うん…ごめん。でも悲しいのよ。」

そう言いながら顔を上げた。

「香美は…男の子にモテるのかしら?」

「へ?」

俺はなぜ今そういう話になるのか分からなかった。

「あのさ、姉さん。何度も言うけど俺は男なんだ。」

俺は頭を撫でるのを止めた。天子姉さんは、やっと俺から離れてくれた。そして涙を拭うと、また俺を見た。

「髪の毛の赤色も、細くて長い眉も、灰色で切れ長の目も…蝶乃に似ているわ。あの人は、いったいどこに行ったのかしらね。」

フフフと笑って、天子姉さんは俺を上目遣いでジッと見ている。なんだか面倒になってきた。

「姉さん…蝶乃(ちょうの)はもういないんだよ」

俺は小さな子供に言い聞かせるように優しく言った(たぶん)。天子姉さんはしばらく切なそうに俺をみると、スッと立ち上がってドアの方に向かった。俺は、小さくて薄い姉さんの後ろ姿をみている。

「ごめんね、いつも。困るよね。私、バカだね。」

天子姉さんは「アリガト」と言うと、静かに部屋を出て行き、階下に降りていった。

「なーんかキレーな人だねえ。あれが香美の叔母さん?」

俺の後ろに、虹音が立っていた。

「なっ、いつからそこに?」

こいつが来てから、俺の寿命はかなり縮まったと思う。

「ま、いーんじゃない?気づかれなかったんだし。それより、香美ったらクサイ台詞言っちゃってさぁ〜。」

そう言ってさっきの僕の「姉さん、泣かないでよ。」を、少し大げさな動作を付けて真似した。俺は、思わず赤面してしまった。

それを虹音は見逃さず、悪戯っぽく笑った。

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