第四話
アスランはラルフを、鍵が掛けられ窓も閉めきられた小さな部屋へと案内した。
家具やベッドの様子からして、今はもう使われていない子ども部屋のようだ。
アスランは閉めきられた窓を一つ一つ開けながら、静かに話し始めた。
「リリアが生まれて間もなく、もともと体の弱かった王妃が亡くなった。
それ以来、王妃のことを溺愛していた王は『リリアを産んだために王妃が亡くなった』と、リリアのことを避けるようになった」
ラルフはアスランの言葉に反応することなく、黙って聞いていた。
「ここは次の王になるはずだった、リリアの兄がいた部屋だ」
アスランが窓を開けたことで、埃っぽかった部屋にやわらかな風が流れ込んできた。
「王妃の死後、王はリリアと目を合わせようともせず、リリアの兄だけを可愛がった」
ラルフは部屋の片隅にあった、古びたソファーに腰かけた。
「それも束の間、今度はリリアの兄が病に伏せ、王は『絶対リリアをこの部屋に入れてはならない』と、命令を下した」
アスランは小さなベッドに腰をおろし、俯いた。
「あの日も……。
リリアは兄を元気付けようとしていた。
ただそれだけだったのに……」
「あの日……」
ラルフがそう呟くと、部屋に置かれていた時計の針の音が大きく鳴り響き、ぐるぐる逆回転し始めた。
アスランが腰かけていたベッドに、いつの間にか小さな男の子が眠っていた。
「何だ、これは……」
アスランが驚いていると、ドアの向こうから小さな女の子が入ってきた。
「あの子は……。あの日のリリア?」
あの日のリリアは、アスランとラルフの存在に気付く様子もなく、眠っている兄の元へと駆け寄った。
「兄様、珍しい花を見つけたの。
雨が降らないのに元気に咲いていたのよ。
ほら、兄様に見せたくて持ってきた」
「リリア、花は摘んだら枯れてしまう。可哀想だよ」
リリアは少しがっかりした様子で、花をぎゅっと握りしめた。
「そうね。でも……。
外に出られない兄様に、どうしても見せたかったの」
「ありがとう。
リリアの気持ちは、いつも僕を元気にしてくれる」
リリアの兄が優しく微笑んだ時、突然リリアの兄が咳き込み出した。
「兄様、大丈夫? 兄様!」
リリアの声に、あの日いた医者や看護師、王やアスランが慌てた様子で入ってきた。
リリアが持ってきた花は払われ、踏みつけられている。
王はリリアの兄の容体を見守っていたが、間もなくリリアが部屋にいることに気付き、
「この疫病神が! 出ていけ!」
と、リリアを突き飛ばした。
リリアはよろめき、後ろにあったテーブルの角に頭を打ちつけた。
リリアの額から血がだらだらと流れ出す。
「リリア!」
あの日のアスランが慌ててリリアに駆け寄った。
「リリアが! リリアが怪我をしている! 誰か手当てを! 早く手当てを!」
あの日のアスランはリリアを抱き上げ叫んだが、部屋に居るものは皆、兄の事に精一杯で、リリアを見ようともしなかった。
「クッ……!」
あの日のアスランはリリアを抱いたまま、部屋の外へ出て行った。
しかし、あの日の王は一度もリリアの方を振り返らなかった。
また時計の針がぐるぐると回り、あの日の光景はすっかり消えてしまった。
ベッドの上にいたリリアの兄も消えていた。
ベッドに腰掛けていたアスランの目から涙が溢れていた。
「リリアの額の傷も心の傷も二度と消えない。
あの日の私がもう少し大人だったら、リリアを守ってやれたかもしれないのに……」
そう呟きながらアスランは窓を閉めていき、過去を封印するように、この小さな部屋に鍵をかけた。
ラルフは終始無言で部屋を後にした。