第十七話
翌朝、ラルフとハイドは疲れた様子で戻ってきた。
タイを外し、ソファーに沈みこむ。
ハイドはビンセントの姿を見て軽く手をあげ、
「リリアを部屋まで連れて帰ってくれたんだな。
ありがとう」
と、礼を言った。
「リリアを紹介するのは次回になったな……」
ラルフが言うと、それまで黙っていたビンセントが口を開いた。
「お前ら何を言っているんだ。
夜会でリリアがどんな目にあっていたか知らないだろう。
これを見てみろ」
ソファーでぐったりとしていた二人が慌てて体を起こした。
ビンセントはリリアが夜会で着ていたドレスを二人に見せた。
「……!」
「悪魔が人間を嫌っていることなど、俺たちが一番よく知っているはずだ」
「俺、リリアに謝ってくる!」
ハイドが慌てて立ち上がると、
「今はぐっすり眠っている。止めておけ」
と、ビンセントが制止した。
「とりあえず二人ともシャワーでも浴びて頭を冷やすことだな」
ビンセントは、そう言って部屋から出ていった。
リリアは夢を見ていた。
あの水竜にもう一度乗って大空を飛び回る夢。
水竜が住む大きな湖や雪山を飛び越えて、いつの間にか自分の生まれ育った国の上を飛んでいた。
水竜が雨を降らせると、国中の人が喜んで、リリアに向かって手を振る。
城の上を通るとアスランや父王たちがバルコニーに出てきて、笑顔で手を振っていた。
突然、空が暗闇に包まれ、リリアは水竜と共に奈落の底に落ちていく。
『キャァァ……!』
そこで目を覚ました。
「リリア!」
いつものようにハイドの顔が目の前にあった。
ハイドは突然リリアを抱き締しめた。
「……!」
リリアが目を覚ました時、ハイドが目の前にいるのには、すっかり慣れてしまったが、寝起きに抱きつかれるとは思ってもみなかったので、リリアは驚いた。
「リリア、俺が悪かった」
「ハイド、どうしたの? まだ酔っているの?」
ハイドはリリアを抱きしめたまま首を横に振った。
「ハイド、痛いよ……」
リリアは、何故ハイドが謝っているのか分からなかった。
「ハイド、その位にしておけ」
ビンセントの声がした。
いつの間にかリリアの近くにラルフとビンセントが立っていた。
「……みんな、どうしたの?」
いつもと違う三人の様子にリリアは困惑した。
少し沈黙が続いたあと、沈黙に堪えられなくなったハイドが、
「何でもない。
朝食の用意が出来たから、三人でリリアを起こしに来ただけだ」
と、もう一度リリアを抱きしめた。
「先に行って待っている」
ハイドとビンセントが部屋を出ると、ラルフがリリアのベッドに腰を降ろした。
「リリア……」
「ラルフ」
ラルフが何かを言おうとする前に、リリアがラルフの言葉を遮った。
「ラルフ、昨日は途中で帰ってしまって、ごめんなさい。
私……、まだ、この世界で生きていく自信がないの。
だから……、だから……」
リリアはうつむいた。
リリアの目から勝手に涙がこぼれ落ちる。
「分かっている。
この先リリアがどんな決断をしても、俺はそれに従う」
ラルフはリリアを抱きしめて、
「辛い思いをさせて悪かった。
二度とお前を悲しませたりはしない」
と、耳元で囁いた。
リリアは首を横に振り、涙を止めようとしたけれど、溢れだした涙は簡単には止まってくれなかった。