第十三話
リリアは目覚めた時のベッドに戻り、ラルフが淹れてくれたお茶を飲んだ。
『せっかく水竜が自分を乗せて飛んでくれたのに。
今度謝りに行こう』
そんな事を考えているうちに、いつの間にかリリアは眠ってしまった。
翌朝リリアが目を覚ますと、目の前にハイドの顔があった。
ハイドはリリアの隣で横になって、リリアを見つめていた。
「ハイド……!」
「ビックリした?
ごめん。リリアの寝顔が面白かったから」
「面白い?」
「ああ、誤解するな。
悪魔は滅多に眠らないから、人間の寝顔が珍しいんだ」
言われてみれば、ラルフが寝ている姿をリリアは見たことがなかった。
「ラルフは何処?」
「ラルフは、この屋敷で開かれる夜会の準備で忙しいから……。
今日は俺と遊ばないか?」
ハイドが新しい玩具を得た少年のように目を輝かせた。
「……うん」
「よし、行こう!」
ハイドはリリアの手を引き、部屋の外へ出た。
長い廊下が続く大きな屋敷に、リリアは改めて驚いた。
一体いくつ部屋があるのだろう。
一つ一つの部屋を確認するだけで何日もかかりそうだ。
途中、廊下でビンセントに会った。
「よぉ、ビンセント。
今からリリアと外に行くけれど、お前も一緒に行かないか?」
「いや、遠慮しておく」
ビンセントは相変わらずリリアと目を合わせようともせず、そっけない態度をとる。
まるで昔の父王のような、リリアを寄せ付けようとしないオーラを放っていて、リリアを萎縮させた。
「相変わらずだな」
ハイドはフッと笑い、またリリアの手をとった。
リリアとハイドは庭に出た。
「今日は何をしようかな」
ハイドがぐっと背伸びをした。
「ハイド。
いつもは何をしているの?」
「俺? 俺はカードゲームをしたり、夜会に出たり……。
友達の屋敷に遊びに行ったりしているかな」
「ラルフみたいに人間の願い事を叶えたりはしないの?」
「悪魔は基本的に働かない。
ラルフが人間の願いを叶えるのは趣味のようなものだ」
ハイドが笑いながら言った。
そして空を見上げて、
「人間は大変だよな。
限られた時間の中で忙しく生きている」
と、小さく呟いた。
リリアは、時折笑顔の奥で見せるハイドの悲しそうな横顔が気になっていた。
「……。
そうだ、リリア。夜会用のドレスを買いに行こう」
「夜会?」
「ああ。
ラルフは今度の夜会で、皆にリリアを紹介するつもりでいるけれど。
あいつ、女の子のファッションには疎いからな」
今までパーティーと無縁の生活を送っていたリリアは、夜会がどのようなものか全く想像がつかなかった。
「心配するなって。さあ、行こう」
ハイドはリリアの返事も聞かず、強引にリリアの手を取った。
二人が馬車のある方へ向かうと、漆黒の馬車に二頭の大きな黒馬が繋がれていた。
「わぁ。格好いい!」
リリアは目を輝かせて馬車を見た。
「ほら。乗って」
ハイドが笑顔で手を差し出した。
リリアはハイドの手を取り、初めて馬車に乗った。
内装も黒で統一され、広々としている。
馬車が走り出すと、早速リリアは窓を開け外の景色を眺めた。
「リリアは馬車に乗ったことが無いのか?」
「うん。
アスランが、城の外に出たら駄目だって」
「じゃあ、普段は何をしていたんだ?」
ハイドが、先ほどリリアがした質問と同じ事を聞いてきた。
「本を読んだり、絵を描いたり……」
「本か……」
「ハイドは本を読まないの?」
「屋敷に魔術書が沢山あるけれど、読むのが面倒だからな……。
俺が本を見ずに出来るのは、これぐらいだ」
ハイドはそう言って、手の平から青い炎を出してみせた。
「わぁ! すごい!」
リリアはハイドの手の上で躍り続ける炎を、じっと見つめた。
「この程度で驚かれたのは、初めてだ」
ハイドは少し照れながら炎を消した。
馬車の窓から見える景色は不思議だ。
絵本のページをめくっていくように、次々に景色が変わっていく。
この世界は四季が混在しているようで、花畑の中を走っていたかと思えば遠くに雪山が見えたり、真っ暗な森に入ったりと、リリアの目を飽きさせなかった。
森を抜けると、急に賑やかな町並みが広がった。
カラフルな商店街を沢山の人が行き交う光景に、リリアは心が弾んだ。
「少し歩いてみるか?」
目的の店まで、まだ少し距離があったが、リリアが興味深そうに見ていたので、町並みを歩いてみることにした。
キャンディショップやベーカリーから甘い香りが漂い、おもちゃ屋から賑やかな音が聞こえてくる。
リリアは一つ一つのショーウインドーをじっくりと見ていった。
「リリア。ここだ」
ハイドは一軒の高級そうな店の扉を開いた。
リリアが店に入ると、ドアチャイムがカランと鳴り、奥から紫の髪色をした女が現れた。
「おや。久しぶりだねぇ、ハイド」
「ああ。久しぶりだな」
「隣の彼女は小さいねぇ。
女の好みが変わったのかい?」
「いや。リリアはラルフの彼女だ」
「ああ、ラルフが連れてきた、噂の人間かい?」
「噂になっているのか?」
「そりゃあ、噂になっているさ。
ラルフが人間を飼い始めたってね」
女がリリアを見ながらククッと笑う。
「気にするな、リリア。
口は悪いが、いい奴だから」
ハイドがリリアの肩を引き寄せ、小声で言った。
「ところで、今日は何が必要なんだい?」
「リリアの夜会用のドレスを作って欲しい」
「人間を悪魔の夜会に出すつもりなのかい?
止めておいた方が良いと思うがね」
そう言いながらも、女はリリアの採寸を始め、リリアに似合いそうな色の生地を持ってきた。
「この子は淡い水色が似合いそうだ……。
よし、決めた。明日までに仕上げて屋敷に持って行くよ」
「ああ。頼む」
ハイドが店内をぐるりと見て回っている間、女はリリアに、
「悪魔の私が言うのも何だが、悪魔達には気を付けな」
と、耳打ちをした。