第十一話
約束の一週間が来た。
王の間に城中の人間が集められた。
王が今までの事、悪魔と契約をした事を語ると、哀しむ者や代わりに自らの命を差し出したいと申し出る者、王を守るため悪魔と戦おうとする者で、周りがざわめき始めた。
王はこの光景に満足していた。
皆この国を愛し、若いリリアとアスランを守ってくれるだろう。
短い時間だったが、娘のリリアとも向き合えた。
王がこれからの事について述べようとしたその時、王の間の扉が開き、ラルフが姿を現した。
今までざわめいていた王の間は、一瞬にして静まり返った。
誰もがラルフの存在に圧倒され、身を動かすことすら忘れてしまう。
ラルフが不敵な笑みを浮かべながら王のもとへと歩み寄ると、王は玉座を降りてラルフの前で両膝をついた。
「ラルフ、私の命など何の足しにもならないことは承知の上で願いたい。……娘のリリアは連れて行かないで欲しい」
「他の命が欲しいのならば、私の命を差し上げます」
突然、マイカが名乗りを挙げた。
「マイカ!」
アスランはリリアを抱きしめたまま叫んだ。
王の間にいた者たちも、始めは側にいる者たちと目配せしていたが
「……ならば、私の命も」
と、次々に名乗り出し、王の間に再びざわめきが広がった。
しばらくその光景を見ていたラルフは小さく笑い、
「それがリリアの選択ならば、仕方ない」
そう言い残して扉に向かって歩き始めた。
「……待って!」
リリアはアスランの手を振りほどき、ラルフの元へ行こうとした。
「リリア!」
アスランはリリアの腕を掴み、自分のもとへと引き寄せた。
「リリア、悪魔に惑わされてはならん」
王が叫ぶと、リリアは首を横に振った。
「父様、私はずっと外の世界を見てみたかった。
雨の音や虫の鳴く声、花や草木の香りを知りたかった。
父様とも仲直りをしたかった。
これは全て私の願いごとなの」
アスランは何も言えなかった。
いくらリリアを守ると誓っていても、リリアを城の中に閉じ込めることしか出来ず、リリアの願いを叶えてやることは出来なかった。
「アスラン。アスランは、ずっと私を守ってくれた。
でも、守られているだけでは幸せにはなれない」
「リリア……」
アスランは膝まずき、リリアの顔を見つめた。
リリアの額の傷は、リリアが過去を断ち切ったかのようにすっかり消えて無くなり、希望に満ちた大きな瞳は、いつもオドオドしてアスランの後ろに隠れていたリリアのものではなかった。
アスランはリリアを抱きしめた。
リリアもアスランをぎゅっと抱きしめ、
「アスラン、お願い。この国を守って……」
囁くようにそう言って、ラルフの元へ行ってしまった。
「リリア、本当にそれで良いのか?」
約束の日までの一週間、王もアスランも、リリアの心がここに無いことは分かっていた。
だが、大切なリリアを簡単に悪魔に引き渡す訳にはいかない。
リリアは、側にいるラルフを見上げた。
いつもと変わらない優しい眼差しでリリアを見つめていたラルフは、リリアの目線まで腰を落とし、
「リリア、お前を必ず幸せにする。
嫌ならば、いつでもこの世界に戻してやろう」
と、リリアの頬を撫でた。
リリアは小さく頷き、王の間にいる皆に向かって
「父様、アスラン……、皆大好き。
今まで私を育ててくれて、本当にありがとう」
と、大きな声で最後の言葉を述べた。
王は目を閉じ、リリアの言葉を噛みしめた。
これ以上、何も言えなかった。
「ぅわぁぁぁぁ……!」
アスランは剣を構え、ラルフに襲いかかった。
「アスラン、止めて!」
しかし、どんなに剣を振り回しても、ラルフをかすめることもなく、アスランはその場に倒れ込んだ。
「リリア、俺はお前をずっとお前を待っているから!
いつまでも待っているから!」
アスランは倒れたまま大声で叫んだ。
「アスラン……」
リリアは少し困った顔をし、それでも最後は笑顔で、皆に向かって深く頭を下げた。
「リリア、準備は良いか?」
リリアがラルフを見上げてうなずくと、ラルフはリリアを抱き上げ、
「リリア、瞳を閉じて俺にしっかり掴まっていろ」
と、指示した。
リリアが目を閉じ、ラルフの腕に掴まると、目を覆わずにはいられない強烈な光が二人を包み、王の間にいた者達が目を開けた時には既に二人の姿はなかった。