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ねがいごと  作者: 流星
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第一話

 スラン王国は、王女リリアが生まれてから不幸が続いていた。


 もともと体の弱かった王妃は、リリアを産んで間もなく死んだ。

 唯一の後継者とされたリリアの兄も病死し、王は嘆き悲しんだ。


 リリアは雨を知らない。


 かつて自然豊かで活気に溢れていた国が今は枯れ果て、国民は長らく飢えに苦しんでいた。


 リリアはいつしか国民から『災厄の王女』と呼ばれるようになっていた。


「王よ。国民は苦しんでいます。我々が何とか解決しなくては」


 悲しみの底にいる王に、アスランが声をあげた。


 アスランはリリアの5つ年上の従兄で、リリアとは小さい頃から兄妹のように育った。

 今では王の相談役として、王の補佐を任されている。


 いずれアスランはリリアと結婚をし、次期スラン王国の国王となる存在だ。


「何とかねぇ……」


 王はため息まじりに空を見上げた。

 雲ひとつない、乾いた空。

 花も木も枯れ果て、王妃が気に入っていた噴水も黒ずんでところどころが欠けている。


 王妃が産後に体調を崩した時も、リリアの兄が病で倒れた時も、王は神に祈った。

 雨乞いも、国中の術師を集めて何度も行った。


 それでも願いは何一つ叶わなかった。


「……そうだ。神に祈るのが間違っていたのだ。

 アスラン、今から黒魔術が使える者をここに連れて来てくれ」


 久しぶりに王の目に生気が宿った。



 アスランは早速、魔術師を探す旅に出た。

 無論、アスランは黒魔術など信じていなかったが、苦しむ国民を目の前に何もせずにはいられなかった。


 今は隣国の支援を受け、何とか生きながらえているこの国も、いつ他国に攻め入られるか分からない。

 何より、妹のように可愛いがっているリリアが『災厄の王女』と国民から揶揄されているのが我慢ならなかった。


 雨さえ降れば……。

 国民の気持ちも少しは和らぎ、リリアに対する憎しみが薄れるかもしれない。


 アスランは、その一心で馬を走らせた。


 それにしても、黒魔術を扱う者は本当にいるのだろうか……。


 いたとしても、まわりから気味悪がられて姿を隠しているかもしれない。

 他国で『魔女狩り』が盛んに行われているこの世の中なら、なおさら探し出すのは困難を極める。


「昔は平和で豊かな良い国だった」

「王は腑抜けになった」

「リリア王女が生まれてから国が廃れた」


 アスランの顔を知らない村人達から出てくる言葉は、国に対する不満ばかりだ。

 あてのない旅に、アスランの足取りは次第に重くなっていった。



 アスランは一旦宿をとり、近くの酒場へ向かった。


『酒場なら何らかの情報を得られるかもしれない』


 そう思って店の扉を開けた瞬間、アスランは自分の考えが間違っていたことに気がついた。


 酒場は客が一人もおらず、がらんとしていた。

 店内は薄暗く、テーブルは、長い間客が来なかったことを伺わせるようにホコリをかぶっていた。


「お客さんは、どこの国から来られたのですか?」


 ふと、アスランの背後から声がした。

 声の主は、白髪で腰の曲がった小柄な男だ。

 男は、驚いて言葉が出ないアスランに構うことなく話を続けた。


「この国は……。昔は栄えていましたが、今ではこのとおり。

 出す酒もなければ、飲みに来る人間もおりません」


 男はテーブルの上のホコリを手で払うと、アスランを椅子に座るよう促してこう言った。


「しかし、特別なお客さんに出す、とっておきの酒ならございますよ」


「……いや。酒は必要ない」


 アスランは男に促されるまま席についたが、酒を飲む気にはならなかった。


 かつてはこの酒場も、村人達の憩いの場として賑わっていたのだろう。

 雨が降らなくなってから、食料の調達さえままならないのに、酒などなおさら手に入れることが困難であることは、容易に想像がつく。


 アスランを初め王室にいる者も皆、国民の苦しみを受け止め、質素に暮らしていた。


「……では、お客さん。

 一体何しにこの店に来られたのですか?」


 小柄な男はアスランの正面に座り、神妙な面持ちでアスランの顔をのぞきこんだ。


 この男なら、今日出会った村人達よりまともに話を聞いてくれるかもしれない。


 その考えに根拠はなかったが、いつの間にかアスランは、自身の身分や王室での出来事、雨を降らせることができる魔術師を探していることを、目の前の男に話し始めていた。


 男はアスランの話をひととおり聞き終えたあと、小さく笑った。


「何がおかしい!」


 アスランは少し苛立った。


「いえ、誤解なさらないでください。お客さん」


 男は笑ったことをごまかすように、軽く咳払いをし、話し始めた。


「実は……。

 私はあなたがここに来ることを知っていたのです」


「知っていた?」


 アスランの眉間にシワが寄る。


「いえ。正確に言えば、悩みがある者、叶えたい願いがある者が、この店を訪ねて来るのです」


「……お前は術師なのか?」


 アスランは想像以上に早く術師が見つかったことに驚き、身を前に乗り出した。


「いえ。私は雨を降らせたりなんか出来ませんよ」


 のらりくらりとした男の態度に、アスランはため息をついた。

 しかし、小柄な男はアスランの様子を気にも止めず、話し続けた。


「私は、術を使える者を知っているだけです。

 今から私も城へ行き、術が使える者をそこへ呼びましょう。

 後はその者と話をしてください」


 小柄な男は店の奥から鞄を持ち出し、


「あなたの国は今、危機的な状況にあるのです。

 さあ、早く城へ急ぎましょう」


と、急かすように言った。


 アスランは、この胡散臭い男を好きにはなれなかったが、国が危機にあることだけは間違いがなかったので、一度城へ連れ戻ることにした。



 アスランと小柄な男が城に到着した時、王はアスランの帰りを待ちわびていたようで、城の外まで迎え出た。


 王は小柄な男の存在に気付いていたが、あえてアスランに声を掛けた。


「アスラン。黒魔術を使える者は見つかったか?」


「あ……」


「ええ、王様。

 私は魔術など使えませんが、魔術を使う者を呼び寄せることは出来ます」


 小柄な男がアスランの言葉をさえぎって話し始めた。


「ただ『魔術を使う者』と言っても、人間ではございません」


 男は王に近付き、声色を変えてこう言った。


「悪魔なのです」


 王の前でも無礼な男に、アスランは連れて来たことを後悔したが、王は男の態度に怒るでもなく、興味深そうに話を聞いた。


「悪魔? 本当に悪魔がいると言うのか?」


「もちろんですとも!

 悪魔は普段、異世界に住んでおりますが、その異世界の門を開くことができるのが、この私というわけです」


「ほう……。

 その話が本当だと言うのであれば、今すぐここに悪魔を呼んでくれ」


「分かりました。……ですがね、王様」


 男は急に小声になり、王に耳打ちするようなしぐさをしながら付け加えた。


「相手は悪魔です。

 願いを叶えるのなら、それ相応の物を渡し、契約をしなくてはなりません」


「国が守れるのであれば、金などいらぬ。

 何でも持っていくがよい」


「分かりました。王様」


 王の言葉を聞いた男は不気味な笑みを浮かべて、持って来た鞄の中から古びた木の棒を取り出した。


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