春の精からのお礼。
「何か?」
春の精にあらためて聞かれて拓也は固まってしまった。
何か話さなきゃいけないのに中々次の言葉が出てこなかった。
「こんなの…あんまり突然過ぎます…」
「拓也おにーちゃん…」
妖精も寂しそうに拓也を見ていた。
いつの間にか二人の間には切っても切れない絆が出来ていたのだ。
そりゃまぁ冬の間中ずっと二人は一緒にいたからね。
「最後に、さよならだけ言わせてください」
悩んだ末に拓也が出した言葉は余りにありふれたものだった。
しかしそれだけの言葉でさえとっさには出て来ないものだった。
その様子を見て春の精もはっと何かに気付いた表情になった。
「そうですね、私とした事が礼儀を欠いていました」
二人の絆に気付いた春の精は少し時間を取ってくれた。
ただ改まってお別れの挨拶を言うのも…ちょっと照れちゃうかな。
拓也はすぐには適当な言葉が出て来なくて慎重に言葉を探していく。
少しの間、心の整理の為に沈黙の時間が流れていった。
そして、ようやく決心をつけて拓也は妖精に感謝と別れの言葉を述べた。
「では改めて…冬の間楽しく過ごせて楽しかったよ…ありがとう」
「拓也おにーちゃん…また遊びに来ていい?」
妖精からの嬉しい提案!
妖精が大好きになった拓也がこの話を拒否するはずもなく…
拓也はぱあっと笑顔になったかと思うと速攻でその提案を受け入れていた。
「勿論だよ!いつでも大歓迎だよ!」
拓也と妖精は感極まって抱き合っていた。
その様子を見て春の精は妖精と人間のかけがえのない絆を感じていた。
「今日は素晴らしい物を見させて頂きました」
「え?」
春の精の言葉にきょとんとする拓也。
その様子を見て彼女は人と妖精の話を拓也に話し始めた。
それはどこか遠くを見るような少し寂しげな表情で。
「かつては人と妖精はもっと近い場所にいたのです
けれど段々その関係は薄れていきました…
それでもまだここまで絆を深める事が出来る」
「いやぁ、そんな」
春の精の言葉に拓也は照れてしまった。
「素晴らしい物を見せてくれたお礼です」
春の精はそう言ってこの部屋に何か魔法をかけるような仕草をした。
彼女の指先から春色の細かな粒子が放出されてく…。
部屋に充満したその粒子はやさしく溶けていくように消えていった。
「これで冬の間はいつまでも春の陽気に包まれました」
つまりこれで冬の間中、春風の妖精が部屋にいるのと同じ状態になったって事。
拓也の部屋は全く暖房のいらない魔法の部屋に変わったのだった。




