第09話 魔法薬と商売人(修正)
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
第09話 魔法薬と商売人
ギルドにおいて必要なモノとして指定されたアイテムは他にもあった。
「あと買うモノは魔法薬と保存食…か…それにしても魔法薬…魔法薬ねー」
ゲームなどでは普通に使っていたアイテムだ。だがなぜが現実で名前を聞くと、胡散臭さ大爆発だから不思議である。
すでに『薬』という単語は霊子情報処理能力によって記憶されている。
つまり読める字になっている。
探すのはそれほど手間はかからないとマリオンは踏んでいた。
そのうえで…
「薬、薬、薬はどこだ…」
もし現代日本だったらパトカーが飛んでくるようなことを呟きながらマリオンは商店街を歩き回った。
下手をするとただの危ない人である。
しなくても危ない人かもしれない。
そんな時にふと思いついてサーチを使ってみようという気になった。
薬をイメージしたうえでサーチを懸けたらどうなるかな…とそう思ったのだ。
(す、すごすぎる…こんなこともできるんだ…)
結果は劇的だった。
脳裏に映し出される周囲の状況あれこれ、その中で薬に関するものだけがピックアップされて脳裏に残る。
薬という文字、薬瓶の様なもの、丸薬っぽい物などいろいろで、関係なさそうなものもあるのはイメージの絞り込みがたりない所為だろう
マリオンはここの薬、とくに魔法薬というモノを見たことがない。
それっぽいものがすべて検索にかかったということだ。
(これはあれだな…コンピューターの検索と同じ…)
つまりマリオンから見て関係のありそうなものが検索に引っかかったということだろう。量が多くて頭がくらくらするがこれは仕方がない。情報量が多すぎたのだ。
(つまり僕の持ってる情報が正確になればなるほど精度が上がる…と考えてよさそうだな…)
『自分はどうなってしまったのか』
『自分は何になってしまったのか』
便利の一言で片づけるには怖すぎる現象だったが。身寄りも、味方もないこの状況で生きていくにはこの便利な能力に頼らなくてはならない。
マリオンは意識して問題から目をそらし、『薬』の看板のかかった店に歩を進めた。
看板には『薬』そして『魔法』『店』の文字が書かれていて、絵として薬瓶のようなモノが描かれている。マリオンはその看板のかかった店の扉をそっと開けて店内に進んだ。
この国の『店』は普通の家屋とあまり変わりがない。つまり店っぽくないのだ。
「いらっしゃいませ…どのようなお薬をお探しですか? 傷薬、回復薬、なんでもございます。本日は大変良い魔法薬が入っております」
マリオンが店に入るなり声をかけてきたのは十代前半の女の子だった。短くした明るい金髪と顔にあるそばかすが彼女の活発さを表している。しかしそれよりもなお印象的なのはその完璧なまでの営業スマイルだろう。
つまりその女の子は店で働くことにとても慣れているのだ。
マリオンがこの町についてまだわずかな間であったが、それでも年端の行かない子供が働いているさまはよく見かけたものだ。この世界において、少なくともこの国において、子供は学校に行くものではなく、働くものであるのだろう。
それは案内係りと称する代読屋が成り立つ時点で予想のつくものだった。
つくものではあったがマリオンはそこまで気が回ってはいなかった…
「すみません、薬が一通りほしいんだけど…種類と効果を詳しく教えてくれませんか?」
マリオンはその女の子に対して自分の要求を告げた。
日本であれば大した問題のない要求ではあるがこの世界で果たしてそこまでやってくれるのか?という心配はある。
だがどんな物でもとりあえずやってみると言う姿勢でいないとこういう所ではやっていけない
「種類と効果…詳しくですか…はい」
「おっ、なんだい新人さんかい? 任せておきな」
女の子はちょっと戸惑っていたが、奥から出てきた老婆は快諾してくれた。
「お祖母ちゃん」
老婆の背は低くローティーンの女の子と大して変わらない背丈だ。髪の毛は既に白髪になっていて、その顔はしわ深く、本当に年輪をきざんできた風貌をしているが、目が、そのぎらぎらした目が挑戦的に輝いている。
しかも動きが軽快でひょこひょこ動いている。
「セラはほかのお客を頼むよ」
老婆の言葉に『うん』と元気よく挨拶してセラと呼ばれた女の子は接客に戻っていく。
立地が悪いのかそれとも薬というモノ自体の需要が少ないのかマリオンには判別がつかなかったが、客はマリオンの他に一人だけだった。
冒険者風というか、いかにも脳筋風で背が高く、腕も足も太く、ズボンは穿いているが上半身は裸に二本の革ベルトを交差させてかけていて筋肉とそして体に刻まれた傷を誇示している。
ベルトの一本は剣帯で剣が下がっていて、もう一本は物入れらしく色々な物がくっついていた。
この世界には体格がいい者が多い。それは民族的なものというよりも環境による後天的なものだろうとマリオンは考える。
つまり労働者のたくましさだ。
子供のころから力を振り絞り働き、長じて生き残るために体を鍛える。
全部が全部と言うわけではないだろう。だがきっとそういう人間が多いのだと納得させるだけの質量がその冒険者や町の人たちにはあった。
マリオンなどはこの世界では、よく言えばスマート、悪く言えばきっと貧弱に見える。
マリオンはわずかばかりの衝撃を受けながらも気を取り直して老婆に向き直った。
「よろしくお願いします」
そういって軽く会釈をするマリオンに老婆は『おや、礼儀正しいじゃないか任せておきな』といってにやりと笑い。そして薬の薀蓄を傾けはじめた。
クスリ。くすり。薬。ゲームであればよく道具屋などで売っているアイテムだがこの町では現実世界と同じように薬屋がある。
扱っているのは『生薬』と呼ばれる普通の薬と『魔法薬』の二種類。
この国の薬には化学薬品という物はなく、すべてが生薬由来になっている。
まあ当然だろう。
薬草や魔物由来の素材を干したり、発酵させたり、熟成させたりして材料を作りそれを混ぜ合わせて薬にする。漢方と同じような作り方の薬だ。
店の中を見回すと木の箱や金属缶に入ったいろいろな素材が並んでいて、これらはすべて素材であり、どんな薬がほしいが注文を受けてから薬を調合するために使われる。
作り置きの薬というのは低額の、それゆえに効果の低い、良く売れるものばかりで、ある程度高価なものはすべて注文制作になるらしい。
これはクスリに消費期限、つまり効果に限界があるからだった。
保存方法にも素材にもよるのだが、魔法薬の効力というのは作ったばかりが一番高く、 時間経過とともに効果に減衰が見られ、専用の入れ物に入れておいて通常は二、三か月、長いものでも一年もすれば十分な効果が得られなくなってしまうらしい。それでは大量に作り置くことは無理だろう。
地球の薬と違うのはそこに上質の魔石を粉末にした『魔力結晶粉末』という物が練り込まれることだ。これによって本来生薬が持つ薬効を魔力が強化し、強力に人体に及ぼすという薬が完成する。これが魔法薬と呼ばれる物だ。
ただ魔法薬だから万能と言う訳ではない。
大量に魔法薬、つまり魔力を人体に及ぼすことは良くないと考えられているらしく。効果が間に合うのであればできるだけ弱い薬を使うのが常識なのだそうだ。
強い魔法薬よりも弱い魔法薬、そして普通の生薬で間に合うのならば、それを使う。
その話はかえって魔法薬というものがこの世界に定着していることをマリオンに感じさせた。
ここの人たちにとって魔法薬というのは間違いなく日常の一分なのだと…
◆・◆・◆
魔法薬の種類は。
細胞を賦活して細胞分裂を加速し傷を治す『傷薬』
解毒作用を強化して体内の不純物を排出する『浄化薬』
神経系の機能を整え混乱、気絶、麻痺などを回復する『気付け薬』
免疫力を強化し、不純物を排除し、病気などを治す『治療薬』
落ちた体力を回復する『滋養薬』
体力を一時的に強化する『強壮薬』
枯渇した魔力を補充する『魔力薬』
と、この七種類がある。
そしてすべての薬に一級から五級までの五段階があった。
店売りされているのは五級と四級、他は注文制作になる。
しかもやはりゲームのようにはいかないようで。怪我をしたからといって傷薬を使えば何でも治るというようなモノではなかった。
薬を使うにしてもちゃんとした手当を事前に行う必要があるのだ。
魔法薬は人体の治る力をブースト、補助するもので、たとえば腕に深い傷を負った場合。この傷を治そうとすればまず最初にすべきは傷をふさぐことになる。
欲を言えば傷を縫い合わせた上で傷薬を使えばその傷は問題ないほどに治る。
だがそうしないで魔法薬を使うとどうなるか、それの場合は大きな傷を命に別条はないからと手当てをせずに放置し自然回復させてしまったような状態になってしまう。
傷あとは大きく残ってしまうだろうし、歪みも出るだろう。酷いときは障害が残る可能性もある。
つまり魔法薬を使うことで何日もかかる回復を先取りするというだけで、体がもとに戻るわけではなのだ。
「やっぱりここは現実で、都合の良い夢物語などないんだな…」
色々見て回れば此処が現実なのだと、どんなにファンタジーでも現実なのだと何度も何度も突きつけられる。その現実の中を現実感をなくした自分が漂っている…まるで波に流され海を漂うような根なし草だ…
(いや、いけない…)
マリオンは頭を振って意識を現実に引き戻した。
「そこでこれじゃよ」
そんなマリオンの物思いなど一顧だにせず、老婆は一枚の銀色のシートで包まれた平たいものを取り出してひらひらとかざして見せた。
「……なんです? それ」
「おおよく聞いた」
よく聞いたというか、老婆の期待に満ちた目に見つめられ、聞かずにいられなかったのだ。
「わしがたった今ギルドで手に入れてきた『快癒の霊符』じゃ!」
老婆はひらりとカウンターの上に飛び乗ると、高らかに足を組み、誇らしげに宣言してのけた。マリオンはどこからともなくファンファーレが聞こえてきたようなそんな気がした。
(多分すごいものなんだよな…どうしよう…一応驚いた方がいいのかな…)
それは人目を気にしたための迷いではなく、老婆の様子があまりに誇らしげで、自慢げだったので驚いてあげた方が良いのだろうかと考えてしまったのだ。
だが逡巡している時点で手遅れである。
「なんだって!」
だが店内のもう一人の客がいきなり食いついたのだ。それこそ目を剥くほど驚いて…その驚きはきっと老婆の虚栄心を満足させたに違いなかった。
彼は店を横切りマリオンを押しのけ、老婆の前に詰め寄ると、食い入るようにその銀色の包を見つめた。
その様子は傍から見ると滑稽なものだったが、それを滑稽と一言で切り捨ててはならない、そう思わせる必死さがあった。
「お、おい婆さん本物だろうな?」
筋肉男が詰め寄った。
「もちろんじゃ!」
老婆はさらりと流す。
「ちょっと見せてくれ…」
「バカぬかせ、袋を開けたら使わないといけなくなるだろうだが! ほら此処に封印があるじゃろ」
震える手をのばす筋肉男の手をぱちんとはたいて、老婆はその包を裏返した。
それは一〇㎝ほどの長さの薄い、柔らかな板状のものを銀色の紙、マリオンの感覚でいえばアルミホイルの様なもので丁寧に包んだもので、折りたたんだ後ろの合わせ目に蜜蝋による封印がなされていた。
いかにも貴重なモノでありますよ、と言った風情だ。
「本当だ…すげー」
そしてそれを裏付けるかのように筋肉男が声を上げた。
「そんなにすごいものなのか…」
その様子を離れて見ていたマリオンはぽつりと漏らしてしまう。隣にいたセラは驚いたようにマリオンを見上げた。
彼女の眼はちょっとびっくり目で、その目が『エー知らないの?』といっている。
(これはちょっとものしらずの男だと思われたかもしれない…)
少しだけ気になったがやってしまったものは仕方ない。これらかもここで生きていくのであればこういう白い目とまでいかない奇異なものを見る目にはいくらでも出くわすだろう。事実もの知らずで非常識なのだから。
腹をくくったマリオンは、そのことには一切触れずに話を、自分の望む方向に誘導した。
つまり開きなおって教えを乞うたのだ。
「ええっとですね…霊符というのは魔法を封じ込めた呪符ですね…魔法を書いたシートをいくつも重ねて、そこに必要な魔力を封じ込めたものです。
この魔法は古代から持った来たもので、かなりの大けがも直してくれるそうです、えっと…これは聞いた話なんですが切り落とされた腕とかでも治るとか…」
「そりゃすごいな…」
「婆さん売ってくれー!」
「いくら出す?」
「じゅ、一〇万リヨンでどうだ?…」
「一〇万ということは一個一〇〇万円ということ? さらにすごいな…」
「は?」
「いやいやこっちのことだよ」
女の子はちょっと首をひねってそのまま話をつづけた。
彼女自身も分野違いのために詳しいことを知っているわけではないらしい。それでも知っている限りのことを話してくれた。
これは本来は『魔法符』と呼ばれるもの一種で、魔法を封じ込めたアイテムだ。
使えばこめられた魔法が発動すようになっている。
古代遺跡から発掘された道具のひとつで、攻撃魔法や回復魔法などいろいろな魔法符が見つかり、現在も研究に供されている。そのうちのいくつかが再現されるに至った。
これはその一つだ。
攻撃に使うものを『魔法符』回復に使うものを『霊符』と呼ぶのはそのまま大昔の呼び方を踏襲しているためだ。
この魔法符はどれも高度な魔法が…正確には魔術が刻まれたもので、この快癒の霊符にはある程度ではあるが部位欠損を修復するほどの魔法が込められているらしい。
「効果も絶大ですし、ほしがる人は多いんですけど…値段が…」
もちろん攻撃魔法よりも極端に高くなる。
それは目の前で展開している値段交渉でもよくわかる。
「ふ、ふざけんな五〇万だと…そんな金出るわけないだろうが!」
「いくらなんでも高すぎんだろ婆さん。五〇万なんて払えるわけねえ」
「んじゃ四十五万だ。前回のオークションでも四十二万はしたはずだよ」
「オークションより高いじゃねーか、オークションと店売りを一緒にすんなや…そんだったらオークションに出せ、ぼけ」
筋肉男と老婆の値段交渉は決裂したらしい。彼は乱暴にドアを閉めると『二度と来るか』と捨て台詞を残して店を出て行ってしまう。よほど腹に据えかねたのか――ドアよ壊れろ――とばかりの乱暴な閉め方だった。
「兄さん、兄さん、兄さんはどうかね…買わないかね? けっこういい装備をしてるじゃないか、そのなりに結構羽振りはいいんだろ?」
一瞬筋肉男をひきとめたいかのように手を伸ばした老婆は、すぐに体勢を立て直してマリオンの方にひょこひょこ寄ってきた。マリオンは苦笑を禁じ得なかった。なかなかに商魂たくましい。
だとしても…
「悪いけどそんな余裕はないよ…確かに聞けば貴重なモノなんだろうけど…」
「そうとも…大概のけがは治るぞ、まあ千切れた腕が映えてきたりはしないんだが…」
老婆は欠損部位の再生に限界があることをあっさりと暴露してしまった。ただ切断された腕が残っているような場合は元通り接ぐことはできるらしい。それだけでも物凄いことだ。
マリオンはチラリと女の子を見ると可愛く舌を出している。
「だがなーめちゃいけないよ…欠損部位を取り戻す魔法なんて伝説なんだ。ありはしない。だがこいつは現実さ、魔物の角で腹をぶち抜かれたって、こいつがあれば治る。即死しなけりゃこの霊符は必ず命を助けてくれるんだぜ」
「ああ、成程…そういうとらえ方をすれば確かにすごい…すごすぎる…」
「そうだろ、おまけにこの霊符ってのは上質の魔石が無いと作れない本当に貴重なモノなんだ…本当にめったにない出物なんだよ…どうだい。兄さん…命の値段だ五〇万だって高くはないはずだよ」
「そうだなそれ一枚で命が助かるなら安いものかもしれないな…」
「そうだろ?」
「だけど無い袖は振れないというのも道理だしな…それにその原材料って魔石なんだろ? 先日ギルドにいい魔石が持ち込まれたという話を聞いたよ…かなり大量に…」
マリオン自身がギルドに持ち込み、大金と交換したものだ。ひょっとしてそれがもとになっているのでは? と考えたのだ。
ギクウ!
マリオンのかけたカマに老婆はピクリと震えた。
これでマリオンは確信を持った。この霊符は自分が持ち込んだ魔石でできているのだと…魔石をどの程度使うのかそれはマリオンのわかるところではなかったが、あの魔石すべてでこれ一枚などということはないように思える。
魔石は結構高く売れた。もっと大量に制作して数売るというやり方ができなければ利益などでない。そんな商売をあの組織が、ほとんど専売公社のような商売をしているあの組織がやるはずがないのだ。
「ひょっとしてこれからも結構出回るんじゃないのか?」
ギクギク!
「だったらそれを待って買えばもってと安く買えるんじゃ…」
マリオンは独り言をつぶやくように言葉をわざと漏らしていく。
ギクギクギク!
老婆が本格的にたじろいだ。だがその反応に食いついたのはマリオンではなく彼女の孫娘セラだった。
彼女が目を吊り上げ老婆に食って掛かるまでまさに一瞬。
「お祖母ちゃんまさか…ギルドでたまたま見かけてほしくなって買ってきたとかじゃないよね?
うちはギルドに加盟している薬屋だから基本的に仕入れ値だけど…なんでもってわけじゃないのよ?」
ギルドは基本、卸問屋としてすべての商品を商人に『卸値』で販売している。だが魔法薬屋が仕入れられるのは基本的に薬の材料だ。
霊符であれば割引は聞いても卸値にはならない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
祖母と孫がにらみ合った。
「いったいいくらで買ってきたの?」
孫娘と老婆のにらみ合いが続く…
「……に…二十かな?………いや、二十五だったかも…」
老婆がまけた。ギルドに仕入れに行き、そこで霊符を見つけこれは高く売れるに違いないと踏ん大喜びで買ってきたらしい。
その話を聞いた瞬間孫娘が切れた。
「もう、いい加減にしてよ…どこからそんなお金持ってきたの? ひょっとして今月の仕入れに使うお金、全部使っちゃったんじゃないでしようね……」
老婆は返答に窮して黙り込んだ。
「…やっぱりそうなのね…どうするの…仕入れができなかったらお店なんてできないじゃない…」
ひとしきり老婆を怒鳴りつけたセラはがっくりと両膝を着きさめざめと泣きだした。
老婆の狼狽もそれはひどいものだった。
本人たちにしてみれば本当に大切な話なのだろうだがマリオンはただの客だ。こんな修羅場を見せられても困るのである。
最初逃げることも介入することもできずに、二人の喧嘩というかやり取りを見ていることしかなかったマリオンだが、さすがにこれ以上は付き合えないと腹をくくって店を出ようと動きかけた。
しかしそこでセラがヒシッと足に取りついた。
「にゃー」
変な悲鳴が出た。
うつぶせのザンバラ髪が結構怖い。
その顔がガバッと起きたからなお怖い。
「お客さんお願いします。この霊符を買ってください。儲けなんてなくていいです。おばあちゃんが買ってきた二十五万リヨン。それでいいです…このお金がないと家は今月暮らしていけません…あとは家族の誰かを売る以外なくなってしまいます…私の家は祖母とわたしと妹の三人ぐらし…お金を作ろうと思ったら私が身売りするしかありません…
ああ、それでも私はまだ十三歳…こんな小娘、娼婦に使ってくれる店だってない…子供の奴隷なんで高く売れるはずもない…きっと変態みたいな主人に買われて…慰み者にされて…きっと…きっと…ボロボロに……」
その瞳からボロボロと涙がこぼれる。
後半はほとんどモノローグだったがそれだけに悲壮感が半端ない。
「…助けると思って…助けてください…」
物凄い迫力と話の内容にドン引きである。
『ミギャー!』
とマリオンは叫びたかった。そもそも身売りとか、慰み者とか…出てくる単語が不穏当すぎる。
いったいこの世界はどうなっているんだ。
そこに持ってきて老婆が孫娘に取りすがって『ごめんよーセラー』と泣き出したからたまらない。
「わ、分かった…買う…かうからはなせ…」
マリオンはこの状況から抜け出すために霊符の購入を決めた。
いやほんとに他に選択肢がなかったのだ。
霊符をさすがにいい値というのも何なので少し負けさせて、霊符の他に魔法薬七種類、各四級を三個ずつ合わせて全部で25万。
サービスに専用のコブクロをつけてもらうことで手を打った。
正直『酷い目にあった』と言うのが正直な感想だが…振り返ってみればいろいろ心配になる出来事だった。はっきり言ってこの店の行く末が…
「ほんとに大丈夫なのかな? この店…このまま放置して…」
どうしようもない親と――いうかこの場合は保護者になるのかもしれないが、それのせいで子供が割を食うというのはよく聞く話だ。
だが現実に見ると気持ちのいいものではない。
ましてマリオンは一貫して可愛いもの、つまり子供の味方。
マリオンはあの小さい女の子の将来がちょっとだけ心配になっていた。
だから店を出るとその場にとどまって耳を澄ませた。だが聞こえてきたセリフは…
『ところでお祖母ちゃん…本当はいくらで買ってきたの?』
『十八万じゃい』
『そっか、大体六万儲かったんなら御の字かな…』
『そうじゃろ? わしの…商才を…』
自慢げなその声を鋭い声が遮った。
『お祖母ちゃん。まだ懲りてないの? 今回はすぐに買ってくれるお人よしがいたから良かったけど、そうでなかったら私たち本気で一家離散よ?』
『…わ、悪かったよ…もうしないよ』
『…よろしい』
その会話に『お人好し』本人であるマリオンはクスリと笑みをこぼした。
(どうやらこれは一本とられたらしい)
マリオンは安堵でため息をつき、その場を離れた。
珍しい薬が買えたわけだし、店にいた冒険者たちとの話では以前オークションでついた値段が四十二万だったということだ。それがいろいろサービス込みで二十五万で買えたのならこれは御の字ではあるまいか…
それに時間を懸けさえすればもっと利益が見込めただろう。そう思える。
それを二十五万で売却に応じていまうということは、おそらくその金がないと路頭に迷うというのもあながちウソではないだろう。
「まあちょっと人助けになって、おまけにボクも儲かった。これはもうWin、Winの関係というものだよね…」
基本的に本当にお人よしなのだ。
「後は非常用の食料の確保か…乾パンとか煎り大豆とかを持ってくるようにと言っていたな…」
マリオンは午後の日差しのなかを保存食料を売っている雑貨屋に向かって歩き始めた。
●○●○● ●○●○● ●○●○●
おまけ・設定資料『魔法符』
古代遺跡から発掘された魔法を封じ込めたアイテム。
文様と文字の組み合わせで平面に書き込めるタイプの術式を採用している。
いろいろな種類が発掘されているが解析がすんで実用段階にあるのはその一部。その中で回復魔法系統は再現率が高い。
もともとは魔法符というが、回復系だけは霊符と呼ばれる。
これは古代からそう呼ばれていた痕跡がありそのまま定着したためだ。
高度な魔法は高いが、簡単な攻撃魔法はそこそこの値段で買える。
冒険者なら武器の通じない魔物対策に一枚か二枚は持っておきたい。
今も遺跡などからは割と見つかるもので、探索者の収入源の一つ。
新種の魔法符を見つければ億万長者である。
新年のこのよき日に投稿が間に合ってよかった。
お正月にまったり小説を書こうとやっていた結果のことで、この日に投稿を考えていたわけではありませんでした。
今年も地道に続けていくつもりです。どうぞよろしくお願いましす。