第07話 お買い物と情報収集(修正)
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第07話 お買い物と情報収集
「ええっとこっちを左で三件目? ありゃ靴屋だな…間違えたかな?」
ギルドでのお金の引き渡しを受けてすぐにマリオンは買い物に出かけた。
なんと言っても着る物がまともじゃない。
薄いズボンに薄いシャツ、粗末なサンダル。これでは表を歩き回るのにも不自由する事は間違いない。
あまり寒くはないし暑くもないからちょうどいいと言えば言えるのだが…妙に着ているものが心もとない。
気分的には下着で歩き回っているような…そんな心細さを感じる。
そこでシスイにほどほどの店をいくつか教えて貰ったのだか…言い方が不完全なのか、聞き方がまずかったのか。何かちょっと違う気がする。
平たく言うと道に迷っている気がする。
方向音痴が話を聞いただけでレッツゴーとか自殺行為であった。
「最初は服屋のつもりだったのだけど…ここは靴屋…なぜに?」
店とは言いながらこの町の商店は大きなショウウインドウなどはもっていない。そして多分防犯のためだろう、入り口がおおきく開いているようなこともない。
かろうじて食べ物を扱う店が軒先の台に商品を並べて商いをしているくらいだ。
この靴屋も見た目は普通の家のようで、看板の靴の絵がなかったら気が付かなかったかもしれない。
窓は格子に小さめの透明板がはまっていてそこから覗くと中にいくつかの靴がディスプレイされている。
間違いなく靴屋だ。
「まあいいか、どこかで間違えたんだろう」
マリオンはそう思って服を後回しにして店の中に足を踏み入れた。
靴屋の看板の下には字が彫られていて、そこには『足防具屋』と彫られていたのだが、まだ字が読めないマリオンはそれに気がつくことはなかった。
店に入ると入り口近くに作業台があり、そこでひげ面の厳つい感じの男が作業をしている。
彼の仕事は手作業で、型紙を使って革を切り出し、それを手で縫い合わせて靴にしていく。
平たく言うと職人さんだ。
(なるほどな…こういう世界だからいろいろな品物が並んでいる商店よりも、靴屋というとこうなるわけか…)
ゲームなどであれば店は三種類。武器屋、防具屋、道具屋だけで済んでしまうわけだが、ここが現実であればそうもいかないという事だ。
「なんだ?」
「へ?」
「何のようだ?」
ちょっと間抜けな返事をしてしまった。
「すいません靴を買いに来ました」
マリオンがそう言うと職人さんは『ギルドの会員証を持っているなら見せろ』という。
マリオンは素直にそれに従い銀色のカードを見せた。
仮免許だ。
この銀色のカードは高級そうな見た目とは裏腹に、大して高価でも貴重でもないもので、加工も簡単なのだという事だった。
一人前になるともっと多機能でしっかりしたものがもらえることになるらしい。
普通は一年目の更新の時に作ってもらえるのだという。
こちらの方は制作に時間もお金もかかるので、ちゃんと仕事をするかどうかわからない新人には渡せないものなのだそうだ。
ただ、マリオンの場合はすでに更新のための手数料の支払いも済ませてしまっている。
つまり売却した魔石などについたポイントで、Eクラスになるためのポイント。そしてその後の二年分の年会費(一級)。さらに一年先の更新料分のポイントが稼げてしまっている。
なのですぐに正式な会員証を作ってくれるということだった。
ちなみにポイントはもっとあるのだが、先払いは本年と、翌年の二年分までしかできないのだそうだ。
完成までは約十日かかるということでその間はこの銀色のカードを使うことになる。
靴屋はそのカードをしげしげと確認し、『見習いかと思ったがすでに昇進が決まっているのか…』
とつぶやいてカードを返してよこし、そして…
「ちょっと足を見せてみろ…それであうサイズがあれば売ってやるが、なければ注文製作だ」
とぶっきらぼうに告げた。
半端者には売らないぞ、と言う意思が見え見えで、一人前かどうかを判断基準にしているらしい。
マリオンは昇進が決まっていたために一応合格がもらえたようだ。
マリオンは面食らいながらも言われた通りに足を差し出す。男はマリオンの様子に構わずに足のサイズを測り、足形をとって型紙と見比べ始めた。
足を計測されながらマリオンは『ここって本当に靴や?』と今更ながら疑問に思う。
おいてある出来合いの靴がすべて頑丈な作りで、しかも衛士の鎧と同じような硬質なプレートが貼られた物まである。
短靴もおいてあるが、がっちりした安全靴のようなものばかりだ。
少なくともおしゃれのための靴ではなく実用性一点張りの靴。あるいは戦闘用の靴…
値段は最低で『五〇〇〇リヨン』から高い物だと『四〇〇〇〇リヨン』くらいだ。
(やっぱりこの世界は危険なんだな…)
マリオンは、そんな頑丈な靴を履かなくては外を歩けないなんて…としみじみ考えて、ここに来るまでに出くわしたもろもろを思い出し、当たり前かな、と思いなおした。
(あんなところをサンダルで歩こうなんてやつがいたら絶対バカだよな…)
マリオンは自分が裸足でここまで来たことは棚に上げることにしたらしい。
そうしてみれば装甲を貼られたこの頑丈そうな革のブーツも何となく良いものに見えてくる。
「あんたの注文に叶うのはこいつだけだ」
店の男、おそらく店主はそういって一足のロングブーツを持ち出してきた。
それははっきり言って靴というよりはバトルブーツというべきもので。前は膝まで、後ろは脹脛を包むような形で、足の形に合わせた機能的な作りをしていた。
そのうえで脛や足の甲、踵周辺に硬質なプレートの補強が入っていて、靴底に滑り止めのためのスリットはなく、その代りに金属製の鋲が打たれている。
何か近未来バトルものの主人公が穿いていそうな靴だ。
「おお…いい…」
つい声が漏れた。
試しに足を突っ込み、各部のベルトを締めるとまるで足全体に吸い付くかのようにしっくりとおさまる。
「靴下をはけばもっとしっくり来るだろう」
さもありなんとマリオンは思った。
構造はすべて皮なのでスニーカーというよりビジネス用の革靴の履き心地に近い。
かなり足に馴染む靴だったが、裸足で履くのはやはり固い。
「値段は?」
マリオンの質問に店主は『三万二〇〇〇リヨン』と躊躇することなく応えた。
「ふむ、なるほど…」
ギルドで受け取った稼ぎからすれば楽に買える値段だ。
「分かりましたこれをください」
「おう、毎度」
納得顔でくださいと言ったとき、店主の顔は満足そうに輝いていた。自分の仕事が認められたことを喜んでいるらしい。
ひょっとしたら見た目に反して可愛い性格をしているのかもしれない。
「履き方は分かったな…あと手入れのための油はサービスでやる。手入れの仕方は…」
店主は軽く合わせただけだった靴をしっかりととめてくれ、そして手入の仕方、注意点などをいくつかレクチャーしたくれた。
マリオンはありがたくその話を拝聴する。
三万二〇〇〇リヨンがマリオンの考えたレートで計算すると三二万円なのを思い出したのはお金を出している途中だった。
わかっていたはずなのに単位が一つずれているのをうっかり忘れていたのだ。
そして状況的に『やっぱりいりません』は言えないマリオンだった。
◆・◆・◆
その後、店の主人の紹介で服と部分鎧を購入するために『服も扱う軽装防具屋』に向かった。
そこでは身体に付けるタイブの防具を扱う店で、これは靴ほど細かいサイズ調整が必要でないために出来合いのものがかなり置いてあった。
ここでマリオンは一通りの装備を購入した。
まず革のズボン。体にぴったりフィットするタイブの物で、靴に良く似合うものだった。
上半身用に前ボタンのシャツ-
その上から着る硬い皮の袖なしのジャケット。
手の甲側を甲板で補強した肘まである革のグローブ。
どれもあの店主のおすすめだけあっていいものだった。
そしてほとんどが魔物の皮、魔物の殻、魔物の糸で作った布だった。
知識としては知っていたが現実に目の前にするとやはり衝撃は大きかった。
値段は締めて二万一四三〇リヨン。
真理雄はここで初めて一リヨン硬貨を使ったが、各種硬貨の内一リヨン硬貨と一〇〇リヨン硬貨だけが真ん中に四角い穴が開いている。
これは紐を通してまとめられるようにという配慮だった。
この国で一番つかわれるのがこの二つの硬貨。同じ五〇〇〇リヨンを持っている人がいたとしても、一〇〇〇リヨン五枚を持っている人より、一〇〇リヨン五〇枚を持っている人の方がずっと多い。
この二つの硬貨はそれだけ使用頻度が高いのだ。
五〇枚つづりの硬貨の束から必要な分だけを抜き出す。
硬貨の四角い穴は、コブに結んだ紐には引っかかるのに、力を入れて引っ張るとコブを乗り越えて外すことができる。
これはなかなか面白い感覚だった。
そのあとで道具屋に行って腰につけるもの入れを買う。一三〇〇リヨン。
全部で五万四七三〇リヨン。高いような気もするしのだが、今日稼いだ額の三〇分の一にも満たない…
そして並んでいる商品はみんなそんなものなのだ。
(もう、高いんだか安いんだがわかんない…)
マリオンは少し考えた挙句『所持金の二割までは投資としてよしとする』と結論を出した。
◆・◆・◆
さらに雑貨屋に行って下着を買い込み簡素な作りにがっくりと肩を落としたりしているとさすがに日も暮れてくる。
「こりゃ…続きは明日だな…まあ人並みの格好はできるようになったらからとりあえず良しとするか…」
この町には街灯の様なものはなく、日暮れになれば本当に暗くなる。
店も日暮れと同時にしまい始めるのがほとんどだ。
これは照明をつけるために高い経費をかけても採算が取れないからだった。
変わって活気づいてくるのが酒場などの飲食店。
店の前では露出の多い恰好をした女たちが呼び込みを始めている。
(これ以上の買い物はむりだな…)
マリオンは漂ってくるいい匂いに心惹かれながらも、これ以上うろつかずに宿屋に引き上げることにした。
◆・◆・◆
宿屋は『熊親父の旅籠』と呼ばれる宿屋で、ギルドのおすすめの宿屋の一つだった。
『清潔だし、防犯もしっかりしているし、ご飯も結構美味しいよ』
とシスイが勧めてくれた宿屋だ。
玄関を潜るとそこは食堂で、その奥にカウンターがある。
(食堂と兼業なのか…どこに行けばいいんだ?)
店構えは宿屋と言うよりも食堂で、すでに食事に訪れた客で賑わい始めている。
どうやら店の人は全部厨房に行ってしまっているらしい。
「あー、ごめんください…誰かいる?」
「おう」
マリオンの声にこたえたのは熊のような大男だった。
(なるほどこれが熊親父か…)
身長二メートル。髭が多くて確かに熊に見える。筋肉の塊のようで来ているシャツがぱつんぱつんだ。なぜかちょこんと小さなエプロンをつけていて妙に笑える。
「らっしゃい」
「泊まりたいんだけど大丈夫かな…ギルドのシスイさんに紹介されてきたんだけど…」
「一泊三八〇リヨンだ。先払い。飯は朝と晩、今は飯時だ」
簡潔だ。簡潔過ぎて情報が足らん…
だが現在のマリオンに選択肢などあるはずもなく。マリオンは言われるまま冒険者証を提示して四〇〇リヨンを払って二〇リヨンの釣りをもらう。
「まず部屋に荷物を置いてこい…それから飯を…」
「お客にそんな言い方があるかー!」
親父のセリフを遮ってでっかい木の実が飛んできた。硬い殻におおわれたヤシの実のような奴だ。
バコンという音がして親父のセリフが止まった。
「ほらとっとと下がって、ごめんなさい…今部屋に案内するから…」
出てきたのはまた小さい子供だった。一〇歳くらいだろうか…娘さんだろう…似てないけど…しっかりと店の手伝いをしているらしい。
ちなみに熊親父は何もなかったように厨房で調理を始めていた。
◆・◆・◆
宿屋の構造は一回が食堂と従業員の住処、二階三階が客室になっている。
マリオンが通されたのは三階の個室だった。
「じゃあ支度が出来たら食堂の方に来てください。食事は宵の鐘が鳴るまでで、それを過ぎてしまうと店が閉まりますから…」
と言われたが何のことやら。
多分『宵の鐘』というのはかなり常識なのだろうがそれがいつ鳴るのかマリオンにはまったくわからない。
「そうですねー、さっき暮れの鐘が鳴ったからあと三時間くらいでしょうか…」
「分かったよ、ありがとう、まあ多分割とすぐに降りるよ」
「はい、お待ちしています」
そう言うと女の子は大急ぎで戻って行ってしまった。
「助かった…」
グラムもメートルも使われているんだから1時間も大して違わないだろう。
「しかし、やっぱり四〇〇〇円くらいか…」
マリオンが推測したレートでのことだ。三八〇リヨンだから三八〇〇円くらいとあたりをつけた。
だがこの計算だと…
今日、買い物で使ったお金が総額で五万五〇〇〇リヨン。宿代一四五日分になる…
「げっ、そんなに使ったのか?」
物価もかなり違うであろうから金額は今一つ目安としては不安定だ。だがこうして何日分と考えれば分かりやすい。
今日マリオンはおよそ五か月分ホテル暮らしができるだけのお金を使ってしまったことになる。
「だがまあしょうがない…割合計算すればまだ経費に設定した分は越えてないし…余裕もある…」
本当にいろいろ拾ってきてよかったとマリオンは思う。そうでなかったら路頭に迷った可能性が高い。
変な言い方ががこれも魔物のおかげということになるのだろう…
魔物と言えば…
マリオンは今までの戦闘のさまを思い出す。
より正確に言えば自分の使った魔法と思しき力のことだ。
「僕の力って力場の制御と違うんだな…」
コーヒャンなどの話を総合すると。いくつか定義できることがある。
まずマリオンの中にある魔力炉。これはどうやら霊子を燃料にして具体的な力、根源魔力を供給するものであるらしい。
そしてそれがさらに属性魔力に変換される。
「僕の力は空間の歪みを作ることではなくて、『空間属性の魔力』を操ること…」
そう考えないと『魔法』という前提が崩れてしまう。
空間属性の魔力という存在があり、マリオンはそれを精製し操るわけだ。
コーヒャンは火の魔力は『火』として振舞う存在なのだと言っていた。
これをマリオンなりに解釈すると『炎熱として作用する力場特性をもったエネルギー粒子』ではあるまいか? とそういう解釈になる。
これは自分の今まで使ってきた力を鑑みての結論だ。
「であるならば、僕の力は空間の歪みを力場特性として有する属性の魔力の制御ではあるまいか?」
となる。
質量があると空間が歪む、スポンジのうえに重たいボールを置いた時のスポンジの歪み。
この絵づらは空間の説明としてよく使われる。その仮定をマリオンはよく覚えていた。
「つまり歪みを創り出すということは疑似的な質量を創り出すということで、歪みを解消してフラットにするということは、重力の影響を遮断するということだ…」
その理屈に従って、そう言うイメージを作ってみる。
「おお、いける…」
無重力とまではいかないが質量の低い天体の上にいるように体が軽くなる。
そして空間の歪みを片側だけに作ればそこに引力が…
「おお、うご…ブべ…」
行きなり前進して壁に突っ込んでしまった。
マリオンはしゃがみこんで鼻をさすりながら息をひそめて耳を澄ます。かなり大きな音がしたからだ…
『よかった…騒ぎにはなってないや…だいしょうぶみたい…』
つい声を潜めてしまう。
だがどうやらマリオンの考えは大体あっているらしい。ただ分からないこともある。
重力というのは世界にある四つのエネルギーのひとつで、この四つのエネルギーはすべて引力をもっているとこが分かっている。
そして重力を除いて斥力も確認されている。
そう、重力だけが斥力を持つことを実証されていないのだ。
だがマリオンが今までに使った力は間違いなく斥力も含まれている。
どうやったのか言われれば感覚的にとしか言いようがない。
引き寄せようとすれば引力が発生するし、押し除けようとすれば斥力が発生する。
「でもこれって重力にも斥力があることの証明じゃないかな…もしこれを地球に持ち帰ったらノーベル賞ぐらいとれるかも…」
まあ確かに取れるかもしれないが、地球に帰れるのか? とか、この力を持ち込めるのか? とか、いろいろな部分が無視されている。
「さて発展型だ」
今までの力の使い方からして、マリオンは力場を制御できる。それがどの程度明確なのかということだ。
たとえば鬼を切り裂いた手刀。これは手のひらを魔力でコーティングして刃物として使ったものだが、この時手刀は力場で包まれていたような気がする。
つまり手のひらの周囲に力場で作られた刃物が存在していたのではあるまいか?
「であるならば…」
マリオンは目の前に板を思い浮かべる。そんな大きなものではない。お盆のようなものだ。
意識すれば魔力は目に見えるものだ。深い青の光の粒。本当に細かい光の粒子の流れ…
それが一か所に余って決まった流れを作り、板のようになっている。
だが固まりきらない…
「どうもイメージがつかみづらいな…」
「こう…まっ平らで…」
「厚さは五mmくらい…」
「大きさは三〇センチ四方」
極めて単純な幾何学図形。だからよかった。マリオンはそれを明確にイメージとして思い浮かべることができた。
目の前にそれがあるかのように…
そしてそれに合わせて魔力が踊り…
パンッ!
その瞬間音が響いた。
ただのイメージが魔力によって力場として実体化した瞬間だった。
見た目は青っぽいガラスでできた板のようだ。それが空中に浮かんでいる。マリオンはその上に一枚二枚と一リヨン硬貨を置いていく。
なぜ一リヨンかというとマリオンが貧乏性だから?
「やった成功だ」
お盆は実在している。明確な形を持って手に触れるものとして実在している。
自分の手の周りに二本指のロボットアームのようなものを作ってみる。
「おお、つかめる」
硬貨はマリオンが触れていないのに力場に支えられて確かに掴まれている。
つまり力場には明確な形と実体を与える気こともできるということだ。
次はちょっとした実験だった。
魔力が作り足した力場が実態を持つのなら、物質の中に浸透した魔力がフィールドを展開したらどうなるか。
マリオンは一リヨン硬貨をテーブルの上に立てて、それに交差するように薄い円盤イメージする。
極力平たい、欲を言えば二次元の円盤を…
そしてそこに魔力を注ぐのだ。
マリオンの考えた通り魔力は硬貨を通り抜けるように広がった、そして粒子一つ分の暑さの円盤になり…次の瞬間…
パチィィィィィンという澄んだ音が響いた。
「げっ! お金が切れた!」
内部に存在していた魔力が行きなり力場として実体を持ったために硬貨はものの見事に分断されて転がった。
最初に聞こえた『パンッ』という音も、そこにあった空気がいきなり押し除けられたときの衝撃音だったのだ。
「わー、ごめんなさいごめんなさい」
マリオンは真っ二つになったお金を手に取って平謝りに謝った。何か非常に不誠実なことをしてしまったような気になったのだ。
お金は大事にしないといけないのだ。
マリオンが復帰するのに少し時間がかかってしまった。
◆・◆・◆
食堂はいかにも繁盛しているらしく、たくさんの客がいて、何人もの従業員がいそがしく働いている。
かなり広い食堂で、宿屋の規模に比して設備がいいように見受けられた。
(ここはひょっとして食堂がメインで宿屋がおまけなのかな…)
「いらっしゃいお客さん…今お席に案内しますね」
給仕の女性が小走りに近づいてきてマリオンをテーブルにいざなった。
マリオンはそのままおすすめのメニューを頼んでしまう。まだ料理の区別などつかないからだ。
席について周囲を回すと、同じ並びの少し離れた席にいかにも冒険者といういでたちの男たちが座っている。
彼らは皆使い込まれた鎧を着て、テーブルの片隅に剣や斧を立て掛けて食事と酒に酔いしれていた。
やはりこの町では武器を持ち歩くことは別段犯罪でもなんでもないらしい。
耳を澄ませてみると冒険者たちがしているのはどうやら女の自慢であるらしい。
誰が美人だとか、誰の腰使いがよいだとかそういう話だ。
しょうもない話なのでマリオンはすぐに注意を別の方向に振り向ける。
マリオンの後ろの席は三人の老人で、連れあいの話や、近頃の町の様子などを愚痴交じりに話している。どうやら彼らはこの町の人のようだ。ここに酒と食べ物を求めてきたのだろう。
マリオンはこの老人達に照準を合わせた。
店の人に酒の壺を頼み老人達に差し入れて貰った。
老人達は驚いてマリオンの顔を見つめる。そしてマリオンが片手を上げて挨拶をするとつまみとテーブルのさけ壺をもって移動してきた。
(うん、なかなか思い通りに動いてくれる)
思わず苦笑いだ。
「おおう、兄ちゃん、悪いな…」
「今時、礼儀をわきまえた小僧だなあ、おい」
「まーったくだ。だがこんなじじいに酒をおごってなにがいいんだ」
元気で暢気ななじじい達がやってきた。
◆・◆・◆
「なるほど…白い尻尾のある星か…見たことはないのー」
禿げ頭のでっぷりした老人が言う。
「そんでもって、言動のへんなやつだとー、おい」
こちらはちょっとやせ気味の髭面の老人だ。
つづいて獣人族の老人が…
「そーいつぁー、来訪者のことだーなー。坊主、来訪者をさがしとるんか? そりゃーなかなかむちゃだよーなー」
と、宣った。
マリオンが聞きたかったのは地球の消息。そして友人の消息だ。
あの龍とぶつかる前にマリオンは確かに他の流れ星をいくつか見た。
あれが自分と同じ人間のだとしたら、その中に友人がいる可能性は高いと考えたのだ。
そして、ああいった流れ星が町の近くで落ちたりすれば当然人目につくだろう。
そして自分と同じようにここに飛ばされてきたのならきっと突拍子もない行動できっと目立つに違いない。
マリオンが街に溶け込もうと考えたのはここに着くまでに数日の時間があったからだ。
残念ながら期待した情報はなかった。だが反応は確かにあった。
来訪者、ここではないどこかから来た異邦人。ある日突然訪い来る人。
「伝説でよ、天空に星が流れる時、遥か遠き大地より偉大なる人わたり来るーってのがあるな…何年だが、何十年だか知らねえがよ、ほうき星に乗って、そういうやつが現れることがあるんだとよ…ワシも見たこたぁないが」
「わしゃ見たことあるぞ…」
「うーそをつけー」
「いやほんとうだって、おい。まだ若いころにな…魔物に襲われているのを助けた貰ったことがあるんだぜ、おい。ものすごい魔術師でな…」
「おお、きいたことあるぞ…なんか来訪者っつーのは、強いらしいな…ワシらにないものをもっとるとか…」
マリオンは神経を集中して話を聞く。
来訪者の伝説というのはこの世界で長く広く語り継がれる『英雄譚』だった。
遠き大地より来たりて魔物に苦しめられる人々を救う。
ある者は優れた戦士であり、ある者は巨大な魔力の持ち主である。またある者は豊かな実りをもたらし栄をもたらす…ということだった。
そういうおとぎ話だ。救世主伝説と言ってもいい。
一ヶ月前にこの話を聞いたらマリオンは自分のマユに唾を付けたことだろう。だが今はそういうわけにもいかない。
なんといっても自分がその来訪者なのだ。
「たとえばこれも来訪者が持ってきたモノだそうだぞ」
マリオンが難しい顔で考えていると老人はテーブルの上に置かれていた一つ小さな壺を押してよこした。
「? 何かの調味料ですか?」
マリオンが蓋を開けるとそこに入っていたのは黒い液体。開けた拍子に一滴はねて、テーブルについた。その色は濃い紫…そしてこのにおいは…
「これ…まさか醤油か?」
「せうゆ? ぢがうちがうこれはムラサキっちゅうもんだ…」
ムラサキは寿司屋で使う醤油の府庁だ。
マリオンが愕然としていると食堂の女の子が食事を運んで来た。
それはごろごろの野菜を煮込んだ多めのスープと大きな丸パン、そして良く焼いた醤油と酒で味付けされた肉のセットだ。
そして驚いたことにそのスープは味噌汁のような物だった。
なぜ『ような』かというと野菜の入れ方がまるでシチューのようだったからだ。
「うまい…」
マリオンはおそるおそる口を付けだがそれは間違いなく味噌汁。いやこの場合は…
「味噌スープか?…」
「おお、ミソはしっとんたんか…」
「こーのミソやムラサキは今話に出た来訪者が作り方をつたえたもんだと言われているんじゃよー、若いのは知らんかもしれんがそういうもんは結構あるんじゃよー」
何となく舞台裏が見えたような気がマリオンはした。
(つまりこの世界には日本人が結構来ているってことだ…日本人だけか、他の国もありなのかわからないけど、みそとしょうゆを伝えたのは間違いなく日本人だろう)
マリオンは魚醤というのは食べたことがないのだが、結構味が違うというし、舐めた感じこれは間違いなく大豆原料の醤油だ。ムラサキという名前も日本語だろう。
少なくともここでいう遥かな大地が地球とした場合、味噌と醤油の出所は日本人以外にありはしないだろう。
「これを教えてくれた人というのは?」
マリオンは内心の動揺を隠しながら質問を重ねた。
「さあなあ…これはずっと昔からあるもんじゃからなー」
(それもそうか…この情報の伝達の遅い世界でずっと昔からあるというのであればこれが伝わったのはずいぶん昔ということになるよな…)
ほかにもいろいろな伝来品が考えられる。
たとえば日本語。
ここで使われている言葉…
(来訪者が有名人で、周囲に大きな影響を与えるような人であったなら…あるいは周囲に大きな影響を与えるような大人数であったなら…日本語がここで使われる可能性もあるのではないか?)
「こーれを伝えたお人って言うのは…確か、貴族に取り立てられていたよーな」
「おおう、確かずっと東の方の…なんていったかのーそうじゃオオドキ伯爵様じゃったか?」
「あほぬかせ、おい。オオドキじゃない、オオエド伯爵じゃ」
「そーう、今でもこのミソとムラサキはそのオオエド伯爵のとこで作るのが一番うまい…」
「なにいってやがる、味の違いなんぞ分からんくせに…」
ドワハハと笑い声が起こる。
老人達は酒を飲みながら大いに盛り上がった。
その様子を見ながら、さらに料理を食べながらマリオンは考える。
(オオエド伯爵か…『大江戸』という名前も意味が深いよな…多分ここに飛ばされた人が、あえて名乗ったんだ…)
それはどんな思いだったのだろうとマリオンは思いをはせた。
ひょっとして自分と同じ境遇の人が訪ねてくれるのを願ってだったろうか…それともこの世界に自分の足跡を残すためだったろうか…どちらにせよ……
(もしここに日本人がいたならばこの大江戸伯爵の所を目指すんじゃないか? ぼくがそう思っているように…)
マリオンは内心で一番初めの目標をこの大江戸伯爵の領地に設定した。とりあえず情報を収集しながらここを目指すのだ。
(きっとそこにはいくつかの日本人の情報が残っているはずだ…ひょっとしたら今も日本人がいるかもしれない…いや僕と一緒に来たやつならタイミング的に今まさにそこを目指しているかも…)
他にも探せばいろいろな情報が出てくる可能性がある。その確信を得たマリオンは力一杯美味しく食事をいただくことにした。
懐かしい味の食事は(少々構成が奇抜すぎるが)涙がにじむほど美味しかった。
●○●○● ●○●○● ●○●○●
おまけ・設定『お金』
単位はリヨン。レートはマリオンの考えたとおり円の10倍と言ったところ。ただ物価が違うので一概に計算はできない。
昔、江戸から伝わった『両』という単位が変化したもの。
それ以前に『モン』(おそらく文)という単位があり、両の10分の1ほどのレートであったが現在はほぼつかわれなくなってしまっている。
すべて硬貨で、1万リヨン硬貨、1000リヨン硬貨、100リヨン硬貨、1リヨン硬貨の4種類がある。
金や銀、プラチナなどを使った硬貨で大体額面どうりの価値に調整されている。
1万リヨン硬貨は肖像を金、台座が銀、外周がプラチナという実にきれいな高価だ。
100リヨン硬貨と10リヨン硬貨には四角い穴が開いていて、紐を通して束ねることができる。
この上に100万リヨンに相当する1ペクシス晶貨というものもある。
七話目投降させていただきます。
拙作を読んでくださっている皆様ありがとうございます。
おかげさまで地道に更新を続けられております。
今回はちょっと長くなってしまいましたがおつきあいください。