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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
6/59

第06話 マリオン・スザッキ(修正)

修正しました。

 第06話 マリオン・スザッキ


 冒険者ギルドの建物は町の中央エリア、西寄りにあり、煉瓦造りの三階建ての重厚な建物だった。

 窓には透明板がはまっていて、扉も重厚な一枚板を使った立派なものだ。


「ギルドはもうかっているからねえ」

 とイニアは笑っていた。


 扉の前にはちょっと年配の男性が二人立っていている。

 門番よろしく出入りをチェックしているのかと思ったら、本当にただ番をしているだけでなにも言ってこなかった。


 あとで聞いたらこの二人、引退冒険者の食い詰め者で、ギルドで救済措置として雇っているのだそうだ。


 ギルドは冒険者が持ってくる獲物、魔物や動物の買取りをほぼ一手に引き受けている。

 当然その解体や加工もギルドの下で行われるのだが、さすがに町の中央部で解体工場などできない。

 町のはずれに専用の施設が設置されていて、そこでも食い詰め物の冒険者が沢山働いているらしい。


 食い詰め冒険者はどんなものでもいいから仕事がほしい。最低限でいいからお金が欲しい。そういう人たちにギルドは様々な雑用を仕事として与えているのだ。

 食い詰め物はこのおかげで最低限生きていくことができ、ギルドは安くて働き者の人材をほぼ無制限で手に入れることができる。

 そう言う仕組みになっている。

 実に世知辛い。


 中に入るとイニアはカウンターに歩み寄り、遭難者を救助したこと、遭難者が冒険者として登録を希望している旨を告げる。

 そしてそのあと真理雄と職員を引き合わせてすぐに帰って行った。


「じゃあ少年がんばれよ!」


 そう言って手を上げてさわやかに帰って行く。

 真理雄は彼に頭を下げ、感謝を捧げながらも、『ボクのほうが年上なのにそんなに若く見えるかな…』などとちょっとくすぐったい気持ちで見送った。


「ギルドの担当職員でシスイ・ノーダと言います」


 少し待っていると奥から一人の女性が出てきてそう名乗った。そして真理雄のことをしげしげと観察して、フウとため息を付き、『災難でしたね』と続けた。


 真理雄はボロボロの服に裸足という出で立ちで、いかにもな格好だったのでしげしげ見られるのは仕方がないと分かっていても、なかなか居心地が悪い。

 だが話が通っている様子なのは実に助かる。

 それに真理雄もしげしげとシスイ女史を眺めてしまったからおあいこだ。


「じゃあマリオン君。とりあえず私についてきて」


 シスイという女性は踵を返すと真理雄を先導して歩き出した。

 真理雄と言う音のつながりはどうしても『マリオン』と聞こえるらしい。


 彼女の後ろについて歩き出した真理雄の眼は、その揺れるおしりに釘付けになった。いや間違い。おしりで揺れる尻尾に釘付けになった。


 そう彼女は獣人だったのだ。


 道ですれ違うのではなく、こんなに近くでまじまじと見るのはさすがに初めて、どうしてもガン見してしまう。

 決して揺れるおしりが魅力的だからではない。


(一体どういう構造をしているんだ?)


 という思いからどうしても自由になれなかったからだ。


 そしてそういう思いは、集中は真理雄の人とは違う知覚能力を励起してしまうのだ。


 耳は真っ黒で二〇センチくらいの長さがある。

 耳の位置は人間の耳とほぼ同じ場所から少し上にかけて。そこに黒い毛で覆われた長い三角形の耳がついている。

 全体として細長いのでネコ耳というような印象ではないが、上に下に、前に後ろに、周囲の音に反応してぴくぴく動いている。回転して上下を向くことも出来る様だ。


 髪の毛は耳の毛皮と同じで真っ黒で、襟足の所も毛が生えていて、背筋に沿って背中に伸びている。背中は人間と同じでつるつるだが尾てい骨の上あたりからまた毛深くなり、そのまま尻尾に続いていた。


 尻尾はネコ型でくねくね動いていて、間違いなく尾てい骨の所から…脊椎の延長として生えている。

 しかし他には人間と変わった所は見当たらない…

 乳房もおしりの丸さも…太股も…その間にある…


(! オレは何を見てるんだ?)


 真理雄は自分が見ているものに気がついて、頭に血が上るのを感じた。


 全部見えている。

 いやちょっと違う。全部認識(みえ)ている。


 服もちゃんと見える。

 下着があって腰巻きをしていてパンツは履いてない、ゆったりとして上品な生地のワンピースを重ね着し、その上から胸の下を帯でとめている。


 これは地球でもブラジャーが発明されるまでよく見られた構造だ。つまりこの世界にはブラジャーもなく。腰巻きを使っていることからパンツもない、か、あるいは一般的ではないのだろう。


 そういう服もちゃんと見える。いやこれも見えたらおかしいのだ。上から着ている物はともかく腰巻きや下着などが見えるはずがない。


 真理雄は推測する。自分が使っている知覚は今まで得た情報と使用した感触から『魔力を放出し、その反応を受け取ることによる外部認識』ではないか、と。

 そしてこの『魔力』は物質に対する透過性と物質を回り込む湾曲性があるのではないかと。


『そうかこの魔力知覚はこういう風に見えるものなんだ…』

 詳しい原理は分からないが、魔力を遮断する物におおわれていない限り真理雄は世界を立体的に、三次元的に、空間的に把握できるらしい。


 真理雄はうつむき口もとを押さえながら小さくつぶやいた。


「どうしました?」

「ひへ、大丈夫です」


 だから服も分かる、下着も分かる、そして裸も分かる。

 放射した魔力が触れたものを把握する能力。

 知ろうと思えばその形状、質感すら手にとるように把握できてしまう。


 まるで全裸で歩いている女性を全方位から、しかも至近距離で観察しているような、触っているような…。


(こ、これは危険だ…危険すぎる…)


 マリオンは衝撃を受けた。


 さっきまでは普通に世界が見えていた。


 いや思い出してみれば視覚よりもずっと情報量が多かったような気がするが、これほど危険ではなかった。

 つまりこれは真理雄の意識がそちらに向いてしまっていると言うことだ。


(何とか意識をそらさなきゃ…何とか意識をそらさなきゃ…ガティー・ガティー・パラガティー…)


 般若心経を唱えてみるが、そこは若い男の悲しさよ…なかなかうまくいかない。


(ニャー!)


 真理雄は心の中で変な悲鳴を上げた。


「あっ、獣人って見るの珍しいですか?」

「は、はひっ…すいません…その…」

「かまいませんよ、地方の村とかですと同じ種族しか住んでいない所も結構ありますし…単一民族の村から来た人は大概異種族をみてびっくり目をするんです」

「そっ、そうなんですか」

 どうやらシスイは真理雄の反応を好意的に誤解してくれたらしい。


 ◆・◆・◆


 まず案内されたのは水場だった。

 お湯を使える場所だ。

 残念ながら湯船のような物はなく、結構大量のお湯が大きな樽のような入れ物に汲んであり、ぬるい程度の温度を保っている。


「まずここで身体を洗ってください。とりあえずの着替えはこちらで用意します。あと…怪我なんかあったら言ってください…身体を洗えば分かると思いますし、それと…よければお手伝いしましょうか?」

「ひえっ、お断りします」


 シスイがどういうつもりかそんなことを言ってきたが真理雄は全力で断った。


(冗談じゃない…そんな事されたら理性が限界突破だよ…)


 真理雄は久しぶりのお湯を無視して冷たい水をくんでかぶることを優先した。

 頭を冷やさないといけないし、他にも冷やさないといけない物もあったのだ。


 荷物は隣の脱衣所(多分)においてきたが大福はリックから這いだして付いて来た。真理雄の足下をのたのた歩いている。

 金色でメタリックな小動物。妙に動きがかわいらしい。訳の分からない生き物だがここまで来るとかわいいのみならず妙に愛着が湧く。


「なんか、肉が落ちたかな…」


 全身をおいてあった石鹸で体を洗いながらそんな感想を持った。

 まあ遭難してたんだから痩せても不思議はない、全体的に肉が落ちてしまったような気がする…


「でも結構食べていたような気もするんだけどな…気苦労かな…気苦労だな…きっと…」


 脂肪が減ったように見える自分の身体を確かめながら真理雄はそう結論づけた。

 そういうことを堂々と言う人間は気苦労で痩せたりはしないのである。


「ひげもあまり伸びてない…」


 真理雄は自分の体を一つずつチェックしていく。

 顎に手をやると確かにひげの感触はあるものの5日もひげを剃らずにいたわりには少ない気がする。

 いや明らかに少ない。十代の若者ではあるまいし、男も二〇代後半にさしかかれば毎日髭剃りが必要になるものだ。

 五日も延ばしっぱなしであれば言わずもがなだ。


「まあひげを剃るにしても安全剃刀もないからな…伸びない方が都合が良いっちゃ良いんだが…この世界の人ってどうやってひげ剃ってるのかな…」


 そう思ってひげを触っていると徐々に感触がつるつるしたものにかわってきた。

 理由はすぐに分かった。

 両手に展開されたエネルギーフィールドがひげを、ひげだけを削っていくのだ。


 男でないと分からない感覚かもしれないが、少し伸びたひげを触る時、男は結構本気でジョリジョリひげをこするものだ。

 そしてその時、手のひらに細かい粒子が敷き詰められていたら…


 剃るというより髭を一本一本やすりで削るのに近い現象だが、ひげは間違いなくどんどんなくなって行った。

 これも真理雄の謎エネルギーの、魔力の効果であるらしい。


「魔法ってすごいな…」


 魔法の何たるかを知らない真理雄の認識など所詮こんなものだ。


 綺麗になった顎のまわりをよくなで回し、ひげを入念に削り落としてから真理雄はその部屋を出た。


 脱衣所にはかぶりのシャツとスウェットのような形のズボン、それと猿股が用意してあった。


「換えを用意してくれたのか………これって有料なのかな?」


 ちょっと心配になる。

 今まで見てきた限りだとそう、高価な物ではないように見えるが、ただくれると決まったわけではない…

「で、でもぼったくりバーじゃあるまいし大金を要求されたりはしないよな…」


 猿股をはいて紐を縛る。ズボンも同じ構造だ。足首も紐で縛るようになっている。つまりここにはゴムがない、もしくはあっても一般的ではない。


 その部屋には厚めのカーテンが掛けられた窓のような物があった。いや窓のように見えるものだ。目をこらすとその向こうにつるつるした板のようなものが見える。

「ひょっとして鏡か?」

 真理雄はピンときた。


 カーテンを引くと出てきたのは期待通り鏡だった。


 真理雄はこのとき本当に『ラッキー』と思っていた。なんと言っても今まで自分の姿を見る機会はほとんど…いやまったくなかったのだ。

 泉というものもなく水は常に流れていたし。町に来てからガラスでちらりと映るくらい…ところがこれは小さいながらちゃんとした鏡だ。

「おっ、やった」

 と飛びついて、

「…げっ………………なんじゃこりゃー」

 とさけんでしまった。


 そこに映っていたのは十代後半の引き締まった体型をした少年だったのだ。


 今までいろいろ驚かされてきたがこれもまたすごい。


(げーっ、完全に若返ってる…)


 真理雄の実年齢は二〇代後半。それなりに大人の男であったはずだ。


 なのに鏡の中にいるその人物はどう見ても二十歳前、ひいき目で見ても大人には見えず、青少年という感じだ。


「えっとー、これはどう見ても…十八…いや一七くらいのときこんなだったかな…」


 呆然と呟く真理雄。


 イニアが少年、少年と妙にフレンドリーだったのは本当に年少者をフォローする気があったからだと理解した。


 逆にシスイが胸や尻を強調して色気を振りまいていたのは年下の少年をからかって遊んでいたのだ。


 きっとタウラ達が友好的だったのもおそらくこのおかげだ。

 もし地球にいたときと同様、大人の男の姿だったらここまで好意的な対応はしてもらえなかったかもしれない…いや、多分無理…

 真理雄はしばらく壁に手を付いたまま鏡を眺め続けた。


 ◆・◆・◆


「それじゃ、ギルドの事を説明するわね」


 風呂もどきから出て待っているとシスイがやって来て一つの部屋に案内された。

 そこで始まったのがギルドの説明だった。


「ギルドへの加入は誰でもできます。ただ危険な仕事で自己責任。死んだりしてもだれも責任をとったりしてくれないわ…それは覚悟してね」

「はい」


 真理雄は神妙な面持ちで答えた。


「まず、あなたは『クラナディア帝国冒険者ギルド』の所属になります。

 ギルドはもともと帝国で始まった組織なんだけど、今は世界中にあるわね。

 冒険者は仕事の成果を換金するときに自分の所属するギルドを使う決まりになっているわ」

「んー、つまり僕は帝国でしか仕事をしてはいけないということ?」

「とりあえずはそうね…ただ所属替えは可能よ。別な国で仕事をしたいときはその国のギルドに所属を替えるの。たとえばクラナディア帝国でとれた獲物を隣の国でばかり換金されては帝国が困るでしょ? それを防ぐために所属を決めるのね」

「なるほど」

「ただ所属の変更はできると保証されているわ。自分で仕事をしたいところに申請を出せばいいの、それでその国の会員証を発行してもらえるわ。

 制限は一つだけ、一度所属を替えると一年間は他のギルドに移れないことかな。つまりどこに行ってもまじめに仕事をしないといけなくなっているわけ」

「?」


 これはよくわからない話だった。

 詳しく聞いてみるとギルドは加入が簡単になっているのだが、毎年納税義務をごまかすためになんちゃって冒険者になろうとする人間が必ず出るのだそうだ。

 これを防止するためにギルドでは高額の更新料を設定している。

 それに並行してギルドでクエストを完了したり、獲物を売ったりするとギルドポイントがもらえるシステムが導入されているのだ。


「ひょっとして一定以上ポイントが集まれば更新料が免除になるとか?」

「! その通りよ、よくわかったわね」


 よくある手だなと真理雄は思う。


 冒険者にもランクというのがあり、ランクによって更新料が違ってくる。

 つまり初心者なら初心者なりに、ベテランならベテランなりに真っ当に仕事をすれば、更新料がチャラになるように計算されているのだそうだ。

 それが毎年。


 つまり所属を替えても一年は拘束されるということは一回の更新分はまじめに仕事をしないといけないということになる。

 つまり否が応でもギルドに貢献しなくてはならないということで、これならすきに所属を替えられてもギルドも損をしない。


 これとは別に年会費というのがあり、これは五段階の選択式。自分が選んでいる会費に合わせてけがをしたときの医療保証や、働けない間の生活保障などが受けられるようになっている。こちらは保険みたいなものだ。


「それでね、その他の注意点はね…」


 シスイの説明は続く。


 ギルドというのはほぼ独占企業であるらしい。

 そこでものをいうのも前述のギルドポイントだ。

 ギルド以外にも魔物素材の買い取りをするような店は多々ある。そして実のところそちらの方が買い取り価格が高かったりするのだ。

 だがギルドポイントは手に入らない。

 ギルドに関してはポイントがもらえる分買い取り価格か安くなっていると考えて良いだろう。

 そして更新料はお金で払うととても効率が悪く設定されている。


 おまけにこのギルドポイント。余剰分は翌年に回したり、年会費に充当したり、貴重なアイテムと交換したりと利用の幅が広い。

 となればわざわざ市井の店を使う冒険者は少ないだろう。


「次に魔石ね」

「魔石? ですか」

「うん、そう、魔物の死骸からとれる魔力の結晶のこと」


 ああなるほど、アレが魔石かと真理雄は思った。

 心当たりがありすぎる。


「それならいくつか持ってます。ここに来るまでに手に入れる機会があって…」

「ああ、なら後で見せて、魔石はギルドで買い取るから」


 これは良い情報だと真理雄は思った。

 自分はここに来るまでにいくつかの換金アイテムを手に入れていたらしいと胸をなで下ろす。

 無一文脱却である。


 魔石の買い取りもギルドが独占している状態であるらしい。これにも当然ポイントは付くのだがそれ以前に魔石の利用価値が高い割りに限定的なためだ。


 この世界はすべからく魔力で動いている。そしてその魔力の塊が魔石だ。

 シスイが見せてくれたものは電池のような形をした筒状のアイテムで、透き通っていて中にまん丸い球状の魔石が入っていた。


 魔石は純度『色』と量『大きさ』で判別がきき、外から見るとその魔石の力ははっきり分かるらしい。


「これは『蓄魔筒』といってね帝国が製造を独占しているものなの」


 魔石の利用方法というのはいくつかあるのだが、エネルギーとして利用する場合はこの蓄魔筒という形にしなくてはならないらしい。

 これの製造を独占しているのが帝国だ。


 製法を秘匿しているというのではなく、禁止しているというのが正しい。


 お金の発行が国の専権事項でり、それを破ったものが厳罰に処せられるように、この蓄魔筒を勝手に作ると大罪である。


 他の魔石の使い道は医薬品の材料であったり、アイテム製造の触媒であったりといくつかあるのだが、品質管理の問題があり、ほとんどがギルドにいったん集められ、その上で卸されるのが普通だった。

 もちろん自由な取引をしていけないわけではないのだが、そちらはすべて自己責任。良い魔石を見分けられる『目』は必要になるだろう。


 他にも冒険者としてのマナーや禁止事項。トラブルが発生した時の報告の仕方など一通りの説明を聞いた。そのあとで、『じゃあ次は冒険者について説明ね』と言われてちょっとがっくりしたが…


話をまとめると冒険者というのはだいたい四タイプある。

 魔物を狩る『魔狩り人(ハンター)

 遺跡などを探索する『探索者エクスプローラー

 他人から依頼を受けてそれを果たす『請負人コントラクター

 国中を渡り歩く『広域商人トレイダー


 の四タイプだ。


 魔狩り人(ハンター)はそのまま魔物を狩り、その死骸と魔石を売ってお金を稼ぐ人たち。

 探索者エクスプローラーは古代遺跡を探索してお宝を発掘しそれをお金に換える仕事。


「古代遺跡ですか?」

「ああ、知らないか…この大陸にはあっちこっちに暗黒時代以前の先史文明の遺跡があってね…そこから大昔の魔法道具や魔術書なんかが出てくることがあるの…」


 それらのアイテムはものすごい高額で取引されるらしい。

 一度当たりを引けば一生あそんで暮らせて、当たりが出ないとまったくお金にならない。探索者エクスプローラー=博打うちという皮肉もあるらしい。


(なるほど…魔法というのはそんな昔からあったわけか…)


 次が請負人コントラクター

 ギルドからのクエストという形で仕事がうける。

 魔物の討伐や旅の護衛など一定の労働の提供の代わりに対価を得る形で、難易度もピンからキリまで、大儲けができない代わりに確実に稼げる一番安定した仕事だ。


 実のところ探索者エクスプローラーだけでは食っていけなかったり、どこに行っても魔物との戦闘はあったりするのでこの三者の区別はあやふやだった。

 それでもギルドに加盟する際にどの部門に所属するか選択することにはなっている。

 それぞれの分野に特色があり、専門家を作ることで効率を上げようという狙いがある。分野ごとの優遇措置もある。

 魔狩り人(ハンター)なら魔物の買取りに色が付き、請負人コントラクターなら請負クエストを優先的に回してもらえるなどだ。

 素人に場を掻き回されるのを嫌っているともいう。


 分からないのが広域商人トレイダー。冒険者とは違う感じなのだが根なし草であり定住しないことからどうもこちらに組み込まれているらしい。


 他には冒険者にはAからEまでの五段階プラス初心者のFを入れて六段階のランクがあること。

 それによって受けられる仕事の種類や内容に違いあることなどを教えてもらった。

 まあこんなものであろう。


 もちろん真理雄はハンター一択である。


 ◆・◆・◆


 書類の書き込みは代筆になってしまった。

 言葉は分かるのに字が全く分からないのだ。


「冒険者になるんだから字の勉強はした方がいいわよ…じぶんで読めるのと読めないのとではやっぱり仕事の効率が違うから」


 現代日本人として文盲扱いはかなりきついものがある。もう苦笑せざるを得ない。


 だがこの段階で気が付くべきだったのだ。

 書類を作っているシスイ女史が自分のことをマリオン。マリオンと呼んでいることの意味を…


 書類を書き終え、しばらくして完成した会員証は銀色のクレジットカードくらいの大きさのプレートに必要事項が彫り込まれたものだったのだが、氏名、年齢、種族、性別、クラス、という項目が書き込まれたものだった。

 シスイが読み上げてくれたのだが年齢は十七歳になっていた。

 逆算して十七歳になるように生年が記載されていたのだ。

 これはシスイの主観でこの世界の暦がわからなかった真理雄に変わって適当に年齢を算出したその結果だ。


『見た目十七才ぐらいだから…逆算して十七才になるようにしておいたよ』

 ということだ。


 種族は『人族』性別は『男』。

 クラスというのが冒険者ランクのことで、『Fクラス魔狩り人(ハンター)』となっている。


 そして名前はマリオン。『マリオン・スザッキ』と記されていた。


(ううう…仕方ない…こんな金属製のプレート…作り直せというわけにいかないし…そうだな…ビジネスネームというのもある…そうだ、そうしよう、僕のビジネスネームはマリオン・スザッキ。これでいい!)


「あっ、その会員証、ビギナー用の仮免許だから…昇進した時に本物の会員証がもらえるから、がんばってね」


「あるえ?」


 ◆・◆・◆


「じゃあ後は魔石の換金だね」

「はい」


 真理雄はリックサックの中から今まで採取した魔石を取り出した。

 魔物死体も持っているのだが、今取り出しているのはリックサックの中から。この中にいる大福にアイテムを吐き出してもらっているのだ。

 あまり大きなものが出てきてもおかしいだろう。


 マリオンがそこまで気を使ったのは大福という生き物がどういう位置づけなのかわからなったからだ。もし見せて大騒ぎになったら困るのだ。


 最初数個の石ころのような魔石を出した。


「ふんふん」


 次に肉食樹の木の実を、シスイの顔をえかがいながら出した。


「あら、これは『ゼリー瓢箪ゴート』じゃない、これけっこうするのよ」


 さらに肉食樹の魔石を取り出した。


「…」


 反応がない。

 仕方ないのでスライムの魔石を取り出した。


「……」


 ばったりとシスイが倒れた。


「のわー!」

 マリオンが悲鳴を上げた。


 ◆・◆・◆


(どうやらこれはとんでもないモノらしいな…)


 最後に出した二つの魔石を見るなりシスイは椅子ごとひっくり返り、『専門家を呼んでくるわ』といって走って行ってしまった。

 そして出てきたのが目の前にいるコーヒャンという男だった。


「これほど上質の魔石は滅多に出ないよキミ…これを拾ったって? 魔物同士の戦いか…漁夫の利ってやつだね君は幸運にとりつかれているに違いないよ」

「恐れ入ります」

 手に入れた経緯は適当にでっちあげた。


 やせた感じのいかにも研究者と言った感じの初老の男性は入って来るなりテンションマックスだった。


「これはアシッド・テンタクルツリーの魔石だね…うんうん…」


 肉食樹の名前が判明した。『アシッド・テンタクルツリー』というらしい。


「うん状態もいいし、大きいし、純度も高い。魔石として一級品だね…八万リヨンという所かな…おお、すごい、『魔導核』があるじゃないか…ちょっとまてよー」


 コーヒャンが魔導核と呼んだのは、魔石にはまっていた小さな色つきの結晶で、緑色の大きさ数ミリの玉のようなものだ。

 鬼からも取れたあれだが、この魔石にもはまっていた。


「うん、これはすごい…『大地の癒し(グランドヒール)』だ…滅多にでない大物だよ、属性型じゃない能力スキル型の魔導核すごく貴重なんだよ…これで魔導器コンダクターを作って身につけておけば際限なく体力が回復して、怪我も治り続けるいうやつさ、地面の上に立っていないと効果がないという欠点があるけど…そうだな…一六〇万リヨンは固いか…」


 真理雄の隣で話を聞いていたシスイもあんぐりと口を開けている。


 一六〇万リヨンというのがどういう金額なのかわからないが、シスイの様子からかなりの金額であると言う事は推測できる。どうやら自分がかなり貴重な物を出してしまったと言う事は理解できた。


「魔導核っていったい何なんです?」


 真理雄はシスイに話を振ってみた。だが…


「いい質問だ!!」


 それは…といいかけたシスイのセリフにかぶせるようにコーヒャンは話に割り込みシスイのセリフを奪い取った。

 慣れているらしくシスイは肩をすくめて苦笑している。


「魔石というのは魔物の持つ魔力がその体内で結晶化した物だと考えられているんだ。当然力の強い魔物の方が大きい魔石がどれるし、長く生きている方が質が良くなる」


 通説である。


「だけど何も結晶化するのが魔力だけとは限らない。確率は低いがその魔物の使う能力スキルが結晶化することがあるんだよこれが魔導核だよ。

 属性魔導核と能力スキル魔導核があってね、世界の根幹にある霊子せいめいを魔力に変換する触媒になるんだよ。もちろん人間の中にも霊子はある。これは根源の力だからね…」


 つまりこの魔導核があれば人間も魔法が使えるということらしい。


「ところで君は魔法がどうやって機能するか知ってるかい?」

「いえー、残念ながら…」


「まあ、そうだろう、いいかいこの世界には力が満ちている。霊子力だ」


 真理雄は引っかかった。


「あれ? それって魔力ではないんですか?」

「一般的にはそう言われているが実は違うんだ。

 霊子力というのは根源的な力その物でね、それ自体を動かすことはできないんだ。それを魔法という現象に結びつけようとすると『魔力』という形に変換しなくてはならない。

 人間もね、この世界もね、生きている限りこの霊子力を『エネルギー』に変換しながら生きている。この力が『根源魔力』とか『根源力』とかいうんだ」


 まあ何となくわからなくもない。

 霊子力せいめいというのはどこにあるのかどこから来るのか見えない力。それが生きている人の中にあってと、『生命力』や『精神力』『気力』などとして現れるということだろう。


「この魔導核はそれを一段階進めて『属性魔力』に変換する。『火』とか『風』とかだね、この属性魔力を正しく導くことで魔法が生まれる。

 この技術が『魔術』というわけだ。

 そして能力スキル型魔導核にはあらかじめこの魔力の在り様が刻印されていてね、大概は身につけているだけでその効果が得られるのさ」


 そう言ってコーヒャンは腰にさしていたワンドを抜きだしひらひらさせてみせた。

 それが現物であるらしい。


 大地の癒しは『永久回復リジェネレーション』の能力スキルで、装備したうえで大地を踏みしめていると大地のから力を吸い上げ、けがの回復、体力の回復の効果があるらしい。


 つまり持っているとけがの回復が早くなり、極端に疲れにくくなるということだ。

 前衛職であれば喉から手が出るくらい欲しいものだそうだ。

 ちなみに一六〇リヨンというのはギルドの買値で、これはオークションに出されるのだが最低でもこの倍はつくと予測される。これを指輪として完成させて売れば実に一〇倍はかたいらしい。


「まあそれはギルドの仕事じゃないけどね」


 コーヒャンはケラケラわらったが、ならなんでこの人此処にいるんだろうという気はする。


「もちろん魔導器コンダクターを使うためさ、こんなものつくるだけじゃ面白くないじゃないか…」


「ああ、成程、この人トリガーハッピーなんだ…かなりダメな人だ…」


 隣でシスイがうんうんと頷いていた。


 だが真理雄はこういう人が嫌いではない。こういうコアなマニア、コアなオタクには基本的に理解があるのだ。

 真理雄の友人に良くいるタイプ。


 こういう人種は得てして自分の知識を語らずにいられない者が多い。語り出すと止まらないのだ。


(あのばか…どうしたかな…巻き込まれてないと良いけど…)


 コーヒャンの話を聞きながら真理雄は数日前、一緒にいたはずの友人を思い出していた。

 一つとっかかりがあるといろいろなことを思い出す。

 思えばずいぶん遠くにながされてしまった物だと思わずにいられなかった。


(何とか情報を集めて…地球の消息がつかめるといいけど…)


 そう思わずにいられなかった。


 ◆・◆・◆


 結局のところ売り上げはスライムの魔石が十一万リヨン。

 アシッド・テンタクルツリーの魔石が八万リヨン。

 同じく魔導核『大地の癒し』が一六〇万リヨン。

 木の実ゼリーナップルが一二〇〇リヨン。

 他にこまごました魔石が八個で一六三〇リヨン。

 占めて一七九万二八三〇リヨン。


 真理雄は目の前に積まれたお金を見て唸った。

 シスイはちょっと引き攣っていた。

 物は試しでこれがどのくらいになるのか聞いてみたら。


 冒険者が食事つきの宿湯に泊って一泊三〇〇リヨンから五〇〇リヨン。

 食堂で食事をすると四〇リヨンから八〇リヨンぐらいだそうだ。


(どうだろ…だいたい一〇倍すると日本円に近いかな…)


 宿代が一泊五〇〇〇円、食事が四〇〇円から八〇〇円と考えれば悪くない判断かもしれない。


 この国の一年は三六八日だそうなので、一五万リヨンあれば一年は遊んで暮らせるということになる。

 これは確かに大した額だろう。


 こうして鈴木真理雄は名も知らぬ異世界で、冒険者・魔狩り人(ハンター)マリオン・スザッキとしての第一歩を踏み出した。

 幸先が良いと…言っていいのだろうか?


●○●○● ●○●○● ●○●○●

おまけ・設定

『魔力等』


 まず世界には霊子『せいめい』が満ちています。

 この根源的な力は存在の中にあっては具体的な力に変わります。

 『体力』『気力』『生命力』『精神力』『存在力』などの具体的なでも見えない力です。

 これらの力をひとまとめにして『根源力』場合によっては『根源魔力』などとよびます。

 これは人間の中にも普通にある力です。


 これを魔法という形にするためには属性を持った『属性魔力』に変換してやらないといけません。ですが人間にはこの変換能力がありません。

 そのために触媒、あるいは変換器として魔導核を組み込んだ魔導器コンダクターが使われる事になります。


 根源魔力は魔導器コンダクターを通る際に変換され属性魔力となり、この属性魔力を使えば魔法と言う現象を起こせます。

 これが『魔術』と言う技術です。

いつもおつきあいくださりありがとうございます。

何とか無事に週一回の更新を続けさせていただいています。

誤字等ありましたらご指摘いただけたら幸いです。


今回は異世界のお金が出てきます。

最初江戸時代のお金の単位を採用しましたがわかりにくいことになってしまったため修正いたしました。


ご迷惑をおかけします。


それではまた次回お会いしたいと思います。よろしくです。

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