第58話 決闘・ラプラスの魔
クライマックス連続投稿四日目。58話をお届けします。
アーグレスの言葉を聞いて後ろの盗賊たちもニヤニヤと笑い出した。
魔銃のみならず魔剣と大金がおまけにつく。
特に魔剣などと言うのはニーズが高く物によっては天井知らずで値段が上がる。
アーグレスの持っている物と同等ということになると一体どれほどになるか、いやが上にも盗賊たちの期待は高まるのだ。
だがアーグレスの方はそこまで呑気にはなれなかった。
自分が明らかにマリオンを攻めあぐねている事に気がついていたからだ。
『くそっ、こんな若造に…』
思考が小声になって漏れている。
アーグレスのカタナは彼に自信を与えるだけの早さを持っている。これは間違いない。
そしてその込められた能力は魔力そのもので刀身をコーティングし力場剣のように対象を切断するというモノ。その性質上魔力を切断する能力にも長け、魔力の硬度の高さ故に魔術すら切れるという優れものだった。
もちろん物理的な切断力も極端に高く、場合によっては剣や盾すら切って捨てる。
もちろん長柄剣と打ち合っている事から分かるように絶対ではない。だが『魔鋼の盾』なら切れるカタナだった。
その名を『斬魔刀』という。
アーグレスは騎士の子として生を受け、同じような立場の友人達と一緒に腕を磨くという少年期を過ごした。
彼等はみな才能に恵まれ、いずれは貴族に、と将来を嘱望された者たちだった。
この世界で騎士と言うのは準貴族扱いではあるのが、出世の道というのはあり多くはない。
軍隊などでも昇進というのは簡単にできるものではないのだが、騎士団というのは軍隊以上に階級が少ない。
順当に手柄を立てて一生に二回昇進できれば御の字だろう。
そしてさらに彼等が手柄を立てるためには実力もさることながら手柄を立てられる命令がなくてはならない。
どんなにまじめに町を守っても、町が滅びるような未曾有の危機でもない限りそうそう大手柄など立てられないのが現状だ。
だが彼等は自分の腕前に自信を持っていた。
だれが言い出したのか、もうアーグレスも覚えていない。ひょっとしたら何となくの流れだったのかもしれない。
彼等は冒険者の道を選んだ。
冒険者であれば強大な魔物と闘う機会はいくらでも確保できる。
そして強大な魔物を倒せば名声が得られ、名声が得られれば貴族家からスカウトが来る。
ショートカットである。
もし名のある魔獣や竜を倒したりすれば帝国から召し抱えられ、叙爵という事もありうる。
確率的に博打も良いところなのだが立身出世を夢見る若者はそんな確率計算をしたりしない。可能性がゼロでなければそれでいいのだ。
彼等は進んで危険な魔物に挑んで確実に名声を確保していった。
『きっと俺たちならドラゴンでも倒せるさ』
夢は広がっていく。
彼等は知らなかった。
迷宮と呼ばれる人外魔境、人間が狩猟のために分け入るのはどんなに深くても中半ほどでしかないことを。
そして本当の意味での人外魔境。人間が立ち入らない深部エリアには高密度の魔力とその魔力を糧にする強大な魔物が存在することを。
そして竜という存在は、そんな魔物をすら寄せ付けない化け物だと言うことを…
ある日迷宮の奥にドラゴンが出たという噂がささやかれた。
なぜそこに竜が? と言うのは彼等には関係のない話だった。彼等にとって重要なのは『ついに竜を倒す機会が来た』と言う事だ。
彼等は喜々として戦いを挑んだ。
相手は古竜ではなく成竜だった。それもやっと成長しきったばかりのかなり若い個体。
そのときアーグレスにできたのは踏みつぶされ、あるいはかみ砕かれる仲間達を置いて逃げることだけだった。
その日、彼の中で確かに何かが壊れたのだ。
『あの日から…あの日から死にものぐるいで修行し、強力な武器を求めてきたんだ。このカタナはその結果行き着いた物だ…どんな魔物でも切ってきた…今まで俺とこの剣の前で立っていられたやつはいなかった…なのに…』
初めは強力な武器の所為かと思った。
同等の武器であれば簡単に圧倒できないというのは理解できる。だがその場合は腕で勝つ自信があった。
なのに目の前の小僧は、かなりドタバタした動きではあったが自分の攻撃に対応してくる。
しかも膂力が強く力比べでは完全に負けている。
『武器が同等なら能力も俺に近い物があるのか?』
マリオンの動きは確かに正統な訓練を続けてきた人間の動きだった。だが武術が完全に自分のモノとなるのには何年もの時間がかかる。その意味でマリオンは未熟のそしりを免れない。とアーグレスは評価する。
なのに結果は互角。
それは身体のスペックが負けていると言う事なのだ。
鋭く剣を振り、激しくマリオンと打ち合いながらアーグレスは足下から這い上がってくるような嘘寒さを感じていた。
『身体能力で負けても熟練も経験も俺が上、しかける!』
下段に構え。地面を擦るような動きで間合いをつめるアーグレス。
ガチャンと刀を返し刃を上に。
光をはじいて光る剣。
右手で剣を振り上げながら左手で柄がしらを叩くように押し下げる。
弧を描く光の残像が空間に残された。
必殺の一撃だった。アーグレスはその一撃がマリオンを股間から真っ二つに切り上げる様を幻視した。
『!』
だが現実はそうはならなかった。
マリオンはその攻撃を避けて見せた。前進してきていたマリオンが急に後ろに下がったのだ。
あり得ない動きだった。
前進していたモノが減速し制止するのではなく行きなり逆方向に移動する。
その動きでアーグレスの斬撃は目標を失った。だが完全に避けられたわけでもない。
輝く軌跡はマリオンの左腕に打ち込まれた。
そして血が舞い散った。
◆・◆・◆
戦闘は激戦だった。
マリオンは強化された身体能力と反射神経で無理矢理アーグレスの繰り出す攻撃を躱し、そして受けていった。
だがかなりギリギリの攻防だとマリオンは感じていた。
身体能力は互角と言うよりマリオンの方が上だろう。魔力による身体機能の強化はアーグレスの鍛錬を上回っている。
だがカタナの斬撃は速く、マリオンのスピードを持ってしても厳しい対応にならざるをえない。
それに加えて戦闘経験、つまり踏んできた場数では確実に負けているのだ。
なんとか凌いでいるというのがマリオンの正直な感想だった。
マリオンは長柄剣の柄を短く持ち、細かく動かしてアーグレスの繰り出すカタナを迎撃する。
キン! キン! キーン! と澄んだ音が迷宮に響く。
躱して、受けて、躱して、受けて、打ち込む。
繰り返される攻防を息を詰めて見守るティファリーゼたち、アルビスでさえ声を立てずに隣に立つティファリーゼにしがみついていた。
そんなときにマリオンの繰り出した突きを受けたアーグレスが大きく後ろに下がった。力負けしたのだ。
これは不思議なことではない。なぜなら力は事象源理の鎧の補強を受けているマリオンのほうが強いからだ。
アーグレスはわずかながら姿勢を崩した。
だからつい追撃をかけてしまった。
これが戦闘経験の差というものだろう。
次の瞬間アーグレスが滑るように近づき真下からカタナを跳ね上げるのを見た…ような気がした。
カタナが自分を真っ二つに走り抜けるのを…
切られたと思った。
だがそれは幻だ。現実のアーグレスは今、正に踏み出し滑りよろうとしている所だったから。
マリオンは先に見えたその幻影を避けるように思い切り後ろに動いた。
自身にかかる慣性を否定し、前進を後進に切り替えて。
アーグレスのカタナはそれまでマリオンのいた場所を光の残像を残して跳ね上がる。
(月?)
のようだった。
そしてその光はマリオン自身を逃しはしたものの最後までその場に残される形になったマリオンの左腕に食らいつく。
(大丈夫…事象源理の鎧が…)
だがその思考は痛みによって遮られた。
アーグレスのカタナはマリオンがかなり強固な自信を持っている事象源理の鎧を切り裂き、その中の生身の腕に食い込みそのまま走り抜けた。
「がっ!」
思わず声が漏れる。
マリオンは自分の目の前でゆっくりと回転する自分の左手を見た。
一瞬現実が頭に入ってこなかった。
だがその腕の向こうで驚愕を顔に浮かべるアーグレスの姿を見たときに一気に冷静さが戻った。
攻撃を当て、自分にダメージを与えた人間がなぜか驚愕に立ちすくむ。その光景の異様さはマリオンに冷水のような効果で現実を思い出させた。
マリオンはバックステップでさらにアーグレスと距離を取る。そして飛び退きざまに腕を取り戻すことを考えた。
いや、取り戻そうとしたわけではない。落ちたモノに反射的に手を伸ばすようなそんな感覚で切られた左腕を伸ばした。
普通であればただそれだけのことだ。
だがその意思に反応するように空中にあった手は地面の落ちることなく見えない手に引っ張られるようにマリオンの後を追いかけてきてそのままピタリと元の場所に収まってしまった。
本当にあっという間のことだった。
マリオンが切られたことで思わず声を上げたティファリーゼ達もちょっと反応に困った。
引っ張られ元の位置に納まった腕はそのまま何事もなくニギニギと動いたのだ。
「瞬間再生か? おまえ…お宝の宝庫だな」
アーグレスはまた驚愕の声を漏らした。
確かに傍から見たらそう見えるだろう。人間の腕が切られてすぐに元に戻るなどありはしないのだ。
何か強力な魔道具を持っているのではいないか? そう思うことは不思議ではない。
だがマリオンの腕は再生したわけではなかった。
石膏で型を取ったとき中身を抜くとそこに元の物がすっぽり入る空洞ができる。
それと同じで、事象源理の鎧によってできた力場の間隙に切れた左手がすっぽり収まっただけだ。
その上で力場の動きに合わせてニギニギと動いている。
だからといって再生していないわけでもない。
マリオンの魔力知覚には切り落とされた切断面が分解し、元の腕の部分に吸収される形で元から再構築されているのが見えた。
治るのではなく、素材を吸収することで新しい腕が作られているのだ。
最初にあった激痛も脈打つような痛みもすでになくなっている。
(うへー…なにこれ…気持ち悪い…)
自分で言うなと言いたいが気持ちは分かる。
だが同時にマリオンは『どうやら片手をなくさなくても済みそうだ』と、安堵もしていた。
「さっきの動きといい、その治癒力と言い、どうやらお前さん、いろいろな魔道具を持っているらしいな…だがクビを切られても元に戻るかな?」
大誤解である。
まわりを取り囲んでいるリグル達も、唖然としていたがアーグレスの言葉を聞いて再び賑やかにはやし立てている。
もうすでにそれらのありもしない『魔道具』が自分たちの物になった気分でいるのだ。
だがそんな騒ぎはマリオンの耳には届かなかった。
今発生したいくつかの事象に気を取られていたからだ。
一つは急加速。
最近のマリオンは質量というモノを空間の密度だと考えるようになっていた。大きな質量があれば空間が圧縮され強い引力が発生する。逆に疎になれば逆に斥力が発生するのではないだろうか?
だから進みたい方向の空間の密度を上げてやり、それを阻害する方向の密度を疎にしてやれば特定方向に引力が、逆方向に斥力が発生し、任意の方向に進むことができる。
地球の物理学では証明されてもいないことだが、自分で力を使った感覚として、そういうことだと最近考えるようになったのだ。
そしてそれは自身の質量とその影響方向を制御すると言うことでもある。
つまりマリオンの動きは慣性のくびきから自由になっていると言う事だ。
そして、今までは恣意的に使ってきその能力が、今回は完全に無意識の制御で作用した。
そこが問題である。
(ひょっして僕の力っていちいち指示しなくてもちゃんと機能するんじゃね?)
恣意的に使わなくても自分の動きに合わせて空間に対する干渉が発生するのでは?
目から鱗が落ちるというのはこのことだった。
空間構造を操る事はマリオンの『能力』であって、『技術』ではない。
言って見れば自分の身体のような物だ。
誰も自分の手や足を動かすのにどの程度のエネルギーでどの程度の速度でどの角度まで上げるか? そんな事を考えている人間はいない。
まして自分の心臓や胃腸の動きを制御しようとする人間はいないだろう。
自分が動くことで自然とそれも動く。マリオンはその可能性にやっと気がついた。
そしてもう一つは力場の作用だ。
(ひょっとして僕って、直接物に触らなくても物を動かせるんじゃね?)
それは左腕のあり得ない動きが証明したことだ。
マリオンが展開している力場の支配領域内であれば、そこにあ
るモノを任意に動かせるのでは?
直接触ったり触手を伸ばしたりしなくてもそこにある物に直接干渉できるのでは?
マリオンは試しにそこにある土を巻き上げた。本来地面でおとなしくしているはずの土がマリオンの意思にしたがって大きく舞い上がる。そして一瞬の驚愕から立ち直り突っ込んで来たアーグレスを巻き込んで盛大に目くらましをかける。
「何だこりゃ」
「おーっ、結構いける」
追撃を恐れてか、慌てて後退するアーグレス。だがマリオンは追撃などはしなかった。
自分のやった事の検証に忙しかったのだ。
そして改めて長柄剣を突き出す。しっかりと握るのではなくただ手を添えるような感じで。
敵までの間合いは広く本来は届かないな距離だ。
「はっ、この距離で届くはず…がっ!」
突き出された長柄剣は添えられた手をガイドにスルリとのびでアーグレスを強襲する。
アーグレスは高を括っていたのだ。どうせ届くわけがないと。
マリオンはアーグレスが一瞬ぎょっとして慌てて剣で長柄剣払う動作に切り替えるのを見た。
だが長柄剣はアーグレスの横から打撃を物ともせず、そのまま伸びてアーグレスの脇腹をかする。
剣自体が力場によって固定されているのだ。
だがそれでおわりではなかった。延びきった長柄剣はまるで自分で意思を持っているかのように横に翻る。
そしてアーグレスの胸を浅くなく切り裂いた。
マリオンは軽く石突きに触れているだけだ。
「おーっ、いけるいける」
マリオンの感想はのんきだったがその内心は結構感動の荒らしだった。
手を使って長柄剣を動かしているのではない。
感覚としては遠隔操作が近い、イメージしたとおりに長柄剣飛び回り、敵を攻撃する感じが近い。
今は手を添えているがきっと練習次第でそれすらも必要なくなるのではないだろうか。
そしてもう一つ。
「このやろう!」
アーグレスは勢いよく踏み出すとあっという間に距離を詰めた。そのアーグレスに被さるように少し未来の有り様がイメージとして脳裏を走る。
マリオンはその動きを迎撃するように長柄剣を動かす。
キン!
キーン!
チーン!
「完璧!」
連続する澄んだ音。
剣同士がぶつかり合う音。
ついさっきまで何とか対応していたカタナの動きを先読みし、それに合わせるように長柄剣を動かす。
そのときの力の掛け方でどんな風にカタナがはじかれるのか、動くのか、そんな事まで認識できる。
「馬鹿な…」
いきなり動きがよくなったマリオンにアーグレスは愕然とした表情を浮かべる。
さっきまでアーグレス優勢で進んでいた剣戟が今は全くの互角。いや、アーグレスの攻撃をマリオンがすべてつぶしているから見た目以上にマリオンが有利だろう。
「うん、よく分かったよ。つまりはラプラスの魔だ」
マリオンは独りごちた。
それは、今までもたまに見えていた未来予測のような力の発露。それの意味するところだった。
現在の物理学は相対性理論と量子論によって支えられている。
しかしその成立前にも当然物理学というものはあり、それはニュートン力学によって支えられていた。
科学万能が信じられ、人間はこの世界の謎のすべてを解き明かしたと豪語さえしていた時代。
その中に一人の物理学者がいた。
名前はピエール=シモン・ラプラス。彼は一つの理論を提唱する。
『ある瞬間におけるすべての物質の力学的状況と力を観測でき、かつそのすべてを解析、計算できる知性があったならばその知性にとってすべての過去と未来は確定的な物になる』
つまり現在の瞬間のあらゆる存在、量子レベルからのすべては過去の運動の結果として存在し、未来の動きの原因として存在する。だから現在をすべて解析計算できれば未来と過去を正確に知ることができる。
ラプラスはそう考えた。
これが属にラプラスの魔、彼自身は『知性』と表現したが、世界中でラプラスの魔、あるいはラプラスの悪魔として知られる理論だ。
これは残念ながら量子論によって不確定性が証明され、結果として否定されてしまうことになるが、この思考実験は面白く、マリオンは古典物理学の花だとそう思っている。
ここで肝心なのは量子論が言うところの不確定性という物は『ミクロの世界』の事だと言うことだ。
私達人間が認識できる範囲の『マクロの世界』においてその不確定性は極めて低確率であると考えられている。
以前読んだ本によると人間が朝から晩まで壁にボールをぶつける。それを生まれてから死ぬまで何十年もの間、ずっと続ける。そうすると一生に一回くらい壁をすり抜けて向こう側にボールが抜けることがアルかも?
そういう確率らしい。
ただゼロでない所が驚かされる。
これが奇跡とか言う物の正体なのかもしれないが、奇跡というのは滅多に起きないから奇跡である。
マクロ世界においてより多くの情報を取得し、それを計算できればそれ相応の未来予測が可能になる。
これは別に難しい事…ではあるがあり得ないことではない。
武道の達人などは相手の筋肉の動き、微かな身体の揺れ、そして目の動きなどから相手の行動を予測が出来るという。
武術の上級者と闘ってみれば自分の行動が筒抜けであるような錯覚を覚えることは珍しいことではない。
そしてマリオンには魔力知覚による常人の何倍も多い情報取得と霊子情報処理能力による情報処理がある。
敵の未来の行動を予測…いや、計算することは、決して不可能ではない。
もちろんラプラスの提唱したようなすべての未来に及ぶような物ではないが、あいての動きを先読みして対処する。それは可能なことなのだ。
「つまり認識力の拡大ってこう言う事? 見える。ボクにも敵が見えるって…本当に見えるとはおもわなかったけど…」
もちろん今までもこの権能は発揮されていたはずだ。
それがいままで認識されなかったのはここまでこの能力を必要とするぎりぎりの戦闘をする機会がなかったからだろう。
アーグレスは自分のできる限りの力で剣を繰り出し、マリオンを攻撃した。雨のような連撃だった。
そのすべてをマリオンは迎え撃つ。もう躱す必要もない。まるで殺陣で決まった動きをするように長柄剣を操り、カタナを打ち払っていく。
そして時間が経過し、情報が蓄積されればされるほど先読みは正確になっていく。
アーグレスの顔に絶望が広がっていくのをマリオンは見た。
◆・◆・◆
もはや趨勢は決した。
アーグレスの攻撃はことごとく封じられていく。
(幻影落し)
視線と身体の動きで攻撃動作を造り、じつは逆方向から攻撃をかける高等フェイント技。
(影太刀!)
ふり抜く剣の速度を変え幻が通り過ぎた後に本物の太刀がくるような錯覚を起こさせる超超高度な可変攻撃。
(翼たたみ)
脇をすり抜けざま鳥が翼をたたむように後ろからカタナを繰り出すフェイント技。
マリオンは技の名など知らない。すべての初見の技だ。
だがそれでいてすべての技をことごとく打ち払ってみせる。
「くそ、くそ、ぐぞ、ぐぞー!」
アーグレスはいつしか大声でわめいていた。
「何でだ! 何で勝てない、俺は強くなったはずだ、強力な武器も手に入れた、強力な武器を持った奴からは殺してでも手に入れてきた。このカタナはその中でも一品だぞ、はどんな魔力の守りも辛い甲羅も切り裂くカタナなんだ。
俺と闘って生き残れた人間などいないんだ。
全部ぶっ殺してきたのに…奪ってきたのに…
また…
また負けるのかー!」
その言葉を聞いてマリオンの目が薄く細められる。
今までは一応敬意を払っていたのだ。その強さに…だがアーグレスの口から出てくる言葉場は軽蔑すべき物ばかりだった。
マリオンはアーグレスの評価を下方修正した。
戦士として正々堂々と闘おうと思っていたのだ。
それもマリオンが魔法を使って殲滅しない理由の一つではあった。
そしてそこに、さらに評価を下げる理由が…
「そこまでだ! それ以上うごくんじゃねえ!」
戦いの状況に業を煮やしたんだろうリグル達のグループのうち半数が弓を構えていつでも矢を放てるように準備をしていた。
当然は狙いはマリオンで牽制のつもりであるらしい。
そしてマリオンの動きが止まったのを見て腹心らしい何人かが剣を抜いてティファリーゼ達の方に走り出す。
「おいお前、この娘っこどもの命が惜しかったら武器を捨てな。それから持っている魔道具もすべて出すんだ」
恥も外聞もない台詞だった。
それにアーグレスの狂ったような哄笑が被さる。
「はははっ、どうやらここまでだな…俺の勝ちだ。言うとおりにしたほうがいいぞ…そうしないと皆殺しだ」
「うーん何というか…変節というのもおこがましい変わり様だな…」
「何とでも言えばいいさ…こんな世の中だ死んだら終わりじゃねーか…最後まで生き残った奴が勝った奴だ」
「ふむ、まあ確かにその通りだな…死んでは元も子もない」
最初に違和感を感じたのは傍から見ていたリグルだった。
リグルはマリオンの中に欠片ほどの絶望も悔しさも見いだせなかった。
彼はマリオンの顔を凝視してその口元に笑みを認めた。
「てめえ、何を…」
たくらんで…と続けたかったのだろう。だがその言葉は壮絶な悲鳴によって遮られた。
はい今回も趣味に走って『ラプラスの魔』の登場です。
おおよそは作中に書いたとおりの物で、フィクションなどで本当の悪魔などとして出て来る『ラプラスの魔』ですが大本はこれです。 フィクションよりも本物の方がファンタジーでロマンチックだとトヨムは思います。
作中では否定されたと書きましたが必ずしもそうではありません。
もし観測する存在が不確定性に左右されない存在であればこの理論は肯定されるという意見もあったりします。
ここら辺はものすごく難しい話しになってしまうので割愛しますが、完全に否定されたというわけでは無いようです。
最近はコンピューターなどの発達に伴ってまた変わった発想が生まれたりしています。
『事象を観測できたとして、一秒後を計算するのに一秒以上かかっては未来を知ることにならない』というものです。
うーん、ごもっとも。
ただこの場合も過去に向かってはラプラスの魔という理論は正しいということになりますので限定的な肯定と言えましょうか。
それでは次回が第二部最終話となります。
よろしくお願いします。
トヨム。




