第57話 決闘・カタナ
クライマックス連続投稿三日目です。
「貴殿に決闘を申し込む」
「はい~?」
マリオンの目の前で一人の男が剣を抜いた。
「意味がわかんないんですけど~」
マリオンは周囲を見回した。
その男の後ろには十数人の男が立っている。なかなかみんな力のありそうなメンバーだった。そしてあまりまともな雰囲気を持っていない男達だった。
すさんだ空気というのだろうか、まとっている雰囲気が如何にもヤバイ感じがする。
これは別に比喩的な表現ではない。
攻撃的な意志は攻撃的な魔力になって周囲に発散される。それらを含めて魔力を観測できるマリオンにとっては、極端な方向に特化した感情は目に見えるものだったりする。
その意味でこの男達の持つ雰囲気は一言で言うとロクデナシでヒトデナシだろう。
中にはユーリアに向けてかなり下劣な感情を向けている者もいるし、ティファリーゼにそういう感情を向けているモノにいたっては変態のそしりを免れないと思う。
そして屈強な男達の影に隠れるようにしている男が一人。マリオンはその男には見覚えがあった。
(確か、クレメルって言ったな…)
かつていきなり斬りかかってきた馬鹿だ。
こいつがいるとなるとこの男達のもお里がしれるというモノだ。
次いでマリオンは後ろを振り返る。かなり困惑しているのでちょっと仲間に解説を求めてしまったのだ。
マリオンの後ろにはいつものメンバー。ティファリーゼ。ユーリア。アルビス。石獣二頭とドリー。そしてデザートイーグルがいる。
もちろん答えてくれたのはユーリアとティファリーゼだ。
「決闘という制度はある。でもこういう所でやることじゃない」
「本来は貴族の方達のための作法です…」
ティファリーゼの息づかいが苦しそうなのが気になる。彼女は昨日から体調を崩しているのだ。だが今は目の前のヒトデナシに対応しないといけない。
そうしないとティファリーゼを医者に診せることもできない。
彼女達の話によると『決闘』というシステムは本来貴族のトラブル解決の手段として生まれたモノなのだそうだ。
国政の場などと言うものは魑魅魍魎の跋扈する魔界だと言われるが、このクラナディア帝国はちょっと様相が違う。
もちろん政争や策謀、陰謀がないわけではないが、魔物との戦いを常とするこの国では何であれ強いことは一つの正義として尊重される。
結果として『話し合いでケリが付かなきゃドツキ合いでケリを付けろ』という変な伝統があったりするのだ。
その結果生まれたのが『決闘』という制度だった。
経緯からして命のやりとりをするようなモノではなく、相手をたたきのめして負けを認めさせればいいというものである。
大けがをするモノもいるし、中には命を落としたりする者もいるが、それはあくまでも結果であって目的ではない。
その決闘という制度は国民の気質にあったようで広く受け入れられることになり、貴族のみならず騎士の間のトラブルや、果ては冒険者のような戦闘職の人達のもめ事の決着の手段として利用されることになった。
ただちゃんとしたルールや作法はある。
まず決闘は口上から始まる。
自分は『これこれこう言う理由で誰それに決闘を申し込む』という様なものだ。これは広く公布されるのであまりみっともない理由で決闘を申し込むと申し込んだ方が恥をかく。
次に決闘は公開が原則で、立会人と観衆が付く。
つまり言いがかりなど付けてもここで暴露されると大恥を掻くのであまりおすすめできない。
まあ中には双方が馬鹿な理由をぶち上げで決闘をして大いに盛り上がってみんな喜ぶ…などと言うこともあったりするので、エンタテイメント的な要素もあったりする。
要は酒場の喧嘩なのだ。
「つまり、こう言う迷宮の中でやるようなモノは決闘とは言わんわけだ」
「そう、多分盗賊」
それがユーリアの結論だった。マリオンとしても異論はない。
だが盗賊の方にはあるらしい。
「盗賊とはひでえな…一応ちゃんと理由はあるんだぜ?」
そう言って前に出てきたのは、決闘を申し込んできた男ではなく後ろに控えていた体格のいい男だった。
「俺はリグルというもんだ。まあこの用心棒区組合のまとめ役をやってる。ああ、組合って言ってもそんなご大層なもんじゃねえ、金持ちの用心棒をやっているような荒くれ者の寄り合いってだけのもんさ、メンバーも三〇人といやしねえ。
で一番最近入ったのがこのクレメルって男でよ、きけばなんとお前さんに獲物を横取りされたって言うじゃねえか…しかもかわいそうに所属していた戦闘団もクビになって…」
「ああ、ご託はいらない」
クレメルの手を引くようにして前に送り出そうとしていたリグルの言葉をマリオンは遮った。
「何だと?」
「それでだいたいわかった。そいつのやった事はギルドも承知している。そいつがなんと言おうとこれがばれればさいつは犯罪奴隷に落とされる事になる。そいつはそういう男だ。
つまりお前の主張には正当性などないのさ、それでも決闘という形を取ろうとしたのはいざという時の保険のつもりなんだろう? つまり決闘の名を借りた強盗と言うことだな、だが無駄な努力さ、そいつを理由にした時点でお前達が犯罪者なのはギルドも三王神教会も保証してくれるさ」
リグルの表情が一瞬惚ける。まさか真正面から否定されるとは思っていなかったのだ。
クレメルのことはマリオンの言うとおりただの口実だ。一応の言い訳が立てばそれで良いくらいの物だったが、まさか言い訳に使ったことで逆に犯罪者認定されるような状況にあるとは思わなかった。
どうやらクレメルは自分に都合の良いことしか話さなかったらしい。
忌々しげにクレメルをにらみつけるリグルだったが前に出て曲刀を構える男は面白そうに笑った。
「はっ、なかなか良い度胸じゃないか? リグル、ごまかしはやめておけ、どうやらこいつの言うことは事実だぞ」
「ちっ、ならそれでいいや、てめえの持ってる『魔銃』と真銀を売った金と残りの真銀を引き渡せ、そうすりゃ命だけは取らずに置いてやるぜ」
「それも嘘だな…僕たちを解放してボク達が教会なりギルドなりに訴え出ればお前達は身の破滅だ。そんな事もわからんほどの低脳でもあるまい?
それにそれは僕の台詞だ。『おとなしく投降しろ、そうすれば教会で裁きを受けさせてやる』。言っておくが俺は盗賊が嫌いだ。盗賊に容赦する気はないぞ」
これはまあ本気だった。マリオンの頭をよぎったのはかつて盗賊の手にかかった年長の友人の姿。
とは言って皆殺しとか考えていたわけではない、マリオンの『容赦しない』は足腰立たないくらいにぶちのめして官憲に突き出してやると言う意味だ。
今ならそれができる自身があった。
「わーははっ、面白い、本当に面白い、リグル、予定通り俺にやらせろ。手を出すんじゃねえぞ」
最初に決闘を申し込んできた男は楽しそうに言い放った。
リグルのような筋肉だるまではなく引き締まった体型の男だ。ウエーブのかかった髪の毛を後ろで束ねている。
ポニーテールなんだが本人の雰囲気でちょんまげのように見えなくもない。
「おいお前、あー…マリオンと言ったな…俺はアーグレスという。一つ勝負と行こうじゃないか?
俺が勝ったらお前の持っている金やら真銀やら、あと魔道具をよこせ。その代わりもし俺が負けたらこいつら全員お前らには指一本触れさせん…煮るなと焼くなと好きにしろ。おまけに俺の持っているこの剣もくれてやろう」
「おっ、おい、アーグレス…」
「安心しろ…俺が負けることなど万が一にもねえ」
「ちっ、わかったよ…まかせたぜ」
どうやら向こうはかってに話がまとまったらしい。
クレメル一人が不安そうな顔でリグルと呼ばれた男を見上げている。そしてぶん殴られている。
「まあ、いいか、こっちも病人がいるから早く決着付けたいし…」
そう言ってマリオンはちらりとティファリーゼをみた。ティファリーゼの様子は思わしくない。
迷宮探索が負担になったのかもしれないとマリオンは思う。
◆・◆・◆
あの日、真銀の売買の話がまとまったあと、マリオンはイストから代金七〇〇〇万リヨンを受け取った。
そしてさらにギルドからも六億リヨンの代金を受け取るのであるが、このとき渡されたのは『預金』の証明書だった。
マリオンはギルドの職員に懇願されてお金の支払いを、日本で言えば通帳に入金すると言う形で受け取ることにした。
銀行のようではあるが銀行とは違う。
まず預けたところで利子は付かない。
しかも結構多額の手数料がかかり、お金や資産を預けるときに預けるそのモノの評価額の一割を支払うことになっているらしい。
銀行と言うよりは資産を守るための有料の預かり所のようなモノだろう。
これは大福を連れているマリオンにはほとんどメリットがない。
それどころが資産が一割も減っては目も当てられないので断ろうとしたのだが、ここでギルドの人達に泣きつかれた。
さすがに六億リヨンを一度に支払うのはギルドといえども大変であるらしい。
そして説得攻勢が始まりいくつかの利点が提示された。
まずギルドは管区が分かれていて余所の管区で仕事をした場合結構高額の手数料が取られる。
ところがこの預金という制度を使うと『世界中どこでも引き出せます』というお題目の反作用で、『預金に入金する場合は手数料はなし』という扱いになるらしい。まあ預金手数料も一割、別管区での換金手数料も一割だから形が変わっただけともいえる。
これに対してギルドは以降一〇年間のすべての手数料を『ギルドポイントで一括納入した形で無料にする』と提案してきた。
これは稼ぎの良い冒険者パーティーがよくやる手で、見込み預入額を算定してその分をまとめて払っておくことで手数料を無しにすると言うやり方だ。
算定額には当然割引もつくので前年と同じくらい稼げるというのであれば、どこでもお金の出し入れが出来ると言うのは便利といえる。
そしてマリオンは元々失効することが決まったような大量のポイントを持っていたし、今回真銀を売却したことでさらに莫大なポイントを得て、しかもこの使い道もなかった。
放っておけばこれは消えてなくなるのだから、これを利用して預金しませんか? と言ってきたわけだ。
冷静に考えればマリオンが得をするわけではないのだが、別に損もしない。いや、実質ギルドの管区違いによる手数料がなくなるのだから利益があるか…
であるならば、とマリオンはこの提案を受け入れることにした。
まあ、隣で話を聞いていたイストが証人として当てになるという事もある。自分一人では決断しなかったというかできなかった可能性もある。
そのあと、三王神教会に出向いて砂真銀の寄付を申し出て激烈に感謝された。
寄付したのは一〇〇kg弱で、持っている砂真銀の四分の一以下だったが、これには理由があった。
教会を訪れ、いつも会っていた高神法官に真銀の寄付を申し出て、相手がものすごく喜んでくれたので調子によってゲートから砂真銀をさらさらと出して見せた。
小山が出来るころ、つまり数百グラムになった頃に彼の顔は輝くようになり、一kgをこえた頃青ざめてきて、一〇kgを超えた段階で大騒ぎになり人が呼ばれた。
元々マリオンは四〇〇キロを寄付するつもりだったので多少騒ぎになってもと作業を続けたが数十kgで神殿で一番えらい神殿司が呼ばれ、一〇〇キロに近づく頃には何人かが目を回した。
さすがにそれ以上は無理だった。
しきりに恐縮し大騒ぎをする神殿の人達を尻目に『すみません用があるので…』とそそくさと教会を後にする。
だがおかげで砂真銀の寄付であれば一〇kgほどの寄付でも感激してくれるほど喜んでくれることが分かった。
行く先々で適宜砂真銀を寄付すればいろいろ便宜を図ってもらえるに違いないし、それは三王神教会との関係をより強固に、良好にできるだろうということでマリオンにとっては予想外の幸運だった。
『一〇〇キロではなく五〇キロでも良いよね。砂真銀はまだまだ作れるし…安泰だな』
と言う感じだ。
砂真銀自体は後四〇〇キロ弱だがその元になる鉱石はもっと沢山ある。
平たく言うともうこれだけで一生困らないくらいだ。
そしてホクホクして宿屋『御大陣』戻ったときに問題が持ち上がった。と言うか発覚した。
デザートイーグルが目に見えて大きくなっていたのだ。
「成長期ですか?」
「んなわきゃないでしょ」
そんなやりとりがあった。
と言う事はデザートイーグルが普通ではないという事になるのだ…
「この子、なに?」
ユーリアの質問にマリオンは考え込んだ。
「よく分からん…ただ迷宮の奥で拾った子だ」
そういった瞬間ユーリアやティファリーゼの表情が少し歪んだ。
迷宮の生き物というのは大概は人類種族の敵だからこれは仕方がないところだろうとマリオンは思ったが彼女達の驚愕は別のことだった。
「マリオンさんすごい。迷宮で魔獣を従えるのはものすごい幸運」
「旦那様、すごすぎます、迷宮産の騎獣なんて王侯貴族でも持てないモノですよ」
「すごーい」
最後は多分、分かってない。
迷宮の生き物は大概人間に敵対的で人間を見かけると殺る気満々で仲良くしましょうと突進してくるがそうでない魔物もいる。
たとえば走羽豚などもそうだ。
あれば逃げるだけだが、確かに中には人間を襲わない上に場合によっては人間に従属する魔物もいる。
やはり魔物といえども獣の要素はあると言う事らしく、自分が上位者と認めたモノに従うのだそうだ。
ただ魔物というのは非戦闘型でも戦闘力は高い。しかも強さを認めさせると言う事は直接の対峙が必要となる。つまりこれもクライン同様自分で迷宮にもぐって見つけてこないといけないと言う事だ。
極、運の良い冒険者の中にそういう騎獣を持っているやつがいるらしい。
となるとこのデザートイーグルがなぜぼくに従うのか…よく分からんと言うことにはなる。
別に強さを見せつけたりはしていないのだが…
マリオンは悩んだ。そして思い付いた。
「ああっ、刷り込みか? 初めて見たモノを親だと思うとか?」
違うんじゃないかな?
とにかくマリオンは魔獣を従えたことでさらにみんなに感心されてしまったわけだ。
ただ問題は何も解決していない。
やはり迷宮産の騎獣を連れているといろいろと目立つことは間違いない。
これはもうある程度仕方がないことではあるのだがここではさらに問題が大きい。
なぜならマリオンは大量のミスリルを売った人としてやはり注目されるであろう状況があるからだ。
現在のところその事実を知っているのはギルドとイスト達一部の人達だけ。だがこの手の噂は徐々に広がって行くであろう事は想像に難くない。
そしてそこに迷宮産の魔獣を連れた冒険者がいるという噂が立つ。
それぞれが別々に機能しているうちは良いが両者が結びつくと…
デザートイーグルを連れている冒険者はミスリルを大量に売った大金持ちという方程式が確立してしまう。
つまりどこに行っても目立ちすぎるという事態が発生すると思われるのだ。
それは旅から旅への暮らしを続けている状態ではありがたい事ではない。きっとうっとうしいことになる。
『それはまずいだろう…いくら何でも…』
マリオンは早急に何らかの手を打つ必要を感じていた。
「一番いいのはこの町を出てしまうことなんだけど…」
「現状では無理ですよね…預金対応型の新しい会員証ができるまであと数日かかるんでしょ?」
「まあ五日くらいかな…大急ぎで作ると言っていたから…」
現在は預かり証書を持っているわけだが、ギルドによると自由にお金の出し入れができてしかも金額の管理もできるでデーター記録型の新しい会員証に切り替える必要があるらしい。これが完成するまでに少し日にちがかかると言われている。これを受け取らないとお金をどぶに捨てるようなモノだ。
マリオン達はチラリとデザートイーグルを見た。
あと三日もあればきっとすっごくりっぱな(可愛い)成鳥になっているだろう。ここに置いておけば騒ぎになること請け合いだ。
「だったら迷宮に行きませんか?」
そんなときにティファリーゼがそんな提案をしてきた。
「迷宮に行っていれば誰にも会わなくて済みますし、帰ってきたらカードを受け取ってそのまま街を出てしまったらどうでしょう?」
「良いと思う、叔父が会いたがっていたけど、この際だから次の機会にしよう」
ティファリーゼの目がきらきらと期待に輝いている。どうやら迷宮に興味があるらしい。
「そう言えば迷宮行をうらやましがっていたっけな…うん、それもいい考えかもしれない…」
「やったー」
ティファリーゼが飛び上がり、つられてアルビスも飛び上がる。
マリオンはそれを見て笑みを漏らした。
一番の悪手はこのままこの宿屋に止まり続けることだろう。迷宮の中であれば人に会うことも少ないし、デザートイーグルが完全に成長してから帰ってきて、ティファリーゼの言うとおりそのまま出発できれば不審がられることもないだろう。何らかの事情で日にちがかかるとしてもこの宿屋を使わなければ問題ない。
宿屋の人間をのぞけばデザートイーグルをじっくり見たのはイスト達ぐらいだ。
「そうか、残念じゃの…ワシの方は三日後の臨時便で侯爵領に帰ることになった。真銀の輸送は速いほうがいいでの…
してみればとりあえずこれにて別れとなるわけじゃな…本当に世話になった。もしなどとはいわんぞ、そのうち絶対にワシの所を訪ねてくれ、必ず歓待するからの」
イストはそう言ってマリオンの手をがっしりと握った。
ちょっとラッキーとか思っていたのは内緒である。
鋼の牙のギルバルトにも一言挨拶がしたかったがまあこれは帰ってからでいいと言うことにした。
ライナルトの工房にも迷宮の帰りに寄るつもりでいた。
そして一通りの準備を終え、迷宮に入ってのんびりやっていたのだが四日目、ティファリーゼが熱を出した。
「疲れが出たのかもしれないな…」
とマリオンはいった。
やはり迷宮という環境は身体の小さいティファリーゼにはきつかったのかもしれない。
アルビスは元気だが個人差というモノがある。アルビスまで体長を崩さないうちに迷宮を出るべきかもしれない。
そう思って帰路についた矢先にこの盗賊たちと出会ってしまったのだ。
◆・◆・◆
(周りの人間は十三人、このアーグレスを入れて十四人か…できれば全員ぶちのめして官憲に引き渡したい所だな…)
マリオンは長柄剣を構えて腰を落とした。
「ほう、殺る気になったか?」
「まさか、決闘などする理由がないでしょ?」
「自衛のためと言う事か?」
アーグレスはにやりと笑った。マリオンの緊張を見て取ったからだ。
それをアーグレスは恐怖と見なした。
殺し合うことの恐怖であろう。自分が傷つく事への恐怖であろう。そう思った。
だがマリオンは別におびえていたわけではない。単に緊張していただけだ。
人を切るのは初めてではない。どうしてもそうせねばならないと言うことは確かにあり、そして自分がそうしなければ後ろにいるモノに累が及ぶという状況では選択肢はない。
それでも可能性として、あくまでも人を殺すという選択肢をしないと言うものも過去にはあったのだ。その場合はマリオンの方が死んでいたのだろうが、その可能性をマリオンは、友を殺されたという激情で乗り越えてしまった。
そのときから『良心にかけて人を殺さない』という選択肢はなくなってしまったように思う。
だがそれでも真摯であるべきだとは思うし、誠実であるべきだとも思う。そういった思いがマリオンに清澄な空気をまとわせる。
それは見方によっては張り詰めたような空気とも言える。
まして最初から相手のことを『ただ獲物』と見下している人間には恐怖で萎縮しているようにも見えるだろう。
だがマリオンの口から出たのはわりと剣呑な言葉だった。
「まあそれもあるけど、僕って盗賊は嫌いなんだよね…お前らみたいなゴミがうろちょろしているとホント不愉快。まだそこらを這ってるムカデの方がマシというものさ…
全員ぶちのめして官憲に引き渡してやるからありがたく思いな」
魔法で蹴散らすという方法もあるがそれだと皆殺しになってしまう。
やはり文明人として生きてきたマリオンには『犯罪者は警察に』と言う常識からまだ自由になれないでいる。
「強がりだな!」
マリオンの台詞を聞いてアーグレスはいきなり踏み込み剣を横に薙いだ。
マリオンは余裕で一歩下がって躱す。あまり本気の踏み込みではなかったのだろう、その証拠にアーグレスの剣はそのまま翻って頭上に登り、そこから大上段に振り降ろされる。
チーンという澄んだ音が戦場に響いた。
マリオンの長柄剣がアーグレスの剣を受け止めた音だった。
「カタナ?」
アーグレスの振るう得物を見てマリオンは眉を顰めた。
その曲刀はよく見ればカタナによく似た構造の剣だったのだ。
まず曲刀で片刃で反りがあり、切っ先の形も日本刀のそれに酷似している。柄の部分もよく見れば黒一色ではあったが巻き紐を施した拵えだ。
鍔も四つ葉型で繊細な透かし彫りの見事な造り。たた刀身が普通ではなかった。
刃と峰を除く鎬の部分全体が精緻な透かし彫りで出来ている。
そのせいで曲刀という認識はあったが『日本刀』という認識にいたらなかったのだ。
ではなぜ今改めてカタナだと思うかというとアーグレスのその剣の使い方に見覚えがあったからだ。
彼は右手と左手を少し放して柄を握り、剣を振るうときにしぼるように力を込める。
これは昔教わった剣道のやり方だ。
その振り方がアーグレスの曲刀をカタナという存在と結びつけたのだ。
続けてアーグレスの攻撃。
右に左に切り返すような攻撃、かと思えば浅く中段をうち伸び上がって面を打つ動き。
そして最後に右から横一線のなぎ払い。
やはりどこか剣道に似ている。
マリオンはその攻撃を長柄剣で受ける。戦場に澄んだ音が響いていく。
「速っ!」
マリオンの声だった。
「おもい!」
アーグレスの声だった。
打ち合った感触で二人がそれぞれの理由で声を上げた。
アーグレスの連撃に何とかロティオンを合わせて打ち返したマリオンだったが最後の一撃は本当にぎりぎり間に合ったと言う表現がぴったりの一撃だった。
カタナの速度がインパクトの瞬間いきなり跳ね上がって予想を上回る早さで飛んで来る。
魔力による強化で認識力と反応が上がっている状態のマリオンが少しでも油断すると間に合わなくなるような加速度だった。
(うーん…これはちょっと軽く考えすぎていたかな…楽勝というわけにはいかないな…)
(にしても日本刀が速いと言うのは聞いていたけどここまで速いとは思わなかった…まあ、理屈が分かればなるほどなんだけど…)
マリオンは昔剣道を教わったときにインパクトの瞬間、雑巾を絞るようにグリップをしぼれと教わった。
そして剣を繰り出すときも、右手で押すのではなく左手で引くことが重要だと教わった。当時はよく分からなかったが今アーグレス見て得心がいった。
この二つのコツで日本刀の斬撃はとても速くなる。
マリオンの場合は竹刀だったが、この二つのポイントに気をつけることでカタナは西洋剣とはちがう動きをする事になる。
たとえば剣を頭の後ろに引いて振り下ろすとき。竹刀は振られるのではなく横に寝た状態で前に送り出される。
まるでそこに見えない鞘があるように。
これは引き手が力を持つための動きなのだが、この動きによってカタナの切っ先は後ろを向く形になる。
これが片手剣であれば振り出しと同時に剣は少しずつ起きるように前に移動し、全体を通して加速していく。
ところがこれが日本刀の場合ぎりぎりまで刀身は後ろに残り、最後のインパクトの瞬間、しぼるように柄に力をかけた瞬間に刀身がおきてふり抜かれる。
右手が押し込み、左手が引く形になるわけだ。
その瞬間に刃が一気に加速することになり、日本刀の動きが極端に速くなる。
マリオンはかつて素振りをしたときに竹刀の鍔で自分の頭を後ろからこづくということを何度かしでかしたことがある。これは竹刀が上ではなく前に滑り出たために鍔が頭をかすめたためだ。
未熟さのせいではあるのだがこれがカタナの振り方の特徴となる。
マリオンは実際にそういう動きをするカタナと直接対峙することで昔教わった事の意味を理解した。
そしてアーグレスは自分のカタナの一撃に、それ故にこそ自信を持っていた。
運動エネルギーというのは実のところ重さが倍になるよりも速度が倍になる方がずっと大きくなるのだ。
例えマリオンの使っている武器が長物でカタナよりも重いとしても自分の力であればはじくことができると思っていたのだ。
ところがマリオンの長柄剣はアーグレスの一撃にびくともしなかった。
「面白いなー、本当に面白い、スピードは俺の方が上なのに膂力はお前が上か…そんなほそっこい身体のどこにそんな力があるんだ?
いや、真剣に鍛えた結果ということか…」
かってに納得しているが大誤解である。
「それに剣もいい、狙いは魔銃の方だったが、お前の剣も一級品だな…この俺の魔剣で傷一つ突かないんだ。それもおそらく一級品の魔剣だろう…きょうはついてるぜ」
アーグレスは楽しそうに笑った。
剣云々と言うよりその顔は戦いの興奮に酔いしれているように見える。
マリオン思わず引いてしまう。
「やだなあ…バトルジャンキーな人? できればあんまり関わりたくないな…」
正直な感想だった。
他人の趣味などと言う物は口を出すとろくな事にならないと相場が決まっている。
自分も軽くオタクなどやっているので変な目で見られることもタマにあったが、人に迷惑かけてないんだからほっとけよと思ったことも一度や二度はある。
だから逆に他人がどんな趣味を持っていても自分が迷惑を被らない限りそっとしておくというのがマリオンの流儀だ。
その意味でも自分の趣味を人に押しつける目の前の男はだめだめである。
今回、日本刀についてマリオンがいくつか感想を述べていますがこれらは昔剣道をやっているときに教わったことであり、その後ふと思ったりしたことです。
あくまでも個人的な感想で、真実なのか、それとも単なる思い込みなのかトヨムにも分かりません。
でも昔、指導に来てくださった超上級者の方と剣を合わせたとき本当のその剣の速さには辟易したのを覚えています。
面が来ると分かっていたのに気がついたときには竹刀は脳天にたたき込まれていて、次の瞬間足の力が抜けて膝がくじけました。本当に身体がかっくんと落ちるんです。すごいですよ。
西洋剣や片手剣と言うものは使ったことがないので本来は比較などできるものではないのですが、ちょっと思い出込みで作中に出させてもらいました。
連続投稿まだ続きます。明日もよろしくお願いいたします。
トヨム。




