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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
二章・気がつけば迷走
54/59

第54話 初めての迷宮探索・深部

2015年9月26日・投稿


「それで結局真銀(ミスリル)はあったんですか?」


 マリオンは大福からかなり大量の獲物を取り出しながらイストに聞いてみた。


 マリオンがグラビティーブラストを使って狩りに参加した日以降、マリオンも狩猟組アタッカーとして攻撃に参加するようになった。

 はっきり言って効率がけた外れに高かったからだ。


 無制限に連射の利く遠距離攻撃というのは剣での直接攻撃よりも、発動に時間のかかる魔術よりも圧倒的だったのだ。


 最初のころは戦闘の一人という扱いだった。イストやギルバルト、魔術師達も戦闘に参加していたが、時間経過と共に攻撃はマリオン一人の仕事になっていった。

 魔物が接近する前にことごとくが射殺されるようになって行ったからだ。


 そうなれば接近戦は防衛に限られるし、魔法も敵が多いときの補助的な物になる。


 一応イストとギルバルトがマリオンの護衛という形で付いてはいたが、ほとんどの戦闘がマリオンの独壇場になってしまった。

 他のメンバーはすべて雑用係だ。


 マリオンが攻撃した魔物を周りの人間が集めてきてそれをマリオンが整理してチェックして大福にしまう。


(なんか僕だけ働いてね?)


 そんな疑問を抱えたまま当初の予定を消化し、今ギルドに真銀ミスリルの取出しを依頼に来たのだった。

 真銀ミスリルだけはイストに戻され、他の金属はすべて換金して山分けにされることになっている。

 もっともマリオンは破格の報酬をもらう約束をしているので最初から対象から外れている。

 教会から参加しているルルスは冒険者ではなく教会の代表なので分け前とかはない。あくまでも教会が協力しているという形なのだ。


 となると結局イストとギルバルトたちで山分けという形になる。


 無料奉仕プラスα程度の報酬での参加のはずなのに思いがけずしっかりした実入りのあったギルバルトはご機嫌で、そのせいではないだろうが一つの提案があった。


「イスト殿、これは少しインターバルを多くとるべきかもしれませんね」


 ギルバルトはギルドの長椅子に座ってへたばっている騎士たちを見てそう提案したのだ。


「うーん、確かにの…これはちと状況が悪いかの…これは少し鍛えなおさんといかんかな…」


「「そんな…」」


 参加メンバーの内イストの部下だけがへばっていた。

 いや、五日に及ぶ迷宮行でみんな疲れているのだ。


 イストの部下も騎士として十分に修行を積んているし、領内の状況からアンデットとの戦闘はこれ以上ないくらいに積んでいる。


 だがそれでも彼等の戦闘は人類圏での戦闘である。

 本来騎士も迷宮で修行したりするのだが、ここ数年、ヒルテア侯爵領では人類圏で際限なく戦闘が続き、迷宮に修行に出る必要がなかった。もちろん余裕だってなかった。


 迷宮の中というのは一言で言うと人外魔境だ。

 疲れたらゆっくりねむれる宿もなく、水をくめる井戸もない。もちろん食べ物だって売ってない。

 自給自足である程度は手に入るだろうが、いざというときどうにかなるという保証がないのだ。


 頼りになるのは自分が用意してきた物資と仲間。

 それだって無制限にあるわけではない。


 しかもどこに魔物が潜んでいるか分からず。その魔物がどんな能力を持っているのかも分からない。


 ギルバルト達は経験則として『ここまでは大丈夫』と言う見極めを持っているが、それのない騎士達には神経がすり減る状況だった。


 イストは昔取った杵柄と言うやつで、そういう状況にはなれている。

 マリオンはずっこいことに『魔力知覚』で危険が来ればかなり正確にそれを察知する。


 だが普段きちんとした補給を受けながら戦闘をする騎士達には少しきついモノだった。

 これでは二日の休憩では回復しないだろうと言うのがギルバルトの意見だ。


「とりあえず五日ほど休むか?」

「ええ、それがいいと思います。我々も最後まで付き合いますから」

「悪いの」

「いえ、稼ぎとしては十分稼げてますし…ただ、マリオン君が取り分なしなのに申し訳ない感じはします」


 ギルバルトは別の椅子に目を向ける。

 そこではギルバルトの部下がマリオンにまとわりついている。ぜひ銃を見せてくれというのだ。迷宮にいるうちから続いている光景だった。

 マリオンは最初から見せてくれというみんなの申し出をすげなく断っている。


「ほら、そのくらいにしろ、迷惑だぞ」

「そんなリーダー、こんなすごい魔道具をまえにして…」

「すごい魔道具だからこそ人に貸せないのは分かるだろう。それはマリオンくんの生命線なんだぞ」


 ギルバルトに説得されて彼等も引き下がった。


 マリオンはほっと息をつく。

 見せられない理由はギルバルトの言ったような立派なモノではなく、じつは何のしかけもないただのモデルガンだからお見せできないのだが、まさかそんな事は言えないのである。


「さて、とりあえずやるべきことは終わりました。引き上げますか…」

「うむ、そうじゃの…とりあえず今日を入れて丸五日休みじゃな…五日目の昼にギルドに集まって次打ち合わせをしよう」

「はい、了解です」


 そう言うとギルバルトはまだマリオンの回りでもたもたしている二人を引きずってギルドを出て行った。


「さて、わしらもいくかの」


 イストの声で四人の騎士はよたよたと身を起こしギルドを出て行く。

 その姿を見て『僕もずいぶん図太くなったなー』等と思ってしまうマリオンだった。


 ◆・◆・◆


「こっちはそんな感じだな…そっちはどうだった?」


 宿屋に落ち着いたマリオンは工房から帰ってきたティファリーゼとユーリアに自分が留守にしていた間のことを聞いてみた。


「先日話して決めた買い物ですが、だいたい終わりました。教会の人達もみんな親切で、医薬品はしっかりと確保できました。後アイテムバックですか? アレは一応探してみたんですけど…」


 ティファリーゼの報告だった。


「まあそうだろうね、僕のほうでもそれの話を聞いたよ、実物も見た。アイテムボックスと言うらしい。話を聞いた限りではとてもじゃないが手の出るようなモノじゃないし、実用性も低いからこれはもういいだろう」

「はい」


 まあ当然の判断だ。


「購入した荷物はとりあえずユーリアさんの工房に預かって貰っています」


「うん、それで良い。後でまとめて大福にしまっておこう。でユーリアの方は?」

「こっちは順調」


 うん、情報が欠落している。

 だがまあ順調ならそれで良いかと思ったのだが、ティファリーゼが捕捉してくれた。

 それによるとユーリアのもたらした工作魔法は驚愕を持って迎えられたらしい。


 まあ、ユーリアにこれを教えたときのことを考えれば想像できる。


 しかもここに来るまでの間にユーリアはいくつかの改良を行っていた。


 マリオンに話を聞いて万力のような固定具を造り、その前に自分の腕を安定させるための台を作った。

 さらに魔法を展開するためのペンのような物をつくり、魔法の依り代にした。


 これはマリオンの銃から着想を得て、依り代があった方が魔法の制御がしやすいことに気がついたからだ。ペン先の大きさ、形のちがう何本かの依り代を造り、より効率的に対象を削れるようにしたのだ。


 さらに依り代が手に入ったことで『グラインダー』や『旋盤』『ドリル』等も実用にこぎ着けることになった。


 ユーリアはこれらをまとめてライナルト達に教えた。


 ライナルトは自分でこれを試し、子供達に試させ、その効率の良さに『革命だー!』と叫んで目を回した。


 それほど衝撃的だったのだ。

 今は彼らの練習につきあう傍ら、ライナルトの工房のための万力などの器具の製作をしている所だそうだ。


「叔父が今度ゆっくりお話を聞きたいと言っていた」

「ああ、そう、うん、まあ良いよ、でもまだちょっと時間がとれないから後日ね」

「うん、問題ない」


「旦那様まだ忙しいんですか?」


「うん、ちょっと迷宮にいって少し調べたいことができたから二、三日は調べ物だな…ちょっと遠出するから、悪いけどまた留守番頼むね」

「えー、お兄ちゃんまた出かけるの?」

「そうだよ、ごめんなアル。帰って来たらいっぱい遊んであげるからね」

「ぶ~」


「ティファ、悪いけどイストさんにはそんなわけで出かけていると伝えておいて、遅くても三日、明々後日には戻るから」

「どちらに行かれるかうかがっても?」

「うーん、まだどことははっきりとわからないな…とにかく大急ぎで行ってくるよ」

「……はい、分かりました」

「ユーリアももう少しお願いね」

「ん」


 マリオンはすぐに出かけるつもりだったのだがアルビスがぐずってしまい、あやすのにアルビスを抱えて振り回したりさせられ、出かけるのは結局夜中になってしまった。


 ◆・◆・◆


「さて、ここからが本番」


 マリオンは夜になってしっかりと閉ざされた迷宮門を見てそうつぶやいた。

 すでに多くの魔力燈が落とされ、町は暗闇に沈んでいる。その中で警備のためだろう門の周辺だけが照らされ、ライトアップされているように見える。

 残念ながらあまり綺麗ではない。


 時は既に深夜。この時間に明かりがともっているのは女色にょしきを売り物にしている店や、危ない感じの酒場ぐらいだ。

 そして町を歩いているのは夜回りの衛士と酔っぱらいくらい。マリオンは何度か彼等から身を隠さないといけなかった。


 小心者と言われても仕方がないのだが、こんな時間にこそこそしていると意味もなく悪いことをしているような気になる。

 おかげで挙動が不審で立派な不審者に見える。


(こんなところを出歩いているのが見つかったら職務質問くらいは食らってしまう…)


 そういう感覚が不審者らしさを強調するのだが、まあ性分という奴でどうしようもない。


 マリオンは静かに迷宮門に近づいた。灯台もと暗しという言葉もあり。明るく照らされた門の周囲にはかえって暗い闇がある。

 そしてマリオンは門を通るつもりがないから好都合だったりする。

 マリオンはわざと闇の中を選び、進んでいく。そびえ立つ壁が地面であるかのように壁を歩き、軽々と越えていく。


「おい、今なんか動かなかったか?」

「……何もないぞ、気の所為じゃないか…」


 そんな声が後ろから聞こえてくる。少しだけ息をひそめ、マリオンはそのまま迷宮の中にと滑りこんでいった。


 ◆・◆・◆


 魔力知覚は色を認識できない代わりに物の形を立体的に認識できる。

 暗闇はマリオンにとって何の障害にもならない。


 とりあえず前回と同じ二番の大拠点マザーベースまで、地表から一メートル強の高度を取って滑るように移動する。

 あっという間だ。


 以前であれば色々怖くてとても出せないスピードだったが、今は事象源理の鎧(ヴェルトール)によって身を守っている。たとえこのスピードでころげたとしてもかすり傷ひとつつかないだろう。

 だからスピードを上げることが出来る。


 第一目標は迷宮の深部の魔力の間隙。先日行った安全地帯。その奥にそれらしい場所を見つけてある。

 そこまで一気に進むのだ。


 こんな浅いところでウロウロしているうちに朝になってしまうといろいろ人目につくかもしれない。まだ誰もいないうちにあそこまで移動して休むつもりだった。


 第二拠点のなかには入らずに外周を進み、そのまま迷宮の深部に滑り込む。

 さすがにこの迷宮という場所で夜間動き回る物好きもいないので、夜の間であれば人目を気にせずに飛ぶことができる。


 あらかじめ周囲のオブジェクトを把握した上で進行ルートをさだめ。前に向かって落下し続ける状態だからとても早い。

 しかもある程度の高度があるため、魔物の攻撃も気にせずに済む。


 マリオンはまるで水が流れるようにぬるぬるとした軌跡を描きながらまっすぐに迷宮の深部を目指して落下していった。


 ◆・◆・◆


「さてここからが本番だ」


 つい昨日同じような言葉を吐いたような気がするが気にしてはいけない。いろいろな事象というものは次から次へと波のように押し寄せてくるものなのだ。


 マリオンは一晩中迷宮の奥に向けて進み、日が昇る頃に目標の安全地帯にたどり着き休息を取った。

 結界石は持っているし、魔物の少ない魔力濃度の低い場所ならこれでかなり安全に過せる。

 町で買ってきた弁当。パンに野菜と肉を挟み込んだモノを食べ、空腹が満たされるとすぐに眠気が襲ってきた。

 そのまま昼まで眠り、今、目を覚ましたところだ。


魔力探査サーチ


 マリオンはフルパワーで魔力波を周囲に放つ。

 根源魔力と空間属性魔力の波はドーム状に広がり、その過程で触れたすべての物の情報をマリオンに送ってくれる。


「うん、やっぱりここが壁だな…」


 マリオンは意識上に展開した周辺の地図と把握できた魔力の流れを照合し、今自分の前に境界と呼ばれる魔力の壁がある事を確認した。


 こういった魔力の乱流は複数の流れが干渉しあう位置にできる。


 流れというのはぶつかると干渉し合い、混じり合った渦を巻く激流になったり、ぶつかり合ってお互いに流れを変え、空白地帯を作ったりする。

 つまり意外な事に安全地帯の周囲にも危険な魔力の乱流が存在することになる。


「ここが安全なのは魔物もこの乱流を越えられないせいなのかもしれないな…」


 おそらく魔物でさえこの乱流に巻き込まれるとただでは済まないのだろう。


 ここを越えようとする存在ものはあっという間に魔力の激流に流されてしまう。外にはじき出された人間はとても幸運だったのだ。

 これに飲み込まれたらおそらく、魔力の奔流にさらされ、マリオン達が魔力を研磨に使うように、あっという間に身体を削られ、存在がなくなってしまうのではないだろうか?


 だがここを越えると最深部への道のりを大きくショートカットできる。

 そして自分にならここを越えることができるのではないだろうか?

 マリオンはその可能性を検討した。


 事象源理の鎧(ヴェルトール)があれば、魔力の奔流に粉砕されるという事態は避けられるだろうと考えたのだ。


「良し試してみるか」


 と決断したマリオンだったが、そこはマリオン。いきなり飛び込んだりはしない。

 さらに指を突っ込んで見たりもしない。

 危ないから。


「とりあえず触手フィールドアームを伸ばしてみるか?」


 とまあここら辺がマリオンらしい。


 それに触手フィールドアーム事象源理の鎧(ヴェルトール)の一部だ。検証にはもってこいだろう。しかもいちばん長く延びたりする。


 マリオンは触手フィールドアームをその魔力障壁に差し入れる。


「すごい圧力だな…ビームほどじゃないけど…これじゃほとんどの物質が砂になるのも分かるわ」


 差し入れた触手フィールドアームの縁を虹色の光が彩る。

 マリオンの事象源理の鎧(ヴェルトール)が魔力流をはじいているために起こる現象だ。

 だがそれだけでもない。

 触手フィールドアームにかかる圧力もかなり大きな物だった。


 マリオンは踏ん張り自分の位置を固定する。油断すると引きずられそうなほどの圧力があるのだ。


「これは無理かな…魔力自体は弾けるけど…この圧力は…」


 激流を歩いて渡るようなものだとマリオンは考えた。

 人間は水に浸かったからといって溶けたりはしない。だからと言って激流を渡れるかというと話はまったく別になる。

 足を取られたらそのままどこかに流されて行ってしまうかもしれない。


「ここを渡ると最深部までだいぶん近いんだけど…諦めるか…いや、あれ、何か掴んだ」


 仕方ないから遠回りでも普通の道を行こうかと考えたときに延ばした触手フィールドアームが何かを掴んだ。けつこう太くてしっかりした物にガッチリと巻き付いた感触があった。

 それを思いっきり下側、つまり魔力の下流側に引っ張ってみてもびくともしない。


「うーん、変だな…さっきのサーチでは何もなかったような気がするなんだけど…」


 だがここまで深くくると魔力知覚も精度がかなり落ちている。周囲のオブジェクトも輪郭がぼやけて分かりづらくなっているのだ。


 ひょっとしたら何かも見落としか? そう思った時に巻き付いた触手フィールドアームがいきなりガクンと引っ張られた。


「つるってしたー!」


 その拍子に足すべった。

 そうなると触手フィールドアームにかかる強い圧力が触手フィールドアームを下流側に流し、それに引きずられるようにマリオンはあっと言うまに魔力の乱流に吸い寄せられ。まるで川に飲み込まれたように、障壁に突っ込んでしまった。


「のわー!」


 事象源理の鎧(ヴェルトール)が魔力の流れをはじく虹色の視界に泡を食ったが、それは長くは続かなかった。


 なんと言っても触手フィールドアームは数メートル先、の非常にガッチリした何かにしっかりと巻き付いている。

 マリオンはあっと言う間に対岸に引き寄せられ。そのまま外にはじき出された。そしてはじき出された勢いで触手フィールドアームにぶら下がった状態でごろごろと転げ、大きな木に激突した。


「ぎゃっふん」


 高濃度の魔力と上下左右のシェイクシェイク、さらに最後の高速スピンのトリプルコンボは結構効いた。

 おかげで魔力知覚も通常視覚もブラックアウトして使えなくなった。


 だがさすがにそれはひとときのこと。

 時間が経てば魔力知覚が再起動して、周囲の光景が鮮明に知覚されていく。

 マリオンがいたのは数十mほどの、周囲の木によってドームのようになった平らな空間の端っこだった。


 地面はむき出しの土と、背の低い草、ふり注ぐ光はきらきら輝き、そのまま公園とかに使えそうな場所だ。


 そしてマリオンの触手フィールドアームは『それ』に巻き付いていた。

 それの首に……

 触手フィールドアームの先、そこにいたのは…


「あら~亀さんだね…ひょっとして怒ってる?」


 マリオンの触手フィールドアームはそこにいた巨大な亀(らしき存在)の首に巻き付いている。きつく、きつく巻きついている。

 そりゃ怒るだろう。


 形はイシガメのようなリクガメの形だ。

 ただ大きさは半端ではない。この場合頭頂高と言うのは適切ではないのだろうが甲羅の一番高いところでマリオンの身長を越えている。


 甲羅の長さは五メートに及び、その後ろにさらに数メートルの長い尻尾が生えている。足は四本でとても太く、それ以上に太くて長い首がゆらゆらと揺れている。

 しかもその顔は蛇に似て、二股に分かれた舌をちろちろと出し入れしている。


 蛇と亀を合体させて、それを凶悪にしたような魔物だった。


 しかもこの亀の甲羅、金属の光沢を持っていて、まるでテトラポットのようにごつごつとした突起があり、そかも首の後ろから前に大きく張り出している。

 その皮膚は金属のプレートを組み合わせたような外観で、外骨格と言っていい見た目だ。


 こんな物が体当たりしてきたらスミシアの城壁だってひとたまりもないだろう。


 マリオンの触手はその甲殻蛇亀の首にしっかりと巻き付いていたのだ。


 その所為か、それとも元々の性格かこの装甲蛇亀、端からる気で満ちていた。


「あるえ~?」


 そのぼくの声が引き金になったのか、蛇亀の口からブシャと霧状のなにかが吐き出された。

 マリオンはあわてて触手フィールドアームをはなし、飛び退る。

 霧は何かの溶解液か、腐食性のある毒であるらしく、マリオンのそれまでいた場所の脇にあった木にかかるとその表面を溶かしていく。


「やばいやばい」


 マリオンはそのまま外周に沿って広場をぐるりと走りだす。

 その間に溶かされた木はバキバキという硬質な音を立てて亀の方に倒れていく。

 おそらく鉄のように堅い木が蛇亀を直撃するも相手はまったく気にしない。それどころか首を伸ばし噛み付き、口を形成する外骨格でめきめき噛み砕いてしまう。


「ヤバイヤバイ」


 とにかく離れるべきと考えたマリオンは外周に沿ってすたこら走る。

 ドスンドスンと向きを変える動きは如何にも鈍重そうだ。


 このフロアには三つのトンネルが繋がっていて、その一つからは魔力が流れて来てこのフロアでダムのようにたまり、その後二つのトンネルから外に流れている。


 最深部を目指す以上この流入口を進めばいいわけだから走ってそこに駆け込んでしまおう。

 そう思った時にシュゴォォォォォォッという音が聞こえた。


「なんにゃー!」


 振り向いたマリオンは絶句してしまった。

 蛇亀の後方にオレンジ色の炎が見えた。勢いよく吹き出しているのだ。そしてモウモウと巻き起こる黒雲。

 まるでロケットの打ち上げだった。


 しかもそのロケットが目指しているのはマリオンが目指しているトンネルのあたり。

 ゴゴゴゴゴゴゴッと爆音を響かせ、凄まじい煙を巻き上げ滑るように加速してくる蛇亀。

 光と煙に邪魔されてよく見えないが、間違いなく甲羅の後ろ側から炎を吹き出して飛んでくる。

 しかも結構早い。


「のわーっ!」


 マリオンは慌てて元来た道を駆け戻った。

 蛇亀も負けじと空中で軌道修正。木をなぎ倒し、地面を抉りマリオンを追撃してくる。


 ズン、と言う衝撃が走った。装甲蛇亀が地面に食い込んだ音だ。飛行もあまり自由にと言う分けには行かないらしい。


 しゃーっ!


 やはり蛇のような鳴き声を発しながらズドンズドンと歩いてくる蛇亀。だがバカにしてはいけない。動きが鈍獣に見えても元々が巨体だ。一歩足を動かすだけで結構な距離を進める。


「こなくそ!」


 言ってて意味は分からないがこういうときはこう言う。

 マリオンはクラインから銃を取り出し、大亀に向けて引き金を引いた。


 ばしゅーん、ばしゅっ! ばしゅーん。


 発射音が連続する。だがビームは簡単にはじかれてしまった。


「だめだ、効かない…」


 まったく効かないわけではなかった。

 だがビームとして撃ち出された魔力粒子は大亀の持つ魔力力場に阻まれ、減衰し。そして固い外殻に当たって霧散してしまう。

 外殻をわずかに削り取るくらいが関の山だった。


「だめだ、こいつの防御力高すぎ…」


 魔力に干渉するには魔力を持ってする。

 魔力の奔流がマリオンの事象源理の鎧(ヴェルトール)ではじかれたように、マリオンのビームも装甲蛇亀の持つ魔力で対抗されている。

 まとっている魔力も強いし、外殻が内包する魔力も高い。

 しかも目や口などの急所(とおぼしき所)を狙っても頭を振られてかわされてしまう。


「くそ、重力魚雷グラビティー・トルピード!」


 マリオンは苦し紛れに数発の重力魚雷をばらまき、ワタワタと逃げる。

 威力的には銃と同じ程度の攻撃力と考えていたものなのであまり期待はしていなかったが、大気を吸い込んで盛大に爆発すればそれなりに目くらましになるだろう。そう考えたのだ。


 キシャー!


 しかし予想に反して重力魚雷は甲殻蛇亀にダメージを与えた。


「あれ? なんで?」


 マリオンは当然これも弾かれると思ったのだ。

 根拠をしいて言うならビーム一発と同じ程度の魔力しか使っていない武器だから。

 だがビームは弾かれて重力魚雷は効果を挙げる。


「要検証…ってやつかな…」


 マリオンは深呼吸をし改めて身構えた。


 ◆・◆・◆


「よう、クレメル、しけた顔してやがんな…」

「なんだランガーかよ、いつも無駄にうぜえな…」


 あいも変わらずふてくされて道を歩いていたクレメルは後ろから駆けられた声に振り向き、そして獣人のいかにも楽しそうな顔を見て渋面を作った。


「ガハハ。相変わらずの返事だな…まあいいや、鋼の牙(うち)を追い出されてしおしおのクレメル君に少しうまいものでもおごってやろうじゃないか」


 重戦士のランガーはクレメルに向かって手に持っていた肉串を一本差し出した。

 ちょっとしたおむすびほどもある肉が四個、突き刺されて焼かれた結構食いでのあるものだ。

 ランガーはタレではなく、軽く塩で味付けされたこれが大好きだった。


「ちっ」


 舌打ちしながらもクレメルはその串を受け取る。人のお情けで暮らしている今のクレメルには肉串は贅沢な食べ物だ。

 しかも…


「うめえ…」

「がははっ、そうだろ、走翼豚の肉串だぜ」


 ご機嫌で笑うランガーをクレメルが恨めしそうに見上げた。

 走翼豚が高級食材なのは周知のとおり。お値段もそれに見合ったものだ。


「ずっ、ずいぶん羽振りがいいんだな…」


 クレメルの声は震えていた。羽振りのいい仲間に引き比べて今の自分は…そう思うと何もかも自分の敵のような気がしてくる。


 そしてランガーから帰ってきた返事はクレメルの矜持をいたく傷つけるものだった。


「お前のおかげでな」


 最初何を言われているのかわからなかった。


「ほれ、お前が無礼を働いた冒険者、マリオン君と言ったか…オレら、お前の尻拭いでな、ただ働きさせられそうらなったんよ、実際実入りが少なかったらそうなっていただろうさ、ところがこのマリオン君ものすごい魔道具を持っていてな…こう、なんてえの? 魔銃に似た魔道具なんだけどな…全然違うもので、話によると発掘品らしいんだけど…その威力が半端なくてよ、たった三日の探索で装甲蛙だの盾黄金虫シールドカナブンだのが二〇〇も三〇〇も取れんだぜ…こう、一発、ドンと打つだけで簡単に獲物が取れんだ。魔法なんか目じゃねえよな。

 ご奉仕の間は給料は戦闘団パーティーから出るからな、それとは別に獲物の分け前をもらって、おかげで大儲けだ。

 イヤー、お前のおかげだぜ、お前がばかやんなぎゃこんな割のいい仕事なかったからな」


 恐ろしいことにランガーは本気でこれを言っている。

 空気を読まないというよりはっきり言って無神経である。


「そっ、そうなんだ…そんなすげえ魔道具を…それってどんな…詳しく…」


 クレメルの声はずっと震えていた。


「それがな、こう片手で使える程度のもんでよ」


 ランガーは見様見真似で魔銃を持っているような格好で演技をする。


「魔物にゃ小さな穴が開くだけなんだけどよ、どんな魔物もそれ一発だ。バッタバッタってな…俺たちは休みなく死んだ獲物を回収するだけ、それで見てみろよ、これだぜ」


 ランガーは事ころから川の袋を出すとジャラジャラと鳴らして見せる。

 今回のクエストはそれほど効率が良かったのだ。


「しかもずっと離れた獲物もねらえんだぜ、あんなのあったら怖いものなしだな」


 ランガーは身ぶり手振りでマリオンの銃の説明をする。

 興奮しているのか動きがバタバタしてよくわからなかったがそれはこの際問題ではなかった。


「あー、いいよな…あれがあったら俺だって一人で大儲けしてよ、あいつみたいにいい女囲ってよ、やりたい放題だぜ…

 まあおこぼれにあずかれるだけましだけどな…

 そんでな…」


 ランガーはクレメルに対して今回の探索行の自慢をしまくる。

 前衛盾役のランガーにとって、ただ安全な場所で雑用をしていればそれだけで大きな稼ぎになる仕事というのはめったにあるものではない。

 それを自慢したかったのだろう。


 だがそれを聞いているクレメルの不愉快さは時間と共に膨れあがっていく。

 自分の矮小な自我を守るために人を恨むことしかしない人間というのは確かに存在するのだ。




54話をお届けします。

お越し下さった皆様ありがとうございます。


更新に時間がかかって済みません。


感想などもいただくのですがどうお返事したモノか分からない事もあり、この場を借りて感謝いたします。

内容などに関しては本編で出していけたらと思っております。


それではまた次回。トヨム

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